加護からの追放
皇都の外れの広い敷地に建つ、荘厳な雰囲気を放つ大きな社。
そこの広い一室では、今日十六歳を迎えた少年少女とその保護者が、加護を授かる儀式の責任者である宮司長から説明を受けている。
儀式中は静かに。部屋の中心にある陣の中心に立ち、加護を授かるまでは陣から出ないように。どの神から加護を授かったかは分かるが、どんな加護なのかはこの場では分からない。
そういった注意点も含めての説明を聞いている保護者達は、かつて自分がこの日を迎えた過去を思い出し、懐かしそうな表情をしたり思い出に浸ったりする。
「説明は以上です。何か質問はありますか?」
宮司長の問い掛けに誰も反応しない。
「では、儀式に移ります。到着した際に渡した、木札に書かれた順番で一人ずつ行います」
ロンレンが手元の木札へ目を向ける。
木札には四と書かれていた。
一番手の少年が控えている巫女に木札を渡し、宮司長の案内で床に刻まれた陣の中心に立つ。
陣の周りには数人の宮司が陣を囲むように配置され、宮司長が陣の外側に出て全員で両手を合わせると、儀式が始まった。
宮司長と宮司達が声を揃えて詠唱を口にすると陣が輝き、それが終わると空中に腕を組んだ逞しい男が現れる。
その男は少年を見ると、光の球を一つ出現させて放つ。それが少年の中へ吸い込まれていくと、男は消え去った。
儀式はこれで終わり、陣の光が消えたら宮司長が歩み寄る。
「今のは鍛冶神様だね。授かった加護は一つ。どんな加護かは別室で調べられるから、あちらへどうぞ」
「は、はい!」
嬉しそうな少年は、鍛冶神様からの加護なら父ちゃんの跡を継げると喜びながら、飛び跳ねるように別室へ向かった。
その様子に保護者達は微笑み、少年の父親らしき男は照れながら視線を逸らしていた。
やや緊張気味だった雰囲気が弛緩した中、二人目、三人目と儀式は進んでいき、遂にロンレンの番となる。
「お願いします」
前の三人同様に木札を巫女に渡し、陣の中心に立つ。
それを確認した宮司長の合図でこれまで通り詠唱が始まり、陣が光りだす。
どんな神が現れるのかと、ロンレンだけでなく後に続く少年少女や保護者も見守る中、現れたのは満面の笑みを浮かべた十代前半くらいの背丈と顔立ちをした、スタイルの良い美少女。
彼女は閉じていた目を開いてロンレンを見ると、これまでに現れた神々とは違い、嬉しそうにロンレンの周りを何周も飛び回る。
誰もがその反応に困惑する中、少女はロンレンの前で止まると両腕を広げた。
すると六つの光の球が現れ、先の三人同様にロンレンの体へ吸い込まれていった。
「あの神は、まさか……。それに六つも……」
宮司長の呟きは誰の耳にも届かず、誰もが目の前の光景に見とれている。
自分の放った光の球が吸い込まれたのを見届けた少女は、笑顔で手を振りながら消えていった。
しばし誰もが言葉を失って立ち尽くす中、最初に動いたのはロンレンの父親であるリ・パイアンだった。
彼はハッとすると他の保護者を押しのけて進み出て、宮司長に尋ねる。
「宮司長! 今の神は、何を司る神なのだ!」
今までに見たことの無い神の反応と、普通なら一つか二つしか授からない加護を六つも授かったのだから、息子は相当あの神に気に入られたに違いない。
ならば、加護も相当なものだろうとパイアンは内心ほくそ笑んだ。
そうした彼の欲に染まった心の内を知らず、尋ねられた宮司長は咳払いをして答える。
「お、おほん。今のは生命神様ですね。しかも加護は六」
「生命神だとっ!?」
宮司長の言葉を遮り、パイアンが叫ぶ。
その表情は驚愕に染まっていて、次いで失望した表情と目をロンレンへ向けた。
「ロンレン、すぐに帰るぞ!」
「えっ、でもまだ、どんな加護なのか」
「いいから来い!」
戸惑うロンレンの言葉に耳を貸さず、強い口調で命令したパイアンは不機嫌そうに社を出て行く。
その剣幕に押されたロンレンは加護の内容を聞かず、宮司長に一礼してから社を後にする。
帰りの馬車でも不機嫌さを隠そうとしないパイアンに、ロンレンは声を掛けるのを躊躇う。
二人は沈黙したまま馬車に揺られ、やがて屋敷へ到着すると、そのままパイアンの部屋に連れて行かれた。
「今すぐ荷物を纏めて、屋敷から出て行け。お前はもう、リ家の者ではない!」
いきなりの追放宣言にロンレンは言葉を失う。
