赤のクイーンは二人も要らない
投稿ペースが激落ちくん
最近は支部に常駐しています
赤の王国の王都キャトスルは、城塞都市と冠されるだけあってか、その街並みは非常に複雑だ。
マリアベルは所謂円村と呼ばれる形態をとっており、王城とリデル大聖堂、そして大広場を中心にして円形に街並みが広がっている。平和な1000年の間に区画整理が進んだのもあり、比較的迷子にはなりづらい。
一方のキャトスルは塊村、というよりは日本の昔の城下町のような形態となっている。
人々が行き交う広場と、東西にキャトスルを貫く大通りの近辺は区画整理が済んでいるものの、そこから1歩離れれば自然発生的に構築されためちゃくちゃな並びの家々。
その上更に裏路地に回れば袋小路や鍵状の小路、更には革命時代の戦乱の名残(と魔女様は考察していた)の認識阻害の魔法が掛けられた箇所もあり、そこに入ってしまうと同じところを延々とループし続ける羽目になる。
そのせいか、サービス初日にキャトスルの方に飛ばされたプレイヤーたちは悉くその路地裏に呑み込まれて出られなくなってしまったのだ。
さて、これが本題であるが、そんな複雑な形態の都市となると、その下水道も必然的に迷宮のようになるのだ。
それこそ、ダンジョンのように。
バトルダンジョン 地下下水道空間
クラウディアから渡された地図を右手に、そしていつもの黒い剣を左手に持ってゼットは薄暗い道を歩いていた。
時折他のプレイヤーともすれ違う。ゼットのことを知らない新規参入らしいプレイヤー達は特に気にせずにノルマの数までスライムを狩ろうとしているし、ゼットのことを知っているプレイヤーはぎょっとして、殺されるなんてたまったもんじゃないと逃げ出す。
(誰がテメェらなんざ殺すかよォ、一瞬で終わっちまってつまんねェのにさァ)
という内心は呑み込んで、黒いマントをはためかせて目的の場所まで突き進む。
同じ石造りの地下空間であるにも関わらず、マリアベルのリュコス遺跡に比べると、この地下下水道は幾分近代的に感じる。
まぁ1000年以上前の遺跡と今現在使われているインフラではそりゃあ後者の方が近代的に決まっているだろうが。
煉瓦色の石の壁には、ゼリーよりも弾力がありそうな濁った青色のスライムが大量にへばりついており、こちらを認識するや否や飛びかかってくる。
そして時折、ダーティーマウス…カピバラサイズの鼠型のモンスターも現れる。β版にはいなかったはずだ。
ちなみにカピバラは世界最大のネズミである。ゼットは20年間生きていてこの間初めて知った。
「…たしか、舞蘭サンってネズミ苦手だったはずだよなァ?大丈夫か?…まぁ、したっけあの一番弟子ちゃんたちがなんとかするかァ…」
ざしゅり、ざしゅり、と炎を纏わせた剣を適当に振るってスライムを消し飛ばしながら歩いていたゼットは、ある曲がり角で足を止めた。
「入口から入って、右、右、左、右、左…と曲がった先の突き当たりの壁、だったな?」
一見他と何も変わらないように見える赤茶の壁。
ゼットは迷いなくその壁に手を伸ばすと、するり、とその手は壁の向こうへと抜けていった。
「ここかァ…」
にやり、と悪役の笑顔を浮かべて、ゼットは壁の向こうへと呑み込まれて行った。
その壁をすり抜けた先には、一際開けた空間が広がっていた。
その広さは、おおよそゼットの出身高校の体育館くらいだろうか。それよりは天井は低い。
その空間のそこかしこには、生まれたばかりなのだろう掌サイズの小さなスライムが散らばっている。
…雑然とした瓦礫ガラクタの山に酒瓶や割れた食器が混ざっている様子を見るに、いっとう昔にはここで人が生活していたようだ。
「…亜空間だったりするのかァ?それとも隠し部屋か?」
飛びかかってくるスライムをあしらいつつ、ゼットは奥へと歩みを進める。
やがて1番奥へとたどり着いた。
ふぉん、と音がして、ゼットの目の前にウィンドウが現れる。
◢◤◢◤◢◤◢◤WARNING!◢◤◢◤◢◤◢◤
この先、ダンジョンボスとの戦闘になります。
ダンジョンボスとの戦闘が始まると、パーティー外のプレイヤーとの接触は不可能となります。
また、バトルを途中棄権することはできません。
本当にバトルを開始しますか?
