加減というものを覚えるべき
まぁ覚えないと思いますよ
「【聖域展開】【VIT加護】【チアアップ】【ライトニング】うわあああああああああああああああ【ヒール】うううううううううう!!!!!!」
「ちょ、【花に嵐】!!落ち着いてノア!!!!!!」
赤の王国、ダリア南東部。
バトルフィールド「鈴蘭の花畑」。
名前の通り、見渡す限りに真白な鈴蘭が咲き誇る花畑で、ノアとルミは悲鳴を上げていた。
目の前には凶暴な目をした狐が三匹、慌てふためくノアとルミに威嚇をしていた。
ウィンドフォックス LV.40
この狐たち、地面で物理攻撃をしてくるだけでなく【ウィンドカッター】ににた魔法の攻撃までしてくる。なので、近づかれないように遠くからちまちま攻撃する…という戦法がとれないのだ。
しかも、めちゃくちゃ速いし、普通に物理攻撃もしてくる。
なんなら三匹いる。
そもそも、舞蘭に連れてこられたここ、「潮風の草原」は、話を聞けば、推奨レベルはLV.40である。
舞蘭曰く、
「とりあえず死なないギリギリの環境に置いておけばなんかいい感じに適応してくれるだろ」
雑、雑である。
ゆゆが即答で「教えるのには向いていない」と言っていたのがよく分かった。
「うぎゅっ!!」
すると、ノアが突進した狐にしっぽでビンタされて後方数メートルまで吹き飛ばされてしまった。
狐のしっぽはもふもふに見えるが、そのしっぽによるビンタは、今のノアたちにとっては金属バットで殴られるも当然であるのだ。
それなりにVITがあるはずのノアのHPが一撃で半分近く持っていかれているのを見て、紙防御のルミはごくりと唾を飲む。
「うきゅう~~~~~…」
「おい目を回している隙はないぞ、死ななきゃ勝ちだ。ほらいけ」
そういいつつ、ノアたちの後ろに待機していた舞蘭が、正確な投擲でHPポーションを投げ渡してくる。ポーションはノアに当たって割れ、中身がノアに染み込むとHPがみるみる全快する。
さっきから、ノアやルミが死にそうになると絶妙なタイミングでポーションをぶん投げてくるのだ。
ポーションが底を尽きる様子はない。ゆゆは調合士ではないからポーションをわんさか作れるわけではないはずなのだが。
HPが回復して、ハッとしたノアはすぐに立ち上がり、戦線に復帰しながら舞蘭にびしっと敬礼をする。
「あいあい!上官!」
「口動かしてないで助けなさいよおおおおお!!!」
狐たちのいるところの上空では、狐たちの風魔法をひらりひらりと躱しながら、ルミが悲鳴を上げていた。例えるならあれだ、動物園の檻のなかの猛獣に上から肉を吊るして猛獣の大迫力の動きを再現するパフォーマンスがあるだろう。あれの猛獣が狐たちで肉がルミだ。反撃するだけの余裕はないらしい。
ちなみに、ゆゆに依頼した双剣は完成していないため、ルミの双剣は銅の双剣のままだった。
そんなルミを見て、舞蘭が大声で指示を出す。
「おーいルミ!そこでしゅびっと一発きめろ!」
「そんな無茶な!!!!!!」
「よーし行くよ!!【INT加護】!【ダークエッジ】!」
おろおろとしながら一度地面に着地するルミの一方、ちょっとずつコツをつかみ始めているらしいノアが闇の魔法を放つ。
魔法は大きく旋回しながら三匹すべてにヒットし、うち二匹のHPを完全に刈り取った。
「よし!!ルミに【チアアップ】!」
「あと一匹ね…【スナイプアロー】!」
ルミは再び上空へ舞い上がる。高度10mから放った矢は、狐の眉間にクリティカルヒットし、狐はその姿を光の粒子へと変えたのだった。
YOU WIN!
