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ノンデッド・サクセスライフ  作者: 斗樹 稼多利
6/12

実感からの訓練


 会議室での一幕を終え、退室したロンレン達はホウセイからの指示に従い、待機していた部屋に戻っていた。

 そこで改めてロンレンの首を見て、繋がっているのを確かめる。


「見事に治っていますね」

「治っている、と言うよりも再生されたんだろう。なにせ再生の加護だからな」


 切り落とされたのに、傷一つ無い首をハクト達は興味深そうに眺める。


「触った感じも特におかしくないし、違和感も無い。凄い加護だな」


 改めて自身の首に触れているロンレンも、再生の加護の力に感心する。


「しかし、再生する時の光景はちょっとアレでしたね」

「まあ、なあ……」

「否定できません」


 再生されていく光景を思い出して表情を暗くするランカに、ハクトとショウライも俯き目を逸らしながら同意した。


「どんな風に再生してたんだよ……」


 再生していた当事者のロンレンには、自分の頭部がどう再生したのかが分からない。

 斬り落としたのが手足だったならともかく、不死身を立証するために首を斬り落としたため、自分での確認ができなかった。

 少し怖く思いながら気になっているロンレンへ、ハクト達が身振り手振りを加えて説明する。


「噴き出ていた血が止まったと思ったら、こう逆流を始めて」

「床に転がった頭部は霧散して、逆流しながら渦巻く血液と混じり合いながら」

「お前の首から上を元通りに戻した、という感じだ」


 順番に述べられた説明を聞き、こんな感じかと想像したロンレンは微妙な表情を浮かべる。


「見てみたいような、見たくないような……」


 反応に困る再生の光景を想像し、そう呟く。


「ちなみにお前としては、どうなんだ? 再生された時、どんな感じだった」


 興味本位でハクトが尋ね、ショウライとランカも興味があるのか説明を求めて身を乗り出す。

 一方のロンレンは、少し俯いて表情を曇らせた。


「再生された時の感覚は何も無かった。でも……」

「でも?」

「あの時の意識が飛びそうになった、痛みと苦しみは覚えてる」

「「「えっ……」」」


 思いもよらない返答に三人の表情が固まった。


「確かに死ななかったし、この通り元に戻った。でも覚えてるんだ、首を斬られる時の感触と痛み、斬られた後の意識が飛ぶほどの激痛と、声を上げるどころか息もできないほどの苦しさ。激痛で意識が飛んでは戻ってを何度も繰り返して、その後に意識が途切れたと思ったら元通りになっていた」


