ご注文は〇ですか?
元ネタは作者は未履修。
マッカートニー公爵邸は王都マリアベルの南西の少し郊外にあるという。
紹介状と手紙をイベントリに放り込み、フッ化水素たちは騎士に見送られて外へ出た。
こちらの時間で2,3時間ぶりに出てきた外。プレイヤーたちの姿はかなり減っていた。しかしそれでも。NPC…住民たちがせわしなく、しかし賑やかに生活している。
王城と、そこに隣接された大聖堂の前は、人々の憩いの場となる広場となっており、国を挙げての式典の際にはその会場となり、祭りの時にはメインステージとなるらしい。今は「女神の使徒様が世界を救いに来てくださった!」という祝い事らしく、華やかに祭りが開かれている。白い花冠を乗せた小さな少女たちは手を取り合って走り出し、髭面のおじさんたちは威勢よく酒を飲んでいる。
広場の中央には女神と天使たちの彫刻が彫られた、真白で巨大な噴水が鎮座していた。
「プレイヤーたちはみんなダリアに出払っているみたいだね」
「そうね、住民たちしかいないわ…とりあえずコンパス使っていきましょ。道中何もないとは思えないけれども」
「同感だね。まぁまだ最初の町だから難易度は低いさ。ガチの初心者がフラグ踏んでもなんとかクリアできるくらいには調整しているはず」
ACOの運営はその辺の匙加減上手いから、といって少し首を竦めてフッ化水素は笑った。
住民たちの生活は微笑ましいのだが、あまり悠長にもしていられない。
何せ、明日の再顔合わせが終われば、メリッサは赤の王国に滞在する時間が格段に長くなるという。
そのため、今日中。できれば6時の晩餐までにはマリアベルから逃げたいという。
現在、こちらの世界で午後3時を回ったところである。
「…急ごう。出来れば安全に」
「そうね。安全に…はわからないけれども」
らびびがなかなか不安の残る発言をするが、フッ化水素は否定できなかった。
そして、その予感は的中する。
コンパスに導かれながら、小走りで公爵邸へと向かう。
フッ化水素たちは急いでいた。なので「こっちが近いですよ〜!」と真っ黒な旗をパタパタ振るように存在する薄暗い裏路地は当然無視して進んでいた。
これで、あの女王様とその配下たちのような検証狂どもであれば、人海戦術でルート分岐を徹底的に潰すのだろうけども、残念ながらそれには乗ってあげない。
こっちは急いでいるのだ。計画立てるのに意外と時間かかったのだ。くそう。
しかし、それでも向かう先は郊外。
故に少しずつ、しかし確実に人が減っていった。
公爵邸の少し手前、城の前での喧騒が嘘のように静まり返った高級住宅街の、広い街道の真ん中。
フッ化水素はふと立ち止まった。
一瞬訝しげな顔をしたらびびだったが、次の瞬間、長い耳を警戒させるようにピンと張った。
「…ここでなら、多少暴れても被害はないだろうからね」
「最初から気づいてたのね…悔しい、気づかなかったもの」
「【探索】は僕の得意分野だよ。らびぃとはいえそうそう追いつかれたら困るよ」
ねぇ、あなたたちもそう思いませんか?
