相談からの覚悟
実家を追放されたロンレンに紹介する仕事の参考にするため、確認していなかった加護の内容を聞きに社へ来たのだが、彼が授かった加護は寿命という期限付きとはいえ、不死身と言っても過言ではない組み合わせをしていた。
しかも、そこへ加護を授けた生命神が現れ、その生命神から人間と魔力の関係の真実を聞かされた。
生命神が最後に残した言葉で笑いはしたものの、想定外の連続に仕事を紹介するどころではないと判断したハクトは、居合わせた宮司長達に口外を禁じてロンレン達と共に社を後にする。
そのまま門前で待たせていた馬車に乗り込むと、大急ぎで城へ向かって走らせる。
「やれやれ。今日は友人が加護を授かるめでたい日だったはずなのに、どうしてこうなった」
「それは当事者の俺の言葉だって。はあ……。家を追放されただけでも大事だってのに、生命神との接触に不死身に人間としての完全体にと、色々ありすぎだって」
背もたれに寄りかかって愚痴るハクトに反論し、深い溜め息を吐いたロンレンは深く俯く。
生命神との対面中は興奮で大事だという感覚が麻痺していたが、徐々に冷静になっていくにつれて事の重大性に気づいた。
「何にしても、今回の件は簡単に口外できませんね」
「しかし、人の口に戸は立てられません。宮司長達には口止めをしましたが、どこから何の拍子に漏れることやら」
難しい表情をするランカの言う通り、こうした話はどこから漏れるか分からない。
生命神が加護を授けた人物に会うため降臨したこと、魔力が無い者が人間という生命体において完全体であること、不死身とも言える加護を授かった人物が現れたこと。
これらのどれか一つでも漏れれば大騒ぎは避けられず、どんな輩が近づいてくるか分からない。
「もしも漏れたら、どうなる?」
当事者として、何が起きるのか不安で仕方ないロンレンは三人へ問いかける。
「生命神が会いに来た人物ということで神職者達がお前を称え、崇めるために引き込もうとするだろう。いや、さっきの宮司長がもう動いてるかもしれん」
口外を禁じたとはいえ、相手は神職者で今回の出来事は彼らにとっても大事。
既に内々で動いている可能性は高い。
「魔力が無いことが人間として完全な状態と知られれば、魔力が多ければ選ばれた人間だという思想の人達が、ロンレンさんの抹殺に動きかねませんね。死にませんけど」
自らの思想を完全否定された人々による報復というものは、限度を知らない。
相反する思想を潰し、自らの正当性を主張するために。
「不死身は権力者なら誰もが一度は夢見る力ですからね。何かしらに利用するため、多くの権力者が動くかもしれません」
加護は決して子に受け継がれず、同じ神から加護を授かるとは限らない。
特に数百年ぶりに生命神から加護を授かったとなれば、その可能性は皆無に等しい。
「どれが動いても厄介なだけじゃねえか……」
三人が順々に述べた予想を想像したロンレンは、どれになっても面倒そうだと頭を抱える。
さらに、殺せないからと監禁や幽閉、死なないのを良い事に新薬の実験台、人をいたぶるのが趣味の豪族に捕まったら死ぬまでいたぶられかねない。そんな予想を次々に告げられ、徐々にロンレンは落ち込みは大きくなっていく。
なんとか漏れないでほしいと願うものの、そうそう思い通りにはいかないことも理解している。
特に神職関係については、宮司長達が立ち会ったのだから不可避とも言える。
「どうすればいいんだ、俺は……」
高位豪族リ家の一員のままであったら、なんとかできたかもしれない。
しかし、追放されて平民になってしまったロンレンには、何の後ろ盾も無い。
頼れるのは、友人であり皇子でもあるハクトだけ。
「ハク、なんとかできないか?」
「……残念だが、私がどうにかできる問題じゃない」
いくら皇族であってもハクトは第三皇子にすぎず、出来ることには限度がある。
その出来ること自体も少ないため、困っている友人のために動けないことを歯がゆく思う。
「ここはやはり、父上に相談するしかない。今回の件が広まった場合の対応も、考えなくておかなくてはならないからな」
できる範囲の中で最良の手と判断したのは、それだった。
漏洩を気にして沈黙を貫くよりも、皇帝である父親に話を通して漏洩時の対策を講じてもらい、ロンレンについても対応してもらう。
それが今のハクトができる、精一杯かつ最良の手だった。
「悪いな、面倒をかけて」
「別にロンが悪いわけじゃないだろう。それに友が困っているんだ、このくらい気にするな」
むしろ自分自身が力になれず、より力を持つ人物を頼ることしかできないのが、ハクトには少し悔しかった。
そうこうしている間に馬車は城へ到着し、四人は城内へ。
