僕と契約して先生になってよ☆
例によって拒否権はない
「なるほどなぁ、ゼットが君らが初心者にも関わらず襲っちゃって、そこを舞蘭が助けたのな…
…え、ゼットから生き延びたん?」
ノアとルミが、先程起きたことを簡単に説明すると、ゆゆはきょとんとした顔をしていた。一方のノアはぷんすかしている。
「【ライトニング】で倒せなかったんですー!!自信あったのにー!!」
「いやまぁ【ライトニング】では倒せないやろな」
ゆゆは至極真っ当な意見を述べる。【ライトニング】は初級魔法であり、通常はプレイヤーレベルが4の時は大したダメージは与えられない。雛菊の平原のモンスターが限界である。ノアのINT値と【加護】のバフが常軌を逸しているのだ。
ルミはイベントリから、ゼットから貰った夜空石を出す。5つあるそれは、それぞれハンドボールくらいの大きさで、歪でごつごつしている。光の角度によって青や紫、そして黒に色が変わり、銀や金の細かいラメがきらきらと輝く。
「ゆゆさんに依頼したいものがあって。これ使って、双剣を作っていただくことはできますか?
お代とか、他の材料で必要なものがあれば、なんとか調達します。」
「うわぁ!夜空石やぁ!さすがやいいもん持ってんなぁ~。
これ取れるのな、マリアベルの北の方にある『暗黒の湿地』っていうところだけなんやけど、あそこ物理攻撃効かんモンスターばっかでな、舞蘭は刀一本だから相性が悪いねん。トレードするにも高いし助かったわぁ。」
「あれ?あの…なんだっけ、エックスだっけ、って剣しか持ってなかった気がするんですけれども…?」
こてん、と首をかしげるのはノア。ルミは「ゼットでしょ…なによその微妙な間違え方…」とがっくりしてしまう。
「魔剣士なんだ、あいつは。」
ノアの疑問に答えたのは、舞蘭だった。舞蘭は作業場の一角に置かれた茶色の椅子に座り、刀を手入れしながら話を続ける。
「まけんし」
「あぁ、お前は魔法使い兼聖職者で、杖を媒介にして魔法を使ってるだろ。だが『魔剣士』は、剣を媒介にして魔法を使う。剣に魔法を纏わせて、剣を使う動きで魔法が操れるんだ。」
なるほど、とノアは思い出す。たしかに彼は剣に紫色の炎を纏わせていた。あれ魔法だったんだ。フランぺみたいな感じかと思ってた。
そこで、ふと、ノアはひらめいた。
とてとてと舞蘭に近づき、「あの!!」と声をかける。
舞蘭が刀から顔を上げると、ご飯待ちのチワワみたいな顔をしたノアがいた。
「あの、よかったら、先生になってください!!!」
……………
「はい?」
「さっき、ペット?と戦っている舞さんがとってもかっこよかったんです!!
私、ちょっと訳あって、この世界を救わなくちゃいけなくって、じゃなきゃ目ん玉くりぬかれちゃうんです!
