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ノンデッド・サクセスライフ  作者: 斗樹 稼多利
8/12

再会後からの今後へ向けて


 馬車に乗ったルウフェイとラオヤンとシャンカを見送った後、夕食を挟んで部屋に戻ったロンレンは氣を使った訓練をしたくなり、一休みしたら再び訓練場へ向かった。


「さすがにこの時間は、誰もいないか。そんじゃまっ、独り占めってことで」


 暗くなって誰もいない中、ドウコクの言いつけを守って重りを付けたまま、まずは氣を使わずに自主訓練を始める。

 走り込みや格闘戦の動作をして一通り体を動かし終えると、氣を使うために意識を集中する。


(氣を感じ取って……受け入れる!)


 体の奥底から湧き出た氣により、青みがかった白銀の光に包まれる。

 氣を使っていない状態との比較のために同じ訓練をすると、その動きは雲泥の差だった。

 溢れる力に少々振り回されている感はあるものの、本当に重りをつけているのかと思うくらい軽やかに動けて、突きや蹴りの速さと鋭さが段違いになっている。


(マジかよ、これ)


 半分興味本位でやった訓練の結果に驚きながら、調子に乗ってそのまましばらく動き続ける。

 しかし、全く欠点が無いというわけではなかった。


「つっ……かれたぁ……」


 強い疲労感を覚えたロンレンは氣を引っ込めて訓練を止めると、その場で仰向けに寝転ぶ。


「氣を使っていると、こんなに早く疲れるのかよ……」


 生命神から教わった時は出してすぐに引っ込めたから気づかなかったが、氣の使用は身体能力を劇的に向上させるのと引き換えに体力の消耗を早めていた。

 さらにそれとは別に、重要な問題があった。


「おまけに体に纏う以外の使い方が分からないし」


 氣は魔力と違うため魔力の代わりとして魔法を使うことができず、拳を突き出したり蹴りをしたりすることで飛ばす事もできず、纏って身体能力を強化する以外の使い方が全く分からずにいた。

