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僕は長篇が書けない  作者: 友里 一
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更に次の日、学校が終わると俺は気分を変えたくて彩澄くんちで執筆に勤しんでいたの

だが、開始二十分程であんまりにも書けないので既に心が折れて、共通の友人が置いてい

ったゲームをプレイしていた。

「先輩。もう小説書いて下さい。もう四時間ずっとそうやってます」

二時間程前から彩澄くんの台詞から感嘆符(!)が消えた。割とマジのトーンである。

ゲームは白熱していたが、部屋の空気は険悪だった。それを察知した革命剣姫R・Dさん

「キリついたらやめるったら~」

俺は甘ったれた声で言いながら、スニ―キングで敵に近づいて、ゴルフクラブで殴りこ

ろした。

「三時間前からずっと同じこと言ってます」

彩澄くんの声は冷え切っているが、今ゲームが良い所だった。この部屋を抜けて資料を

収集すれば、この街がゾンビまみれになった理由が解る。

「だってキリがつかないんだもん~」

これは嘘ではない。一つ謎が解けると次の謎が提示され、キリが着くということがな

い。

「そんなこと言ってたらエンディングまで行ってしまいますよ」

もうそれで良い気がしてきた。この部屋に残る敵は後一体。まだ敵はこちらに気付いて

ない。

「そんならそれで……」

「そのゲーム平均プレイ時間九十時間越えますよ」

もうそれで良い気がしてきた。俺は小説を書くのが怖くなっていた。敵が後ろを向いた

隙に俺は匍匐前進でにじり寄る。

「そんならそれで……」

彩澄くんがキレた。ゲームの電源もキレた。

「先輩、いい加減にして下さい」

「ええ~」

「ええ~じゃありません。一昨日からノルマクリアしてないんですよね? 〆切もう目前

ですよ?」

「でも俺書けないんだもん~」

「それにしたってこんなことしてたらホントに何にもなりませんよ」

「でもでもだって~」

「だまらっしゃい!」

彩澄くんの台詞に感嘆符(!)が戻ってきた!

「先輩、ここまでやってきたの全部無駄になるんですよ」

「うん」

「うんじゃねえだろ! ……しっかりしてくださいよ……僕も三日月先輩もキャプテン・

ミッケもサーベルさんも期待してるんですよ。こないだまでのパート、出来がよかったっ

て!」

「それ、何で俺の前で言ってくれなかったの……?」

「先輩調子に乗るとクソうざいから先輩の前では褒めるのやめようね、っていう話になっ

てるからです!」なにそれ……。

「とにかく! あと少し、あとほんの少しじゃないですか!」

「そのほんの少しがどうすりゃ良いかわかんねーんだよ……!」

「先輩プロット組んだって言ってたじゃないですか……取り敢えずでも仮の肉付けしてそ

っから考えていったらいいじゃないですか!」

「それは理屈だ!」

「これが理屈だったら先輩のはただのワガママですよ!」

返す言葉もない。俺は駄々っ子だ。拗ねてるだけだ。

その日の収獲と言ったらゲームしたことと、彩澄くんを不快にさせたくらいだった。

次の日。俺は革命剣姫R・Dさん登場以降真面目に学校に通っていたので、自主休講し

てもまだ単位取得に差し支えない。だからサボって、PCに向かったが相変わらず調子は

出なかった。

革命剣姫R・Dさんもサボったことについて、なにも言わなかったが、サボった上にこ

の調子なので、部屋の空気は最悪だった。

彩澄くんの助言に従って、プロットを最低限膨らませた文章を書いてみる。しかし、そ

れさえしっくりこない。

書いて書いて、無理矢理書いて、結局駄文が生れて消すハメになる。

駄目だ。まるで歪んでしまったジグゾ―パズルを無理にはめこんで行くようだった。

そんなことを四時間続けて昼が来た。

革命剣姫R・Dさんはもの言いたげな様子だったが、結局黙って昼食をこしらえてくれ

た。

鮭のチャンチャン焼きと豚汁。決して手抜きとは言えないメニューだ。

俺はそれをいただきますも言わずに詰め込んで、またPCに向かった。

そして相変わらず書いては消してを繰り返した。

夜が来るころ、俺の心はまた折れた。

俺は本棚に目を遣り、流れ星信二の本に手を伸ばしかけ、やめた。

今は人の本さえ、読む気がしなかった。たとえそれが、心から尊敬する人の本でもだ。

結局ゲームをすることにした。

ブラッケストアウト3が良いところで止まっていた。

随分長いことほったらかしにしていたものだ。俺の中途半端は筋金入りだ。あんなに夢

中になったゲームをほっぽっておくなんて。薄情にも程があるというものだ。ゼノレダの

伝説も中盤で放置している! これが終わったらこいつもやっとかねーとなー。

ブラッケストアウト3は最高のゲームだ。俺の第二の人生と言っていい。俺はFPS

(ファーストパーソンシューティング。一人称視点のシューティングゲーム。プレイヤー

がゲーム内の主人公の視点で進行することからこう呼ぶ)が苦手だが、ブラッケストアウ

ト3の親切な所はRPGとしても遊ぶことが出来る点だ。ずっとRPGとして遊ぶことも

出来るし、アクションゲームが楽しみたくなったら自由に切り替えて構わない。

ちょうど俺はこれからメインシナリオの最終決戦という所で放置していた。

ケリを着けてやらなければ。俺はいそいそとゲーム機を用意する。ディスクセェット!

