対談からの前夜
城内にある会議室。
近衛兵に守られたホウセイとロンレンの前に、数人の宮司と巫女を引き連れた老齢の男が現れる。
「陛下。本日はお時間をご用意いただき、誠にありがとうございます」
ゆっくりとした口調で挨拶を述べて頭を下げる老齢の男。
彼は社に勤める全ての神職者達を統括する、宮司総代を務めているソウショウ。
それほどの人物が来たとあって、油断はできないとホウセイは表情を引き締めている。
というのもホウセイとソウショウが対面するのは、就任時の挨拶以来の二度目。こうした場での話し合いをした事は一度も無いからだ。
「気にするな、ソウショウ。今回の件はしっかりと話さねば、後々厄介になるからな」
「まったくもって、その通りです」
頷いたソウショウは、緊張した面持ちで立っているロンレンにも顔を向け会釈する。
それに会釈で返したロンレンもまた、何を言われるのかと警戒している。
(大丈夫だって陛下は言っていたけど……)
緊張だけではなく不安も隠せないロンレンは、頼るべきホウセイに視線を向けて気持ちを落ち着けようとする。
「とりあえず座ろうか。ロンレンも座りたまえ」
「それでは失礼して」
「は、はい」
ホウセイとソウショウとロンレンは着席し、宮司と巫女はソウショウの後ろに控えるように横並びで立つ。
その中にあの場にいた宮司長達の姿を見つけたロンレンは、彼らからの期待の眼差しに気づくとすぐに視線を外した。
「それでソウショウよ。今日の用件は彼のことについてで間違いないか?」
「はい。後ろに控える者達から話を聞き、そちらにいるロンレン君に興味を持ちました」
国と神職者の頂点にいる二人の会話に、自身のことだからこの場にいるとはいえ、場違い感を覚えるロンレンの緊張が高まる。
「なんでも六つもの加護を授かり、それによって寿命が尽きるまで不死身となり、さらには生命神様が直接彼に会いに来たと聞きました」
「私も彼と、その場に立ち会った息子達からそのように聞いています」
『おぉ……』
肯定の返事に立ち会っていない宮司と巫女が小さく驚きの声を漏らす。
「しかし、何故彼は城にいるのでしょうか? リ家へ向かわせた使いは、そのような者はいないと門番に追い返されたそうですし」
「それについては私から説明しよう。実はだな……」
追放について知らないソウショウへ向け、ここまでの経緯をホウセイが説明していく。
当然ながら追放された理由を聞いた彼らは、顔を真っ赤にするほど激怒した。
「神に対して、なんたる冒涜だ!」
「いかなる神であろうと、その加護を否定するとは罰当たりな!」
「加護の内容すら確認せずに何を言っているのだ、リ家の当主は!」
神職者なら当然の怒りを露わにする宮司や巫女を前に、ロンレンは思った。
(もしも一旦帰らず、あの場で同じことを言っていたら大荒れだったな。いや、そうなると分かっていたから一旦帰ったのかも)
そんな予想をしている間も宮司や巫女の怒りは治まらず、口々にパイアンへの文句を口にする。
これ以上の騒ぎはあまり良くないと思った近衛兵達が止めようとするが、表情も顔色も変えず沈黙を守っていたソウショウが先に声を掛けた。
「皆さん、やめなさい」
たったその一言で声は収まっていき、すぐに静まり返った。
「場を弁えなさい。それに他人を貶すのは自らの人間としての格を落としますよ」
「は、はぁ……」
「申し訳ありません」
「ですが、リ家の当主は」
「気持ちは痛いほど分かります。ですが我々は人間です。過ちを犯し、間違いも起こします。だからといって、それを神の名の下に粛清する権利は有りません。人である以上は、人の作った法の中で生きていかなければならないのです。私達は神を崇め、称え、感謝し、祈る者であって決して神の代弁者や代行者ではないのですから」
穏やかな口調で語るソウショウの言葉に宮司達は黙り、神職に興味の無いロンレンも思わず聞き入ってしまう。
「失礼しました、陛下」
