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僕は長篇が書けない  作者: 友里 一
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彩澄くんちにつくと、いつものようにキャプテン・ミッケが迎えてくれた。

「いらっしゃいませですにゃ!」

毎度思うのだが、タイミングが悪さをして、万一キャプテン・ミッケが●HKの人の対

応に出てしまったらどうなるのだろうか……。

このいたいけなようじょが●HKの人に凶悪な罵詈雑言を浴びせて撤退に追い込む様を

想像して俺は身ぶるいした。

「見えないだけですよ」

「あ、そうか」

この所、イマジナリ―フレンドが居る生活に馴染み過ぎて、彼女らが架空の存在であ

る、ということをちょいちょい忘れる俺が居る。

「先輩、丁度出来たとこですよ」

声の主を求めて居間に向かうと、スパゲティカルボナーラが四皿テーブルに並んでい

た。

「え、俺の分も?」

「お二人にはいつもお世話になってますから!」

「世話をした覚えはないが! タダ飯とあれば御相伴にあずからねばなるまい!」

「いえー! この間の流れ星信二の件はアツかったですから!」

結局革命剣姫R・Dさんはどんな話をしたのであろうか。

「それで、ご相談って?」

「それがな」

俺はスパゲティーカルボナーラを食しながらことのあらましを説明した。

勿論、三日月のうちで、三日月に自慰行為をしている最中を見られた、という所は言葉

巧みに誤魔化したが。

「なるほど、つまり、先輩は三日月先輩んちで自慰行為に及んでそれを三日月先輩に見ら

れてしまったと。引くわー!」

「誤魔化せてなかった!?」

「話の流れで解りますよ! 引くわー! マジで引くわー!!」

キャプテン・ミッケは性の知識に乏しいらしく、きょとんとしている。

「それで、どうしたら良いと思う?」

「処置なしですね!」「え?」

「先輩逆に考えて下さい! 自分ちで友達が自慰行為に及んでいたら先輩はどうされます

か!?」

「そりゃ普通に考えてころすけど……」

「ほら!」

「あ! あああ!」

「誰だってそうします! 僕だってそうします!」

「しかし、三日月の場合はどうだろうか」

「生きてるだけでもめっけもんだと思います」

「そうか……」

今の今まで、俺には客観的な視点が欠如していた。

そしてそれに気がついた今、自分のしてしまったことに打ちひしがれていた……。

「俺はころされても仕方のないようなことをしていたのか……」

「そうですよ」

革命剣姫R・Dさんがあっさり言う。

「え? 待ってそれ謝りようがないじゃん」

「はい! だから処置なしと申し上げました!」

「そんなあ……俺達の友情は……こんな……こんなクソくだらねえことでおしまいなのか

……!?」

「まあ巻島さんが悪いですしね」

「そもそも、三日月先輩とはどう言った経緯で仲良くなられたんですか!?」

「それはな」

あれは、三日月が初めて文芸部・ほととぎすの部室に顔を出した時のことだ。

他の一回生に混じって、妙に体格の良いやつが居た。

それだけでも目立つというのに、そいつは派手な緑に鶏をあしらったスカジャンを羽織

っていた。

こんなおたくの巣窟のような部活に、気合の入った格好で来るやつが居るものだ、と俺

は感心する反面、ひどく警戒もしていた。

その前の年度に、顔形は地味だが普通にファッションには気を使っているようなやつが

入ってきたことがあった。

俺はよく一人で居るそいつが浮かないように、度々声を掛けたり、他の連中と取り持と

うとしたり、学校生活のあれこれを指南したりした。具体的に言うと、単位を取りやすい

講義とか、学食でのちょっとしたコツとかだ。

しかし、そいつは小馬鹿にしたような笑みを浮かべるだけで、一向周囲に溶け込もうと

はしなかった。

SNSでそいつのページをたまたま見かけた時解ったのだが、そもそもそいつはサブカ

ルチャーにも文学にも興味がある訳ではなくて、おたく、という生き物の生態を観察しに

きただけだった。

他の連中にもそういう魂胆は知れ渡ってそいつは部を去った。

俺はそのことでかなり嫌な思いをしたし、今思い返しても苦い気持ちになる。

だから、あまりにオラついた格好で現れた三日月を見た時、コイツもそういう人間では

ないか、というのは真っ先に思った。

他のおたくです、と言った新入生たちが遠慮しいしい周りと接するのに対して、三日月

は、ぐいぐい慣れ慣れしく周りと接していった。柔道部出身らしいそのノリを見て俺はますます、コイツは俺らのことを腹の底で、見下してるんじゃないかと警戒心を強めて行っ

た。

初めてちゃんと話したのは、学食で鉢合わせた時だった。

俺が親子丼をぱくついていると、三日月に見つかったのだ。

三日月は俺に、横に座っていいかも聞かず、自分のトレ―を俺の隣に置き、座った。

「先輩、プロめざしてるんですって?」

誰に聞いてきたのか、三日月は既に俺が作家志望だと知っていた。

「そうだよ」

俺は連れなく言った。俺もなんスよ、と言って三日月は笑った。初耳だった。

「やっぱりアニメとかも詳しいんスか?」

作家志望の話からそこに飛ぶのかよ。

「特撮の方が詳しいけどまあまあ見てはいるよ」

「へえー。良かったら今期のおススメとか教えて下さいよ」

俺は無難なタイトルを口にしようか、とも思ったが、俺はコイツがちゃんとしたやつか

どうか、はっきりさせたくなった。

「プイキュラ」

「え?」

「日曜朝やってるやつ。女の子むけの」

俺は生半可な覚悟のヤツなら絶対に避けて通るであろうタイトルを口にした。女児向け

アニメである。

ここで離れるんならそれまでのヤツだと思った。

きもちのわるいおたく像を求めているんならご期待に沿ってやったつもりだった。

「じゃあな」

丁度親子丼も食い終わったところだったから、俺は三日月がどんな顔をしているかも見

ずにその場を去った。

そして、その次の月曜も、学食で鉢合わせた。

「好きですね、親子丼」

「月曜はこれって決めてんだよ」

やはり俺は親子丼を食っていて、やはり三日月は許可を求めることもなく俺の隣に座っ

た。

「見ましたよ。プイキュラ」

見たのかよ。

「赤い娘がイイッスね。サニキでしたっけ。スポーツやってて。健康的で。程良くアホ

で。でもツッコミ役で」

本当に見てる……。しかもいいチョイスだ。

「先輩どの娘がお好きなんスか?」

「ナオコちゃん」

「えーと」

「緑の娘。ポニテでリボン付けてる」

「ああ! あの娘! あの娘もいいッスね!」

まあ結局みんな素敵ってことになるんだけどね。

そこまで話したところで彩澄くんが口を挟んだ。

「なるほどー。それで仲良くなったんですね!」「まだだ。その頃の俺は例の前年度の件を引き摺っていたので格段にデレるのが遅かっ

た」

「えええー」

「ミッケもプイキュラというのをみてみたいですにゃ!」

キャプテン・ミッケは無邪気である。

「はっはっは可愛いやつよ! よいよい。今度借りて来てくれるわ!」

「今は即デレなんですね……!」

まあな。

「プイキュラ観ただけで仲間認定するチョロい人ですよ」

まあな!


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