ハーメルンのホラ吹き男
そう簡単にロマンチックなラブロマンスとはならないよねって話。
話は数時間前の冒険者ギルドに巻き戻る。
ゼットは、今回の下水道スライム作戦を1人で受注した。1人であることに大した理由はない。強いていえば、元々ソロプレイだったからそっちの方が気が楽なのだ。
冒険者ギルドに入るとまず目に入るのは受付カウンターだ。窓口は5つあり、住民の冒険者とプレイヤーが混在している。
カウンターの右側には酒場がある。この間人畜無害のとこの酒豪姉御ことイルマさんがNPCやり込めてたって酒場はここだろうか。
ゼットは適当に一番左の窓口に近づく。
窓口に座っていたのは、金髪をひとつにひっつめた緑の瞳の魔族のお姉さんだ。
「あー、俺使徒だけど。下水道のスライムの掃除の件ってここでいい?」
「はい、使徒様ですね…ただいまその件についての書類をお持ちしますので、少々お待ちください。」
にこり、と営業用に細められた緑の瞳を、ゼットはじーっと見つめる。
「……なぁ、オネーサン」
「どうなさいましたか?」
ゼットはカウンターに手を置いて、ぐっと身を乗り出す。
素早く彼女の耳許に自分の口を近づけて、にやぁと口角を上げた。
「ーーー【正体見たり】」
「っ!?」
突如耳元で囁かれた彼女は、びくりと肩を跳ねさせて思わず目を瞑る。
そして、次に恐る恐る目を開ければ…
彼女の瞳は血よりも赤く、虹彩は月よりも濃い金色となっていた。
「なるほどなァ、そのキレーで不思議な目、白の王国の王族と同じだなァ。
さしずめオネーサンは赤の王国の王族サマってか?」
にやにやとした表情のまま放たれたゼットの言葉に、目の前の彼女は驚いて目を見開いた。
すぐさまカウンターの下にしまっていたらしい手鏡を取り出すと、自分の目を確認する。
彼女ははぁ、とひとつため息をつく。
それは諦めとか焦りとかではなく、どちらかというと安堵の色が強い。
かたり、と上品に木製の丸椅子から立ち上がると目を伏せたまま手をカウンター奥の扉へと向ける。
その扉の上には『Lounge』というプレートが掲げられている。
「…こちらへ」
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彼女はビスケットの入った籠を置き、自らをクラウディア第一王女、と名乗った。
「なるほどなァ、あんたはお姫サマってわけか…俺は喉が渇いてるんだが。ビスケット以外なかったのか。」
「ないわ。悪いわね。
…ええそうよ、私はこの王国のお姫様。使徒様で私の正体を看破したのはあなたで二人目よ」
「二人目ェ?」
えぇ、と答えてクラウディアはゼットの向かいに座る。
「そうね、青色の旗を持った穏やかそうな青年だったわ」
「…あいつかァ」
ゼットはフッ化水素の人畜無害ですと言わんばかりの表情を思い浮かべて顔を顰めた。
「あら、お友達?」
「いやぁ、気に食わねェ奴だと思ってる」
「奇遇ね、私もよ。」
そう言ってクラウディアは首を竦める。今度はゼットが驚く番だった。
「そりゃまたなんで」
「…白の王国の王女が、私の弟との婚約をほっぽり出して執事如きと駆け落ちしたのは知ってるかしら?」
事の次第はぼんやりと知っている。掲示板で魔女様が考察として出していたが、まぁ事実だろう。マリアベル特殊クリアの条件だ。
「まぁ、粗方」
「そう。彼らね、その手伝いをしたのよ。」
クラウディアは不愉快そうに眉をひそめた。
「私の可愛い弟、ハグリッドは確かにちょっと武術面は冴えない所はあるけれど、賢くて優しい子よ。…勝手に振られて傷物にされて逃げ出される謂われなんてないわ。」
なるほど、クラウディアはそのハグリッドという弟を可愛がっていたらしい。
それに、と続ける。