執務中だという皇帝との面会を取り付けた後、皇帝の執務室へと向かう。
「陛下、ハクトです」
「入れ」
扉の前で声を掛け、許可を得て入室する。
室内には護衛の近衛数名と補佐官二名、そして部屋の主にして威厳のある空気を纏うリュウ皇国の皇帝、リュウ・ホウセイがいる。
仕事の手を止めて筆を置いたホウセイは顔を上げ、ハクト達が一礼するのを見てから尋ねる。
「帰ったか。それでどうした、何の用だ」
「お伝えすべきことがあります。ですが、無暗に話せることではありません」
真剣なハクトの表情から、唯事ではないと察したホウセイは席を立つ。
「良かろう。だが、エンショウは同席させてもらうぞ」
提案と共に近衛の一人が前に進み出る。
一際大柄で歴戦という言葉が似合いそうなその男は、近衛隊長のエンショウ。
例え皇子に拒否されようとも、自分は引かないという意思を示す目を向けられ、了承したハクトは頷く。
「では、奥へ行こう。お前達、しばらく任せたぞ」
補佐官に指示を出した後、奥へ続く扉を開ける。
そこにはちょっとした応接室があり、機密事項を話せるように防音効果はしっかりと整っていて、外からの侵入を阻止するため窓も無い。
ホウセイとハクトだけが卓を挟んで座り、エンショウはホウセイの後ろへ、ロンレン達はハクトの後ろに横並びで立つ。
「これでいいか? さあ、何があった」
「はい。実は……」
順を追ってハクトはこの日にあった出来事を語っていく。
それを聞くホウセイは、理不尽な理由でロンレンがリ家を追放された件で眉間にしわを寄り、加護の内容を知って目を見開き、生命神が現れたと聞いて驚きの表情を浮かべ、人間と魔力の関係を教えられ唖然とした。
彼の後ろに立つエンショウも驚きを隠せず、本当なのかと部下のランカに目配せし、肯定するように頷かれると再度驚きの表情を浮かべた。
そして二人は理解する。確かにこれは、誰彼構わず聞かせていい話ではないと。
「……よく伝えてくれた。これを知っているのは?」
「私達を除けば、その場に立ち会った宮司長他、数名の宮司と巫女です。彼らには口外しないよう、厳命をしておきました」
「よかろう。念のため、後でわしの名でも厳命を伝えておく」
「お願いします」
しかし、これで絶対に大丈夫という訳ではない。
馬車に乗っている際にランカが言ったように、人の口に戸は立てられない。
何かの拍子に漏れて広まったら、騒ぎになるのは目に見えている。
それを分かっているホウセイは難しい表情を浮かべ、息子の後ろに立って控えているロンレンへ目を向ける。
「不死身と言える加護に加え、生命神がわざわざ会いに来るほど祝福された者か。神職に就いている者からすれば、御輿として担ぎ出す格好の存在だな」
「ですが、そうなったらロンは一生を彼らに縛られるでしょう」
高位豪族リ家にいれば、長男で跡取り候補ということで束縛は避けられた可能性はある。
しかし今のロンレンは実家を追放され、どこにも所属していない。
いくらハクトから口止めをされたとはいえ、あの場に遭遇した神職者として何も思わないはずが無い。
城へ連れて来たのは当事者だから、というだけではない。
あの場から引き離すのと、一人で自由に行動をさせて隙を突かれないようにするためでもある。
「君はそれを望まないのかね? 実家を追放され以上、衣食住の確保は必要だろう? おまけにそういった立場なれば、そうそう余計な横やりは入るまい」
宗教は時に生半可な権力さえも牛耳る。
皇帝であるホウセイでさえも宗教に関する案件では慎重になり、好き勝手は許さないが、可能な限り事を構えないように対応している。
そういった点を考慮すれば、宗教の庇護下に入るのは安全と生活を確保する手段の一つではある。
しかし、ロンレンは首を横に振った。
「必要ではありますが、そのために信じてもいない宗教に、一生を束縛されたくはありません」
「だろうな。君はそういう子だからな」
熱心な信者か宮司志望ならともかく、そうでないロンレンがそれを望むとはホウセイも思っていない。
皇帝としてではなくハクトの父親として、ロンレンという息子の友人を見てきたからこそ、それが分かっていた。
「さて、そうなると対策は限られるな。ロンレン自身がそれなりの権力を得るか、はたまた強力な後ろ盾を得るか」
「でしたら父上、ロンを私付きにできませんか?」
そうすれば皇族の後ろ盾を得たも当然のため、無暗に動きはしないだろいうとハクトは考えていた。
しかし、この提案にホウセイは首を横に振った。
「無理だな。皇族に仕えるか支援を受けるのなら、相応の身分か能力か理由が求められる。身分を失った今の彼は、ハクトの友人に過ぎない。能力を示す功績らしい功績も無いし、ショウライ君のように代々皇族に仕えてきた家系の出でもない。とてもじゃないが、無理な話だ」
