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嘘つきジャック

作者: 文月獅狼


「俺が指を振れば金が出てくるんだぜ」


 また言ってる。村の人間は彼を見ることなく、仕事をつづけながら思った。こいつはいつもこうだ。嘘ばかり言って、仕事もせずに怠けてばかりだ。いったいどうやって生きているのか、村の人々はいつも不思議に思っていた。もしかしたら本当に指を振って金を出しているのでは?なんてみんなで言って笑うこともしばしばあった。

彼は誰も相手をしてくれないとわかると、つまらなさそうな顔をして去って行った。

 村の皆は彼のことを「ジャック」と呼んでいる。彼には名前がなかったのだ。だからとりあえず、日本で言うところの「太郎さん」といったところの「ジャック」と呼んでいた。彼自身もそれを気に入っており、いつしか自分でもそう名乗るようになっていた。

 ジャックはぶらぶらと村の中を歩き回った。いつも見ている光景だ。目新しいものなど何もない。正直退屈で仕方がない。彼はつい、また誰かに意地悪をしたくなった。

 右に左に目を向けると、一人畑で作物に水をやっている老婆が目に入った。彼女は一人暮らしで気が弱いところがある。よく言えば気のいい人なのだが、悪く言えばそうだ。それに彼が彼女を知っていることはあっても、彼女が彼を知っていることはない。そんな彼女はジャックのいい標的となった。

 彼はニヤリと笑うと、頭の後ろで組んでいた手をほどいた。その辺にあった木の枝を拾うと、地面に何やら書き始めた。それが終わると、彼は表情を一変させて老婆に詰め寄った。


「おいおいてめえ!誰の許可を得てここに入ってんだよ!」


「ど、どなたですか?」


「それはこっちのセリフだ!誰だてめえ!まさか泥棒か!?俺の作物を取ろうとしていたのか!?」


「そ、そんなことは。私はただ、この子たちにお水を上げていただけです。それに、ここは私の畑ですよ?」


「はっ!しらばっくれても無駄だぜ。ここは俺の土地だ。あそこにそう書いてある。それともあんたは字が読めねえのかい?」


「そ、そんな。ここは私が譲り受けた土地ですよ?」


「んなこた知らねえな。俺の畑と書いてあるんだからここは俺の畑だ。わかったらとっとと出ていきな!」


 彼女はとても不満そうだった。しかし彼に歯向かうには気が弱かった。弱すぎた。

 彼女は渋々と、何度も振り返りながら、少し離れた自分の家へと帰っていった。その背中はとても小さく、少し震えるのが見えた。

 ジャックは彼女が離れると、声をあげて笑った。膝を叩き、腹を抑えて笑った。そして一通り笑い終えると、畑の中から作物を一つ抜き取った。握った緑の葉の先には、丸々と育ったカブがぶら下がっていた。


「こいつぁうまそうだな。今日はこいつを食って寝るか」


 彼はそう言うと、来た道を歩いて戻った。畑と道の境目まで来ると、彼は下を見た。


“No ones allowed!”

「ここは俺の土地だ!」


 我ながらくだらない作戦だと彼は思った。思わずまた口角が上がってきた。

 彼は足を豪快に左右に動かしてその文字を消した。あとに残ったのは横に線が引かれた土だけだった。

 彼は長いカブの葉を肩にかけると、余った左手をポケットに突っ込んで口笛を吹きながら帰って行った。

それ以来、彼の評判はさらに悪くなった。これ以上嫌うことができないというほどまで来た。しかし彼の態度が変わることはなかった。皆が背を向けている中、相変わらずくだらない嘘を言って歩いていた。




ある日のこと。

彼がいつも通りぶらぶらと歩きまわっていると、突然目の前に何かが現れた。文字通り、何の前兆もなく。黒い靄とともに、パッと現れたのだ。

それは前進が黒く、顔だけが妙に白かった。そこには不気味に笑う目と、これでもかというほどに端を上げた上から下向きに生えた2本の長い犬歯が特徴的な口があった。その上にはピエロを思わせる直角に折れ曲がった長い耳があり、手には尻尾と同じ矢印型の槍を持っている。

