間
人里離れた山奥に魂を病んだ男が居た。
一人で作物を育て、獲物を狩って暮らしていた。
男は誰も信じなかった。信じられないから、誰とも会わずに暮らしていた。
長いことそうして生きて来たために、寂しいという感覚さえとうに忘れていた。
傍目には静かで単調だが、男は満足していた。
作物も獲物たちも一日として同じ表情を見せることはなかった。
何より男を裏切らなかった。
満ち足りた男の生活に一人の女が迷い込んで来た。
男がいつものように野良仕事に出ようとすると、傷付いた女が行き倒れていた。
身につけた着物は破れ裂け傷付き泥に塗れていたが、一目で高貴な者だと解った。
男の憎むもの、貴族の出であることは明白だった。
男は迷わず介抱した。
男の魂は病んでいたが、根は至極善良だった。
早く良くなって出て行って欲しいと思った。
看病の甲斐もあって女は次第次第に回復していった。
女が立てるようになった時、男は帰るように強く言った。
しかし、女は男の仕事を手伝った。
女は何度も何度も失敗し、男は何度も何度も帰ってくれと言い聞かせたが。
女は頑として、譲らなかった。
女は次第次第に手慣れていった。初めは疎ましく思っていた男も次第次第に心を。頑な
に閉じていた心を開いていった。
甲斐甲斐しく働く女の姿はその出自を感じさせなかった。
女の作る料理は美味だった。
朝起きる時。夜眠る時。聞こえてくる優しい声を好ましいと思った。
そして、男が美しいと思う景色を、共に眺め、美しいと言ってくれた時。もうこの女な
しではいられないと男は思った。
花乱れ咲く野原。綺羅星輝く夜空に。季節に発つ渡り鳥の群れ。
彼が愛したものに、彼女は微笑み、男も久しぶりに笑みを見せた。
男の病んだ魂は癒えつつあった。
そんな矢先、女は出て行ってしまった。俺の元へ。男の素晴らしい生活はぶち壊しになった。俺がそうしたからだ。