 首に触れながら語るロンレンの体と声が震え出す。

 体の震えは徐々に大きくなっていき、それに比例するように口調も早くなっていく。

 その姿にショウライも小さく震え出し、想像できない類の痛みを語られたランカは自分の体を抱きしめ、ハクトはそんな友人の姿を見ていられなくなる。


「お前達にすれば数秒ぐらいなんだろうけど、あの時の俺はたったそれだけの時間がとてつもなく長く感じるほど、痛みで意識が飛んでは戻ってきてを繰り返して」

「もういい! それ以上言わなくていい、ロン!」


 耐えられなくなったハクトが両肩を掴んで止めさせる。

 話すのはそれで止まったものの、震えは止まらず呼吸は荒い。


「すまなかった! 不死身を証明するためとはいえ、すまなかった!」


 ハクトが悪い訳でもないのに謝り、肩を強く握る。

 少し考えれば分かることだった。

 寿命以外で死なない、どんな傷でも体の欠損でも再生する。

 だが、決して痛みや苦しみが伴わない訳ではない。

 死ねないからこそ激痛で意識が飛んでは戻ってを繰り返し、再生した後もその記憶と経験が消えることはない。

 それに気付いてやれなかったことが申し訳ないハクトは、不死身であることを羨む自分が恥ずかしくなった。


「すまない。気づいてやれなくて、本当にすまない」

「気にするなよ。俺だって、実際に経験するまで気づかなかったんだ。それに気づいていたとしても、不死身を証明するためには必要だったんだからな」


 決して避けられず、致し方ない事だった。

 そうロンレンが告げても、ハクトもショウライもランカも表情が冴えることはない。

 室内の空気が重くなったことで沈黙に支配され、震えと呼吸が落ち着いてハクトが肩を手放しても、四人は一言も喋らない。

 そこへ扉がノックされ、女中が顔を出す。


「失礼します。お部屋の準備が……あの、出直しましょうか?」

「いや、大丈夫だ。ただ、少し外して待っていてくれ」

「わ、分かりました」


 重苦しい空気から逃げるように女中は退室する。

 直後にハクトは大きく息を一つ吐き、真剣な表情でロンレンへ告げる。


「ロン。お前がどれだけの痛みと苦しみに襲われたのかは、誰にも理解できないだろう」

「……だろうな」

「私もそれを理解してやることはできない。だが、それを避ける手助けはしてやれる」

「ハク?」

「お前が魔域に入れるとなれば、相応の責任者が付く必要が出てくるだろう」


 表情と言葉からハクトが何を考えているのか、ロンレンだけでなくショウライとランカも察した。


「お前が責任者になるつもりか」

「そうだ。まだ学生の身だから簡単にはいかないだろうが、お前が苦しまないように出来る限りのことはする。いや、してみせる」


 ロンレンが甘えを捨てた覚悟を決めたように、ハクトもまた覚悟を決めた。

 今後ロンレンに降りかかるであろう困難や厄介事の矢面に立ち、同じ痛みや苦しみから可能な限り友を守ろうという覚悟を。


「分かった。頼りにしてるぜ、ハク」

「任せておけ、ロン」


 やろうとしている事は決して簡単ではないが、ハクトならばいずれは成し遂げるだろう。

 そう信じたロンレンが拳を出すと、必ず成し遂げると告げるようにハクトが拳を合わせる。

 重苦しい空気は霧散し、互いが頼もしい友人を見て笑い拳を離す。


「さてと、そろそろ休むか。ああランカ、外で待たせている女中を呼んでくれ。ロンを案内させる」

「はい、殿下」


 指示を受けたランカが女中を呼ぶ間にロンレンは荷物を手にし、改めて入室した女中の案内で部屋へ連れて行かれる。


「こちらです。どうぞ」


 案内されたのは使用人向けの狭い個室。

 寝床と小さな卓と椅子、棚がある以外は何も置かれていない。


「ありがとうございます」

「いえ。それでは、失礼します」


 一礼して退室した女中を見送ったロンレンは、荷物の入った袋を部屋の隅に放ると靴を脱ぎ、寝床へうつ伏せに倒れた。


「今日はホント、なんて日だよ……」


 内容の濃い一日を経験したロンレンは、肉体的より精神的な疲れに襲われる。

 体力の方は活力の加護があるため、あのままドウコクに訓練場へ連れて行かれても訓練をやり通せるくらいの余力はある。

 しかし活力の加護は、精神的な疲れにまでは作用しない。

 その疲れに促されるまま、静かに目を閉じたロンレンはそのまま眠りに落ちた。



 ******



 翌日早朝。

 約束通り訓練場へやって来たロンレンがまずやらされたのは、両手足に重りを巻き付けての走り込みだった。