数拍置いて、おそるおそるといった感じで理由を尋ねる。
「どうして……?」
「決まっている! お前の加護が、何の役にも立たないからだ!」
絶対に役に立つ加護を授かれ。
先日言われた言葉がロンレンの頭に蘇り、自分が生命神から授かった加護は、父にとって役に立つ加護と認識されていないことを知った。
「でも、加護の内容も聞いてないのに」
「聞かずとも、役に立たないのは分かっている!」
ハッキリと言い切ったパイアンは、声を荒げながら喋り続ける。
「生命神からの加護など、授かった者が病気になり難くなったり、ちょっと体が丈夫になる程度のものだ! そんなものをいくつ授かろうが、我がリ家の何に役立つ! 武功を挙げることも、金を稼ぐこともできないではないか!」
ここでようやくロンレンは気づいた。
パイアンの言う役に立つとは、自分の人生にとって役に立つことではなく、リ家の功績や利益に役立つことを指しているのだと。
だから、功績にも利益にも繋がらない生命神からの加護は役に立たないと断じられ、追放されるのだと。
これでパイアンも似たような加護だったら反論できたが、彼は商売神から鑑定眼の加護という、物の価値と値段が見抜けられる加護を授かっている。
パイアンはこれを上手く活用して大金を稼ぎ、リ家に莫大な富をもたらした。
そのためロンレンに反論の余地は無く、ただ押し黙ることしかできない。
「そんな役に立たない加護を授かったお前は、我がリ家には不要の存在だ!」
有無を言わさない態度と優先事項への姿勢に、こんなのが高位豪族の長なのかとロンレンは失望した。
「そもそも、魔力が全く無いお前を今日まで育ててやったのは、役に立つ加護を授かる可能性があったからだ。でなければ、長男であろうとお前は無用だ! 不要だ! 邪魔者だ!」
魔力が無いのを他の事で補おうと、勉学と鍛錬に励む日々を送ってきたロンレンだったが、パイアンがロンレンに求めていたのは家の繁栄に役立つ加護を授かること。この一点だけだった。
今日まで送った日々はなんだったのかと、強く拳を握る。
しかし、ここでパイアンを殴っても状況は変わらない。むしろ悪化しかねない。
その結果、単に追放されるより悲惨な目に遭う可能性を考えたロンレンは、俯きながら応えた。
「……分かった」
「なら、さっさと荷物を纏めてすぐに出て行け!」
言われなくとも、こんな家出て行くよ。
心の中でそう呟き、背を向けたまま部屋を出る。
そのまま自室へ戻ると、手元にある中で一番大きな袋へ僅かな金銭や着替え、その他ちょっとした物を入れていく。
作業の最中、学校へ行っていて屋敷にいない弟妹の姿を浮かべるが、出て行くと決めた以上は後には引けないと荷物を纏め続ける。
ふと、学校はどうなるのか、ハクトにはどうしようかとも思ったが、今となってはどうにもならないと自分に言い聞かせて思考を放棄した。
「これくらいかな……」
必要そうな物を入れた袋の口を縄で結び、それを肩に掛けて部屋を出る。
玄関へ向かうまでの間に家臣や女中と擦れ違うが、既にロンレンの追放を知っているようで挨拶も会釈も無く、憐みの目で見たり冷笑したりと悪い反応を向けられる。
そうした反応を受けながら屋敷を出て、溜め息を一つ吐く。
「はあ……。これからどうするかな」
お先真っ暗な自分の未来とは対照的に、明るい青天が広がる空を見上げたロンレンは自身の状況を再確認する。
手元にある金銭は僅かばかり。
これからどうやって生きていくかを考えないと、遅かれ早かれ行き倒れは確実となる。
「どうすればいいんだよ……」
溜め息しか出ない状況を嘆きながらも、このまま屋敷の前にいても仕方ないと歩き出す。
行く当ても目的も無く歩き続け、自然と辿り着いたのは通っていた学校の前。
こんな所に来てどうするんだと思い、すぐにその場を離れようとしたら声を掛けられた。
「おや、ロンレン殿ではないですか。どうしたんですか?」
声のした方を向くと、校門前に立つ腰に剣を差した若い黒髪の女性がいた。
「ランカさん。どうも」
女性の名はトウ・ランカ。彼女は皇族を守る近衛隊の一員でハクトの護衛を担当しており、ハクトが授業を受けている間は仲間と交代で学校前に待機し、緊急事態に備えている。
「本日は加護を授かるため学校を休んでいると聞いたのですが、もう終わったのですか?」
「ええ、まあ……」