「あの脳内花畑王女…じゃなくてメリッサ『元』王女殿下は自分だけが悲劇のヒロインとか思ってそうだけど、彼女がいなくなったことで2ヶ国が不和に陥ったらどうするつもりだったのかしら?」
どうやらクラウディアはメリッサを元々嫌っていたらしい。たしかにこの強くたくましい赤の王女サマと、話に聞くような弱々しい箱入りの白の王女サマは気が合わなさそうだ。
ゼットは一口ビスケットを齧る…口の中の水分が吸われる。
「あぁ、それは俺も大丈夫なんかなァって考えてた。戦争になっちゃあ俺たちも酷い目に遭うからな…解決したのか?」
「解決したわよ。あの花畑の双子の妹の犠牲でね。」
「双子の妹なんていたのか」
えぇ、とクラウディアは悲しげに眉を下げた。
「バネッサっていう子よ。
彼女、要領が悪くてお人好しだから、元々何かと割を食いやすい子だったけれども…」
でもまぁ、とクラウディアは口角を上げた。
「正直あの世間知らずよりもハグリッドと相性は良さそうね。聡明な子だし。それにこの私の義妹にもなるのよ、これまでの分、存分に可愛がってあげなくちゃ。
…そう考えたらあの花畑の愚行も悪くなかったのかしら?」
ついに言い直さなくなった。が、クラウディアは嬉しそうだ。そのバネッサという妹の方は好ましく思っているらしい。
そして、クラウディアもビスケットをつまみ始めた。
「…そして、あなたの話を聞かせて」
「俺?」
「えぇ。…どうして私の正体がわかったの?旗の男の時は、横に侍っていた兎の娘が『所作が綺麗すぎる』って言って看破してきたのだけど」
人畜無害本体ではなく、兎の娘…らびびの方が看破したらしい。たしかにその辺、人畜無害は鈍そうだ。
「あぁ、お姫サマのさっきまでの緑の目、見覚えがあったんだ。」
「…見覚え?」
「そうだ。正確には、その緑の目の作り物感っつーのか?生きた人の瞳ってよりは、くすんだ硝子玉みてぇに光が入らない瞳。
…俺の仲間に優秀な化け狐がいるんだ。そいつが他の奴に化けた時と同じ目をしていた」
「それで魔法の解除を?」
「賭けだったがな」
ゼットが使った【正体見たり】は、妖族の化狐の【変幻】を初めとした、幻影系の魔法を確定で解除できるスキルだ。あーさんの【変幻】が怖すぎてこのスキルをチケットでとった。
ただし、何も幻影系の魔法がかかってない、つまり『本物』相手にこのスキルを使うと、呪詛返しの如く自分にはね返って一定時間スキルが全て使えなくなる。
ゼットは1回やらかしたことがある。
「んで、今度はお姫サマ、あんたの番だ。どうしてわざわざ第一王女殿下がキレーな瞳を変えてまでただの職員のフリをしてやがる?」
「簡単よ、あなたみたいに私の正体を見破れるほどの実力のある使徒様を見つけるため。
まぁ先の旗を持った彼は、正直信用出来なくって頼んでないけれども。」
「なるほどなァ。
で、俺を見つけたけどどうする?」
「あなたに頼みたいことがふたつあるわ」
クラウディアはしなやかな指を2本、ぴんと立てた。
「ひとつ。ギルドの調べで、今回のスライム大繁殖の原因は掴めてるわ。下水道の奥深くに入り込んだところにある巨大スライム…女王蜂スライムよ。
増えすぎた下水道のスライムは時に疫病を媒介することがある。そいつは早急に始末したいわ。
報酬は10万マタ。通常の報酬は1万マタだから破格よ。」
「そうか、そりゃあいい話だ。それで二つ目は?」
クラウディアは、真剣な表情になる。
「この国の腐った宰相を引きずり落とす」
クラウディアはどこからか(恐らくアイテムボックスから)取り出した書類の束と数枚の写真を、ばさり、と無造作にゼットの前に広げた。
ゼットは書類のうちの1枚を摘み上げてざっと流し見る。
「…横領してんな」
「あら、わかったの?」
「普段ちょっと齧ってるからな」
