第肆話 喪失
八月十三日。お祭り当日。遠くから太鼓の音が微かに聞こえて、五時ごろ目が覚めた。
一階に行くと、祖母はもう起きていたらしく、誰かと電話してた。
「でもねぇさつき、こっちに転校なんて……。あんなに有名な学校に入れられたって喜んでたじゃない。それじゃあ菜月ちゃんが可哀想よ」
さつき……母の名前だった。
私は静かに二階に引き返して、部屋の布団に深く沈んだ。頭を強く殴られたような感じがして、心臓の音がうるさかった。
「あたしの学歴なんて、もうどーでもいいんだ」
それから一時間後に、私は表情を隠して一階へと降りた。
「おはよう」
笑って言う。
「おはよう。早いのねぇ」
おばあちゃんも笑って言う。幾分か哀れみを持った微笑みで。
夕方、浴衣を着せてもらって、六時ごろ家を出た。
「おばあちゃんは行かないの?」
「年寄りは人混みが苦手でねぇ」
私も、嫌いだよ。でも今日だけは……。
「あ、菜月ちゃん。はい、お面」
別にいらないのに。
「ありがとう。じゃあ行ってきます」
すぐに屋台のある方へは向かわず、人気の無い公園のベンチに座った。
今朝の出来事が頭の中でループする。私なんか、もう要らないんだね?
一般的な模範解答が転がってるだけで、ほんとは正解なんて誰も知らないんだ。少数を『異常』として排除する大衆。『普通』以外は間違いなんだって。
だったら、こんな間違ったあたしなんか、
「イラナイ」
絶望して涙すら出ない。
ただ感情が欠落したまま、誰かが迎えに来てくれるのをひたすら待った。誰も来てくれない事なんてとっくに知ってるはずなのにね。
ベンチのささくれ立った木の部分が手に刺さって、紅い液体が傍らにある狐のお面に染みを作る。一瞬それが涙に見えた気がした。
絶対的な存在を無くしたあたしは、これからどう生きていけばいい?




