≪神罰≫と≪雪兎≫
気に食わねぇ人畜無害ことフッ化水素さん登場です
ところ変わって、ここは神聖都市マリアベルの最西端。
王都とは思えないくらいに家も人もないそこは、奇しくもノアが最初に訪れたあの古い教会の近くである。
そこの整地されていない道に、そこにはあまりにも似つかない、緑色の上等な馬車が一台停まっていた。
「本当にありがとうございました。フッ化水素様とらびび様には、感謝してもしきれません。」
「私からも、お礼を。まさかメリッサ様と共に歩む、という道があったなんて…」
そう言って深々と頭を下げるのは、上質な若草色のワンピースを着た栗毛色の髪の女性と、良い所の商人のような服を着た緑の髪に青色の目の男性だ。
二人とも、ぱっと見ではそこそこ育ちの良いカップルのようであるが、その身のこなしや言葉遣いからは、それ以上の品の良さがひしひしとにじみ出ている。
また、女性の瞳は宝石のような青色で、よくみるとその虹彩は金色である。
また、顔の造作は精巧な人形のようであり、平凡な栗毛色の髪に違和感を覚えるレベルである。
まぁ実は、この髪の色はフェイクであり、もとの髪は銀色であるのだが…
一方お礼を言われたのは、背丈ほどもある旗を抱えた平々凡々な顔の穏やかそうな青年と、ゆるふわなワンピースを着た兎獣人の少女である。
「いえいえ、僕は何もしていませんよ。せいぜい殿下とスクアード様をここまでお送りした程度です。」
「そうそう!メリッサちゃん、これからもスクアードと仲良くね♡
らびぃ、ずぅっと応援しているから♡
らびぃのことも、忘れないでくれると嬉しいなぁ♡」
きゅるぴんっ☆という音が鳴りそうなウインクをした兎獣人の少女に、メリッサと呼ばれた女性は感激したように指を組む。その様子を見て、商人風の男は微笑み、旗を持つ男は苦笑する。
「メリッサ殿下、この後はナトゥーシャへ向かわれるのですか?」
「殿下、だなんて…そのような敬語はおやめください、フッ化水素様。わたくしはもう、ただのメリッサですわ」
「そうよっ!メリッサちゃんは友達じゃないっ!」
「お前はもうちょっと…いやなんでもない」
高貴な身分であるメリッサに対してフランクな少女に、フッ化水素と呼ばれた旗の男は何か言おうとして…やめた。メリッサがとても嬉しそうにしていたからだ。
先程の旗の男の質問に対して、商人風の男が答える。
「えぇ。あそこは砂漠に囲まれた土地ですから、途中パルエラでラクダに乗り換えますが…あなた様方がデボラ嬢にコンタクトを取っていただいたおかげで、メリッサ様もナトゥーシャで穏やかに暮らせることでしょう」
「んもう、スクアード!私はただのメリッサよ、そんな堅苦しい言葉使わないで!」
「あ…そう、だな。メリッサ。」
綺麗な顔でぷんぷんと怒るメリッサに対して、商人風の男…スクアードが少し照れたように笑う。
そんな砂糖もしょっぱく感じるほどに甘々な雰囲気の二人を横目に、旗の男と兎獣人の少女が何かを示し合わせるように目を合わせ、笑う。
それは目の前のメリッサとスクアードの可愛らしい笑顔とは程遠い、共犯者めいた笑みであったが。
「それでは、本当にありがとうございました。
いつかナトゥーシャに来ることがあれば、何かお手伝いできることがあれば申し付けてくださいませ。」
「ありがとうございます、スクアードさん。しばらくの間は、王都は混乱するでしょうが、こちらでなんとか致しますので。どうか…メリッサさんと、お元気で。」
その言葉に、再び深々と頭を下げたスクアードは、メリッサをエスコートしながら馬車の中へ乗り込んだ。
かくして、馬車は更に西へと進み始める。
馬車の窓から、メリッサが顔を出して、名残惜しそうな、さみしそうな、しかし晴れやかな表情で兎獣人の少女に微笑みかけた。
兎獣人の少女は、それはそれは可愛らしい笑顔で手を振るのであった。
その瞬間、ワールドアナウンスが流れた。
≪使徒の皆様にお知らせいたします≫
≪使徒 フッ化水素 らびび が神聖都市マリアベルの特殊クリアを達成いたしました≫
≪これ以降、マリアベルでは特殊クリアをすることはできません≫
「…あたりだな」
「うん、やっぱりこういうのあったね。」
そう呟く、旗の男こと『フッ化水素』と、兎獣人の少女『らびび』。
らびびは、先程までの甘ったるい声と表情から打って変わって、悪女のような顔をしていた。
その変貌ぶりを見て、フッ化水素は思わずぼやく。
「らびび、お前なぁ…いくらこの辺りが過疎ってるからって、誰かお前の信者に見られたら幻滅されるぞ」
「あら、いっけな~~い♡らびぃったら、疲れちゃったみたい~?