「そう?意外ね」
「俺をなんだと思ってんだ…なるほど?王宮のパワーバランスなんざ知らんが、この腐れ宰相を嵌めるのに一役かえと。」
「そうね。
彼、死ぬほどケチな上に使徒には否定的なのよ。まぁうちの国は白の王国ほど女神への信仰は厚くないからそこはちょっと仕方ないのだけど。
…そして今、父上…国王陛下は王都からは遠いシーアグラっていう地方都市に行ってしまってる。
この状況下では間違いなく先に言った特別報酬なんか渋るに決まってるわ。なんならそれで『立場をわからせる』とか言い始めるわ。」
「そりゃあまた鼻息の荒そうな」
「ほんと、目に浮かぶわ…
それで、あなたには彼が渋って余計なことを言ったところをこのダイヤルエッグ…あぁ、あなたたちには馴染みがないかしら、これでその音声を記録してちょうだい。」
そう言ってクラウディアは可愛らしい卵に黒電話のようなダイヤルがついた物体を差し出してきた。録音機らしい。
それをゼットはちらり、と一瞥すると面白くなさそうに首を横に振った。
「…どうしたの?」
「いやぁ悪いなお姫サマ。残念なことに、俺ぁ使徒の中ではとびっきりの悪役なんだ。
こんないい子ちゃんな正攻法じゃあ満足しねェ。」
そう言って、ゼットは素早く詰め寄って、最初にクラウディアに【正体見たり】したときと同じように耳許に口をちかづけた。
「悪い魔王はお姫サマを誘拐するモンだって相場が決まってんだ」
「ついでに俺もそのケチな宰相にふっかけてやらァ。
報酬3倍にする交渉だ。んなもんひとつの人命に比べりゃ安いもんだろ」
「…ひとつの人命、ねぇ」
「あん?なにか気に障ったか?」
「いえ」
そう言ってクラウディアはソファの背もたれに身を預けて目を伏せた。
「『次期女王』の命、ではないのね」
「…悪いが俺ら使徒はここの国民じゃないからな。王サマも乞食も同じ重さの命だ。
そりゃ何度もバカバカ生き返る使徒と、1回死んだら終わりのこの世界の奴らの命の重さは違ぇけど。」
ていうかお前さん、次期女王だったんだな。
そう首を回しながら付け足すゼットを、クラウディアは数秒見つめて、そして息を吐いた。
「…私の一つ下の第一王子、エルバートは私ほどじゃないけど王の器よ」
「自分で言うかァ?まぁ俺はそっちのが好きだけど」
「言うわよ。そのために血を吐いてきたのよ。
…さておき、私が死んでも、エルバートでそれなりに替えはきく。エルバート以外ってなるとちょっとわからないけれど。
…あの腐れ宰相が私を見捨てたらどうする?」
それまでの傲岸不遜な態度から一転して、少し不安げな表情を見せるクラウディア。
ゼットは鼻で笑った。
「そんときゃそのまま俺の仲間になっちまえ」
「ボニーとクライドみたいに殺して騙して引っ掻き回して飛んで跳ねて、きっと楽しいぜ?」
「そのボニーとクライドとやらについては存じないけれど。あなた、目の前に王女がいるとわかって堂々とそんな悪いコト暴露して、なんのつもり?」
「王女が守るのは国民だべ?俺らのお遊びの対象は使徒だけだかんな、王族にゃ取り締まる権利はない。
まぁ運営の機嫌を損ねた時には大変だがな」
「詭弁ね」
「正論だ」
はぁ、とため息を着くクラウディアの表情は、しかし明るい。
なんとも肩の荷が降りたような表情だった。
「あぁ、そうね、じゃあゼット」
「私を攫って」
安堵した笑顔のまま呟かれたその言葉は弱々しく、少し掠れていた。
訂正のお知らせ
☆『白の王国 神聖都市マリアベル』編の本編最終話のタイトルを「幻翼族の謎」から「それはたった一つの鍵」に変更しました
☆閑話に出てくる謎の女の名前を「バートン」から「メリル」に変更しました
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