その瞬間が待ち遠しい
褐色美女好きです(唐突)
「…そう、スクアードは男を決めたのね」
王都マリアベル南西部、マッカートニー公爵邸、公爵令嬢デボラ自室内。
車いすの上で、足を組んでふんぞり返りながら手紙をもてあそぶのは、デボラ・マッカートニー公爵令嬢だ。
フッ化水素たちに対する態度はこれぞ悪役令嬢!という感じで高圧的ではあるが、所作の品はよく、また親友メリッサを思ってか手紙を見つめる目は優しい。
マッカートニー公爵領は王都の南西にあるナトゥーシャというエリアだという。
砂漠に覆われ、かつて、数百年前は捨てられた地として有名だったという。
当時の王が流れの踊り子に手を出して産ませた第二王子がマッカートニー公爵家のルーツである。
第一王子が王位に就いた後、血筋が劣っているが優秀な第二王子…王弟を疎んじ、捨てられた地を新たな公爵領として与え、追い払ったのだ。
そこでマッカートニー公爵となった彼は、僅かなオアシスから、今まで見たこともないような知識を次々と使い、教育を整備し、斬新で有益な新製品を開発し、捨てられた地・ナトゥーシャをあっという間に国で1、2を争う交易都市に変えてしまったのだった。
「…それなんて異世界転生?」
「いせか…なんておっしゃって?」
「いいえ何も…」
思わず遠い目をしてしまったフッ化水素。
高校の時は、異世界内政・発明チートに憧れていた時期もあったが、大学院で研究をしている今ならわかる。内政チートと発明チートはよっぽど頭のいいバケモンじゃないと両立しない。
僕はめちゃくちゃ頑張れば発明チートはいけるかも…いやむずいな。内政は無理だ。
悶々と考えるフッ化水素を「何をわたくしの前で考えていらして?」とデボラは睨みつけた。
「めめめ、めっそうもございません!!」
「…うちのリーダーがご迷惑をおかけいたしております…」
デボラのプレッシャーに、思わずあのらびびも委縮している。兎の耳がしなっている。
デボラは、褐色の肌に波打つ鮮やかな黒髪、そして切れ長の緑色の目をもつ美人だ。光沢のあるエメラルドグリーンのドレスがよく似合っている。
そしてその背には、鮮やかな宝石のような緑色の大きな羽があった。
(有翼族…か)
その艶やかに輝く翼を見つめながら、フッ化水素は知らず知らずのうちに眉間にしわを寄せた。
この世界には多くの種族がいる。
一般的なRPGでは悪の存在―――最近の物語では根は善良な存在として描かれることも多いが―――である魔族も当然のように街を歩き、エルフやドワーフといった王道の種族から、吸血鬼やゾンビの特徴をもった夜霊族、天狗や妖狐(狐獣人とは違う存在だという)のように妖怪の特徴を持った妖族など、ACO独自の種族も存在する。
中には、ノットプレイアブル種族…プレイヤーがなれない種族も存在している。その一番の例が、人魚や半魚人のような海棲族である。β版において、川沿いの町で見かけたプレイヤーがいたらしい。プレイアブル種族にならなかったのはおそらく、水中でしかアドバンテージがない種族が故に、公平性が保たれないと考えられたのであろう。
ケンタウロスなどのレア種族すらも、メリットとデメリットのバランスを考えられ、特定の種族が一強にならないようになっている。ACOはバランス調整を重要視しているのだ。
これら多種多様な種族がこの世界に存在しているわけだが、種族の由来というのは女神アリスにまつわる神話によって伝えられている。
中でもデボラたち有翼族は、かつて女神に仕えていた天使の末裔であるらしい。故に気高い種族であり、各国貴族の中の有翼族の割合も高いという情報が、大手検証・考察ギルドによってもたらされている。
そのために、一応王家は平等を謳っているものの、種族間差別はいまだに根強く残っているらしい。
かつて女神に最も近かったという有翼族を頂点に。
そして、ただの獣が人に昇格したという獣人族を底辺に。
らびびがいつも以上に緊張しているのもそのせいだ。精神的には間違いなくタフな方なのだが、らびびは一度β版での攻略の際に、別の有翼族のNPCから「獣の分際で!」と暴言を吐かれている。
トラウマ、というほどではないらしいが、しかしその事件以降有翼族に対しては人一倍の警戒をするようになっているのは、他人の心の機敏に疎いフッ化水素でもわかる。
その様子を知ってか知らずか、デボラは高貴な態度を崩さない。
「まぁいいわ…手紙を届けてくださったこと、褒めてあげてもよろしくてよ。」
「はっ、光栄です。」
現代日本人にはなじみのないマナーのお辞儀をぷるぷるとするフッ化水素を前に、デボラは面白い珍獣でも見るかのように目を細め、口元を鮮やかな青の宝石で隠した。