甘~いケーキ食べたら元気になるかなぁ?りぃだぁ、食べたいなぁ?♡」
らびびは再び甘ったるい顔になり、高くて舌っ足らずな声を出しながらフッ化水素に上目遣いでうるんだ瞳を向ける。
「…そんな声よく出せんな」
「日頃の努力の賜物よ」
「はいはい」
すん、と低くなったらびびの声に、思わず吹き出しそうになるのをこらえる。
ぴろりん
「ん?」
「特別報酬かなんかじゃない?」
電子音が聞こえたかと思うと、二人の目の前に大きなウィンドウが現れた。
マリアベル特殊クリア報酬
100000マタ
HPポーション×10
MPポーション×10
ユニークスキル【愛の化身】
※パーティーで一名しか受け取れません
※受け取らなかったパーティーメンバーにはスキル交換チケット 虹が配布されます。
「ユニークスキル…僕からびぃのどっちかしか取れないのか」
「どう?ほしい?」
「効果見ないことにはわかんないだろ…」
と言いながら、【愛の化身】の詳細を見る。
…………
「…これは、お前向きだな、らびぃ」
「だねぇ、ACOで私以上にこのスキルが似合う娘もいないでしょ」
「と、いう訳でこれやるからケーキはなしな」
「最低」
らびびにじろりと睨まれたフッ化水素は「あぁ怖い」と震えて見せるのであった。
☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★
時はさかのぼって数時間前。
マリアベル中心部の人がいない裏路地のごみ捨て場で、フッ化水素とらびび、その他2名は話をしていた。
「本サービス開始、ということは、βでは殆ど触れられなかったメインストーリーが始まるってことだろ。それでいてマリアベルのクエストが、βと全く同じだなんてありえるか?」
「同感ね。ただ、そのフラグが落ちてんのが城内なのか城外なのかはわかんないけども」
らびびはそう言いつつ遠くの城を見つめる。
マリアベルのクエストはごく単純。
城の前に行くと、国王からのお触れがありそれを受注する。
お触れの内容は、マリアベル西部にある遺跡に、大量のモンスターが棲みついてしまったため、それ討伐してほしい、という単純なものだ。
ちなみにボスは、地獄の番犬ケルベロスである。
そのお触れを受注すると、一度城内で国王と謁見するのだ。恐れ多い。
β版ではそこで何もなかったが、正式サービスが開始した今ならば、もしかしたら違うことが起こるかもしれない。
かといって、トリガーが城外にある可能性も捨てきれない。
「じゃあ、俺とshumaで城外探索しているから、リーダーとらびびは城内漁ってみてくれ」
「城外探索なら、僕の鳥たちも活躍しやすいからね~」
そう言うのは、槍を持った青い肌色の青色の長髪のバンドマン風の不死人の男、シオンと、数羽の白いハトのモンスターと戯れるオレンジの髪の少年のような可愛らしい顔立ちのドワーフの成人男性(にはあまり見えないが)、shuma。
シオンは武器の通り槍士であり、shumaは少し珍しい従魔士である。
shumaはハトたちを集め、「何かトラブルが起きている場所があったら教えてね~」と子供に言うようにやさしい声色で指示を出す。
「それじゃあ、そっちは任せた。僕とらびぃはお触れを受注している。トリガー踏んだら連絡する。」
「頑張ってね、二人とも♡」
急にぶりっ子モードに入ったらびびに、シオンはわざとらしく「ぐはっ!」と胸を押さえて倒れて見せて、shumaは「うんがんばる~」とぽやぽやした笑顔で応える。フッ化水素は苦笑していた。
そして、二人は城の前に行く。
大きな看板が立てられており、そこには「国令 リュコス遺跡のモンスター討伐」と出されていた。
「これか」
「これね」
そう言って顔を見合わせたのち、フッ化水素が近くにいた騎士に声をかける。
「使徒のフッ化水素と申します。こちらは仲間のらびび。」
「らびびですぅ♡よろしくお願いいたしますね、騎士さまぁ♡」
騎士は一瞬、可愛らしくもどことなく色っぽいらびびに顔を赤く染めるものの、すぐに元の真面目そうな顔に戻り「ついてきなさい」と二人を案内し始める。
「んもう、騎士様ったらつれないのねぇ、そんな所もかっこいいわ♡」
「っ!!…お戯れを」
明らかに動揺する騎士を見て、らびびは「うぶでかわいい」と悪い笑みを浮かべる。
フッ化水素はげっそりした表情でため息をつくのであった。
「…城の中ではそれやるなよ、らびぃ…」
「国令を受ける使徒様だ!門を開けよ!」
騎士がそう高らかに告げると、麗しい装飾が施された門がゆっくりと開いていく。
フッ化水素とらびびは、その様子を堂々とした様子で見ていた。
かくして、フッ化水素とらびびは、マリアベル中央部にそびえたつ荘厳で神聖な城の中へと入っていったのだった。
兎獣人の少女のハンネは「らびび」が正式名称ですが。微妙に呼びづらいためフッ化水素他一部の仲間からは「らびぃ」と呼ばれています。