ホウセイの説明を聞き、理解はしても納得しきれないハクトは悔しそうな表情で俯く。
「ならば、どこかの豪族へ婿入りさせるのは?」
「それも無理だ。追放した以上、リ家の当主はロンレン君の除籍手続きをするはず。そうなったら例え下級であっても、豪族への婿入りは困難だろう」
女であれば、平民に落ちても側室として迎え入れさせる手があるが、生憎とロンレンは男。
おまけに理由はなんであれ、高位豪族から追放された以上、よほどの理由がないと下級貴族でも婿養子として迎え入れようとはしない。
それだったら、食っていくために家を出た子息を探して迎え入れる道を選ぶのが普通だ。
「豪族にとって追放というのは、それだけ重い枷なのだ」
そう告げられても諦めきれないハクトは、何か手はないかと頭の中で模索する。
しかし、実はホウセイはある手段を思いついていた。
だが、それを提案すれば確実にハクトから非難されてしまう。
それでも、友の身を案じる息子の気持ちに応えたい父親としての気持ちと、皇帝としてロンレンの能力と国益を繋げるのを両立させる方法はこれしかないと、非難される覚悟を決めた。
「……手がないことはない」
表情を引き締めて告げると、視線がホウセイに集まっていく。
「不死身になったロンレン君が、ある役目を引き受けてくれることだ。それは国にとって大きな価値があるから、受けてくれれば皇族どころか、国そのものが後ろ盾になることができる」
一筋の光が差し込んだことで、ハクトとショウライとランカは笑みを浮かべる。
その一方で、言葉の意味を察したエンショウとロンレンは険しい表情をしている。
「陛下。不死身が必要という事は、それだけ危険な役目ということでしょうか?」
エンショウの問い掛けでハクト達も気づく。
先ほどホウセイが述べた際、わざわざ「不死身になった」と言っていた。
それが指し示すのは、普通なら命がけの役目を受けてもらいたいということになる。
「父上、ロンに何をさせるつもりですか」
「……魔域内部の調査だ」
「正気ですか、父上!」
告げられた役目にハクトは声を荒げ、卓を叩きながら立ち上がる。
「本気と聞かずに、正気を疑うか」
「当然です! まともな思考をしていれば、魔域内部の調査をさせようなんて考えません!」
魔域とは決して足を踏み入れてはならない、魔境とも言われている場所。
常に黒い霧なのか靄なのかよく分からない気体が色濃く漂っていて内部を見ることができず、中に入った者はそれっきり戻って来ずに行方不明になるか、戻って来たとしてもその場で死亡している。
分かっているのは、どれだけ雨が降ろうと風が吹こうと、嵐が来ようとも気体はその場に留まって漂い続けるということ。
遠い昔、中へ入った調査員が息を引き取るまでの僅かな間に告げた、中は雑草一本無い荒野だということ。
徐々にではあるが年々その範囲は広がり続け、それによっていくつもの村や町の住人が避難を余儀なくされたということ。
そして魔域周辺の大地はその影響を受け、雑草も碌に生えないほど痩せていく。たったそれだけ。
気体が毒なのかなんらかの呪いの類によるものなのか、それすらも分からないため解決方法を見いだせず、内部への潜入方法も無いため謎に包まれている危険地帯。それが魔域である。
死なないのならそこを調査してほしいと父親が友人に言うのだから、ハクトが怒るのも当然である。
「お前の気持ちは分かる。だが、早急にとなるとこれしかない。もたもたしていたら、立ち会った宮司長とやらが彼を引き入れるために、方々へ手を回しかねないぞ」
「ですが!」
「ハク!」
室内に響き渡ったロンレンの声でハクトは反論を止め、後ろを向く。
「決めるのは俺だ」
顔を向けた友人に、短くそう告げたロンレンはホウセイへ顔を向けて頭を下げる。
「失礼しました。発言をよろしいでしょうか?」
「構わんよ。何だね?」
「話を受ければ、私が望まぬ干渉から保護していただけるのでしょうか」
「最大限の努力をする。君はハクトにとって唯一無二の本物の友であり、魔域を調査できる可能性の有る唯一の人材だからな」
問いかけに対し、父親であり皇帝でもある立場からの返事をした。
公私混合とも取れるが、エンショウは口を挟まない。
「ありがとうございます。自由の保障はありますか?」
「勿論だ。ただ、君という人材を手放さないよう、何かしらの地位か役職に就いてもらう必要はあるかもしれん」
「構いません。有用な人材を手放さないようにしたいのは、雇用主としては当然のお気持ちです」