 分かったのは動きながら維持する難しさと、氣の量次第で強化と消耗が反比例するということだけ。


「仕方ない、今は氣の制御に専念するか。もっと安定させないと、消耗が早まるだけだ」


 とりあえずの方針を決めると起き上がり、背中についた土を払う。

 そこへ足音が聞こえたので振り向くと、竹製の水筒を手にしたハクトがいた。


「こんな時間まで訓練とは、熱心だな。ほら」


 相手が誰か分かって僅かに抱いていた警戒を解いたロンレンは、放られた水筒を片手で受け取る。


「まあな。氣がどんなものか、少し試しておきたくてな」


 蓋を抜いて中の水を一息で飲んでいく。

 冷えていない常温の水だが、訓練で渇いていた喉を潤すには十分だった。


「ああ、途中から見ていたよ。凄いな、氣というのは。魔法による身体強化でも、あそこまでは強化できないぞ」

「そうなのか?」


 魔力が無いという理由で、多少の知識はあっても魔法に触れることが無かったロンレンは首を傾げる。


「魔法での身体強化はおよそ五割増しが限度、魔力での強化だと精々二割増し程度だ。だがさっきのロンは、明らかにそれ以上の強化がされていた」

「そうだな……。あくまで感覚でだけど、倍くらいになっていたな」

「少し振り回されていたもんな、自分の動きに」

「そういえばそうだった」


 思った以上に強化された身体能力で動くのに夢中になり、気づいてはいたが興奮が勝って頭から抜けていた点を思い出す。


「まっ、そこは制御と並行して要訓練だな」


 今後の課題が追加されたものの、焦っても解決しないと割り切っているロンレンはさほど気にしていない。

 そういった割り切りの良さがロンレンの長所であると同時に、短所であるとハクトは知っている。

 実家を追い出された件についても、誰にも相談せず誰も頼ろうとせず自分の問題だと割り切り、一人で今後の事を悩んでいた。

 もしも自分が探して見つけ出して詰め寄らなければ、自分一人でなんとかしようとしていただろうとハクトは思う。


「上手くいかなかったら、遠慮無く言え。どれだけ力になれるか分からないがな」


 また一人で抱えないようにハクトがそう告げると、ロンレンはあることを閃く。


「だったら氣について調べてくれるか? 体に纏う以外の使い方が分からないんだ」

「それくらいならお安い御用だが、結果は期待しない方がいいぞ」

「分かってるって」


 生命神いわく、氣は魔力が無くて体をある程度鍛えていないと使えない。

 だがそんな人物など、国内外どころか過去にいるかどうかも怪しい。

 魔力が無い人物達ならば生命神が加護を授けているだろうが、最後の人物ですら数百年前の話。

 仮にその人物達の記録が残っていたとしても、氣を習得していたのか、習得していたとしても使い方を記録して、それが現在も残っているのか。

 普通に考えれば見つけるのは不可能に近いが、万が一という可能性も否定できない。


「できる範囲でいいから、調べてみてくれ」

「分かった。やるだけやってみよう」

「頼む」


 約束を交わした二人は、そろそろ寝床に着くため訓練場から離れる。

 部屋に戻るまでの間にハクトは、ロンレンがいなくなって取り巻き気取りが集まって面倒だった、ルウフェイ以外の数少ないロンレンの友人達が心配していた、本人がいないのをいいことに悪口が聞こえてイライラしたと、今日の学校での出来事を語り、ロンレンはそれに相槌を打ちながら話を聞く。

 その最中、ふと何かを思い出したようにロンレンが話題を切り出す。


「そういえば魔域内部への潜入検証を来月、旧イ家の領地にある魔域でやるんだって?」

「ああ、今日の午前の会議でそう決まったと父上から聞いたな。お前にはドウコクが伝えていると言っていたが、ちゃんと伝わっていたんだな」

「なんか兵士への連絡のついで、って感じだったけどな」

「ドウコクらしいな」


 幼い頃からドウコクの指導を受けているハクトは、彼がそういう男だと理解している。


「まだ詳細を詰める必要はあるが、おおよその骨格は決まったらしい」

「もうか? 随分早いな」

「父上や一部の長官が、一昨日に遅くまで草案を練っていたと文官から聞いたから、それが理由だろう」


 そこまで力を入れているとは思わなかったロンレンは驚き、同時にそこまで期待されているのを知る。


「ロンには詳細を詰めてから会議に呼び、説明するつもりのようだ。だから今は潜入に備えて、しっかり鍛えておけ」

「了解。氣の方も含めて可能な限り鍛えとく」


 想像以上に期待されていると分かったロンレンは表情を引き締めて答え、翌日以降の訓練への気持ちを新たにする。

 その様子を見ていたハクトもロンレンと同様に、何かを思い出したかのように別の話題を切り出す。


「そうだロン。さっきのルウフェイへの告白のことだが、二重の意味でよくやったな」

「はははっ。半ば勢い任せだったけどな。うん? 二重?」


 一方は告白の成功だとしても、もう一つの意味がロンレンには分からなかった。


「そうだ。覚えているか? 魔域内部へ潜入できたら、お前は名誉豪族になるのを」

「ああ。確か所属先をハッキリさせて他国からの干渉を弱めるためだっけ」


 契約書に記載する報酬や待遇を決める際、ホウセイからこの提案が出た時にロンレンは断ろうとしていた。

 しかし、何かを成し遂げた本人にのみ与えられる一代限りの豪族とはいえ、国に所属していれば魔域のある各国からの干渉を弱め、国を挟んでの交渉になるからと説得された。

 外交の手札として使われそうだと思いつつも、ここは国に守ってもらった方が安全だと考えて承諾。契約書の待遇面に記載されることとなった。


「それがどうした?」

「分からないか? 一代限りとはいえ豪族になって、しかも国家規模の計画の中心にいて、しかも第三皇子である私と略称で呼び合う仲なんだぞ」

「あっ……繋がりを持ちたくて豪族が接触してくる?」


 肯定するようにハクトは頷く。

 大きな計画の中心人物と繋がればおこぼれに預かれる可能性もあり、上手くいけば利権に絡めるかもしれない。

 仮に駄目でも、ロンレンを通じて皇族と繋がりを得ようとする。

 そうした考えを持って接触し、繋がりを得ようとする輩が出てもおかしくない。

 元は高位豪族の一員だったロンレンは、そうなる可能性に気づいて面倒そうな表情をする。


「で、繋がりを作る手っ取り早い手段は……」

「嫁の斡旋」

「そうだ。しかし既に相手がいると知れば、その手の干渉は無くなる」


 リュウ皇国は一夫一妻制。

 それは皇族や豪族であろうと同じで、例え結婚前とはいえ決まった相手がいる人物への婿や妻の斡旋は失礼な行為として受け止められる。

 中には気にせず声を掛ける者もいるが、そういった人物は大抵無視され、その後の社交界でも礼儀知らずとして除け者にされやすくなる。


「幸いにも今のお前はリ家から除籍された平民だ。相手が平民のルウフェイでも、相応しくないという文句は出まい」

「名誉豪族になってからだと、そうはいかないだろうな」

「その通りだ。豪族になったのなら豪族の娘をと、周りが煩かっただろう」

(よくやった、俺)