どうやら「マナーがなってなさすぎて一周まわって面白い」ということらしい。
一方のらびびは慣れた様子でカーテシーをしているが、いつもの減らず口がないためかやや影が薄い。
少し思案した後、デボラは人差し指を虚空にくるくると回し始めた。
すると、近くにベルなど無いのに、ちりんちりんと軽やかな鐘の音が鳴った。どうやら魔法を使ったらしい。
1分と経たないうちに、ドアがノックされた。
「入りなさい」
「お嬢様、じいめになにか御用でしょうか?」
現れたのは、苛烈そうなデボラとは打って変わって、黒の燕尾服を身にまとった穏やかそうな老人であった。老化のためか、足取りはやや頼りなさそうではあるが、デボラへと向ける礼は角度も姿勢も完璧であり、ベテラン執事としての風格も漂わせている。
その礼を見たフッ化水素は、いかに自分のマナーが拙かったかを実感した。でも知らないものは仕方ない。
「じい、私は公爵領へ行きたいわ。この王都は虫の羽音が煩くて治るものも治らないわ。
今すぐ行きたいの。すぐに馬車を出しなさい。」
「…これまた唐突な」
「あら、歳をとりすぎて耳も悪くなってきたようね?そろそろ身体を思案したほうがよろしいのではなくて?」
「……畏まりました、ただいま準備致しますゆえ…」
それでいいのよ、と言わんばかりに扇で口を隠しながら鼻で笑い飛ばすその姿は、まさに物語の悪役令嬢のようであった。
執事が部屋から去った後、思わず身震いするフッ化水素とらびびには目もくれず、デボラは1人語り始める。
「さて…私はこれから公爵領ナトゥーシャへ向かうわ。そうね、公爵家の馬車は大きいのよ。それこそ私がたくさんの荷物を持って入っても、大体2人くらいなら余裕があるくらいね。
あぁ、そうね…1度王都の西門を出たあたりで休憩でも取ろうかしら?
まぁ日が暮れる前には出発しないといけないわ。賊が出たらいけないもの」
そこまで言うと、デボラは扇子をパタンと閉じ、車椅子を少し動かして固まったまま動かないフッ化水素とらびびに冷たい目を向けた。
「あら、あなた達まだいたの?随分とおっとりしてらして?」
どうやらこの公爵令嬢は、あの王女様以外にはひどく冷たいらしい。
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王都マリアベル、王城内。
メリッサの部屋にて、日が暮れるまでに王都の西へ向かわなくてはならない旨を、メリッサとスクアードに伝えた。
「っわかりました…本当に、本当にありがとうございます…!」
少し高飛車な親友からの協力を得られたメリッサは、感極まった様子である。スクアードも非常に嬉しそうな表情でメリッサに微笑んでいる。
「御二方とも本当にありがとうございます…殿下、日が暮れるまで時間がございません。先程まとめた荷物をお持ちになってください。」
「えぇ、スクアード…!」
どうやら、らびびとフッ化水素がマッカートニー公爵邸に赴いている間に、逃避行のために準備をしていたらしい。
「じゃあ、メリッサちゃん、王都西まではらびぃたちが護衛するね!」
「はい、はい…!ありがとうございます、らびびさん…!!」
「スクアードさん、今、仲間に馬を準備させています。乗馬は出来ますか?」
「はい、それで西へ向かえばいいのですね…!」
肯定の代わりに、フッ化水素は無言で微笑んだ。
城に向かう間にフッ化水素は従魔士の仲間、shumaに連絡を入れていた。彼の、動物やモンスターを一時的に、しかし確実に従えるスキル【インスタントテイム】で馬を2匹連れてきてもらっている。
どういう訳だか、らびびがリアルスキルで乗馬ができるらしいので、護衛がしやすいように「らびび&メリッサ」「スクアード&フッ化水素」のペアで乗ることにする。
「さぁ、早く行きましょう、スクアード!!」
「ちょ、殿下!そのまま行くつもりですか!?いくらなんでも1発でバレます!
私が魔法で髪色を変えますから!!」
「じゃーお洋服も変えないとだねっ☆
らびぃのワンピースひとつあげる!うーんと、これならメリッサちゃんにも似合いそうだね〜♡」
「…メリッサ殿下って、やはりというかお元気な方なんですね」
各々バタバタしつつも準備を進める。
王女と執事の駆け落ちの瞬間は、もうまもなく…
という訳で、フッ化水素さんのリアルでの様子が少し垣間見えましたね。どうやら理系の大学院生のようです。合間の時間全部ACOにつぎこんでそう(偏見)
次回、ちょっと視点変わります。すぐ戻ります。
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