その加護が原因で実家を追放されたとあって、ロンレンは複雑な表情で返す。
「何かあったんですか? それにその荷物は……」
表情から何かあったのを察したランカが荷物に注目する。
「ランカさん、ハクに伝えてください。今までありがとうって」
変に追及されたくないロンレンはそう言い残し、走ってその場を去る。
「あっ、ちょっ」
引き留める暇も無く走って行ったロンレンの背に手を伸ばしたランカだが、後を追おうとはしない。
彼女は今、ハクトの護衛のためにこの場にいる。
そのため持ち場を放棄することは、職務上することができない。
どうしようかとオロオロしていると、授業終了の鐘が鳴らされた。
これ幸いとばかりにランカは校舎へと駆け出す。ハクトに友人の不自然さを伝えるために。
一方のロンレンは人ごみの中を搔き分け、時にぶつかりそうになるのを寸でのところで回避しながら、通りを駆け抜けていく。
ぶつかりかけた男の罵声も、周囲の喧騒も耳に入らず、とにかく夢中で走り続けた。
やがて走り疲れて足を止めたのは、無人の小さな広場。
その一角に設置されている木製の長椅子に座ったロンレンは、何も考えられず空を見上げる。
「ほんと、どうするかな……」
突如住所不定無職になってしまった現実は受け入れたものの、そこから先をどうするかが見出せない。
ボンヤリと空を眺めているうちに日が傾いてきた頃、ようやく冷静になってきたロンレンは今後の動きを考えだす。
金があまりないから寝泊まりは安宿、読み書き計算はできるから、どこかの商会か商店で働くか、魔力は無くとも体は鍛えてるから肉体労働もできる。
そう考えをまとめていき、日が落ちそうだから仕事探しは明日にして、今夜の宿を探そうと荷物を手に立ち上がろうとしたら、誰かがやってきて声を掛けられた。
「こんな所で何をしているんだ、ロン」
「……ハク?」
突然のハクトとの遭遇にロンレンは固まる。
後ろにはランカとショウライが控え、広場の傍には馬車が止まっている。
「なんで、ここに……」
「ランカからお前の様子がおかしいと聞き、嫌な予感がして探させたんだ。私はすぐに探しに行こうとしたのだが、この二人に止められた」
「「当たり前です」」
ハクトの立場を考えれば当然の対応なのだが、当のハクトはすぐに飛び出したかったようで、少し不満そうな表情をしている。
「それでどうしたんだ、こんな所で。それにその荷物も」
「あっ……えっと……」
問い詰められたロンレンは言葉遣いに困る。
つい昨日まで気安く接していられたのは、高位豪族リ家の子だったからこそ。
そんなことが頭によぎり、言葉遣いを変えるべきか、今日までの友情を信じて今まで通りでいいのか。
実家を追放されたこと自体も言い辛いのに、言葉遣いをどうするかという困り事まで発生したロンレンの思考はぐるぐると回るばかりで、解答を導き出せない。
言葉に詰まってしまったロンレンにショウライとランカは顔を見合わせて首を傾げ、ハクトは溜息を吐く。
「ロン、落ち着け。何かを考えているのは分かるが、難しく考えすぎるな。よほどのことでない限りは気にしないから、とにかく言ってみろ」
諭すようにハクトが告げ、混乱して俯ぎ気味だったロンレンは顔を上げる。
「私とロンの仲だろ?」
微笑みながら拳を出すハクトに、言葉遣いがどうのなんて余計な心配は無用。ハクトは自分が平民になったとしても、付き合い方が変わることを望んでいないと気づく。
ようやく頭が落ち着いたロンレンは、拳を握って軽くぶつける。
「悪い、ハク。ちょっと吹っ切れた」
「気にするな。それで、何があったんだ?」
「その……な……。リ家を追放された」
「「「はあぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
ちょっと吹っ切れた勢いそのまま、あっさりと追放された事実を口にする。
それを聞くとハクトだけでなくショウライとランカも揃って驚きの声を上げ、それを正面から受けたロンレンは驚きで体が小さく跳ねた。
「どういうことだ!? 何故、加護を授かったその日に追放されるんだ!」
予想外の事態に困惑を隠せないハクトは、ロンレンの両肩を掴んで揺さぶりながら詰め寄る。
望んだものであろうがなかろうが、加護を授かったら家族か仲間と共に誕生日も兼ねてお祝いをするのが普通だ。
