確認からの降臨
第三皇子のハクトが突然訪ねて来たことで、社に勤める宮司や巫女は少々混乱を起きた。
だが、逆にそのお陰で宮司長が対応に現れたため、尋ねた理由を説明した。
「そういうことでしたか。急に殿下が現れたので、何事かと思いましたよ。それにそちらの方も、加護の内容を聞かずにお帰りになったので、気になっていたのです」
説明を聞き、ロンレンの姿を見た宮司長は二重の意味で胸を撫で下ろした。
「それで、すぐに調べてもらえるか?」
「勿論ですとも。さあ、どうぞこちらへ」
数人の宮司と巫女を伴い、宮司長の案内で社へ向かう。
「いやあ、楽しみですね。数百年ぶりに現れた生命神様が、どのような加護を授けたのか」
「数百年ぶり? そんなに長い間、生命神は現れなかったのか?」
「はい。そもそも生命神様は数十年に一回程度しか現れなかったのですが、この数百年は全く出現した記録が無いのです。それが現れた上に六つも加護を授けたのですから、気にならないはずがありません」
年甲斐も無く落ち着かない宮司長の様子に、宮司と巫女も笑みを零す。
やがて通されたのは、あまり広くない部屋。
だが、壁と床と天井の全てに陣が刻まれていて、それを見たロンレンとハクトとショウライは不安になってくる。
「ここで加護の内容を確認することができます。さあ、部屋の中心へ」
勧められてロンレンは歩みだすが、どこか不安気で周囲を何度も見渡している。
「大丈夫ですよ。私が武神から剣術の加護を授かったと知ったのも、この部屋でしたから」
経験者としてランカが声を掛けたことで、幾分か不安が和らいだロンレンは部屋の中心に立つ。
「では、参ります」
普段なら巫女に任せるところだが、皇子であるハクトがいるということで、宮司長自ら対応する。
ロンレンの前に立って両手を合わせ、加護を授ける儀式とは違う詠唱を口にする。
すると全ての陣が輝きだし、淡い光がロンレンの全身を包んでいく。
「うぉっ!?」
光に包まれたことで少し驚くが、苦痛の類を感じないことで落ち着き、ここからどうなるのかを待つ。
やがて光が離れて空中に散っていき、素早い動きで文字を描き出した。
「あの文字で授かった加護と、簡潔にですが内容を伝えるんです」
ランカからの補足を聞き、ロンレン達は文字に集中する。
光は縦横無尽に動き回って、やがてロンレンが授かった六つの加護を空中に書き記した。
天寿の加護:寿命以外で死なない
再生の加護:肉体の怪我と欠損を治す
健康の加護:病に掛からず精神にも異常をきたさない
解毒の加護:受けた毒を無効化する
浄化の加護:受けた呪いを無効化する
活力の加護:常時力が湧いてくる
『えぇぇぇぇぇっ!?』
加護を授かったロンレンだけでなく、ハクトもショウライもランカも宮司長も、付き添って来た宮司や巫女も全員が驚きの声を上げた。
「寿命以外で死なないって、それって刺されても呪われても毒を盛られても、死なないってことですか?」
「そう……いうことでしょうなあ」
問いかけられた宮司長は、断言できないが真っ向から否定もできないため曖昧に肯定する。
「おまけに再生、健康、解毒、浄化。どれ一つとっても、喉から手が出るほど欲しい加護だぞ」
皇族として常に身の危険があるハクトは、これらの加護のどれか一つでもあれば身の危険が減ると理解し、貰えるものなら欲しいと思っている。
「というか、何で寿命以外で死なないのに、再生とか解毒とかがあるんですか!」
「僕に分かるはずがないですよ! 授けたのは生命神様なんですから!」
混乱した様子でショウライに問いかけるランカだが、ショウライの言う通り彼に理由が分かるはずがない。
『天寿の加護は死なないだけ。怪我や体の欠損は治らないし、病気や毒や呪いも消えないからよ』
「なるほど、だから……。うん?」
急に聞こえた女性の声に納得したロンレンだったが、今の声は誰のものかと周囲を見渡す。
ところが誰もが似たような反応を見せており、ランカと巫女はお前かと聞かれてそれを否定している。
なら、今のは誰の声かと首を傾げていると、再び同じ声が響いた。
『私よ、私』
自身の存在を主張するような声の後、加護を記していた光が動きだしてロンレンの前へ集まっていく。
何の操作もしてない宮司長もどういうことだと慌てる中、集約した光は人の形に変化していき、その中にボンヤリと人の姿が浮かぶ。