そう穏やかな笑みで振り返ると、後ろから帽子やスカーフで目と耳以外の顔を隠した…恐らく暗殺者、というか異世界版ニンジャたちが6名、ぞろぞろと現れた。
「…メリッサ殿下との密談、そして城を出てからの不審な行動。行先はマッカートニー公爵邸か…
…何を伝えにいくつもりだ。」
「へぇ、こっちにその公爵邸があるんですね。らびぃも行ってみたいなぁ?」
「しらばっくれる気か、貴様ら!殿下に何を吹き込んだ!」
素から即座にモードを切り替えるらびび。いつもよりも可愛さ控えめ、ウザモードを多めに盛っておく。
表情と細かな手の動きで、印象が大いに変わるのは実践済みだ。
そして、らびびの計画通り怒りを露わにする赤い瞳の男。その瞳は魔族のものである。
一方フッ化水素は、影を薄めてざっとヨーロピアンニンジャたちの顔を見る。パッと見でわかる範囲では、人族が3人、魔族が1人、エルフが2人である。得物は巧妙に隠しているようだ。
「落ち着け。敵の挑発に乗ってどうする」
人族の、最も背の高い紫の瞳の男が、赤目の魔族の首根っこを掴んで引きずり、後ろへと追いやった。
魔族は未だにぶつくさと文句を言う。
「ってぇ…チッ、あの兎女のせいで…」
「さて、そこの兎獣人。殿下と話した内容を教えろ。」
「乙女の秘密のお話を無理やり聞くなんてー!だめなんだぞっ!ぷんぷんっ!」
「吐かないなら、吐かせるまでだ。お前らみたいな軟弱な男と、見るからに頭の悪いか弱い女で、俺たちに太刀打ちできると思うな。」
「…頭が悪いだなんて、ひどいこというなぁ♡」
きゅるん、と小首を傾げて可愛らしい笑顔を見せる。
決してその瞳の殺気を悟らせぬように。
「仕方ない。俺たちは騎士サマじゃないんだ。女だからといって容赦はしない。…いくぞ、お前ら。捕らえて拷問する。」
紫の瞳の男の言葉を聞いた後ろの5名は、無言で、しかし素早くこちらに向かってきた。
そして、
紫の瞳の男の手がらびびを掴もうとした
その時
「らびび。全員20。耳の青、次にちび、マゾは最後でいい」
たった一度だけ、早口で伝えられたその言葉を、しかしらびびは聞き逃さなかった。
むしろそちらに意識をかたむけていたのだから。
らびびは一言答える。
「りょーかい、りぃだぁ♡」
「【身体強化】」
その瞬間、紫の瞳の男の目の前から、らびびの姿が消えた。
「っ!?」
先程まで、あくまでこちらを籠絡するような下手な媚び方をしていた兎獣人の女。それが、急に戦闘モードに入ったのだ。
「じゃあ、一名退場ね。【踵落とし】」
その声は、上の方から聞こえた。
先程までの生クリームに砂糖でも入れたような甘々な声ではなく、可愛らしさの残った、しかし冷めた声だ。
「っぐぁぁぁぁぁ!!??…がはっ」
らびびは、青い瞳でエルフの耳を持つ、集団の中でも後ろの方にいた男目掛けて急降下した。
そして、男の脳天をかちわるように、その頭に踵落としを決めた。
上空3m程度とはいえ、その分の勢いをつけて繰り出された踵落としは、十分な衝撃をもって男を気絶させた。
「っおい!…あぁ、畜生!」
倒れた同僚に向かって、小柄な人族の少年又は少女は思わず声をかけた。
その数秒の間に、らびびは一蹴りで大きく跳躍し、小柄な人族の後ろに回り込む。
「…あっ」
「あぁ、…子供相手は嫌ね」
まぁ、やるけど。
らびびは脚を高く上げ、回し蹴りでその人族の頭を吹き飛ばした。気絶はさせた。首は繋がっている。…一応加減した。
「…兎獣人、てめぇ、まさか…」
紫の瞳の男が恨めしそうにらびびを睨む。
「えへ♡」と、顔に手を添えて可愛らしく首を傾げるらびび。
彼女の手には、可愛らしいピンク色の、しかし不釣り合いにトゲトゲとしたナックルが、いつの間にか嵌められていた。
「私が戦えないと思った?