電源ON!!

革命剣姫R・Dさんは何も言わない。

平均よりちと長いロード時間を経て、ゲームが始まる。

早速、装備と所持品を確認する。最高の装備が最高の状態で揃っている。さすが俺。最

終決戦前に抜かりはないぜ!

回復アイテム、ドーピング用の薬物類も所持制限の許す限りバッグに詰め込まれてい

る。これからこの火力満点の重装備で選民思想のエゴイストどもを粉微塵にしてやる! そ

う考えると胸が躍る筈だが、今一つ気は乗らなかった。

「よっしゃあ!! 行くぜえええ!!!」

だが、他にすることも見つからなった。

俺はゲーム内で然るべき手続きを済ませ最後のクエストを開始させた。

同志達が先陣切って敵陣に切り込んでいく。俺はその合間を縫って奥へ、奥へと潜って

いく。

戦場の熱気とは裏腹に俺の心は冷めて切っていた。

高価かつ高火力の弾薬をありったけばら撒いて俺は視界に入る敵を片っ端からブッ飛ば

して行った。

いつもならアドレナリンがバンバン出てしかるべき場面だが今日の俺はそうでもない。

恐怖も熱狂もない。ただ、淡々と、作業的にそれが出来た。

革命剣姫R・Dさんは何も言おうとしない。

そろそろラストダンジョンも最深部だ。

このドアを開ければラスボスが現れるだろう。

人類が再興できるかどうかこの一戦に掛かっている。

果たさなければならない約束がある。

しかし俺の胸には何の感慨もない。

やはり革命剣姫R・Dさんは何も言いはしなかった。

ただ、物言いたげな表情でこちらを見ているだけだ。

「しょうがないじゃないですか。書けないんだから。書けないのにキーボード打ったって

時間無駄にするだけだって。さっき見てたでしょ?」

俺はステータスをチェックする。アルコールは一つも使わずに済んだ。武器弾薬も充分

に余裕がある。体力、アーマーともに健在だ。相棒もほとんど無傷で着いて来ている。

「だからいいんですよ、今日はこれで」

さてドアを開こうか、という段になって俺は躊躇した。何かやり残したことはないだろ

うか。

そんな思いに囚われて、俺はドアから一歩退いた。

何か忘れている気がする。

「俗に言う充電てヤツでね」

ここで、何かやっておかないと後々取り返しのつかないことになる。

そんな気がするのに思い出せない。

「だから、今日はいいんですよ」

そうだセーブだ。セーブするのを忘れていた。

危ない危ない。

俺はメニューを開いて、セーブを選ぶ。

セーブに入ると、画面が暗転するのがこのゲームの仕様だった。暗転した画面に俺と、

俺の少し後ろに立っている革命剣姫R・Dさんが写りこんでいる。

その表情を説明するのは難しい。眉も目尻も口元も、いつもと同じ位置にある。しか

し、無表情と言うには、読みとれる感情が多過ぎる。

いや、どんな感情も俺が勝手に思い込んでいるだけだ。

俺は人付き合いに慣れない幼子ではないし、苛められっ子の登校拒否児でもなければ、

ストレスに揉みくちゃにされた社会人でもない。

モラトリアム中の大学生だ。

自分で問題を解決する力と余裕を本来有り余るほど持っている筈だ。持っていなければ

ならない。

背中を押してもらうにせよ、慰めてもらうにせよ。どんな形であれ革命剣姫R・Dさんに助けを求めるのは不自然だ。するべきでないこと

だ。

「前の長編を投げだした時も同じことを仰いましたね」

しかし、革命剣姫R・Dさんは俺の望むことを口にしてくれるのだ。

「今の巻島さんは巻島さん自身がいっつもグチグチグチグチ批判している肝心な時にウジ

ウジウジウジし始める主人公そのものです。いつも巻島さんは仰っていました。シンジく

んがもう少し決断力があれば『新世紀エヴァンゲリオン』は今に二倍は面白かった筈だ

と! 新劇場版ももう完結している筈だと!!」

「もう批判しません! すみませんでした!」

「そういう問題ではありません。巻島さんの好きな格言を思い出して下さい。『撃ってい

いのは』?」

「『撃たれる覚悟のあるヤツだけです』」

フィリップ・マーロウの言葉である。男の中の男の言葉である。

「こういうのもありましたね。『負けることは恥ではない』」

「『戦わぬことが恥なのだ』」

葉隠覚悟の言葉である。男の中の男の言葉である。

「今すべきことは何です?」

俺はゲームを消して、またPCデスクに向かった。


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