徐々に存在感が増していくと、その人物はロンレンへ加護を授けた張本人、生命神の少女だった。
「せ、生命神様!?」
突然目の前に神の一人が姿を現したことに宮司長は驚き、少女が生命神だと知った宮司や巫女も驚く。
彼らは大慌てて両膝を着き、手を組み合わせて祈りの姿勢を取る。
「ど、どうして、ここへ?」
驚きで体が硬直したロンレンは、混乱しながらも生命神が現れた理由を尋ねる。
『あなたに会うためよ!』
満面の笑みで左手を腰に当て、豊かな胸を揺らしながら胸を張って右手でロンレンを指差す。
わざわざ神が会いに来たということで、宮司長達が小さく歓声を上げてロンレンにも祈りだす。
『私が加護を授けるに相応しい人間が現れたのは……えっと……』
明後日の方向を向き、何かを数えるように右手の指を折っていくが、途中で辞めて再度ロンレンを指差す。
『数百年ぶりなのよ! だから会いに来たの!』
ロンレンの前に加護を授けたのは、どれだけ前のことなのか思い出せずにそう告げた。
まるで神というよりも、気が強いけどちょっと残念な少女のような姿に、緊張していたロンレン達から力が抜ける。
約一名、自分の薄い胸と生命神の豊かな胸を見比べたランカが、悔しそうに俯いているが誰も気づいていない。
「えっと、そんな理由で神様がわざわざ?」
『いいじゃない。本当に久しぶりなのよ、私が加護を授けるに相応しい人は。だからね、私とっても嬉しいの! あなたも嬉しい? 嬉しいでしょ!』
無邪気に笑いながら喋る様子に、目の前の相手が神であることを分かっていてながらも、緊張感も警戒心も解けていく。
「はい。ありがとうございます」
『駄目駄目、そんな堅苦しい喋り方。私、そういうの嫌い。もっと気楽に喋りましょう!』
加護を授けた時と同様に、まるで対面を楽しむかのように喜ぶ生命神。
子供のように目をキラキラさせて見つめられ、ロンレンは観念した。
後でそんなことは絶対にできない宮司長達に何か言われても、神からの要望だからと言い訳すればいいと自分に言い聞かせて。
「分かった。それで、なんで六つも加護をくれたんだ?」
『何百年も加護を授けていない分、私には加護を授ける権利がいくつも溜まってたの! だからあなたに、おりゃーって気合い入れて、六つの加護をあげたの!』
もはや妹のようにすら感じる生命神に、思わずロンレンは笑みを零す。
まだ緊張気味だったハクト達からもようやく力が抜け、神と普通に話しだしたロンレンに苦笑したり呆れたり、自分の胸と比べて悔やみ続けたりする。
「いいのか? 俺に六つもくれて」
『いいの! 次に相応しい人が現れるのが、いつになるか分からないから!』
これに関しては誰もが納得できた。
なにせロンレンの前に加護を授けたのが数百年前だ。
次に加護を授ける相手が現れるのがいつになるか、分かったものじゃない。
『だからね、とっておきの天寿の加護と、それの欠点を補うために再生と健康と解毒と浄化の四つの加護。それと元気に生きられるように、活力の加護を授けたの!』
天寿の加護がとっておきなのは理解できたが、欠点を補うというのは意味が分からなかった。
先ほどランカがショウライへ尋ねたように、寿命以外では死なないのに解毒や浄化が必要なのかと。
「天寿の加護の欠点ってなんだ?」
『さっきも言ったじゃない。天寿の加護は、あくまで寿命以外で死なないだけ。怪我や欠損は治らないし、病気や毒や呪いを消す力は無いの』
説明を聞き、最初に聞いた生命神の言葉を思い出す。
そういえばそんなことを言っていたなと、全員が納得すると生命神は説明を続ける。
『天寿の加護だけだと、心臓を貫かれても首を切り落とされても、すっごい呪いや毒を受けても、寿命が尽きるまでそのままなの! 一生、毒や病気や呪いにうなされたり、穴が開いた心臓や首から下が無い状態で生き続けるの!』
両手を腰に当て、何故か自慢気にドヤ顔で説明した内容にロンレンは青ざめる。
そんなことになった状態の想像はできるが、実際になったらどうなるのか想像できない。
というより、想像したくないし体験もしたくない。
後ろにいるハクト達も気持ちは同じで、宮司長達も祈りの姿勢のまま震えている。
『だから、再生と健康と解毒と浄化の加護も授けたの! これがあれば、怪我も病気も毒も呪いも全部治るよ!』
この生命神の心遣いに、ロンレンは心の底から感謝した。
