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心配なのは三日月のことばかりではない。革命剣姫 R・D さんのこともだ。
これまで何度も小競り合いはしてきたものだが、今回のようにガチで言ってる忠告をガ
ン無視してさらにそれが悪い結果を招く、というパターンは完全に初めてで、もうどこか
らどうすればいいのか全然解らない。
完全にどうかしていた、としか言いようがない。
俺は家にさえ帰りづらくなっていた。
これまで、家に居場所がない亭主、などという話を聞いて愛するカミさんがおって何い
うてんの、てな風に笑い飛ばしていたものだが、謝罪します。凄い、気持ちわかります。
そんな訳で、学校行ってから帰るに帰れず俺は隣街のショッピングモールまで来てい
た。お詫びの品を買って帰ってご機嫌を取ろうという手である。
しっかしご機嫌を取ろうにも、何をすればいいのか……。
この間のご褒美デートの時、もっと突き詰めて、何をしてもらうのが嬉しいのか。幸せ
なのか。はっきりさせておくべきだったと今更ながら悔やまれる。
似合いそうなアクセサリとかは安価なものなら即買いして贈っているんだが、微笑みこ
そ返してくれるし、着けてもくれるのだが本当に喜んでいるか微妙なところだ。
結局、本人が欲しいものをその場で買うのが一番安全という結論をこの間出した。
この線で高価な物を買ってくるのも冒険過ぎる。食べ物……は、シャトレのマカロンとか、アワシマの酒まんじゅう、醤油餅なんかが好
物なんだけど、どっちも高級志向じゃないわけで、日常的に買っているわけで、おわびの
シルシとしてどうなのよという気がする。
本……はまあ、俺と好みがかなり似通ってるけど違う部分もあるわけで、その違う好み
を突き詰めたような内容の本を買って帰れば相手を尊重しようという意思表示にはなるだ
ろうが、もうかなり本棚はキツキツになっていて、収納上手の革命剣姫 R・D さんをして
悩ませる事態が発生している。極力買わないように。どうしても。絶対必要な本だけにし
てください。と再三通告されているので、余計怒らせてしまう危険性がある。第一内容を
精査する時間がない。
どうするべえかな。八方塞がりだなー。と、店内中歩き散らしていると、お花屋さんが
目に入った。
これだわ。これしかねえわ。俺は駆け出していって、客待ち顔のお姉さんに声を掛け
る。
「すみません」
「はい、いらっしゃいませ」
愛想よく笑みを見せるお姉さんに俺は勢い込んできいた。
今の俺に恥も外聞もない。
「謝罪の時に贈るような花ってなんかないですかね!?」
お姉さんは少し考えて。
「ハシバミが一番良いと思いますけど……時期じゃないですし」
ないのか。とあきらめかけたが。
「ああ、カンパニュラがありますね」
「ください!!」
用意してもらったカンパニュラという青紫の小さく愛らしい花を携え俺は意気揚々と帰
路についた。
家に辿りついてから、またも問題が立ち上がった。
これ、どういう顔で渡せばいいんでしょうかね……。
明るく入っていけばいいのか!? 神妙に入っていけばいいのか!?
もう入るのやめて呼び鈴押しちゃおうか……。
いっそう歌うか!? ミュージカル調でやってみるか!?
あれそれ悪くないんじゃね?
なら脚本要るんじゃね?
そうと決まれば善は急げで、俺はカンパニュラを小脇に抱え、スマホの走り書きアプリ
を開いた。
玄関ドアも開いた。
え!? 待って待って! まだ俺準備まだだよ!?
しかし、無情にも革命剣姫R・Dさんは現れてしまう。
もう流れに身を任せるしかねえ!