「いや、構わんよ。そなたらのような者には、耐えがたいことであろうからな」
「寛大なお心に感謝します」
両手を合わせて一礼をしたソウショウが姿勢を正すと、説明の続きが行われる。
加護の確認、生命神との出会い、城へ来た経緯、そしてロンレンの現状。
途中で宮司長が口を挟みそうになったのはソウショウが止め、最後まで説明を聞いていく。
「以上が彼が城にいる経緯だ」
「なるほど。つまり君は我々の庇護下に入るのを嫌ったため、殿下を通して陛下を頼ったんだね」
「その通りです」
確認するかのように問いかけられたロンレンは、隠すことなく肯定する。
ここでようやく、生命神との対面に立ち会った宮司長が口を挟む。
「何故だね。不死身の上に生命神様が直々に会いに来るほど神に愛された君は、御使いとして我々を導く存在足りうる者だ。身の回りのことも今後の生活も、我々が保証する。どうか御使いとして我々の下へ来てくれないだろうか?」
なんとか引き入れようと捲し立てる宮司長へ、きっぱりと返事をする。
「それが嫌なんです」
「……どういう意味かね?」
「自力で手に入れた訳じゃないからです。俺はあなた方のような信仰に熱心でなく、ただ偶然生命神に認められて、強力な加護を与えられただけなんですよ。それなのにそれだけのことを与えられ、施されるのは俺が自分を許せません」
自身の意見を述べると、宮司と巫女の反応は分かれる。
片やロンレンの言い分に納得し、何もしていないのにただ与えるのはどうなのかという同意派。
片や言い分に納得できず、神が直接会いに来た時点で成し遂げているという否定派。
そんな中でソウショウは小さく頷き、尋ねる。
「だから、魔域内部の調査を成し遂げて、自力で何かを得たいんだね」
問い掛けにロンレンは頷いて返す。
「はい。それと俺の加護を使えないと言ったあいつに、その加護のお陰でこれだけの事を成し遂げたぞって見返してやりたいんです」
嘘偽りない本心を伝えると、ソウショウは笑みを浮かべた。
「なるほど。ならば私達は君を迎えるのを諦めましょう」
「総代!?」
潔く諦めると発言したソウショウに、宮司と巫女だけでなくホウセイとロンレンも驚きの表情を見せる。
「何故です。彼ほど神に愛された者ならば、御使い様として迎えるべきです」
「御使い……ですか。皆さん、勘違いしないでください。彼は御使いでなければ使徒でもない。紛れもなく、ただの人間です」
この場にいる誰もが御使いと呼んでいるロンレンに対して、ただの人間だと言い切ったソウショウに宮司も巫女も驚きの表情を隠せずにいる。
神がわざわざ直接会いにきたのに、どうしてそう言い切れるのか彼らには分からなかった。
一方のロンレンは、先日ルウフェイから言われた事を思い出していた。
『ロンレンは化け物なんかじゃなくて、れっきとした人間でしょ』
彼らは称えるつもりで御使いと呼んでいたが、人間じゃないと受け取ることもできる。
その事に気づくと、ここまでソウショウだけが自分を御使いと呼んでいないことにも気づいた。
「どうしました? 彼が人間であると言い切ったのが、何かおかしいですか?」
「お言葉ですが総代。彼は神に認められた者、即ち人を越えた存在です。ただの人間のはずが」
「いいえ。彼はただの人間ですよ。確か生命神様はこう、おっしゃっていたそうじゃないですか。魔力が無いことは、人間という生命体にとって完全体である証拠だと」
生命神が言っていたことを告げられ、立ち会った宮司長達はハッとした。
あの場で生命神自らが、彼の事を人間だと言っていたじゃないかと。
「先の発言もそうです。何もしていないのに施しを受けたくないという己への誇り、価値が無いと言われた加護で偉業を成し遂げたいという反骨精神、そして父親を見返したいという怒り。どれも実に人間らしいじゃないですか。彼はまごうごとなき人間です。我々と同じく特別な存在なんかではなく、生命神様からとても良い加護を授かっただけの一人の人間なのです」