仮に説明されたような状態になっても、寿命が尽きるまでそのままで過ごさずに済むと分かり、全力で感謝した。
「ありがとう。本当にありがとう」
『ほんと? 嬉しい? 嬉しい?』
「すっごく嬉しい」
『良かった! 喜んでくれて、私も嬉しい!』
満面の笑みで喜ぶ生命神には、神の威厳なんてものは存在しない。
まるで近所に住む仲が良い少女のような姿に、ロンレンは妹のシャンカみたいだと微笑む。
『私の加護を授けるに相応しい人に喜ばれるのは、とても嬉しいの! 本当よ、本当に本当なのよ!』
「分かった、分かったから」
ぐいぐい迫ってくる生命神にそう返しつつ、近づく顔よりも揺れる胸の方に気が向いてしまったロンレンは、視線を顔だけに集中させた。
「あの、一ついいですか?」
『何なの?』
気になることでもあったのか、ショウライが小さく挙手をして尋ねた。
「先ほどからロンレン殿を、加護を授けるに相応しい人と呼んでいますが、何か授けるための基準があるのですか?」
『うん! 他の神はどうなのか分からないけど、私にはあるよ!』
「そ、それはいったい!?」
祈りの姿勢を崩さずにいた宮司長が顔を上げて尋ねる。
『今日の私は気分がいいから、教えてあげる! あのね、魔力が無いことなの!』
「えっ?」
満面の笑みで告げられた基準を、確かにロンレンは満たしていた。
しかし、誰もが少なからず魔力を有しているのが当たり前のこの世界において、それは常識外の基準だった。
だからこそ全員が呆気に取られてしまい、間抜けな表情を晒している。
「ど、どうして、魔力が無いことが基準なんだ?」
『魔力が無いことは、人間っていう生命体にとって完全体である証拠なの! だから、私の加護を授けるのに相応しいの!』
魔力が無いことが人間としての完全体。
言っている意味が分からない一同は困惑し、周りと何度も顔を見合わせる。
「では、魔力がある私達は人間ではないと?」
『違うよ。不完全っていうだけで、人間ではあるよ』
ハクトの質問に生命神が答えると、自身の存在について疑問を抱いた宮司長達は胸を撫で下ろした。
『人間が魔力って呼んでるその力はね、本来は人間には存在しない力なの。だけど不完全なのを補うため、大地や空気や草花や水、そういった自然から溢れる力を呼吸から取り込んで体内に宿していることで、不完全ながら人間として成立させているの。魔力が少ないほど完全体に近くて、逆に魔力が多いほど完全体から遠いの』
得意気に語り、どうだと言わんばかりに胸を張る生命神だが、聞かされたロンレン達にとっては驚愕の事実だった。
当たり前のように存在している魔力が、本来は人間には存在しない力で、不完全な状態を補うために自然から取り込んでいると聞かされたのだから。
しかも魔力が多いほど人間としては不完全だというのだから、魔力が多いほど選ばれた人間という思想を持つ一部の人々に知られたら、あっちこっちで混乱が起こるだろうなとハクトは思った。
「じゃあ、俺が完全体で生まれたのは?」
『たまたまよ。あなたが完全体だからって、親も完全体とは限らないの。その逆も同じ。あなたは生命体として構築されている最中に、色々な偶然が重なって完全体として完成したの』
「偶然……なのか?」
『そう、偶然なの。これこそ生命の神秘ね!』
偶然が重なってと生命神は言うが、数百年も完全体が現れなかったことを考えると、その偶然がどれだけ低い確率なのかが窺える。
「ところで、完全体だと他の人とは違うことってあるのか?」
ちょっとした好奇心で尋ねるロンレンに、生命神は笑って答える。
『あるよ! 完全体のあなたは魔力とは全く異なる、氣っていう力を使うことができるの!』
「氣?」
『本当なら人間は誰でも使える力なんだけど、魔力と相反するから僅かでも魔力が宿る不完全体だと使えないの。だけど、あなたは完全体だから使えるよ!』
人間が本来持っている、魔力とは異なって相反する力。
聞いたことも無い力の存在に小さな驚きが起き、次いでそれを使える身のロンレンは生命神に尋ねる。
「どうやったら、その氣っていうのを使えるんだ」
『いいよ、簡単にだけど教えてあげる。もう時間も無いしね』
困り顔の生命神を包む光が弱まり、それに伴って存在も薄くなっていく。
「こ、これは?」
『私がこっちにいられる時間は、あまり長くないの。それに一回来たら、よほどの事がないと何十年も来られなくなっちゃう。だから、よく聞いてね』