ジャックは直感的に悪魔だと気付いた。思わず腰が抜けそうになった。今すぐ逃げ出したかったが体が動かなかった。


「お前がジャックか」


 悪魔は陽気な声で問いかけてきた。彼はそれにこたえられなかった。


「お前の話は聞いてるぜ。俺ら悪魔以上に悪魔のようなことをしているってな。俺も一日だけお前のことを見ていたが、ありゃあひでえもんだった」


 彼は何故かムッとした。なんで悪魔にそんなことを言われなきゃならないんだ?悪魔の言葉で恐怖の中でもそんなことを考えられるほどには冷静になれた。


「そこで俺たちは話し合った。そして決めた。お前はこの村にとって、この世界にとって悪だ。そんなお前を生かしておいちゃあいけねえ。だからお前を地獄に落とすことに決めた。今日はそのお迎えだ」


 ジャックはまた背筋が凍りついた。地獄に落ちるってことは死ぬってことか?しかも今日?そんなの冗談じゃねえ!

 彼はあたりを見回した。そして悪魔の後ろに一本の木があるのを見つけた。木には一個だけ、赤々と実ったリンゴがついていた。彼はとある計画を思いついた。


「わかった。確かに俺は悪いことをたくさんしてきた。地獄に落ちるのも仕方ねえな。あんたについていくよ」


「物分かりが良くて助かったぜ。実は次があるから急いでたんだ」


「でもその前に一つだけ。実は俺今腹が減ってんだよ。ここんとこ何も食えてなくてよ。正直立ってるのがやっとなんだ。だからあの木になってるリンゴを取ってきてくれよ」


「話聞いてたか?俺には時間がねえんだよ。少しの間なんだから我慢しろよ」


「頼むよ。ちゃちゃっと飛んで取ってきてくれよ」


「見て分かんねえか?俺には羽がねえんだよ!だから飛べねえんだ!だからあの高い木に登らねえといけねえんだよ!それに時間がねえんだ。少しくらいがんばれよ」


「頼むって。もうめまいもしてきたんだ。食ったらちゃんと行くからよぉ頼むよぉ」


「……ちっ。わあったよ」


 悪魔は槍を投げ捨てると、木の根元まで歩いて行った。上を見上げて高さを測るとため息をつき、登り始めた。その動きに無駄はなく、悪魔はするすると登っていった。しかしジャックのほうが速かった。

 ジャックは悪魔の投げ出した槍をつかむと、木の幹に大きく十字架を刻んだ。ちょうどその時悪魔はリンゴを枝から取ったところだった。ガリガリと音がしたため、悪魔は途中で彼の行動に気づいた。


「おいてめえ!ハメやがったな!」


 悪魔は木の幹に、先ほど以上にしっかりとしがみついた。その姿はとても無様で、悪魔にしてはかわいく見えた。ジャックは声を上げて笑った。


「そいつを消せ!でないとひどい目にあうぞ!」


「気にしがみついて俺に手が出せない状態でどうやるってんだよ。ん?」


「クソヤロオオオオオオ!」


「消してほしかったら俺を地獄に連れて行かないと約束しろ。できないなら、お前はずっとそのままだ。好きなだけセミの抜け殻ごっこを楽しんでろ。仲間が来ても助けられないかもなぁ」