勝利報酬
ウィンドフォックスの毛皮×6
ウィンドフォックスの爪×3
「終わったか」
「なんとか……」
「できました!!!」
ぶっきらぼうに問いかけてくる舞蘭に、息切れしながら答えるルミと、まるでチワワのように「ほめてほめて!」と言わんばかりの輝く笑顔でずいずい近寄ってくるノア。
すると、突然すごい勢いでピロンピロンピロンと電子音が響く。
「うわっ!?」
「わぁ…すごいレベルアップしているわね…」
この戦闘で、二人とも一気にレベルが上がった。ルミはLV.7からLV.16に、ノアはLV.4からLV.15までである。
すると、二人の目の前にそれぞれウィンドウが現れた。
シークレットミッション ジャイアントキリング をクリアしました
達成報酬
10000マタ
スキル【窮鼠猫を嚙む】
「およ?」
「あら?」
二人のきょとんとした声がハモる。
「なんか貰えたね~、シークレットミッションなんてあったんだ。」
「ジャイアントキリング…土蜘蛛の時には貰えなかったのだけれども…?」
「達成条件がある。確かめてみるといい。」
言われるがまま、シークレットミッションの詳細を見てみる。
シークレットミッション
達成条件が秘匿されているミッション。
達成報酬は、ACO内通貨のマタと、ミッションに呼応したスキル。
冒険を進めていくと発見できる…かもしれない。
MISSON NO.032
「ジャイアントキリング」
達成条件:レベルが10以上上の敵(モンスター、NPC、プレイヤー問わず)を撃破する。
達成報酬
【窮鼠猫を嚙む】レベルが10以上上の敵との戦いで、各ステータスが上昇する。
なるほど、土蜘蛛と戦った時、土蜘蛛はLV.10であるのに対しルミはLV.4であった。微妙に足りない。
「土蜘蛛戦だけでも大変だったのに、舞蘭さんのポーション投げ無しでジャイアントキリングって達成できるのかしら…」
「私はやったぞ」
「さいですか…」
けろっと答える舞蘭に、ルミはガクッと肩を落としてしまう。
「それにしても、二人ともだいぶ動きはましになったと思うぞ。
まぁ、あれだ。あとはノアは攻撃されたときにうわああってなるのをやめろ。お前なんかよくわかんないけどVIT高いし【ヒール】使えるんだからちょっとやそっとじゃ死なない。
ルミはもうちょっと攻撃してもいいとおもうぞ、回避はうまいと思う。」
「ありがとうございますっ!!」
「ありがとうございます。…あ、ちょっといいですか」
ルミは、何かに気づいた様子で、ウィンドウを操作し始める。
「どしたの、ルミ?」
「えぇ、装備スキルでLV.15で開放されるものがあったの。今もう解放されたかな、と思って」
「おお!わたしも見てみていい?」
「私も少し興味がある」
ルミは二人に頷いて、新しい装備スキルを確認した。
≪ユニーク装備 「夜桜に祈りを」≫
夜桜の衣 ※譲渡・売却不可
AGI+10 VIT+5
装備スキル
【陽炎】LV.3 一度に限り致命的な攻撃を無効化する
※残りHPの80%を失う攻撃を「致命的な攻撃」と定義する
【暗器使い】LV.1 [スキルレベル]×5個の武器を服の中に隠し持つことが出来る
【???】プレイヤーレベル30で開放
夜桜の下駄 ※譲渡・売却不可
AGI+5
装備スキル
【敏捷】LV.5 AGIが[スキルレベル]×10%上昇する
夜桜の弓矢 ※譲渡・売却不可
STR+20
装備スキル
【花に嵐】LV.5 [スキルレベル]×10本の矢を同時に放つ
【桜吹雪】LV.1 敵に矢がヒットしたとき、矢が[スキルレベル]×100枚の殺傷能力をもつ桜の花びらに変化する。花びらによるダメージは自身のSTRに依存する。
【???】プレイヤーレベル30で開放
今回開放されたのは【暗器使い】と【桜吹雪】だ。
【暗器使い】はまぁわかるが、【桜吹雪】のイメージがなかなか湧かない。
うんうん唸るルミに舞蘭が声をかける。
「それなら試しにやってみればいいだろ」
「…二回戦ですか」
「二回戦だ」
「と、いうわけでやっていきましょう二回戦です!!いやあ!!さっきの狐さんに加えて熊さんもいますね!!!はちみつあげたら喜ぶかなぁ!!」
「冗談言ってる暇あったら手を動かしなさい!ノア!」
「テンション上げないとやってけないよおおおおおお!!!!!!」
ウィンドフォックス LV.40
マッドウィンドベア LV.40
ノアとルミは、舞蘭が≪夜叉≫と言われる理由が分かってきた。
レベルが上がったとみるや否や、「それならこのくらい耐えられるだろ」と、近くにいた狐3匹と熊2匹に、すこしだけダメージを与えて、ノアとルミのところまで引っ張ってきたのだ。