「もっと腕を振れ! 脚を上げろ! 手足だけでなく、全身の筋肉を使うんだ!」

「はいぃっ!」


 言われた通りに体を動かすものの、重りのせいですぐに動きが鈍ってしまう。

 一つでも相当な重さのある重りを四つも付けていれば当然なのだが、だからといってドウコクの手は緩まない。


「ほらどうした! まだ始めたばかりだろう!」

「はいぃっ!」

「返事だけじゃなくて行動しろ!」

「はい!」


 歯を食いしばりながら全身の筋肉を動員し、重い手足を動かしながら走る速度を上げる。

 この速度を落とすまいと気持ちで堪えようとするが、体がついてこれずに徐々に速度は落ちていく。


「どうだ、どれだけ筋力が足りていないか分かったか!」

「分かりましたぁっ!」

「だったらしっかり走れ!」

「はぁいっ!」


 この訓練の意図はドウコクが言ったように、ロンレンの筋力強化。

 ドウコク曰く、ロンレンは技量と速さには目を見張るものがあるが、それに対して筋力が足りていない。

 体力とは持久力だけでなく、筋力も重要な要素であることを説明された後に、この訓練を指示された。

 早朝と午前中はこうした筋力強化を目的とした訓練を積み、午後は別の訓練をする。

 それが魔域へ行く日までの間、ロンレンが受けることになった訓練内容。


「手を抜くなよ! 君がやろうとしていることは、誰の手助けも無く自分一人で乗り越えなくてはならない事だ! その時のために、己を鍛えることに妥協を許すな!」


 魔域へ入ることができるのはロンレン一人。

 あそこへ入ったら、誰も助けてくれない。何かあったら全部自分で解決しなくちゃならない。

 どんな状況になっても自力で乗り越えられるようになるためには、妥協をすることはできない。

 それをドウコクの叱咤で改めて突きつけられたロンレンは、落ちそうになるペースをどうにか保とうと力を振り絞る。


「分かってますよっ!」


 意地と気合いと根性だけで全身を動かし、筋肉を痛めつけながら走り続ける。

 やがて終了が告げられると転がるように地面へ倒れ込み、荒々しい呼吸を繰り返す。


「よし。早朝訓練はここまで。午前は仕事があって不在にするが、兵士達の体力訓練に混ざってしっかり訓練するように」

「はっ、はい」

「それと、その重りは普段も外さないように。体力強化は小さな積み重ねだからな」

「分かり、ました……」


 荒い声で返事をすると、ドウコクは朝飯をしっかり食べるように言いつけて去って行く。

 いつまでも転がっている訳にはいかないロンレンも、それに続こうと全身の筋肉の痛みに耐えながら起き上がろうとしたら、その痛みがスゥッと消えた。


「……えっ?」


 腕を振っても脚を上げても腰を回しても、さっきまで痛かった痛みが一切感じられない。

 まさか痛みを感じなくなったのかと思ったロンレンは、試しに手の甲を抓るとしっかり痛みを感じる。

 ならば、どうして体の痛みが消えたのかと首を傾げていると、ふと思った。


「加護で筋肉の痛みが、治ったのか?」


 ポツリと呟くロンレンの予測通りだった。

 痛いということは、何かしらの損傷が生じているということ。

 例えその損傷箇所が筋肉であれ内臓であれ骨であれ、彼の持つ再生の加護はそれを治す。

 つまり、翌日に動けなくなるほどの筋肉痛になる運動をして筋肉を損傷させても、加護によって治されて元に戻ってしまう。

 さらに活力の加護により、疲れていたはずなのに力が湧いて来て回復していく。


「少し休んだだけでこれか。休憩を挟めば、訓練し放題じゃないか?」


 思わぬ発見に少し驚きつつ、食堂へ向かう。

 だが、彼の授かった加護の思わぬ効果はそれだけではなかった。


「あのロンレン殿? そんなに食べるんですか?」


 食堂で偶然会ったランカが向かいの席に座り、ロンレンの食事量に少し驚く。


「いや、なんか今日はやたら腹が減って」


 食事量が普段より多いのはロンレンも自覚しているが、不思議と食べられていた。

 胃が食事を受けつけないほど運動をしたのに食べられるのは、活力の加護で回復したからだが、この食欲もまた活力の加護によるものだった。

 どれだけ力が湧いても、体を動かすためのエネルギーが無くては体が動かない。

 そのため活力の加護が胃や腸を活性化させ、普段より多い食事を求めさせていた。

 しかし、当のロンレンはそんな事が自身の体に起きているとは知らず、食事を続ける。


「では私はこれで。訓練、頑張ってくださいね」

「ランカさんも仕事頑張ってください」


 言葉を交わした後、ランカはいつも通りハクトの護衛へ向かい、ロンレンは残りの食事を片付けたら訓練場へ向かう。