「こんのやろおぉ……」


 悪魔は割れそうなほど歯を食いしばった。下のジャックにも歯ぎしりの音が聞こえた。


「……わかった。お前を連れて行かねえ!約束するから!」


「誓うか?」


「誓う!」


「何に?」


「くっ……か、神に。神に誓う。神に誓うから下ろしてくれ!」


「悪魔が神に誓うなんてな」


 なんて無様なんだ。ジャックは笑いながら、槍で十字架を削り取った。跡形もなくなるまで、右に左に木を抉った。

 悪魔はなくなったのを確認すると、そろそろと下りてきた。十字を刻んだのとは反対側の幹から、ゆっくりと。


「……汚ぇことしやがる」


「それが俺だからな。ほらよ」


 悪魔は差し出された槍を奪うように受け取った。


「……このリンゴはやらねえ」


「いらねえよ。もともと腹なんざ減ってねえからな」


「……クソ野郎」


 そう言い残すと、今度はゆっくりと、悪魔は消えていった。あまりにも疲れてしまったようだ。消えるのに来た時よりも長くかかった。

 悪魔がいなくなったのを確認すると、ジャックは後ろで手を組んで口笛を吹きながらまた歩き出した。




 数十年後。

ジャックはなんだかんだで、寿命で死んだ。彼を嫌っていた村人の誰よりも長く生きた。やはり馬鹿正直に生きるよりもずる賢いほうが長生きできるようだ。

 そんなことを考えながら、ジャックは歩いていた。向こうに見える光を目指して。

 光は近づくにつれて輝きを増した。その先にはとても美しく楽しそうな場所が見えた。


「なんて美しいところなんだ……」


 しかしあと少しというところで、彼の前に見えない壁が現れた。とても硬く、どうやっても壊せそうにない。

 ジャックは何度か壁を叩いた。そして叫んだ。


「おーい、だれか!入れてくれ!そっちに行かせてくれ!」


 すると、上から声が聞こえてきた。


「ジャックよ。お前は生前悪いことをした。嘘をつき、意地悪をし、人の物を盗んだ。心を改めることなく、死ぬまでずっとそうしていた。そんなお前をこちら側に入れることはできん。地獄へ行きなさい!」


 声が消えると、目の前に見えていた光景もともに消えた。周りには闇だけが訪れた。暗く、耳が痛くなるほど静かな闇が訪れた。これでは地獄への道もわからない。彼は途方に暮れた。


「……おい」


 今度は後ろから声が聞こえた。どこかで聞いたことのある声。今の今まですっかり忘れていた声。はじめに聞いたときは恐ろしかったのに、今では何故か懐かしさまで感じる声が、後ろから聞こえた。

 ジャックはゆっくりと振り返った。そこにはやはり、過去に彼を殺そうとした悪魔が立っていた。この絶望的な状況ではジャックには彼が天使に見えた。


「おお、悪魔。久しぶりだな。リンゴはうまかったか?」


「そこそこな……やっぱり天国には入れなかったか」


「ああ。神に地獄へ行けと言われた。悪いけど、俺を案内してくれないか?真っ暗で何にも見えない」


「悪いが、それはできない。俺はお前を地獄に連れて行かないと誓った。それはあんたが死んだ今でも続いている。だから俺にはどうすることもできねえ」


「じゃあ俺はずっとこの真っ暗な中で過ごさないといけないのか?何にも見えなくて狂っちまいそうだ。頼むから地獄に連れて行ってくれよ」


「約束は約束だ。これが罰だと思って受け入れるんだな」


「そ、そんな」


「……手ぇ出せ」


「なんでだ?」


「いいから、手ぇ出せ。速く。前にも言ったように、俺には時間がねえんだ。次の仕事が待ってんだからな」


 ジャックは恐る恐る手を出した。

 悪魔は自分の手のひらを上に向けると、火を出した。その火を、無造作にジャックの手のひらへと放り投げた。


「あっつ!」


 ジャックはそう言いながらも、右から左、左から右へと火を移動させて、落とすことはしなかった。


「これであたりを照らせ。そして歩け。そうせればいつか、天国に入れるかもな」


「しかし悪魔よ。これは持つには熱すぎる。なにか容れ物はないか?」


「悪いがそれはねえな。そのうち何か見つかるんじゃねえか?おっと、もう時間だ。じゃあな、嘘つきジャック」


「お、おう。ありがとな、悪魔」


 お礼が聞こえたかわからないというところで悪魔は消えた。ギリギリ聞いていたかもしれない。

 ジャックは歩き始めた。何かないかを探しながら。すると、目の前に畑が現れた。何十年も前にカブを一つ拝借した畑が。

 ジャックは思いついた。

彼は畑からカブを一つ抜き取ると座り、熱いのを我慢して膝の上に火を置くと、手で中をくりぬいた。ある程度取り除くと、その中に火を入れた。


「これなら熱くないし、カブの汁で反射してあたりがさらに明るくなる。ランタン代わりにはちょうどいいな。ありがとよ、ばあさん」


 彼はカブの葉を手に巻き付けると歩き出した。いつか来る、天国への扉に向かって。


 どうも、文月獅狼です。

 新型コロナウイルスによる感染拡大のため、イベントを楽しめなかった方も多くいたと思います。今回はそんな方々のためにハロウィンにちなんだお話を書きました。時計を見たら日付が変わっていたのですが、私はまだ寝ていないので実質まだハロウィンです。

 「ジャック・イン・東京」を期待していた方は申し訳ありません。土曜日にハロウィンがかぶってしまいました。ジャックのほうは明日続きを書きます。最近不安定ですみません。

 今作品を気に入っていただけたらポイント評価、コメント、ブクマ等していただけると幸いです。

 また、私は他にも作品を上げているので、そちらも見ていただけると嬉しいです。「文月獅狼」で検索していただけると出てくると思います。

 ではまた。

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