 平民である期間だからこそ想い人と結ばれたことに、あそこで告白した自分を密かに褒めるロンレンだった。


「彼女とのことは私の方で広めておこう。でないと、知らずに相手を勧めてくる者が出るからな」

「今の段階でか?」

「鋭い者なら、今回の調査の件とお前の加護を知れば成功を確信し、相手を探すだろう。実際、あの場にいた長官の何人かは既に相手探しをしているようだぞ」


 元豪族の一員として理解はしていたが、その動きの早さにロンレンは軽く呆れた。

 その気持ちを察したハクトは肩を軽く叩き、無言で励ましておいた。


「そうそう。私もできるだけ彼女を連れて来よう。相手なのに会っていないと、不仲説を流されかねないからな」

「頼む。ついでにダチも連れてきてやってくれるか?」

「いいだろう。それぐらい、お安い御用だ」


 二人は難しい話はここで切り上げ、その後は部屋に着くまで何気ない雑談を交わし続けた。

 翌朝、ドウコクと早朝訓練を済ませて朝食を取っていたロンレンの下へショウライがやってきて、重要な連絡を伝えた。

 明日の午前に社の関係者達がロンレンの件で陛下と面談しに来るから、同席してほしいと。



 ******



 城から戻って来たラオヤンとシャンカは、帰りが遅いことを軽く注意されたのと、どうして皇族の紋章が入った馬車で帰って来たのかを父親のパイアンから尋ねられた。

 護衛として馬車に同乗したランカから、魔域の調査とロンレンの加護の件は伏せるように言われていた二人は、ロンレンが城で働くことになったとハクトから聞いて会いに行っただけだど説明。

 二度と会いに行くなという叱責を軽く聞き流し、心の中で悪態を吐く。


(黙れ人でなし。僕の兄さんを追い出したゴミ野郎の言うことなんか、誰が聞くか)

(こんな金と名誉と欲に塗れた豚親父といるよりも、お兄様との時間の方が不可思議倍大事だというのに)