 既に話が通っていたお陰で参加は問題無かったが、普段は放課後にハクトが連れて来るのに、今日はどうしたのかと走り込み中に顔見知りの兵士達から尋ねられる。

 隠す必要は無いロンレンは加護の内容や魔域内部への潜入の件を伏せ、実家を除籍されたのと、訳あって城で厄介になることを伝える。


「生命神からの加護だからって追い出すって、何考えてんだよ」

「でも別に、警備隊員や兵士になるって訳じゃないんだろ? どうして訓練してんだ?」

「俺にも色々とありまして」

「けっ、どうせ仲良しこよしな殿下に縋って、お情けを受けてんだろ」

「おい!」


 長官達同様に、兵士達のロンレンに対する反応も様々だった。

 気にしない人もいれば、気に入らない人もいる、どちらでもなく傍観者を貫く人もいる。


「いいじゃねえか、こいつはもうただの平民なんだ。何も気にする必要は無いだろ」


 今までは高位豪族の子息だから、遠慮して何も言わなかった。

 その遠慮する要素が無くなった以上は、何をしても何を言っても構わない。

 そうした思惑が兵士の表情と言葉から伝わる。


「テメェみたいな魔力の無い欠陥品は、こんな所にいねぇでドブさらいでもしてやがれ」

「おい、やめろって!」


 周囲が仲裁に入ると、その兵士は舌打ちをしてペースを上げた。

 似たような目を向けている面々もペースを上げ、前の方へ行ってロンレンと距離を取った。


「悪いな、同僚が」

「あいつら、長官が君を気に入っているのが気に食わないようでさ」

「別に気にしてませんよ。今までも色々言われてきましたから」


 魔力が無い。

 たったそれだけのことで人間として欠陥品扱いされ、時には人間扱いされないような言葉を掛けられてきた。

 今はまだ知らないようだが、その魔力が無いことが人間として完全な状態だと知ったら、どんな反応をするだろうか。

 目を見開いて驚くであろう光景を想像しつつ、重り付きの手足を動かして走り込みを続ける。

 重りによる体への負荷は大きいが、空腹だった早朝と違い、しっかり腹ごしらえをしたことで活力の加護が存分に力を発揮して疲労が少ない。


(飯を食ったからって、やけに調子が良いような?)


 疲労が少ないのは活力の加護のお陰だと気づいたが、それが食事と繋がっているとまでは気づいていない。

 だが深くは気にせず、ロンレンが気に入らない兵士達から不快な視線を浴びつつも訓練をこなし、休憩を挟んでは加護の力で即座に回復を繰り返す。

 昼食時にはロンレンを守ってやろうと同席した兵士に重りを渡し、こんな物を付けて訓練をしていたのかと少し驚かれた。

 その後は食休みを挟み、午後の訓練が始まる。


「集合!」


 訓練に備えて兵士達に混じって準備運動をしていると、号令がかかる。

 奥からはドウコクが歩いて来る姿が見え、兵士達は急いで集合して整列していく。

 ロンレンもそれに加わり、遠慮するように端の方に立つ。


「楽にしろ。午後の訓練を開始する前に、連絡事項を伝える」


 何事かとざわめく中、端の方にいたロンレンと目を合わせたドウコクは小さく頷く。

 その目配せで何かを察したロンレンも、小さく頷いて返す。


「来月に遠征へ出ることが、午前の会議で決まった。目的地は旧イ家の領地だった場所にある魔域だ」


 魔域と聞いて兵士達からざわめきが起こる。


「正確には魔域の傍まで、ある人物を護衛する」

「あの……なんのためにですか?」


 人を護衛するのはともかく、何故魔境と呼ばれる地までわざわざ出向くのか。

 兵士達はそれが知りたかった。


「魔域内部への潜入を行えるか、実証するためだ」

「なっ!?」


 誰かの驚いた声と同時に兵士全員がどよめく。

 中には無謀だ、死刑囚の新しい処刑方法じゃないのかと、近くにいる同僚に声を掛けている兵士もいる。

 入った者は二度と戻らず、戻って来た者は全員死亡。

 過去にあらゆる魔域で何度も調査が行われたが、発生原因も漂う黒い気体の正体も分からず、中が荒野ということしか分かっていない。

 そんな魔域の内部へ潜入するなど、実証するまでもなく死にに行けと言っているようなものだからだ。


「長官、何故そのようなことを!」


 一人の兵士の問い掛けに、ドウコクは落ち着くよう手振りで示す。


「落ち着け。ちゃんと説明する」


 その言葉と手振りで兵士達は静まる。


「昨日のことだが、魔域内部へ潜入できる可能性のある人材が見つかった。護衛するのはその人物で、本当に潜入可能なのかを実証。潜入可能ならば、そのまま調査を行うための遠征だ」