演説のように語るソウショウに、同行してきた宮司や巫女は何も言えずに俯く。
彼らは気づかされた。自分達の中でロンレンという存在を勝手に神聖視していただけだと。
彼は所詮一人の人間に過ぎないのだと。
そして、そんなことにも気づかなかった自分達が如何に盲目的で浅慮だったのかと。
「だからこそ彼が拒否するならば、我々は強制できません。相手の意思を無視して己の利だけを通そうなど、決してはしてはいけません。それは人間としての格を落とすだけでなく、人としての道を踏み外してしまう行為になります。ですから、潔く身を引きましょう」
『……はい』
説得に応じて全員が頷き、一番熱心に勧誘しようとしていた宮司長も大人しくなった。
「皆さん、気にすることはありません。先ほども申しましたが、我々は過ちを犯して間違いを起こす人間なのです。大事なのは己の人間としての未熟さに気づき、それを受け入れることです。皆さんはもう、二度と同じ過ちを犯さないはずです。そうですよね」
『はい』
しっかりとした返事と表情にソウショウは満足そうに頷き、ホウセイへ頭を下げる。
「重ね重ね、失礼しました」
「構わん。そうした旨を話すための場なのだから、気にするな」
「寛大な御心に感謝します」
頭を上げたソウショウは、今度はロンレンへ謝罪する。
「君も悪かったね。我々の都合を押し付け、望みもしない地位へ押し込めようとして」
「いえ、あの状況に出くわした神職者なら当然の反応ですから」
「そう言ってもらえると助かります。お詫びと言っては何ですが、魔域の調査に協力させていただけませんか?」
突然の提案にホウセイとロンレンだけでなく、何も聞いていないのか控えている宮司や巫女も驚いている。
すぐに表情を引き締め直したホウセイは、真意を確かめるために尋ねる。
「協力、というのは?」
「そのままの意味です。調査に直接的に関わらせてほしいとまでは言いません。後方支援でもいいので、力をお貸ししたいと思っております」
「ふむ……。具体的には?」
「資金は勿論ですが、治癒の魔法を使える者の派遣と、道中で社へ泊まれるように手配することはいかがでしょうか?」
「ほう」
この三つの協力はとても魅力的だとホウセイは判断する。
というのも、移動は決して安全とは言えないからだ。
盗賊や野生の獣もそうだが、それ以上に危険なのが邪魔物と呼称される存在。
詳しい生態は不明とされているそれは、獣や虫や魚や植物が異常な姿へと変貌した生物。
その凶暴性と肉食性から、邪な魔に魅入られた生物、通称邪魔物と呼称されるようになった。
幸いなのは滅多に人里へ近づかないのと、一部の邪魔物を除き、倒せればとても良い食材や素材になることなのだが、それを求めた狩人や傭兵の犠牲者は決して少なくない。
そのため今回の魔域への移動も、それを警戒して多くの護衛を付けることになっているが、当然その分の予算が必要になる。
(資金提供があれば予算の目処がつくし、社に宿泊できれば町での宿代を削減できる。それに社が多く抱える治癒の魔法の使い手がいれば、邪魔物と遭遇しても生存率が上がる)
話を受けた際の利益を計算したホウセイは、前向きに考えつつも気になったことを質問をする。
「それを受けた場合、そちらは何を望むつもりなのだ」
いくら相手が神職者とはいえ、何も見返りを求めないはずがない。
そう考えての問い掛けに宮司や巫女が不機嫌な表情を浮かべるが、ソウショウは表情を崩さず返事をした。
「一つ、お願いをしたく存じます」
『総代!?』
無償の善意で協力を申し出たと思っていた宮司や巫女は驚く。
「申してみよ」
「はい。もしも彼が本当に魔域内部へ潜入できたのならば、どうか潜入したまま戻らなかった方々の遺骨か遺品を回収してほしいのです」
「遺骨か遺品ですか?」
てっきり何かしらの利益か融通を求めるのかと思っていたロンレンは、お願いの内容に思わず聞き返す。
