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僕は長篇が書けない  作者: 友里 一
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「そして、報告がある!」

 俺は相談が終わったら見せようと彩澄くんに見せようと思っていたフラッシュメモリを

取り出した。

「暗器使い、倒したぞ!」

「お、やったじゃないスか! キリが着いたってとこッスか!?」

「そうなるなあ!!」

「じゃ見せっこしましょう」

「望むトコロよ! 彩澄くんの負担が大きくなって申し訳ないが!」

「僕は一向に構いません!」

 俺たちは燃えていた。

 だからという訳ではないかもしれないが三日月が持って来た印刷用紙に出力する間も、

それから各々作品を読んでいる間もずっと無言だった。

 印刷された三日月の作品に目を通す。『螺旋奇譚』は遺伝子操作技術が発展した未来世

界でのSF青春伝奇小説とでも言うべき作品だった。

 三日月の投稿した前作は、完成度は高いものの、舞台を整える為に使った謎をそのまま

 放置したり、キャッチ―さにやや欠けるなどの弱点が散見されたが、それを見事に克服し

てみせていた。

 SFと伝奇を織り交ぜられていることに気付いた時にはいささか要素盛り過ぎではない

か、と思ったが、読み込むに連れて見事に調和して収束していく様は見事という他なかっ

た。

 うまい。ぐうの音も出ない。正直言って面白かった。

 俺と三日月が読み終えるのは大体同時だったが、二作読まなければならない彩澄くんは

まだ時間が掛かりそうだった。

 イマジナリ―フレンズの面々は相変わらず読むのが早い。早々に読み終えて、キャプテ

ンミッケにトレカの遊び方を教えている。

 三日月は読了するとサーベルちゃん達にまざり、俺は食器を洗うことにした。

 皿にスポンジで磨きながら言うべきことを考える。面白い、以外に何も言うべきことが

 見あたらなかった。

 目立ったツッコミ所もこうすればもっとよくなる、という改善点も思い付かない。

 洗い終わった後も頭を捻ったが何も出て来なかった。「読み終わりました!」

 その声を合図に、皆がテーブルに集まる。

 何も出て来ないまま。彩澄くんが読了してしまった。

「三日月先輩、これ、面白いですね!!」

 三日月はガッツポーズを作り俺は嘆息する。まあそうなるわな。

「ありがとう! まあ反省点は多いけども」

「そんな! 僕改善点思い付かなかったですよ! すごく面白かったです!」

「はっは! 照れるぜ!」

「おもしろかったよ……!」

 俺も地の底から響いてくるような低い声で率直な感想を述べた。

「先輩……! 声と顔が面白かった時のやつじゃないんですけど!!」

 困惑する彩澄くんに、サーベルちゃんが何事か耳打ちした。

 この娘にもこういう配慮が出来るようになったかと思うと感慨深いものがあるな……!

「先輩……! 先輩の作品は、えーと、まず、既存のパートのグレードは上がったと思い

ます! 前回指摘されてたとこもちゃんと修正してありますし!」

 まあそれは当然のことだ。言われた所直してなかったら偏屈に過ぎる。指摘してくれた

 連中にも失礼というものだ。

「新しい部分は……悪くはないんですけど……!」

「うん。そこまでは良いんスけど」

 そこで、二人は顔を見合わせる。明らかにどう言ったものか言葉を選んでいる。最初に

 彩澄くんの作品を読んだ時のよーに。

 もうこの時点でどんな評価か解っちゃうんですけどー!!!