やってることはMPKである。悪質極まりない。
「こんなん悪魔と言わずになんていうのさあああああ!!」
ノアは思わず叫んでしまったのだった。
まぁ、実際は舞蘭が≪夜叉≫と言われる由縁は、この加減を知らないブートキャンプのせいではないのだが、二人がそれを知るのはまだまだ先のことである。
「ノア!ちょっと【桜吹雪】やってみるからサポートよろしく!いったん普通の火力確認したいから【加護】はなしで!」
「おっけい!」
いうや否や、ルミは狐の魔法を躱しながら上空へと舞い上がる。
「熊狙うわ!【桜吹雪】!!」
そう言いながら放った矢は、まっすぐ進み、熊の胴体に刺さる。
その瞬間。
「うわぁ!!」
矢は、弾けるように無数の桜の花びらに姿を変え、花畑に吹き渡る風に乗って、あたり一面に舞い踊る。
ふわりふわりと舞う桜の花びらは、しかしその軽やかさとは裏腹に、熊や狐に触れると刃のようにその肌を、ザリザリと切り裂いていく。
「うわぁ…きれいだし強いねぇ」
「そうね、ただコントロールが効かないから、使い道は限られそうね」
舞い散る桜の花びらを見ながら、二人は再び武器を構える。
見た目こそ華やかであるが、敵のHPバーはそこまで減っていない。
忘れがちだが、いまだにノアたちと熊や狐とのレベル差は大きい。【加護】なしに放たれた【桜吹雪】では、全体のHPの一割も削れていなかった。
そして再開された戦闘のさなか、突然ノアがルミの方を向いて笑った。
「ねぇルミ!!」
「どうしたの?ノア」
「あとでちょっとやってみたいことあるから、今のやつのCT開けたら教えて!!」
にへぇ、と笑ったその笑顔は、明らかに悪だくみを考えている子供の顔だ。
正直嫌な予感しかしないが、まぁ乗ってやろう。
「…わかったわ」
それから少しして、ルミはノアに声をかけた。この間にも攻撃はしているため、少しHPが減っている。
「ノア!【桜吹雪】打てるわよ!」
「おっけ!!それじゃあ上から打っちゃって!!」
「了解」
その言葉と同時に舞い上がるルミ。それを確認してノアは杖を振る。
「【チアアップ】!【STR加護】!」
「ちょっと、私に化け物火力押し付けて…あぁ、もう!」
文句を言いつつも、ルミは上空で、熊一匹に【超射程】で狙いを定めて弓を引く。
「【桜吹雪】!!」
そして、その矢が熊の眉間に当たると同時に、矢は桜の花びらに姿を変える。
そして間を置かずに、ノアが杖を構える。
「【ウィンドカッター】!!」
ノアによる規格外のバフを受け、一枚一枚が致命傷となりうる花びらの刃と化したルミの【桜吹雪】が舞い踊る。
その桜吹雪は、ノアの【ウィンドカッター】によりさらに荒れ狂う。
先のゼットとの戦いでわかる通り、INTによって魔法の威力が変化するのと同時に、その大きさも変化する。
さすがに【チアアップ】と【加護】をルミに譲っているので全力全開ではなかったものの、それでもなお十分にINTが他の人よりも高いノアの【ウィンドカッター】は、あたりに突風を引き起こした。
「うわぁ!?」
その突風に、ばたばたとノアの白いローブがはためく。ルミは上空でコントロールを失ったらしく、地面に落下してきた。
「いてて…」
「だ、だいじょうぶ!?【ヒール】!」
「ありがとう…」
腰をさすりながら立ち上がるルミ。そして顔を上げた二人が見たのは…
花畑中に散乱し、無差別にモンスターを屠っていく桜吹雪であった。
加減を知らない殺傷能力を秘めた花びらの形をした刃によって、あちこちでモンスターたちが光の粒子と化していくその光景を見て、ノアとルミは呆然とする。
後ろから、「はっはっは!」と笑い声が聞こえた。振り返れば、これ以上ない程大口を開けて笑う舞蘭がいた。
「いやあ、面白いな。【ウィンドカッター】で攻撃を拡散させるとはな…
おう、殺しきれなかったモンスターたちが続々来るぞ、構えろ。さすがに私も協力する」
「さす…がに…?」
先程まで、どれだけ二人がピンチになろうとも、ポーションをぶん投げる以外何もしなかった舞蘭が「さすがに」、と言った。
その意味を察したノアとルミは、顔を青ざめさせたまま、顔を見合わせた。
ドドドドドドドドド………
轟音と共に、何十匹ものモンスターが、狐が、熊が、蛇が、虎がやってくる。
「「いやあああああああああ!!!!!??????」」
二人の絶叫を背にしながら、舞蘭は嬉々として刀を振るいモンスターを殲滅していたのだった。
舞蘭's ブートキャンプ