はい いいえ
「うるっせぇなァ、一々めんどくせぇんだよ」
ゼットは腹立たしげに拳を振りかぶり、『はい』のコマンドを叩き割る。
その瞬間、轟音と共に地面が大きく振動した。
パラパラと天井から粉が落ちてくる。
ゼットは目の前の空間をじっと見つめる。
『ピギャアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!』
クイーンビースライム Lv.25
甲高い悲鳴が、辺りを揺らした。
その大きさはおよそ縦に5m。
例えるなら児童公園の山のような大きさ。
これまでのスライムとは比べ物にならない大きさと凶暴性。
血のように真っ赤で半透明のクイーンビースライムが、ゼットを睨みつけていた。
ゼットの銀色の瞳が喜色に歪む。
「…悪いなァ女王様?」
「この国の女王様はあの子一人で十分なんだ」
言うなりゼットは剣に紫の炎を纏わせる。闇魔法と火魔法を混ぜたものだ。
「【イグニスメア】!」
ゼットは一気にスライムへ踏み込み、軽々と跳んでその上部1mを切り裂いた。ベチャベチャの赤いゲルがぐちゃりと落ちる。
刹那、スライムの一部が変化し、まるで触手のような細長い腕が5本現れる。
触手は空中のゼットに一気に迫る。
「うっぜぇことしやがるなァ…ったくだからスライムはめんどくせぇんだ」
そう言いつつゼットは軽々飛んで触手のうち1本に飛び乗り、そのまま残り5本を叩き斬る。
ピィィ、と耳障りな高い音が鳴る。クイーンビースライムの悲鳴だろうか。
そのまま触手を伝って駆け抜けてゆき、スライム本体へと乗り移れば、ぽんぽんと小さなスライムが無限に湧いてくる。
現れた小さいスライムは、ゼットに飛びかかってはそのまま塵と化して消えてゆく。
生まれたばかりで弱く、一撃で死んでしまうらしい。
そんな決死の攻撃はあいにく大したダメージでは無いのだが、いかんせん数が多い。
数十じゃきかない数だ。
「っあ〜!かったりィな…無限に湧いてくるのかよ」
そう言ってゼットはスライム本体のてっぺんに剣を突き刺した。
「【シールドエリア】…これでしばらくはチビスライムも飛んでこないべ」
ゼットの周りに透明な球状の膜が張られる。
生成されたスライムたちは、ゼットに飛びかかろうとするとその膜に阻まれる。
そしてゼットはニヤリと笑って、突き刺さった剣を両手で抑える。
「やるか」
「【ダークドロップ】」
じわり、じわり。
クイーンビースライムの赤い半透明の体に、黒色が滲んでゆく。
まるでグラスの水に一滴一滴黒いインクを垂れ流すように。
スライムは苦しそうに暴れ、大量のスライムを生成する。
元々ゲル状で不安定だったゼットの足場も、大きく波打って揺れる。
「ちっ、くっそ酔いそう…」
まるで不定形なトランポリンの上のようで吐きそうになるものの、それでもゼットは決して剣から手を離さない。
歯を食いしばって眉を顰める。
ゼットは再度剣に紫の炎を纏わせ、インクで黒ずんでゆくスライムをじわりじわりと焼き溶かしてゆく。
『ピギィィィィィィィ!!!!』
突如けたたましく甲高い悲鳴が響く。
スライムが大きく身を捩って、ゼットは空中に放り出された。
ゼットは宙を舞い、しゃがみこむ体勢で着地した。
「よっと!あー、ようやく暴れ始めたか。
したっけ、後半戦だなァ。」
黒く染まりつつあったスライムの背後から、数十本もの触手が伸び、ゼットへと襲いかかってくる。
「【ダークチェイン】」
静かに唱えれば、紫の炎を纏った黒い剣に、長く黒い鎖がジャラリジャラリと巻きついてゆく。
これは闇魔法が鎖の形になったものだ。
そしてスライムの触手がゼットに届く寸前、ゼットは剣を大きく振り回した。
その勢いに剣に巻き付かれていた鎖が解け、2mはあろう鎖が宙に放たれる。
まるで新体操のリボンのように軽々と舞い踊り、そしてまるで鉄のように重い一撃で触手を叩き落とす。
鎖によってゼットの攻撃範囲はただ剣で攻撃するよりも大きく広がる。
他の物理職にはないこの絶妙なリーチこそ、ゼットが不遇職たる魔剣士を愛用している理由である。
スライムの触手は何度でも再生し、数を増やし襲ってくるが、ゼットはまるで蛇使いのように魔法の鎖を華麗に操ってその全てを薙ぎ払ってゆく。
徐々に、少しずつ、しかし確実に、ゼットはスライム本体へと近づく。
「ーーーーーそこだな」
スライムの体がゼットの射程圏内に入った時、彼はそう零して笑った。
ゼットの銀色の瞳はスライムの体のある一点を見つめて、そして。
ゼットの鎖が、まっすぐ一点を貫く。
判定はクリティカル。絶大なダメージが入る。
…甲高く耳に障る悲鳴とともに、赤黒く禍々しいスライムの『核』が砕け散った。
YOU WIN!
