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僕は長篇が書けない  作者: 友里 一
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威勢良く格好つけたところまでは良かったのだが、俺は絶不調だった。

取り敢えず、呑んだ覚えはないけどやはり現実にはアルコールを摂取したようで体は

少々重かった。

そして、小説の方はというと、本文を書き進める前に、クロガネセブンの性格を調整す

る必要が出てきて、さらにそうするとシナリオも一部調整する必要が出てきてしまったの

である。

PCの前で、設定ノートと見比べてうんうん唸るだけの俺に、まだお酒のにおいがする

革命剣姫R・Dさんが苦言を呈す。

「しっかりして下さい。納得して変更修正したんでしょうに」

「そら納得はしてたけど……この変更が嫌とは言ってないですよ、ただただ大変なだけ

で」

変更前の性格のクロガネセブンは、風呂だとか、移動中だとか。講義が頭に入ってこな

い時だとかに妄想して練り込んで色んなシナリオや文章を誂えておいたので、恐らく変更

なしで進んでいればこれまで以上のスピードで書き進めることが出来たろう。それが変更に伴って、用意していたものの大半が使えなくなってしまったのだ。進捗に

影響があるのは当然だった。

「特ソン聞きながらやろ」

「結局そうなるんだ……」

まあそうなる。『赤ひげ』は精神のメンテナンス。特撮ソングは補助燃料用てとこだろ

う。

ところが、三時間程そんな状態で作業を続けたところで、限界が来た。

駄目だ。こういう調整は緻密さが要求されるからテンション無理矢理上げて心を燃やし

た所で駄目なものは駄目だ。

むしろ、作業内容とテンションのギャップで燃え尽きそう。

「休憩入りまーす」

「はい」

流石に見かねたのか珍しくアッサリ許可が下りた。

相変わらず休憩手段はネットサーフィンだったが、普段は回らないような所を回った。

取り敢えず今の所燃えは間に合っている。癒しが欲しい。

そう思って動画サイトをウロウロしていると、癒しのタグからアイドルのライブ映像に

行きついた。

アイドルと言ってもCGのキャラクターで、ライブ映像と言ってもゲーム内の動画であ

る。

ま、偶にはいいか。そう思って再生してみる。

あんまりピンと来ないなーなどと思いつつ、どこか期待する気持ちもあったのだろう

四、五曲再生してみる。

「あれ? いいじゃないの」

それはポニーテールの小柄で快活そうな娘の動画でCGながらも全力で歌って踊ってい

る感じが伝わってくるような動画だった。

「やばい、私これ(動画)好きかもしれない」

続けて同じ娘のライブ動画を二曲、三曲と再生し、確定した。

「いいじゃないのいいじゃないの」

気がつくと俺は某大手通販サイトのページを開き、そのアイドルゲームとその娘のCD

をバスケットに入れ、代引きで購入確定していた。

閃光のマキシマと呼んでも良くてよ?

「よおし、俺もがんばっちゃうぞー」

俺は、まだ再生してない動画をリストアップして、ウインドウを小さくし、画面端に固

定。

ワードのウインドウも小さくして、ライブ動画を見ながら作業再開。

「あれあれあれー何でー作業捗っちゃうー!」

「ご機嫌ですね」

「はい!」

「何か良いことあったんですか?」

「この娘! この娘がねえ、一生懸命歌って踊ってるのみるとねー元気になるっつーかね

ー、俺もガンバろって気分になるんですよー」

「へえ」

そこで俺は俺のカミさんの声のトーンがいつもより一段低いことに気付いたが、出来れ

ばもう少し早く気付きたかった。

ぎこちなく振り返ると真顔の革命剣姫R・DさんがPC画面を凝視していた。こわい。

「浮気か?」

「違う違いますよ誤解ですよそんな滅相もない! 革命剣姫R・Dさんが一番ですよ?」「フゥン」

やっぱりまだ酔ってるんじゃないのかこの人。

俺の必死の弁明が届いたのかどうなのかは全く解らない。

解らないのだが、それだけ言い残して革命剣姫R・Dさんはクローゼットに引き籠って

しまった。

「えぇー……何? 何この状況」

暫く待ってみても何も起こらない。

「革命剣姫R・Dさん? 愛してますよ~」

俺は心配になって呼びかけてみる。

「はーい!」

その途端クローゼットの扉がすさまじい勢いで開いた。

出て来たのは確かに革命剣姫R・Dさんだった。

しかし、いつもとは違った。

何が違うかと言うとまず衣装。それはさっきまで俺が眺めていたアイドルと同じコスチ

ュームだった。

改造タキシードのようなシルエット。白地に色とりどりの星をあしらった手の込んだ衣

装だ。

そして笑顔。なかなかお目にかかれないような弾ける笑顔。

「今日は私の為に集まってくれてありがとー!!」

いや、俺しか居ない。居ないよな? 俺は怖ろしくなって部屋を見回すが良かった誰も

居なかった。

「そんなみんなのために、今日は精一杯歌っちゃいまーす」

そう言うが早いが、たたたっと駈け出したかと思うとベッドに飛び上がる。

「いっくぞ→」

そして始まるリサイタル。歌、振りつけ、表情の作り方。そのほぼ全てが完コピだっ

た。

一度しか見ていない筈である。

しかし、少なくとも俺の見立てでは振りつけ、歌詞のミスは一か所とてなく、歌唱力、

ダンスのキレに至っては、本家に劣る面もあるが、勝っている面さえあり、総合的な完成

度を述べさせて貰えば飽くまで俺の身内びいきな目線にはなるが、甲乙つけ難いと言える

と思った。

俺はベッドのスプリングが痛むからやめてほしいとかそういうことすら思う余裕もな

く、ただただ圧倒されていた。

俺が完全にフリーズしている間に全五曲からなるパフォーマンスは終わった。

俺はどうしたものか悩みながらも結局は全力で拍手した。拍手するしかないと思った。

だってサイリウムとか持ってないし。

「ありがとー!! みんなホントにありがとー!!」

みんな(だから俺一人なんだってば)に惜しまれながらもステージ(俺のベッドな)を

去りクローゼットに帰っていくアイドル剣姫R・Dさん。

俺は思わず閉まったクローゼットに向かって叫んだ。

「アンコール! アぁンコール!!」

クローゼットが再び開き、ベッドをステージに見立てたアンコールが始まった!

そして、アンコールの二曲も歌い終えた時、アイドル剣姫R・Dさんは肩で息をし、

深々と客席へと頭をさげ、今度は静かにクローゼットに帰っていった。

閉まったクローゼットを見て俺は困り果てる。後は。後は何て言えば良いんだ? お疲

れ様じゃないしなー。と思っていると、またクローゼットが開いた。

今度はいつもの服装に戻っていた。表情も真顔に戻っていた。「元気になるっつーかー、俺もガンバろって気分になりましたか?」

「え?」

「元気になるっつーかー、俺もガンバろって気分になりましたか!?」

「ええ、ええ、勿論」

俺はカクカクと首肯する。

「そうですか」

革命剣姫R・Dさんはほんの少し満足気に言って、ベッドに横になった。

疲れてたのか、まだ酔いが残ってたのかは解らない。俺としては後者の説を推す。

録画しておかなかったのを少しだけ残念に思ったが、すぐにそもそも録画が出来ないこ

とに思い至った。

「一体なんだったんだ……」

とにかく丸く収まったと信じるしかない。





余談だが、ゲームとCDはキャンセルしなかった。普通に買った。


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