「あ、性欲大魔神だー」
じっとりした目線をこちらに投げ掛けてくる。
「何しに来られたんですかー?」
めっちゃ機嫌悪い。めちゃくちゃ機嫌悪いですね。
「あ、その件なんですけれども」
俺は小脇のカンパニュラを持ち直し、掲げる。
「お届けものです!」
俺は花束で目線を隠す。「大変申し訳なかったと申しております」
「どなたが?」
「俺の心です!」
怖いっ。怖すぎて革命剣姫R・Dさんの顔見れない。
暫くして、溜息が聞こえて来た。
「入って」
「ただいまー」
俺は自室に帰るだけで、大変に消耗していた。
革命剣姫R・Dさんが半ばひったくるようにして俺からカンパニュラを受け取る。
なんとなく椅子に座るのが憚られて、俺は床に直接正座していた。
「なるほど。反省はしているようですね」
まだゴミに出していない酒瓶にカンパニュラを活ける。角度を調整して、満足気に頷く
革命剣姫R・Dさん。
カンパニュラの花言葉はご存知のようだった。
「はい」
俺は神妙に答える。
「犯罪だけは絶対やめて下さいよ」
性欲故にカミさんに潜在犯の疑いを掛けられる俺。
「え! 犯罪じゃなければいいの!?」
酒瓶のキャップが飛んできた。革命剣姫R・Dさんが、やや殺意の混じる眼差しでこっ
ちを見ている。
「ごめんなさい……」
あー。イカンイカンイカン。気を抜くとこういうの出てきちゃうのが俺の悪い所でして
ね。
「クソバカタレが……!」
神妙にしなければ。
「ホラ! さっさとPC立ちあげて! 書く書く!」
俺は弾かれたように痺れた足で立ち上がり、PCデスクに向かった。
PCの電源ボタンを押して、ふと思う。そして恐る恐る聞いてみた。
「あのー、革命剣姫R・Dさん? ご機嫌の方はー、今どんな感じなんですかね……?」
「前も言ったと思いますが」
どのことだろうか。
「私が、一番、楽しみに、していますからね」
一節ごとに区切って言うのだった。
しかし。未だに。俺と作中の総力勇者達は、強敵、暗器使いを倒しあぐねていたのだっ
た。
「念の為にお聞きましますが、それはマジのガチでおっしゃっているのですね?」
「マジのガチで申しあげております。暗器使いが倒せないよ」
「書きたくない言い訳とかではなくて」
「この先のシーンが書きたくて書きたくて書きたくて辛いよーおおおーって感じです」革命剣姫R・Dさんはこめかみを揉みほぐし、深い深い溜息を吐いて、一冊のノートを
開いた。
そして、ページを開いて俺に手渡す。
一瞬、続きの展開を革命剣姫R・Dさんがゴーストライトしてくれたのかと思ったが違
った。それは俺が、『総力勇者戦フルブレイブ』のアイデアやプロットやシノプシスや登
場人物や世界観の設定を書き溜めたノートだった。
開かれたページを見て俺は息を呑んだ。
「クロガネセブンを忘れるなんて……!」
それは総力勇者クロガネセブン。別名飛び道具絶対殺すマンの設定が事細かに書かれた
ページだった。
別に彼は、全ての飛び道具を破壊し尽くす為に生みだされた男という訳ではないのだ
が、彼の有する特殊能力は、手裏剣だろうと、銃弾だろうと、ミサイルだろうと、ファン
ネルだろうと、それが、持ち主の手を離れて対象を攻撃する手段であれば絶対の優位性を
持っていた。
但しハニートラップに弱い。
「そうか……コイツの登場早めて暗器使いにぶつければ……!」
「彼なら勝てます。やってくれます。ご都合主義の謗りは受けるでしょうが、それを言わ
れたらこの作品の場合、彼の能力、ひいては特殊能力が登場する世界観事態がご都合主義
です。甘んじて受けるか、開き直るしかないでしょう」
「うーむ」
「彼がここで登場する理由については説得力のあるものが必要になるでしょうが……それ
は巻島さんなら……」
「はい閃きました」
「早」
「はい。閃光のマキシマと呼ばれるのにも理由があります」
「そんな二つ名で呼ばれているところは見たことがありません」
「はい。今日から呼んでください」
「ええけん早よお書きや」
「はい」
俺と長く暮らす内に、革命剣姫R・Dさんにも断片的ながら伊予弁が移ってしまってい
た。
それはそれとして、それからの俺の執筆スピードは我ながら大したもので、あっという
間に雪だるま式に溜まっていたノルマを解消してしまった。
問題が解決して、書きたいシーンに行けるという時は大体こんな感じだ。
……いつもこうだと良いのだが。
俺の好調はあくる日の執筆時まで続いた。
そして、残る当面の問題と言えば三日月のことである。
このまま気まずく、抗議で顔を合わすのは避けたい所だ。
共通のマブダチであるところの部長に相談があるとラインしてみたところ。
「部長会がヤバいのとバイトがヤバいのと、レポートがヤバいので世話になっている先輩
の手前申し訳ないけど他を当たってほしい」
という旨の返答が来た。
「マジか」
「念の為バイト先と彼が受けてる講義の教授に確認の電話入れてみますか?」
「やめてあげて! そういうことを疑ってるんじゃないんです! もっとこう、運命のバ
カヤロー的なやつ」
「冗談です」「だよねー」
「というか私に相談してください」
「ええー」
「なんですかその顔は」
「何か良い方法が?」
「ウダウダ言ってないで三日月さんち行って謝罪するのがいいかと。これと同じ花を買っ
て」
「えええー」
「何ですかその顔は!」
「彩澄くんにラインしよーっと」
「聞けよ!」
「ごめんね」
仲直りしたばかりの革命剣姫R・Dさんの機嫌を損ねるのは怖かったが、三日月の同じ
手段を使い回すのはより怖ろしかった。
そして彩澄くんにラインすると、色よい返事が来たので早速彼のウチにお邪魔する運び
となったのである。