勝利報酬
クイーンビースライムの粘液×3
クイーンビースライムの目玉×1 Rare!
10000マタ
「したっけな、元女王サマ」
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赤の王国、王立冒険者ギルド。
クラウディアが行儀よく紅茶を嗜む中、談話室のドアが乱暴に開けられた。
「ようお姫サマ…あぁ、またその瞳してんのな」
王族特有の神秘的な赤い瞳と金色の光彩は再び姿を隠し、クラウディアの瞳はゼットと初めて会った時と同じ濁ったビー玉のような緑色になっていた。
「その瞳あんま好きじゃねェんだよ」
「そんな事言われても困るわよ…私にも職員としての立場があるのよ」
「そうかい」
「あ、スライム殺ってきたぞ」
「そう、お疲れ様。
ギルドの決まりで討伐した証拠を確認させてもらうわ。なんでもいいからドロップしたものを見せてもらえるかしら?」
「…目玉か粘液だなァ。粘液とか出したらこの辺べっちょべちょにならねぇか?」
「大丈夫。瓶に入って出てくるはずよ」
「は?…うわほんとだ、この瓶どっから出てきた?」
ゼットはアイテムボックスから500mLペットボトル大のシンプルな瓶を取り出す。
その中には半透明の赤い液体がどろりと詰まっている。
怪訝な顔でもっともなツッコミを入れるが、まぁそこはゲームクオリティ。致し方ないのだ。
「さてと」
ゼットはどかっと乱雑にソファに座る。
「じゃ、お姫サマの本題に入ろうか」
「助かるわ」
「良いんだよ。
この件は多少俺の仲間たちにも手伝ってもらうがいいか?」
「…あなたの仲間、どうせろくな人達じゃないでしょうけれど…まぁいいわ。ただし数は絞らせてもらうわよ。一応私も王族なのだから」
「さっきも言ったが、それはそれは優秀な化狐が1人いる。顔も声もわからねェ不審者ではあるが、信用はできる」
「ほんとに大丈夫なのそれ?」
クラウディアは思わず頭を抱える。
それを見たゼットは、それはそれは愉快そうな悪役の笑顔を見せる。
「大丈夫だ。俺の仲間は中々悪辣で癖のあるやつばっかだが、その化狐…あーさんは気持ち悪ィくらいに俺のことを慕っている」
「慕ってくれている子に対してなんて言い草なの」
「しゃーねーだろ。俺ァこんな外道な人間なのにまるで王様のように忠義を尽くしてくるんだぜ?」
ゼットは少し困ったようにため息をひとつ落とす。
自分が嫌な奴で、自分勝手で、多くの人から目の敵にされる悪役であるという自覚があるから、純粋な好意を受けるとどうにもむず痒いというか収まりが悪いというか。
「照れてるの?」
「そういう訳じゃねぇよ」
「あとは、デリンジャーっつう生意気で可愛いオトコノコも外に待機させる。俺がお姫サマを誘拐する時の戦闘要員だな。
あとは城の通信室もジャックさせてもらうぜ。うちの優秀な機械技師殿に任せるが」
「…ちょっと待ってちょうだい。あなたたち、城の通信室の場所とかわかっているの?」
「生憎と、使徒の中には正義の味方にも悪役の魔王にも平等な情報屋がいらっしゃるので」
「…宰相は嫌いだけれど使徒が脅威である、という意見は賛成せざるを得ないわね」
「じゃあやめるか?」
「やめないわよ今更」
クラウディアは一際大きなため息をついた。
「…ひとつ、お願いを聞いてほしいの」
「内容によるな」
「簡単よ。…この国を、壊さないで。