 言いつけを無視するつもり満々の二人は、次にロンレンと会えるのはいつになるだろうと考えている。

 ちなみに不可思議とは現象ではなく、十の六十四乗を表す数字の単位を指す。


「いいな、二度とあいつとは会うなよ」


 強い口調で言いつけるパイアンだが、二人は全く返事をせずに会釈だけして退室する。

 会釈の意味を了承と受け取ったパイアンは何も言わないが、二人にとって今の会釈は一応退室の礼ぐらいはしておこうとやったこと。

 双方の考えは噛み合っていないものの、結果的にそれでこの場は何も起きずに済んだ。

 その後、夕食や学校の課題を済ませたラオヤンは、押し入れから寝床にあるのとは別の枕を取り出し、寝床へ転がってその枕へ顔を埋める。


「はぁ……兄さんに会いたい」


 今までずっと一緒にいた人が、ある日突然いなくなる。

 その喪失感に前日は悲しみに暮れて絶望し、今日は寂しさに包まれている。

 ロンレンを思い浮かべながら抱えた枕に顔を埋めていると、扉がノックされた。


「ラオお兄様。よろしいですか?」

「シャンか? いいぞ」


 許可を得て入室したシャンカは色気の欠片も無い寝間着姿で、入室するやいなやラオヤンが抱える枕へ目を向ける。


「その枕……。香りからしてロンお兄様の物ですね」

「よく分かったね」


 実はラオヤンが抱えている枕は、つい先日までロンレンが使っていた物。

 使っていた部屋を物置にするため処分されそうだったのを、こっそり回収して保管していた。


「私がロンお兄様の香りを嗅ぎ間違えるはずがありません」


 胸を張って誇らし気に言っているが、決して胸を張ったり誇ったりできることではない。


「そういうシャンだって、体から兄さんの香りがするよ」

「ついさっきまで、こっそり回収しておいたロンお兄様の上着を纏い、顔を埋めていましたから」


 得意気に告げるシャンカも、同じく処分されそうだった服を数点こっそりと回収して保管している。

 その際に下着も回収し、厳重に隠して保管しているのはラオヤンにも秘密にするつもりでいる。

 枕を抱えたラオヤンはそれを聞き、悔しそうな表情を浮かべた。


「くぅ……。出遅れて枕しか回収できなかった自分が憎い……」


 どこかおかしい二人の会話だが、生憎とツッコミを入れる者はここにいない。

 仮に誰かがこの場にいたとしても、二人は同じ会話をしただろう。

 二人にとっては、どこもおかしくない行動であり会話なのだから。


「しかし今日はロンお兄様の状況に驚きましたが、それ以上に悔しかったですね」

「……そうだね。仕方のないこととはいえ、やっぱり悔しいね」


 悔しそうな表情をする二人は、窓の外の星空を眺める。

 そしてふと呟いた。


「どうして私は、ロンお兄様の妹として生まれてしまったのでしょう」

「僕もだよ。なんで兄さんの弟に生まれちゃったんだろう」


 二人が実の兄であるロンレンへ向ける感情は、要するにそういう類のものだった。

 決して周囲からは理解されず、兄にも許容してもらえないのは二人とも分かっている。

 それでも二人の想いが変わることはなく、こっそり回収してまで兄の物を手元に置いて気持ちを紛らわしている。


「血の繋がりが嬉しいと同時に憎らしいよ」

「女の身だというのに、兄妹というだけで結ばれない繋がりが恨めしいです」

「僕はそれに加えて、性別という壁も存在するんだよね」

「何にしても、ロンお兄様が私達に振り向くことはありえないということですわね」

「……だよねえ。そもそも兄さんが僕達をそういう目で見ることなんて、全く無かったからね」

「「はあ……」」


 溜め息を二人の頭に浮かぶのは、城で見た仲睦まじいロンレンとルウフェイの姿。

 家を追放されたとはいえ、そのお陰で結果的に想い人と結ばれた兄の幸せを祝福したくとも、心の底から祝福しきれない複雑な心境を抱えた二人の夜は更ける。



 ******



 皇都の住宅街。周囲にある家よりも少し大きく、小さいながらも庭がある二階建て住居。

 その一室でルウフェイは、部屋の主である母親へロンレンとのことを報告していた。


「まあ、本当なのルウ!」


 背と髪を伸ばし、胸を大きくしたルウフェイという外見をした母親のシェイランは、娘の報告に喜びながら真偽を問う。


「本当だよ。僕達、略称で呼び合う仲になったんだ」


 上機嫌でだらしない笑みを浮かべるルウフェイは、鼻歌を歌うようにロンと繰り返す。


「良かったわね。あなたと彼の様子を見ていて、正直もどかしかったもの」

「仕方ないじゃないか。つい最近までロンと僕の間には、身分っていう越えられない壁があったんだから」

「そうね。物語だと身分違いの恋でも上手くいくものだけど、現実はそう簡単にいかないものね」


 娘の言葉にシェイランは、納得するように数回頷く。


「だけどそれも昨日までだよ。僕とロンはもう、恋仲なのさ。でへへぇ」


 普段は無表情でいることが多い娘が、これ以上ないほど蕩けた表情で笑う姿にシェイランは嬉しくなる。


「もう、そんなにだらしない顔しちゃって」

「いいじゃないか。母様だって父様と一緒にいる時はだらしない顔してるんだから、遺伝だよ遺伝」

「そういうところは似なくていいの」

「無理だよ。だってロンとのこれからを考えただけで、頬が緩んできちゃうんだから」


 つい最近までは同じ少年のことを考えても、諦めざるをえないと寂しそうにしていた娘が、これほど嬉しそうにしているのは母親として嬉しく思うシェイランだが、母親だからこそ伝えるべきことがった。