 あんな場所へ入れる人物がいるのか。

 本当にいるのだとしたら、どんな人物なのか。

 そもそも、どうやって潜入するのか。

 様々な疑問と興味を抱く兵士達を前に、ドウコクはロンレンへ向けて手招きをした。

 それに従ってロンレンが前に出てドウコクの横に並ぶと、ドウコクはロンレンの肩に手を置いて説明する。


「このロンレン君がその人材だ。彼は昨日、寿命以外では死なないという天寿の加護を授かった」


 一瞬の沈黙の後、兵士達に再びどよめきが起きる。

 特にロンレンを気に入っていなかった面々は、目を見開いて驚いている。

 それを見たロンレンは、ちょっとだけ気分が良くなった。


「寿命以外で死なないというのは、本当なのですか!」

「本当だ。昨日の夕礼で確認のため首を切り落とされたが、見事に再生してこのように生きている」

『おぉぉぉぉっ!』


 おおよそ半数の兵士が驚きの声を上げ、残りの半数はまだ口を開けたまま固まっている。


「では、彼が訓練に加わっていたのはそのために?」

「そうだ。魔域内部で活動できるのは彼一人。中で何かあっても対処できるように、出発までの間は私が彼を鍛えることになった」


 ようやくロンレンが訓練に参加している意図を知った兵士達は、一部からは渋々といった様子があるものの、たった一人で魔域へ入るのなら有事に備えて鍛えるのも当然だと納得した。


「遠征の参加者については、希望者を募る形とする。現地では安全な場所で待機するとはいえ、魔域へ行くのだからな」


 そう告げると何人かは躊躇いを見せ、何人かはそれでも行きたいと目を輝かせる。

 魔域内部への潜入成功と調査成功という、歴史に残ってもおかしくない偉業を見届けたい。そんな気持ちが見て取れた。


「連絡事項は以上だ。これより午後の訓練に入る!」


 連絡を終えたドウコクは訓練内容を指示し、兵士達を解散させるとロンレンと共に端の方へ移動して向き合う。


「君にはこれから、私と手合わせをしてもらう」

「手合わせ、ですか?」


 午後も体力強化の訓練をすると思っていたロンレンは、入ったら死ぬような魔域内部へ行くための訓練で、手合わせが何かの役に立つのだろうかと首を傾げる。


「そうだ。ただし君は攻撃禁止、防御と回避に専念してもらう」

「攻撃するなと?」

「その通り。君が習得するべきなのは攻撃ではなく、防御と回避だ」

「何故ですか?」


 不死身なのだから死なないし、多少攻撃を受けても再生する。

 だからこそ攻撃を重視し、多少の怪我は無視していいとロンレンは考えている。

 だがドウコクの考えは違った。


「昨日のことを思い返し、気づいたことがある。確かに君は死なないし、首を斬られても再生する。だが再生するまで時間が掛かるし、その間は体が動かせないんじゃないのかな?」


 言われてみてロンレンも気づく。

 当事者としてはその時の痛みや苦しみばかりに気を取られていたが、確かに再生するまで少し時間が掛かったし、そっちに意識が行っていたとしても体を動かせなかった。


「君は単に死なないというだけで、無敵になったわけじゃない。死なないのなら押さえつけ、拘束、手足を刃物で刺して磔のように固定する。そうした手段で無力化することは可能だと思わないか?」