邪神グレバティスはここ50年で急激に力を増してきている。それは間違いないわ。
白の国の神官たちによる迷いの森の調査に間違いはないはずよ。
私が産まれる前の話だけれど、あなたたちと同じくらいの力を持ち、英雄…あるいは、化物と呼ばれた冒険者も、その脅威の前に命を落としたわ。」
クラウディアの声は、弱々しい。
ぽつりぽつりと零れる独り言のように、声は紡がれる。
ゼットは「結構重要なこと喋ってねぇか」と思いつつも、それでも俯き怯えた顔の少女の声に黙って耳を傾ける。
「だから、あなたたち使徒の存在を否定する訳にはいかないの。
私はこれまで、1人の王族として、次期女王として、必死にこの国を守ってきた。邪神ごときにそれを奪われるなんて考えたくもない。
じゃなきゃ、私は、何のために、この手を汚してまで」
…クラウディアの声が、固く握られた手が、震える。
ゼットは少し納得もした。
使徒の中でもトップクラスに強いとはいえ、どちらかと言わずとも悪であるような自分に躊躇いもなく協力を要請できるものかと疑問に思っていたのだ。
だけど、彼女は、少女のその手は。
既に綺麗ではないというのだ。
「…なぁお姫サマぁ。」
「………なに」
「俺ァ悪い使徒だから、自分のやりてー事をやるぜ」
「っ…!!!」
「だからよォ」
「女神サマとやらにあんたの国を滅ぼせと言われても、滅ぼしてやんねぇことにした」
「だから安心しな可愛いお姫サマ。たとえ反逆者になろうとも俺ァあんたの大事なもんは壊さねーよ。
だって嬢ちゃん、こんな悪いオニーサンとの約束ですら守ってくれんだろ?
そんな俺らにとって可愛い子、大事にするっきゃねぇべな。」
ていうか、†神の反逆者†とか厨二臭くて寒気がするぜ。
そう吐き捨てながらゼットはクラウディアの頭にぽん、と手を置いてその金髪を乱暴に掻き乱した。
「…そう」
クラウディアは、顔を上げた。
その顔には既に迷いも弱さもなく、ただ美しく凛々しい未来の女王様が立っていた。
「そうね、私はあなたとの約束を守ってあげる。だからあなたも約束を守ってちょうだいね。
さぁ、行くわよ。さっさとあの腐れ宰相を引きずり落とすわ」
「あぁそうだ、ちょっと待ってくれお姫サマ」
「?どうしたの」
突如クラウディアを引き留めたゼットは、右手で彼女を制しながら左手でウィンドウを操作し始めた。
「いや、使徒の中には正義のヒーローめいた奴らもいるからな。というか俺が悪役なだけだが。
まァ大抵の奴らは片手間で蹴散らせるが、そうはいかねぇ奴らもいるからな。
そいつらに説明するために、誘拐が同意であることが分かるような写真を取らせてくれ」
「あー、なるほど?わかったわ」
ゼットはカメラのアイコンをタップして、起動する。
するとフォン、と周りの風景を映し出す画面が現れた。
ぐるぐると巻く矢印マークを押してインカメにすると、ゼットは無遠慮にクラウディアの肩を抱き寄せた。
一瞬目を見開いて肩をびくんと震わせたクラウディアだったが、すぐにその眉を歪めて不器用に口角を上げて見せた。
カメラの画面に白い文字で3、2、1、とカウントが刻まれる。
カウントが0になった瞬間、クラウディアはこの世の全てにクソくらえ、と思い切り中指を立ててやったのだ。
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