「そうです。魔域へ潜入した後、長く戻らず連絡も無いので死亡したと断定されましたが、やはり遺骨なり遺品が無い葬儀というのは遺族にとって納得しがたいものですし、執り行う側としても心苦しいものです。ですので、そうした葬儀をしなければならなかった無念さから、いつか内部へ入れた際は遺骨か遺品を回収して供養してやってほしいと、当時の総代から言い伝えられているのです。ですので、どうかお願いできませんでしょうか」
改めてお願いをして頭を下げる姿にホウセイの姿に、お願いとやらが利益や融通を求めるものだと決めつけていた宮司や巫女は自分自身を恥じ、ロンレンは協力してあげたいという気持ちになる。
しばし頭を下げる姿をジッと見たホウセイは頷く。
「よかろう、協力の件は承知した。ロンレン、頼めるだろうか」
「勿論、お受けします。中に入れればの話ですが」
「おおっ。ありがとうございます!」
話を受けてもらえたソウショウはお礼を告げ、両手を合わせて再度頭を下げる。
その様子にホウセイは僅かに笑みを浮かべた。
(やれやれ。今代の総代は心の底から聖人君子の善人だったか)
穿った見方をすれば聖人を気取っているとも取れるが、そうではなく心の底からそう言っているとホウセイは見抜いていた。
というのも、彼は音の神から拍動の加護を授かっており、これを目の前にいる相手に使うことでその人物の心拍を聞き取り、感情や思惑の有無を聞きわけている。
この加護でソウショウから聞こえた心拍は平静そのもので、悪巧みや何かしらの思惑を全く抱いていない澄んだ音をしていた。故にホウセイは聖人君子の善人と判断し、協力を承知した。
「では早速だが、明日にでも会議に参加して貰いたい。そちらが協力する点について、おおよそで構わぬから資料を準備せよ」
「分かりました。すぐに戻って検討し、資料を用意しましょう」
「よろしく頼む」
協力体制を築いたホウセイとソウショウは固く握手を交わすと、すぐさまソウショウは宮司と巫女を連れて資料作りのために退散する。
それを見送ったホウセイは、次いでロンレンへ声を掛ける。
「ロンレン、時間を取らせたな。引き続き訓練に励め。概要が固まったら会議に呼ぶ」
「承知しました」
一礼したロンレンも退室し、そのまま訓練場へ向かう。
そこから一ヶ月は怒涛のように過ぎていった。
王城では協力体制を築いた神職者を交え、連日会議が開かれた。
それに伴って徐々に市井には今回の件が広がり、魔域の調査で身内を亡くした遺族の子孫からソウショウ同様に遺骨か遺品の回収をしてほしいという嘆願が社や城へ届くようになった。これについては行き先別に嘆願を振り分け、調査へ向かう際に対処するという事で落ち着いた。
それに対して豪族の方は予想に反して大人しく、気になったホウセイが調べたところ、結果を待ってからでも遅くないという慎重派と、できるはずがないと高を括っている否定派の二つに反応が分かれたからだと判明。
割合で言えば慎重派が二で否定派が八。しかも否定派の中心にいるのがロンレンを追い出したパイアンなのだから、思わぬ誤算にホウセイだけでなく話を聞いたロンレンとハクトも胸を撫で下ろすと同時に呆れた。
「あいつは価値の無い奴には何もできないと思っているんだろう」
「お陰で余計な介入が無くなったんだから、皮肉な話だな」
一方で訓練漬けのロンレンの下には、時折ハクトが連れて来た学校での友人やルウフェイ、パイアンの言いつけを無視したラオヤンとシャンカが会いに来ていた。
厳しい訓練と自主訓練の合間の安らぎに落ち着くロンレンだったが、周囲はようやく恋仲になれたルウフェイとの甘い空気に苦笑いを浮かべたり、甘い何かを吐き出しそうになったりしていた。
やがて予定日が近づくにつれ、ロンレンも会議に参加するようになった。
「実証実験が成功なら、そのまま再潜入で調査開始ですか」
「そうだ。実証の結果報告は伝令に頼んで、君にはそのまま内部へ再潜入して調査をしてもらいたい。勿論、体調等に不良があれば、数日ほど再潜入を遅らせても構わん」