「……思います」


 指摘通り、ロンレンは死なないだけで強くなった訳ではない。

 活力の加護も単に疲れにくくなり、長時間の活動が可能になったというだけで強さは変わっていない。

 いくら鍛えているとはいえ、今のロンレンより強い相手などいくらでもいる。


「防御と回避を疎かにしていたら、昨日のように首を切り落とされ、再生している隙に身動きを封じるのは容易いだろう。再生が終わるまで体を動かせず、抵抗すらできないのだからな」

「つまり、そうならないようにしろってことですか」

「そういうことだ」


 少なくとも頭を切り落とされるか潰されるかしなければ、再生している隙に捕まるということはなくなる。

 さらに他の箇所を失うか大怪我をしても、ちゃんと回避と防御を身に着けておくことで、再生するまでの時間を稼ぐことが出来る。

 これらの点を考慮し、防御と回避を最優先に鍛えるのだとドウコクは説明する。


「分かりました。お願いします」


 納得できる理由に加え、回避を鍛えることで痛みや苦しみを減らせるのならと、訓練を願い出る。


「よろしい。力は加減してやるが、短期間で鍛えるために内容は荒っぽくなるから覚悟しておけ」

「はい」


 互いに構えを取り、訓練が始まった。

 両手足の重りで上手く動けないロンレンは、加減されているはずのドウコクの攻撃を捌けず避けられず、直撃を浴び続ける。


「動きが遅れるのなら、相手の僅かな動作から瞬時に攻撃を予測して対処しろ!」

「防御はただ受け止めるだけじゃなく、受け流して威力を軽減させろ!」

「相手の攻撃の間合いを見切り、的確な間合いを取り続けろ! 回避は間合いの外へ出ることでも成り立つ!」


 指導をしながら繰り出す攻撃は、本当に加減しているのかと思うくらい激しく、言われた通りのことを実践しようとしても思うようにいかない。

 体の方は全く問題が無い。

 骨が折れるんじゃないかと思う一撃を受けても、他に受けた攻撃と共に再生の加護で回復していく。

 活力の加護により疲労も軽減され、長時間の手合わせができている

 だが、肝心の内容が全くついてこない。

 予測しても対象が間に合わないか予測を外して攻撃を浴び、攻撃を受け流したくとも受け止めることすら数えるほどしかできず、間合いを取ってもすぐに詰められて意識が飛びかねない一撃をもらう。

 事前に荒っぽいと言われていたのを、正に体験しているロンレンは必死に対応したものの、下顎に叩き込まれた掌底により意識を失った。


「はっ!」

「気がついたか。少しの間だが、意識が飛んでいたぞ」


 目を覚まして体を起こしたロンレンに、ドウコクが竹製の水筒を差し出す。

 それを受け取って水を飲み、体の状態を確認する。

 意識を失っている間に再生の加護で痛みは全て回復し、活力の加護のお陰で疲労もさほど感じられない。


「どうだ、再開できるか?」

「できます」

「よろしい。もう一手いこうか」


 構えを取って対峙し、再度の手合わせが始まる。

 しかし何度やっても思うようにはいかず、何度も気絶させられるだけに終わった。


「今日はこれまでにしよう」

「ありがとう、ございました」


 もう間もなく夕方という時間帯。

 ドウコクに仕事があるため訓練は終了した。

 軽く汗を掻いただけのドウコクに対し、ロンレンは疲れ切っている。

 活力の加護で疲労が少なくなって回復しやすくなっていても、限界が無くなったわけではない。

 それでも両手足に重りを付けて延々と手合わせをしたのだから、かなりの疲労軽減に繋がっている。

 だからこそ逆に、手加減していたとはいえ終始攻撃し続けていたドウコクが、どれだけ体力があるのかを実感した。


「全然ですね、今の俺は」

「まだ初日だから気にするな。来月の出発までには、もう少しマシになるまで鍛えてやる」

「お願いしま」

「兄さぁん!」

「ロンお兄様ぁっ!」


 訓練場に響き渡る、聞き覚えのある二つの幼い声。

 それを耳にしてまさかと思ったロンレンの目に映ったのは、涙目で駆け寄って来る弟妹、ラオヤンとシャンカだった。


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