「新しい総力勇者の……クロガネセブンですっけ!?」

「はい」

「彼が、その、ね?」

「ね? ってキミ……」

 言い淀む二人に焦れたらしい、サーベルちゃんが挙手した。

「サーベルちゃん、どうぞ」

「はい!」

 そしてわざわざ立ち上がって発言する。

「うざいと思います!」

 俺は覚悟はしていたが、率直な言葉に打ちのめされ、前のめりに倒れた。

「私はうざいという言葉が嫌いですがこういう方のことをうざいというのだな、とおもい

ました!」

 サーベルちゃんはひどく優しい。優しさ故の厳しさもひどい。

 相手の為になる苦言だと思えば、倒れている相手に追い打ちまで掛けるのはどうなの

か、と思う。

「先輩……『総力勇者戦フルブレイブ』ここまで、ハチャメチャとかトンデモとか悪ふざ

けとか、頑張って封印してシリアスにやってきたじゃないですか」

「でもそれはこのクロガネセブンのネタキャラ具合を引き立たせる為で……」

「それで作風にムラができちゃってるんですよ。キャプテン・ミッケ登場回みたいに」

 それを指摘したのは彩澄くんだった。絶妙な詰め方だ。彼が自分の改善点を認めてしま

っては、俺も認めないわけにはいかない。

「このままだとクロガネセブンは確実の読者のヘイトを集めます。先輩も辛いでしょう。

 自分の思い入れのあるキャラが読者にボロカスに言われるの」

「辛いです……」

「なら……!」「直します」

 俺は這うようにして、居間の出口まで向かった。

「本日はどうも、ありがとうございました……お疲れさまです……」

 それだけ言い残し、同じように力のない返礼を背中に受けつつ居間を出た。

 そして、よろよろと帰路につく。

 部屋に辿り着くと俺は猛然とギャグを削っていった。

 話の筋がおかしくなる度修正したが、俺にとっては血の滲むような作業だった。

 部屋に着いた時点では、革命剣姫R・Dさんはまだ帰って来てなかったが、作業が終わ

ってぼんやりしていると、やがて帰ってきた。

「みんな、作品を良くしようと思って……」

「勿論です、それは。解ってます。やけん直しました」

「はやい」

「閃光の巻島と呼んでもらって構いませんよ」

「それは遠慮します」

「なにゆえ」

「だせーから」

 部屋に再び重い沈黙が立ちこめる。

 基本的に俺のカミさんは俺が落ち込んでる時は元気づけようとしてくれるのだが、彼女

には彼女なりの美学とこだわりがある。

「特撮観ましょうか!」

とは言え、ツボは抑えている。抑えているが!

「いえ……今日は、そういうアツいやつより、こう、しみじみ沁みるやつにします…

…!」

「!?」

 俺の特撮キャンセルに革命剣姫R・Dさんは目に見えて動揺を見せた。

「世界のクロサワの『赤ひげ』にします……!」

 特撮は俺の最も好きなジャンルだが、好物だからと言って毎日三食同じ物を食べていて

は飽きるし体にも良くない。体調によっては受け付けないことだってある。

それと同じことだ。

さらに俺にはまだまだ最も好きなジャンルがある。その一つが!

「クロサワ映画、というと古い名作ですか!?」

「惜しいが違う!! 傑作映画です!!!」

「そうですか……」

「最近観返してなかったのでいい機会ではあります」

「どんな映画なんですか?」

「観れば解ります!!」

「は、はあ」

「観なければ! 一生解りません!!」

 俺はクロサワ映画が大好きで、それはヒーローが沢山出てくるからだ。『素晴らしい日

曜日』『一番美しく』でさえ例外ではない。市井の小市民と言えど精一杯に生きる様はま

さしくヒーローである。

牽強付会と笑わば笑え。しかして!

「観れば解ります」

その中でも『赤ひげ』は最高だ! 最高のヒーローが出てくる映画だ!

「ええけんはよ再生おしや」

俺のカミさんも俺のいなし方がだいぶ解ってきたらしい。

「はい」やけんそうした。『赤ひげ』のディスクをプレイヤーにセェット! 再生スイッチオォ

ン!てなもんである。

「特撮以外の映画は久し振りですね」

「時代劇を一緒に観るのは初めてかもしれません!」

赤ひげは本当に色々な事件が起こる作品で、テンポよく展開しているし、主人公の心境

の変化という縦軸で以て有機的に繋がっていくので、観ていて引っ掛かる点がない。

そうだ。やはりあのギャグは削って正解だったのだ。

 俺の思考は映画を楽しみながらもどこかで、そこに繋がっていた。

 映画は終盤に差し掛かっていた。また一つの事件が終わった。俺の記憶が正しければ、

そろそろエンドマークだった。

何となく、妙な気配を感じて、俺はふと革命剣姫R・Dさんの方を見た。

彼女は声もなく、しゃくり上げもなく、一粒、また一粒と涙を流していた。

俺は慌てて視線を画面に戻したが、彼女の姿に何だかドギマギしてしまった、残りのス

トーリーはまるで頭に入って来なかった。

彩澄くんの失敗談の件でもそうだったが、彼女は人に涙を見られるのをまあまあ嫌が

る。

彩澄くんのお話は、俺からの挑戦もあって、あの場で泣いてしまったが、『あの娘にキ

スと白百合を』を堂々と読まずに、俺が眠ってから読むのもそうだし、映画で感動したと

しても、その場では泣かずに俺やみんなから隠れてこっそり泣くのが基本だ。

結局彼女は、映画が終わっても、暫く、いや、結構長いこと、身動きせずにいた。多分

泣いていたんだと思う。思うというのは、なんだか彼女を見るのが悪い気がして、俺もし

ばらく身動きしなかったからだ。


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