「分かりました」
「では次に、内部調査へ持って行く物資についての確認ですが」
これまでの議題で上がった点の確認に加え、実際に潜入するロンレンからの質問や意見による調整もつつがなく進み、遂に出発前日の夜を迎えた。
「とうとう明日は出発か」
高まる緊張を解すため、軽い運動や柔軟体操をするロンレンだが気持ちは全く落ち着かず、眠気が全く湧いてこないでいた。
翌日に備えて早めに寝たい気持ちと裏腹にどうしても目が冴えてしまって困っていると、部屋にハクトが尋ねてきた。
「よっ。やっぱり寝られないか」
遠慮なく部屋に入るハクトに、ロンレンは柔軟体操を止めて対応する。
「当たり前だ。むしろ寝れる方法があったら教えてくれ」
「酒でもやるか?」
「抜かせ。お前は未成年だし俺は明日から大事な任務なんだ、飲めるかっての」
「だったら物理的に眠らせてやろうか」
不敵な笑みを浮かべたハクトは握り拳を見せる。
「それが届く前に、俺の拳がお前を物理的に眠らせるだろうな」
「ほう? 最近は訓練漬けだから、調子に乗っているんじゃないか?」
「そりゃ調子に乗るさ。ハクに負けたことは一度も無いんだからな」
「だったら今日はロンに、初めての敗北を贈ってやろうか?」
二人の間に火花が散り、一触即発の空気になる。
だがそれは一瞬で霧散し、二人は笑みを零す。
「やるわけないだろ」
「だな。ありがとよ、ちょっと落ち着いた」
「気にするな。結局私はこの件の責任者になるどころか、何もできていないのだからな。友であるお前が苦しまないよう、出来る限りのことはすると言ったのにこのザマだ」
俯いて残念そうに言う通り、ハクトは魔域調査における責任者どころか、何の役目も得られなかった。
何度訴えても雑用ですらホウセイから許されず、約束を守ることができなかった。
「だからせめて、緊張を解してやるくらいはしてやろうと思ってな」
「贅沢を言えばルウが膝枕か添い寝をしてくれれば、即効で緊張が解けて寝れた」
「本当に贅沢を言うな、お前は。というあ、膝枕か添い寝で済むのか?」
「済ませるって。俺だって場と空気は弁えているさ」
「よく言う。初対面で私と殴り合いをしたくせに。しかも宴の場で」
「先に喧嘩売ってきたのはそっちだろ。俺は一度目も二度目も買っただけだ」
「だからって王族だぞ、私は」
「王族以前に、同い年のガキだっただろ」
「お前らしい言い分だな」
地位や身分など気にせず、一人の人間として向き合ってくれる。
だからこそハクトはロンレンを気に入り、交流を重ねて略称で呼び合う仲になった。
ロンレンもまた、そうした相手を求めていると分かったからこそ態度を変えず、リュウ・ハクトではなく一人のハクトと向き合った。
そんな日々を思い出していると、不思議と緊張が和らいでいった。
「今なら寝れそうだ」
「そうか。なら退散するとしよう」
役目を果たしたハクトは退室しようとするが、扉を開けたところで止まり振り返る。
「ロン、無事に帰って来いよ」
「ああ。そうしたら久々に手合わせでもするか。連敗記録を伸ばしてやるよ」
「言ってろ。お前との勝負に初黒星を刻んでやる」
いつも通りの会話、拳を合わせるいつも通りのやり取り。
大したことの無いいつも通りがロンレンの気持ちを落ち着かせ、ハクトが去った後で深い眠りへと誘った。
そして迎えた当日、物資を積んだ荷馬車と護衛、さらに数名の同行者と共にホウセイやハクトに見送られて出発する。
町の外へ繋がる門前では、休日ということで見送りに来たラオヤンとシャンカ、さらにルウフェイと順番に抱擁を交わすと、三人に見送られながら魔域へと旅立つ。
「兄さん、頑張ってくださいね!」
「ロンお兄様の無事を祈っています!」
「帰ってくれば僕に癒してもらえるからって、無茶はしないでね!」
ルウフェイのこの発言で調査隊に笑いが起こり、弟妹が騒いだのは言うまでもない。