「うむ。待遇は悪いようにはしないから、どうか安心してくれ」
「ありがたきお言葉、感謝します」
「待て、ロン!」
まるで話がついたような流れにハクトが割って入る。
立ち上がって体ごとロンレンの方を向き、両肩を掴む。
「お前も正気か! いくら死なないとはいえ、魔域に入るんだぞ!」
詰め寄られたロンレンは、チラリとホウセイへ視線を向ける。
それに気づいたホウセイは、思う存分やるといいよ告げるかのように、大きく頷いた。
「正気も正気だ。付き合いが長いんだから、俺がどれだけ本気か分かるだろ?」
「分かるからこそだ! お前こそ、私がどれだけロンの身を案じているのか分からないのか!」
「分かるさ。ハクが本気で俺を心配しているのは」
「だったら!」
「だけど、今の俺には必要なんだよ」
ハクトの知るロンレンの本気の目。その本気の質が変わった気がした。
目だけでなく、表情そのものの本気が変化したことに言葉が出なくなる。
異質の本気に気圧され、その本気を感じ取ったホウセイは口の端を上げる。
「ほう……」
息子とその友人のやり取りを見守ることにしたホウセイは、どこか楽しそうな表情だった。
「俺達が今までどこでも友人をやっていられたのは、立場が近かったからだ。だけど今の俺は、高位豪族の跡取り候補じゃなくて平民だ。今まで通りに、いつでもどこでも友人なんて訳にはいかないだろ」
「な、何を言う。俺達は友人だ。立場なんて」
「俺達だけの時なら今まで通りでもいいけど、それ以外なら? 俺達は公の場で対等な友人として振る舞えるか? 皇族のお前なら分かるだろ」
問いかけに対してハクトの頭に浮かんだ答えは否。
自分や相手が望んでいようとも、周りがそれを許さない。
それが分からない年齢でもないハクトは、今までの日々は皇族と高位豪族の子息同士だからこそ、許されていたのだと気づく。
そしてその前提が瓦解し、公の場では許されなくなったことにも。
突き付けられた現実にハクトは俯き、落ち込む。
「だから待ってろ」
落ち込むハクトの目に、胸に拳が軽く当てられるのが映る。
顔を上げると拳を突き出しているロンレンが、挑戦的な笑みを浮かべていた。
「俺はここから這い上がってやる。誰かに祭り上げられて肩を並べるんじゃなくて、俺が自力で這い上がって、肩を並べる所まで行ってやるよ」
ここでハクトは気づく。
本気の質が変わったのは、甘えを捨てたからなのだと。
自分の立場や生まれた家や共に過ごした楽しい日々に甘え、いつでもどこでもどんな時でも、ずっとそれを続けていられると思っていた甘い考えを捨てたんだと。
落とされたのなら、這い上がって自力で肩を並べる覚悟を決めたのだと。
「だが、そのためには」
「いいんだ。俺だって陛下から魔域の調査って聞いた時は、怖かったよ。でも、それぐらいしなくちゃ、お前と肩を並べることはできないって気づかされたよ。だから決めた」
何も無いのなら、何かを得て這い上がるしかない。
その何かが他の誰にもできない、自分のだけにしか得られない物だからこそ、ロンレンは掴みに行く決意をした。
「ハクとまた肩を並べて友人をやるためなら、魔域だろうがなんだろうが行ってやる! それが俺にしかできない、俺だけが這い上がれる道だからな」
覚悟を決めたきっかけはハクトという、ロンレンにとっても唯一無二の友人のため。
今まで通りの友人でありたいから、甘えを捨てて這い上がる覚悟を決めた。
だからこそ、魔域へ踏み込む決心をした。
それを察したハクトは、俯いていた顔を上げてロンレンの方から手を離し、自身も拳をロンレンの胸に当てた。
「分かった。だったら這い上がってこい! 待っているぞ」
「ああ。首を長くして待ってろ」
覚悟を決めたロンレンと、それを信じて応じたハクト。
その光景に微笑みつつ、ある人物を浮かべたホウセイは思った。自分にもこんな友がいたものだと。
懐かしい記憶に浸るのもそこそこに、これからのために話を戻す。
「さあ、もういいかな。やると決めたのなら、事は早い方が良い。この後の夕礼までに、ある程度は話を纏めておこう」
「「はい!」」
声を揃えて返事をする二人に再度微笑みつつ、打ち合わせは開始された。
急ぎ足で話を纏めていき、投げられるであろう質問への対応も含め、夕礼の少し前までにどうにかそれらしい形を整えることができた。
「どうにか間に合いましたね」
「気を抜くな、本番はここからだ。夕礼の場でこれを提案し、通さなければならないのだからな」
真剣な表情を崩さないホウセイが席を立ち、もうすぐ開始される夕礼の場へ向かう。
護衛のエンショウも両手で頬を叩いて気合いを入れ、後に続く。
その後にロンレン達も続き、彼らは勝負の場へと向かう。