これでも使徒の中ではトップクラスの『格闘家』なのよ?」
兎獣人の種族スキルは【跳躍】である。
本来は上方向への動きにのみ適用されるスキルであるが、らびびは、横移動の時にもギリギリ【跳躍】の判定に引っかかるように調整することで、素早く移動できるようになっている。
そして、その見た目による初見殺しは勿論だが、彼女には初見殺しで終わらないだけの実力があった。
だからこそ彼女は、あらゆるガテン系の野郎格闘家を押しのけて(物理)、ACO1の格闘家と呼ばれているのだ。
「えーと、こういう時、男のコはこう言ったら喜ぶよねっ♡」
「ご注文は、兎ですか?」
てへ♡と可愛らしく、しかし煽るように笑うらびび。紫の瞳の男は残った3人の部下に指示を出す。
「ちっ…こいつが戦闘員かよ…こいつを囲め!お前ら…」
「【神罰】」
「「ぐああああああああああああああああぁぁぁ!!」」
しかし、その刹那。2人の部下におぞましいほどのエネルギーを持つ雷が、しかし正確に彼らを捉えて落ちてきた。
「僕が非戦闘員っていうの?そんなに軟弱に見えるかな、僕…」
フッ化水素は、身の丈程もある旗を天に掲げながら、少し困ったように言った。
「ってめ、魔法使いか…!」
「らびぃ、僕がリーダー仕留めとくから、マゾ任せた。」
「はーい。あ、あと軟弱というより人畜無害に見えるのよ。あなたは。」
人畜無害かぁ…と微妙な顔をして、頬を搔くフッ化水素は、紫の瞳の男に旗の先を向ける。
「じゃあ急いでるから。【ウォータートルネード】」
言うやいなや、その旗の先から猛烈な勢いで渦を巻きながら水流が飛び出してきた。
「まて、おい、溺れ………!!」
「っお頭!!?」
息が出来ずにもがく紫の瞳の男に慌てふためく、最後まで残された赤い目の魔族の男。助けようと近づこうとした所を、らびびに行く手を塞がれた。
「駄目だよぉ!キミはらびぃが仕留めるのっ!」
「【ストレートパンチ】!」
らびびの手のナックルの棘が、魔族の男の顔にめり込んだ。
そしてやがて、絶え間ない水流を浴びていた紫の瞳の男も動かなくなり、6人の刺客たちは光の粒子となってどこかへ消えていった。
その消え方は、まさにモンスターが消える時と同じだ。敵として現れたNPCはモンスターと同じく、倒していい存在なのだ。
YOU WIN!
勝利報酬
50000マタ
普通の布×6
「マタは多めね、おいしいわ」
「普通の布は…レイラに渡すか。初心者向けの安い装備作るだろ」
「らびび。全員20。耳の青、次にちび、マゾは最後でいい」
最初にフッ化水素が言ったのは、敵のレベルとらびびに優先的に倒して欲しい敵のことだ。
それを、仲間内で伝わる簡単な言葉で伝えただけだ。
全員20は、全員のレベルが20であること。
耳、というのはエルフ族のことだ。青は瞳の色。もうひとり居たエルフ族の瞳は緑だった。
フッ化水素は、青の瞳のエルフ族が回復役だと踏んだのだ。あの種族構成から、回復役はエルフ族のどちらかだろうと考えた。
そしてそのうち、攻撃態勢になっていなった方が青の瞳のエルフ族だった。
ちび、は単純に、最も背の低かった人族だ。要警戒でもなく、しかし後にする理由もなかった。
そして、マゾ、は魔族の略だ。
仲間の槍士、シオンが最初に言い出した略だ。
最初はもうちょっといい略はなかったのかと何度も思ったが、今はもう慣れた。
影の部隊にしては直情的で、リーダー格らしき紫の瞳の男からもたしなめられていた。おそらく新人だろうと判断したのだ。故に、後回し。
そしてそれを、らびびが挑発していた僅かな間に判断した。
β版最強にして規模も最大の攻略班、『蒼穹』の司令官。
そして、β版ラストイベントのトーナメント戦ベスト4の魔法使い。
それが、フッ化水素という男だった。
「じゃああと少しだね、行こうからびび」
「はーい♡」
青色のローブを翻した青年と、真白い兎の少女は、住宅街のその奥へと消えていった。
はやくノアルミターンに戻したいのに終わらん
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