でも私初心者だから、わかんないことも多くって…
それで、私たちじゃあ勝てなかったペットと渡り合っていた舞さんに、いろいろと…教えてほしくって……」
「いや待て待て待て」
あー、と眉間にしわを寄せながら舞蘭は頭を抱えた。
どっから突っ込めばいいのかわからずに「うーん」とうなってしまう。
「…まず、私の名前は舞蘭だ。まぁ覚えられなかったら舞でも構わない。エックスだとかペットだとか間違われるゼット…≪厄災≫よりはずっとましだ。」
「≪白菜≫?」
思いっきり二つ名を間違えていくノアに、話を聞いていたゆゆはお腹を抱えて爆笑しはじめた。ルミは顔面蒼白で懺悔のポーズをとり「ごめんなさいごめんなさい」とぶつぶつ呟いている。
相対する舞蘭は、こみ上げる笑いをこらえつつ続ける。
「…そう、そうだ、≪白菜≫だ。もうあいつはそれでいい。うん。
でだ。世界を救わないと目玉をほじくられる、ってのはどういうことだ」
ノアは、「話していいのかな」とルミの方を見る。
ルミはため息をついて言う。
「教えを乞うんならそれなりに事情を説明するのはマナーだと思うわ。話しておきなさい。」
そうして、ノアはこれまでのあらすじを説明する。
アバター設定で、アリスに会ったこと。
アリスの容姿は、女神像とは全く異なること。
マリアベルの西側の、ほとんど人がいない所で不思議なおばあちゃん(例によって名前は覚えていない)に会って、この装備を譲ってもらったこと。
アリスに再び会うには、世界の謎を解いて、救わなくてはならないといわれたこと。
そして…この化け物装備ハッピーセットを貰ったこと。
「あははははは…やっぱノアちゃん、只者じゃあないなぁ。さすがゼット…いや、≪白菜≫から生き延びれるだけあるわぁ…あ、無理。あははははははは…!!!!」
「笑いすぎだ、ゆゆ。…まぁ、たしかにそれで納得はいった。
ステータスに対して技術が全く追い付いていないのは明らかだからな。
ステータス頼みの戦い方はいつか限界が来る。」
「ですよねぇ…なので!ぜひ!舞さん教えてください!!」
背筋をぴんと伸ばしてノアはまっすぐに舞蘭の目を見つめた。
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舞蘭は、β版の時に「最強」の座に上り詰めていた。
もともとアクションゲームは好きだったので、大学時代からの友人であるゆゆと共にβテスターに応募し、見事ふたりとも当選したのだ。
ACOは中世ヨーロッパ風の雰囲気ではあるが、予告映像を見れば和風のエリアもある。
ならばと、生産する気満々、戦闘はやる気なしのゆゆに頼んで、自分の好きな和風の服と刀を作ってもらい、幼いころから親しんできた剣道の動きを少し応用しながら、ソロで楽しんでいた。
舞蘭は、高校の時に剣道でインターハイに出たこともある実力者であった。ただし、その頃の無理がたたって肩を壊し、現実では6年は剣道をまともにはできていなかったのだが。
そうしてやりたいように様々なモンスターを屠っていたところ、いつの間にかその刀さばきが有名になっており、≪夜叉≫なんていう大層な二つ名まで頂いてしまった。
ただでさえ舞蘭は人見知りで、人付き合いも苦手であるのに、そのようにして畏怖されてしまったため余計に人は寄り付かなくなってしまったのだ。
そして、事件は起こった。
βテスト中盤、その日も一人でフィールドをうろついていた時に、中学生くらいの少年少女たちが楽しそうにモンスターを狩っていた。
そこを通りかかった舞蘭は…不審なプレイヤーに気づいた。
ぱっと見は大したことのない普通の男たちだったが、ちらちらと少年少女たちの方をみては嫌な笑い方をしていたのだ。
舞蘭は彼らに気づかれないように警戒心を強めた。
すると彼らは一つ頷くと、武器を構えて少年少女たちに向かって走り出した。
明らかに、その動きは襲うための動きだった。
舞蘭は素早く彼らの後を追う。
男たちは、少年少女の背後から音もなく武器を振り下ろそうとしたとき。
「っくそ!!」
舌打ちをした舞蘭は、地面を蹴って大きく跳躍する。
その刃が少年少女に届きかけた、その時。
カキイィィィィィン!!!!!