ところがロンレンは、加護を授かった日に家から追放された。普通ならありえないことだ。
「加護が役に立たないから、だとさ」
「役に立たない? 一体、何の神から加護を授かったというんだ」
「まあ落ち着け。ちゃんと説明するから」
訳が分からないまま詰め寄るハクトを宥め、順を追って説明していく。
生命神から加護を授かった時点ではハクト達は落ち着いており、それが六つと分かると少し驚いた。ところが、生命神からの加護はリ家の利益にならないと言われ、追放されたと聞かされた時の反応は分かれた。
ハクトは怒りの形相を浮かべ、ショウライは驚きの表情を浮かべ、ランカは額に手を添えて少し俯く。
「なんですか、それ……」
信じられないと言いたげなランカの呟きが、表し方は違えど三人の気持ちを表現していた。
「加護が利益を生み出さないから追放しただと? リ家の当主は、とんだ愚か者だったようだな!」
右手を握りしめながら叫んだハクトは、その拳で左の掌を叩く。
「待っていろ。すぐに父上を通じてリ家に抗議をして、追放を取り消させてやる」
すぐに城へ向かおうとするハクトだったが、その腕をロンレンが掴んで止める。
「別にいいよ、ハク」
「いいって、お前!」
「仮にそれで追放を取り消されても、問題はその後だろ?」
「うっ……むぅ……」
ロンレンの指摘にハクトも気づく。
ここで自分が出張って追放を取り消させたとしても、リ家内部でロンレンがどう扱われるかが問題だと。
お情けで残してもらっているからと、薄給でこき使われるかもしれない。リ家の恥だと幽閉されるかもしれない。
だからといって、ロンレンのためだけにリ家に監視を付ける訳にもいかない。
「しかし、それではこれからどうするんだ!」
「力を貸してくれるのなら、仕事を紹介してくれないか? もう豪族の一員でなくなった俺でも、使ってくれる所をさ」
追放された以上は、自力で食い扶持を稼がなくてはならない。
身分の点も含めて暗にそう告げるロンレンに、そんなことしかしてやれないハクトは悔しくなる。
いくら皇族とはいえ、所詮は第三皇子であり学生でもある彼に大きな権限は無い。
紹介することはできても、雇い主になってロンレンへ給料を支払うことはできない。
それを自覚しているからこそ、余計に悔しかった。
「分かった。私に紹介できる仕事は多くないが、幸いロンは読み書き計算はできるし、体も鍛えている。そうだな、警備庁の隊員か事務員なら」
「あの、ちょっと待ってもらえますか?」
紹介先を考えるハクトに、ショウライが待ったを掛ける。
「どうした。何か問題でもあるか?」
「いえ、ロンレン殿に仕事を紹介することに問題はありません。ですがその前に、確認したいことがあります」
「なんだ?」
「ロンレン殿の加護の内容です。それ次第では、もっと良い仕事を紹介できるかもしれません」
その指摘にハクトとランカは、それもそうかと頷く。
例え武神から加護を貰ったとしても、それが剣術の加護のような技量系なら傭兵や武官として働くのに役立てるのに対し、筋力の加護のような体力系なら力仕事全般に役立つ。
だからこそ、加護の内容の確認は職業選択のためにも必要となっている。
「うむ、ショウライの言う通りだな。ロン、お前が授かった加護の内容は……どうした?」
加護の内容を聞こうとしたハクトだが、当のロンレンが気まずそうに固まっている。
今度は何があったのかとハクト達が不安になる中、頬を掻きながらロンレンが告げた。
「あ、あのさ……。聞いてなかった」
「はっ?」
「だから、生命神だって分かったら帰らされたから、聞いてなかったんだよ!」
「「「はあぁぁぁぁぁぁっ!?」」」
三人の絶叫再び。
広場には誰もいないとはいえ、付近を歩く通行人が何事かと視線を向けている。
だが、それどころじゃなかった。
なにせ重要な加護の内容を、聞いていなかったのだから。
「冗談じゃ、ないのか?」
「……ああ」
目を逸らしながらの肯定に、三人は天を見上げたり肩を落としたり額に手を当てて首を横に振ったりと、各々の反応を見せる。
「色々と言いたいことはあるが、もういい。まずは加護の内容を確認しに行くぞ」
「悪い……」
申し訳ない様子で謝るロンレンに、気にするなと肩を叩きながら返すハクトに連れられ、四人は馬車で社へ向かった。