一言一句聞き逃すまいと、真剣な表情でロンレンは耳を傾ける。
微笑みを浮かべた生命神は、ゆっくりと歩み寄りながら語る。
『氣はあなたの奥底に眠ってる。体の場所でいうと、この辺り』
消えそうな手を伸ばした生命神が触れたのは、ロンレンの腹部。ヘソの少し下。
下半身へ手を伸ばしたため少し慌てたが、危惧していた箇所へ触れなかった事で全員がホッとする。
『でもね、眠っている氣を起こすには、その人に相応の体力が必要なの』
「た、体力?」
意外な必要事項に思わず聞き返してしまう。
『そうよ。氣はその人の体力と綿密に繋がっている力。だから相応に鍛えてないと、完全体の人間でも氣を起こすことすらできないの。でもあなたなら大丈夫。触れただけで分かるよ、あなたが頑張って鍛えてきたって』
魔力が無いことに悲観せず鍛えてきたことは、決して無駄じゃなかった。
それを神から実感させられるとは思わなかったロンレンは、若干涙腺が緩みそうになる。
だけど今は、感傷に浸っている場合じゃないと気を引き締め直し、生命神の教えに集中する。
『いい? 意識をここに集中して、この中に眠っている力を感じ取って引っ張り出すの。そうすれば、あなたは氣に目覚めるよ』
「ここにある力を……感じ取る……」
生命神は触れていた箇所から手を離し、頷く。
同じ箇所に触れたロンレンは、目を閉じて触れている箇所に意識を集中する。
すると、徐々に体が熱くなってきたのを感じる。
『熱くなってきた? そしたら体の力を抜いて、意識をもっと集中させて』
「力を抜いて、集中……」
力を抜くためにゆっくりと呼吸しながら目を閉じ、より意識を集中させていく。
すると体の奥底から、熱い何かが湧き出てくるような感覚に襲われる。
「っ!?」
『それを恐れないで! あなた自身の力だから、怖がらないで!』
驚きで集中が途切れそうになったが、生命神の呼びかけで持ち直して熱い何かに身を任せる。
熱湯の洪水とでも例えるべき感覚が全身を包み込み、やがて全身が熱くなって力が湧いてきた。
溢れるほどの力に目を開いて自分の手を見ると、薄っすらと青みがかった白銀の光に包まれていた。
すぐに腕や脚や腹なども確認し、全身がこの光に包まれていると気づく。
「これが……」
『そう、それが氣。人間が本来持っている力』
濁りや淀みが一切見られず、純粋という言葉が合いそうな氣の輝きに誰もが目を奪われる。
『使うのをやめたい時は、同じ場所に力を入れるといいよ。出入口を塞ぐ感じで』
「こう……かな」
言われるがままに力を入れてみると、氣が消えて元の状態に戻る。
『そうよ。筋が良いわね、出すのと止めるのをこんなに早くできるなんて』
拍手をしながら褒める生命神の姿は、今にも消えそうなほど希薄になっている。
『さっきも言ったけど、氣は体力と綿密に繋がっているの。だから量が決まっている魔力と違って、氣は体を鍛えれば鍛えるほど量が増えていくよ。だからこれからも、頑張って鍛えてね。あっ! 勿論、人間として真っ当な道も、踏み外さないようにね!』
最後の忠告のように告げると、生命神の体が足元から消えていく。
「……ありがとう。色々と、世話になった」
『いいの! 私も久々に加護を授けるに値する人と出会えて、とても嬉しいから! あなたがどんな人生を送るかは分からないけど、寿命が尽きるまで生きるんだから、後悔しないようにね! バイバイ!』
満面の笑みを浮かべた生命神は、別れを伝えるように大きく手を振りながら消えていく。
それに応えるようにロンレンも手を振ろうとすると、ハッとした生命神が告げる。
『あっ、一つ忘れてた! 活力の加護は繁殖行為の方も凄いことになるから、たくさん女の子と楽しんでたくさん子供を作ってね!』
「なぁっ!?」
最後の最後になって伝えられたことに、全員がギョッとする。
『私は生命神! 新しい命がたくさん生まれるのは、心から祝福するわ。じゃあね!』
最後にとんでもない置き土産を残し、生命神は消えた。
驚いたまま固まったロンレンと、腹と口を押えて笑いを堪えるハクト、苦笑いを浮かべることしかできないショウライと宮司長と宮司、頬を染めてロンレンの下半身をチラチラと見ているランカと巫女を残して。
こうして、生命神との対面は色々なものを嵐の如く掻き乱されて終わった。