≪夜叉≫のお出まし
メインキャラクターたちの登場です。
「…≪夜叉≫か」
ぎりぎりとぶつかり合う剣と刀。
先程、ほとんど一方的にルミを押さえつけていた筈のゼットは、その女性の刀に苦しそうな顔をする。
「畜生、【ファイアボム】!」
ゼットがそういうと、剣に纏わりついていた炎が一気に膨らみあがり、爆破した。
≪夜叉≫と呼ばれた女侍は、一つにまとめた長く黒い髪をたなびかせながら、ふわりと回避した。どうやらスキルは使っていないようだ。
「おいおい、あのへんてこクジラ女以外は内に入れねぇようなてめぇがなんでそこのスーパー初級魔法使いとロリ着物娘に味方する?」
なんかよくわからないあだ名をつけられたらしい。
先程から聞く限り、「気に食わねぇ人畜無害」だの「腹黒爽やかプリンス」だの言ってるから、たぶんあだ名付けて呼ぶのがマイブームなのかな、とルミは思った。この≪夜叉≫という女性を除いて、だが。ノアとは違って名前は覚えられるがそのうえであだ名で呼んでいるように思える。
しかし「ロリ」は解せない。
ノアは呑気に「うわぁ~!この侍レディめっちゃかっこいい~!!」などと言っている。たぶんさっきまで殺されかけていたのを忘れている。
ゼットの質問に、女侍は無表情のまま、女性にしてはやや低い落ち着いた声で答える。
「べつにそこのプレイヤーたちを庇ったわけではない。ただ、お前は『初心者は狙わない主義』だろ。この子らは、確かに装備は立派だし攻撃の威力も大きいが、明らかに動きが不慣れで初心者のそれだろう。
私は、私と対等なほど強いお前には最大限敬意を払っているからな。勘違いでお前の株がいやな風に落ちるのも不本意だ。それで止めた」
「え?」
きょとん、とした顔になったゼットは、バッとノアとルミの方を向く。
「お前ら、初心者なの?え?あの頭悪い威力の【ライトニング】放っておきながら?俺の【深淵】から脱出しておきながら?」
「そうなの!えむえむおー?っていうのもはじめてなんだ!!」
「…私は『私たち(初心者)狙うのはないんじゃないの』と言いましたが。」
にぱー、というようなキラキラの笑顔を見せるノア。反対に、ルミはスゥゥ…と目を細めてゼットを睨む。
ゼットは「あー…」と気まずそうに目を泳がせた。
「…さすがにここのフィールドのモンスター全滅させるような奴がただの初心者とは思わないべ…」
「ここのフィールドは初心者向けだ。条件さえ整えば殲滅も可能だろう」
「ぐっ…」
なかなかに理不尽なような気もする。
しかしここには残念ながら「普通」の基準がずれている者たちしかいなかった。多分ルミもちょっと毒されている。
女侍の追撃に、とうとう追い詰められたらしいゼットは観念したかのように両手を上げ、ノアとルミに体を向けた。
「いや、うん、ちょっと解せないけど悪いことをした。俺は強い奴を襲うのを楽しみにしてる、初心者を狙うことはいつもはないんだ。本当に。
詫びになるかはわからんが、とりあえずこれを持ってってくれ。シルクの布はノアちゃんに、夜空石はルミたんに。
そこの悪魔の知り合いに『ゆゆ』っていうやつがいる。変人だが生産職の腕は一流だ。そいつに頼めばなんか作ってくれるはずさ。たとえばノアちゃんならその初期装備のワンピースを改良できるだろうし、ルミたんなら、双剣でも作ってもらえばいい。悪魔に融通してもらえ。
いいだろ?くそ悪魔。」
「…私に許可を取る前に話を進めるな。」
「いいだろ別に。クジラ女も嬉々として作ると思うぜ。なんてったって夜空石は暗黒の湿地近くでしか取れないんだ」
「ゆゆは今クジラじゃなくてペンギンの格好をしている」
「あ、そうなの。じゃあへんてこペンギン女に改名だな。」
なんだかノアとルミの話なのに、本人たちが一番置いてけぼりを食らっている。切ない。
すると、ふたりそれぞれの前にウィンドウが出現した。
ゼット さんからプレゼントが1件届いています
アラクネーのシルク(大)×1
ゼット さんからプレゼントが1件届いています
夜空石×5
「まぁ迷惑料だ。これからの分も含めてな。
これからお前らが強くなったらその時は予告なしに襲うからよろしく頼むぜ。」
「いやです!死にたくない!」
どどーんと言い切るノア。ルミは「こら!」と頭をはたく。たぶん脊髄反射でやっている。
そんな二人に思わずゼットが吹き出した。普通に笑うと、人が好さそうに見えるのは何故だろうか?