間一髪で、舞蘭が間に入って武器を止める。
「んなっ…≪夜叉≫か!!!」
「さぁな、私の名前は≪夜叉≫ではないんだがな」
男たちは分が悪そうな顔をする。舞蘭の異次元のPSは男たちの耳にも届いていた。
「…畜生、数で押し切るぞ!!!!」
男たちは、先に厄介な舞蘭を処理しようと向かってくる。
舞蘭は、ひとつ呼吸を整えると、刀を再び構えなおした。
そこからは一方的であった。
舞蘭は、ふわりふわりと、なんてこともないように全ての斧の攻撃を躱し、刀で矢を叩き落とし、また刀で一撃一撃確実に急所に決めていた。
そうして、男たちには一切の反撃の隙を与えないまま、男たちは光の粒子となって消えていった。
舞蘭は、刀を仕舞って少年少女の方を振り返ってみる。
「大丈夫だったか?」
そして少年少女の顔を見ると…明らかに、恐怖の表情を浮かべていた。
女の子たちはふるふると震えており、男の子は、恐怖を押し殺したような表情で女の子をかばおうとしていた。
後でわかったことだが、少年少女たちは、先程の男たちに狙われていたことはわかっていなかった。
故に、彼らにとっては、舞蘭は突如現れて近くにいたプレイヤーを襲った、極悪PKにしか思えなかったのである。
一方、舞蘭はすっかり冷めきった気持ちになってしまった。
別にお礼が欲しくてやったわけではなかったのだが、それでも怖がられるのはなかなかにショックだったのだ。
いくらかっこいい中性的な見た目でも、ACO最強と言われようとも、現実では、少し人見知りなただの26歳の女性でしかなかった。
そこから舞蘭は、ゆゆを除いて人に関わらなくなった。
淡々と、公開されている範囲のフィールドを探索し、攻略していく。
そうしているうちにPSやレベルはどんどん他のプレイヤーからかけ離れていき、それと共に他のプレイヤーとの距離も離れてしまったのである。
ただ、βサービス終盤の時に開催されたバトルトーナメントでトップ4になった、ゼット、フッ化水素、夕(ただし舞蘭は夕とは戦ってはいない)とは、それなりに強者同士で通じるものがあったのか、それなりに話はするようになった。
最も、穏やかで人当たりのいい性格で大所帯のリーダーとして多くの人と関わりながら楽しんでいるフッ化水素は、自分にないものを持っているため尊敬はするものの微妙にかみ合わないし、夕は飄々としつつもどことなく全ての人間と一線を引いて関わっている感じがした(舞蘭が言えた立場でもないのだが)。
ゼットは、喧嘩が挨拶みたいなところのある戦闘狂(ただし自分と同レベルの人間に限る…ほとんどいないが)なので、性格的には合いそうな気もするがまともに話をしたことはない。
そんな感じでβ版は過ごしていたため、本サービスが開始されても、注目はされるが誰も話しかけてこないし、関わろうとはしてこない、という具合になってしまっていたのだ。
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と、いう訳で、目の前の少女―――ノアがキラッキラの笑顔で「先生になって!」と言ってるのが、とても新鮮というか奇妙な感覚なのだ。
一緒にいる、ルミというACOでは珍しい着物姿の(これまた舞蘭が言えた話ではないが)少女も、ノアの言動にハラハラしているが、それは自分を恐れているから、というよりは、例えるなら自分のペットが人様に粗相をしないか気にしている飼い主みたいな感じである。
舞蘭は、少し考えたあと、ゆゆに問いかけた。
「なぁ、ゆゆ…私は、人に教えるのに向いている人間か?」
「確実に向いてないわ。」
即答であった。舞蘭は苦虫を嚙み潰したような顔になる。
舞蘭は、感覚型の天才であった。
人に教えようもんなら「こう、ぽーーーんてやって、しゅってやって、うわあああってやればできるぞ」って感じの教え方になる。間違いない。だって適当にやったらできたんだもん。
その様子を見ていたルミが、おずおずと声をかける。
「あの…たぶんそれなら、ノアの方は大丈夫だと思います。
その、多分…同類なので」
「……」
「…せやな…」
舞蘭とゆゆは、ルミとノアを交互に見、そして妙に納得してしまった。
確かに間違いなく、ノアも適当にやったらできるタイプだろう。逆にルミはコツコツタイプだろうな、とも。
「私は、まぁ自力でなんとかするんで、どうかアドバイスだけでもお願いできませんか?
出来る範囲でお礼はしますので…」
「いや、お礼とかはいらない」
ルミの言葉を遮るようにして、舞蘭がしゃべりだす。
その顔は、獰猛で、威圧的で…なんだか、さっきゼットに向けていた笑顔に似ている。
「ついてこれんならやるぞ。」
その言葉に、ノアは「うわああああありがとうございますううう!!」ときゃぴきゃぴ飛び跳ねて喜ぶ。お師匠、げっとだぜ。
そしてゆゆは、頭痛で倒れそうになるルミを見かねて、そっと紅茶を差し出すのであった。
各キャラそれなりに事情はありますけど、ごく一部を除いて人並みのものです。