 それを伝えるために表情を引き締めたシェイランは、姿勢を正して娘へ切り出す。


「ルウ。本当に彼との未来を考えているのなら、私からいくつか言わせてもらうわ」


 母親の様子に大事なことだと察したルウフェイは、緩んでいた頬を叩いて表情を引き締める。


「まずは自分と彼の立ち位置を見直しなさい」

「立ち位置?」

「そうよ。あなたと彼はまだ、付き合始めたばかり。つまり、そこで満足しちゃ駄目なのよ」


 指を差されての指摘にルウフェイはハッとした。

 シェイランの言う通り、二人はまだ付き合い始めたばかり。

 そこに満足している場合ではないと。


「本当の勝負は、ここからよ」

「本当の……勝負……」

「あなたはこれから、彼との関係を深めていかなくちゃいけないの。他の女にうつつを抜かされないよう、彼の身も心もしっかり掴んだ上でね」


 自分も母親からそう言われ、今の夫と添い遂げるために苦労したものだと、密かにシェイランは振り返る。


「な、なるほど。そのためにはどうすればいいの?」

「人間の三大欲求。そのうちの二つを押さえてやるのよ」

「二つ? 三大欲求なんだから、三つじゃないの?」

「じゃあ聞くけど、どうやって睡眠欲を押さえるの?」


 しばし考えたルウフェイは、首を横に振った。


「……無理だね。快適な睡眠を提供する方法なんて、良い寝床を用意するぐらいしかないよ」

「でしょう? だから残りの二つ、食欲と性欲を押さえるのよ!」

「胃袋を押さえるのには自信があるよ。伊達に食事当番を手伝っていないからね」


 休日や放課後に『勇猛の牙』の訓練に参加しているルウフェイは、食事当番として何度も厨房に立ったことがある。

 そのため料理の経験は豊富かつ、腕前も決して悪くない。


「そうね。もう少し作れる種類を増やす必要はあるけど、基礎はできてるから問題無いわね。そしてもう一つの性欲は……」


 シェイランの視線が自分とは比べ物にならないほど平たい、娘の胸元へ向けられる。

 だが二人は諦めの表情も難しい表情も見せず、不敵な笑みを浮かべた。

 まるで来るべき時が来たと言わんばかりに。


「分かってるよ、母様。これを見たら、きっとロンも驚くだろうね」


 自信満々に告げたルウフェイは、おもむろに上着を脱ぎだした。

 父親は言えに不在なのに加え、母親の部屋だからこその行動にシェイランは何も言わない。

 やがてルウフェイが上着を脱ぐと、その下には胸部と腹部に巻き付け、背中側にある複数の紐で結ぶ下着のような着衣があった。

 それの背中側の紐を全て緩めた途端、着衣を吹き飛ばさん勢いで胸部が膨れ上がった。

 平たかった胸はシェイランとほぼ同等の大きさになり、両腕を組んで下着越しにそれを支えるルウフェイは少し誇らしげにしている。


「さすがは大きいことで悩む女性の味方、胸部補正下着だね」


 ルウフェイが身に着けているのは、とある元傭兵の女性が服飾職人の夫と作り上げた物。

 男性からの不快な視線、運動時の揺れ、なかなか合う下着が見つからない。

 それらを全て解決するこの補正下着により、ルウフェイの胸は真っ平のように押さえつけられていた。

 しかも装着時に苦しくなく型崩れをすることもないため、大きいことで悩む女性の強い味方として評判を呼んでいる。


「当然よ。同じ悩みを持った女性が考案し、試作と改良と改善を幾度となく重ねて作り出した物だって話だもの」

「後はこれでロンの性欲を押さえればいいんだね」

「その通りよ。彼も男、それにそそられないはずがないわ」

「もしもロンが小さい方が好きだったら?」


 緩めた補正下着の紐を結び直しながら、気になった点を尋ねる。


「大丈夫よ。前に遊びに来た時、一瞬だけど私のこれに目を奪われていたから」


 自身の胸を叩くシェイランの言葉に安堵しつつも、その時のロンレンに対してちょっと苛立ちを覚える。


「だから後は知識ね。そういった事に関する知識を少しは覚えておきなさい」

「技術は?」

「彼との交わりで磨いていけばいいわ。技術的な知識は、うちが用心棒をやっている娼館の子を呼んであげるわ。ルウが向こうへ行くのは、ちょっと問題が有るからね」

「分かった。お願いするよ、母様」


 任せておきなさいと返すシェイランを頼もしく思いながら、ルウフェイは妄想する。

 いずれは一緒になったロンレンと、その間にできた子供達との楽しい日々を。


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