「あぁ、あぁ、素直でいいこった。じゃあ死にたくないんなら襲われても生き延びれるようにするんだな。
…そうだ。今日は俺、最高に機嫌がいいからいいけどな…」
するとゼットは、先程までノアたちに向けていた笑顔とは真逆の、ぞっとするほどの殺意を秘めた笑顔を≪夜叉≫に向けた。
「次会ったときは必ず殺すぜ、舞蘭サン?」
「…そうか、返り討ちにされたければいつでも掛かってくるがいいさ、ゼット。」
舞蘭、と呼ばれたその女性は、ゼットとは比にならないほど、威圧感と恐怖を与えるような笑顔で返した。
じゃあな、というと、ゼットは黒いマントを翻し、どこかへ消えてしまったのだった。
あとに残されたのは、舞蘭と、二つ分の漏れ出る殺意を受けてカタカタ震えるルミと…
…ぽや~としているノアだけであった。
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「いらっしゃい~あなたたちが、舞蘭が言ってた初心者ちゃんやね~
ノアちゃんと、ルミちゃんね!覚えたで~」
神聖都市マリアベル、南商店街。
その一角に「ゆゆのさぎょうば」というなんとも安直な名前の看板が掲げられた小さな建物があった。
中に入ると、なにか機械が動いているような音がする。やや煙っぽくて、ノアが咳きこんでしまった。
「ゆゆ、入るぞ」
舞蘭が声をかけると奥の作業場から女性がひょこひょこと出てきた。
水色の髪は肩までのボブになっており、少し離れている目は紫色の瞳をもっている。148㎝とかなり小柄なルミよりも身長は低い。恐らく120cm程度だろう。ペンギンの顔を模した大きな帽子にペンギンのおなかの柄のポンチョを被っており、一見幼女のように見える。
しかし、顔立ちは違和感を感じるほど大人びており、関西弁でおっとりとしゃべる声や口調は明らかに大人のそれだ。
京都にいそう。皮肉には気を付けなければとルミは警戒してしまう。
「ん?あぁうちの見た目が気になるか?うちはな、今10歳なんやけど人生は5回目なんや。だから大人っぽく見えるんやで」
「ふぇ!!??転生したの!!??」
ノアは、目をひん剥いて顎を落とし、TWO PIECEの雷を落とす耳たぶ男ばりの驚きの表情を見せる。
その様子を見てゆゆはカラコロという風に笑う。大爆笑する。舞蘭はジト目で窘める。
「趣味が悪いぞ、ゆゆ」
「いや、すまんて。せやけどあっさり信じるのがアホ可愛くてな…は、ははは!!
あぁすまんな冗談やで。うちはドワーフとエルフのハーフでな。種族の補正で身長が小さくなってるんやで。普通に成人しとる。現実では身長は普通にあるで。」
急に早口でまくし立てるような口調になった。
どうやら京都ではなく大阪らしい。なんなら堂々と「アホ」と言ってる。多分褒めてる。
しかし、ドワーフとエルフのハーフというだけあって、たしかに耳はノアと同じようにとんがっている。
「ハーフの人初めて見ました…ハーフだとステータス補正とか固有スキルってどんな感じになるんですか?あ、もし言いたくなければ構いません。戦略で隠したい人も多いでしょうし。」
ルミは好奇心で聞いてみるが、正直答えは期待していなかった。自分も「幻翼族」という特殊性を持っている。それだけでも初見殺しにつながるため、ゼットとの戦いではあまり言いふらすようなことはしなかった。
「あぁ、うちは完全に生産職やからええで。メインは鍛冶師で、サブは裁縫士。
で、ステータスの傾斜は、STRとINTが互いに相殺して×0.5。AGIは変わらず×0.6。代わりにDEXだけ×2.4や。固有スキルは【ものづくりの手】…まぁ、完全生産職用種族やな」
にへら、と笑うゆゆ。
種族同士のハーフということは、ランダムでの種族決定の結果であろう。ということは、種族を決定してからプレイスタイルを決めたのだろうか。
そう考えるルミに、舞蘭は呆れたように告げる。
「…ゆゆは、最初から生産特化でやるつもりだったぞ。」
「え?でも、種族はランダムで…」
「あぁ。ランダムで、このドワーフ・エルフのハーフを狙って、奇跡的に引き当てたんだ。」
話を聞くと、舞蘭とゆゆは共にβ版もプレイしていたという。
β版体験者は特典として、β版でのアバター設定(見た目、種族、初期ステータス、職業)をそのまま引き継ぐことが可能だったらしい。
ゆゆは、ランダムという種族闇鍋アンハッピーセットから、見事にお望み通りの種族をゲットしたという。
ノアはあわあわと戸惑ってしまう。
「え…え…通常種族は全部で18で、二つの組み合わせは全部で18C2=153…
ハーフになる確率は15%、3/20…
3/20×1/153≒0.001、0.1%の確率だぁ…」
「…ノアちゃんって、もしかして天才少女?」
「数学特化の天才ですね。世界史は赤点常習犯です。」
戸惑うゆゆの質問に、ルミはチベットスナギツネの顔で答えた。
ちなみにルミは、少し国語が得意で、少し数学が苦手で、それ以外は平均よりちょっと上くらいの点数をとっている。高校一年では同じクラスだった二人だが、今の春休みが開ければ違うクラスになる。ノアは理系、ルミは文系だ。
「え、るるさん質問いいですか?」
「なるほど世界史が苦手な理由わかったわ。ゆゆやで。ええよ。」
「え、どうやってそんな低確率を引き当てたんですか?何か方法が…」
するとゆゆは、よくぞ聞いてくれたという風にどやっとする。
舞蘭は「あぁ…」と苦笑する。
ゆゆはキリッとした顔で言った。
「愛と意地と時の運。」
ノアは「ふおお!!」と目を輝かせ、一方ルミはゼットが彼女を「変人」と称した理由を正しく理解し空を仰ぐのであった。
★わかる人にはわかる元ネタ★
TWO PIECE
安直極まりない。
作者の推しはル〇ィのお友達の外科医です。ないと思うけど今後彼が〇フィを裏切る展開があれば彼に味方するタイプの過激派です。ないと思うけど。
雷を落とす耳たぶ男
言わずもがな。耳たぶぷるぷるしてて可愛いと思う。めっちゃピアス開けれそう。
途中のノアの計算についてですが、ノアは数学天才少女ですが作者は数学苦手なので、間違っている可能性も大いにあります。
間違ってたら、心の中で作者に対してのみ鼻で笑って、そっと見逃してくださいませ。
2021/01/22追記
間違ってました、しかもすげぇ凡ミスでした。数学嫌い。ぺっ。
感想でのご指摘ありがとうございますー!!!