闇の王
カーライルは淡々と話し始めた。
「『闇』とはね、『闇の力』を操ることに長けた民族――その末裔って感じだね」
そこでこう続けた。
「……ああ、適当に質問は差し挟んでくれよ。歓迎するから」
「なら今お願いします」
そう言って、俺はこう質問した。
「闇の力とは?」
「あまりよくわかっていないけど、我々の使う魔術――その源流の力と言われているね。源流だけあってね、我々の知らない強力な秘術があるとされている。怖いねえ」
ふふっと笑ってカーライルが話を戻した。
「でね、その闇の民族は英雄たちによって倒された。英雄たちが建国したのがこの王国さ。つまり、王族や多くの上級貴族はその末裔ってことだね」
「なぜ、闇の民族は倒されたのですか?」
「闇の民族はね――『闇の王』とともに世界を滅ぼそうとしたのさ」
「世界を滅ぼす? でも彼らも人間ですよね? 滅ぼして意味があるんですか?」
「彼らの教義は『すべてを闇の混沌に帰さしめよ』でね。原初の闇に沈んだ世界こそ、彼らが望む世界――時代なんだよ」
そこでカーライルは間を置く。
「だけどね、アルベルトの言うとおり、彼らも人間だ。死にたいなんて思わないのが当然だ。そんなものは誰も気にしていなかった。あの男――闇の王が現れるまではね」
「闇の、王……?」
「ああ。王は古の教義を復活させて、それこそが闇の民族の本懐なりと他の民を扇動し、世界を滅ぼすために動き出したんだ」
そして、カーライルはこう続ける。
「その顔を闇の仮面に隠し、鍛えた肉体で振るう魔剣ダーインスレイブの威力は無双――そう伝えられているね」
仮面と剣を持つ男――
つい先日の光景が俺の脳裏によぎった。
「……学院で戦った男ですか?」
「確かに装備は譲り受けているがね……あの男は闇の御子だ。闇の当主という点では同じだけど。初代の当主が闇の王で、それ以降は闇の御子と呼ばれている――そんな感じかな」
少し考えてからカーライルが続ける。
「闇の王が初代だけってのは理由があってね、闇の王は死んでいないんだよ」
「死んでいない? 大昔の人物なのでは?」
「封印されているんだよ。あまりにも強すぎて倒すことができなかったらしくて。王国の祖先たちは彼を封じることで野望を断った」
そう言って、カーライルは服の内側から取り出した矩形の置物をテーブルに置いた。
「その封印の鍵となるのが、この闇の印だ」
「おいおいおいおい! 普通に持ち歩いているな、お前!? ていうか、持ち出していいの!?」
黙って聞いていたフィルブスが驚いた声を出す。
はははは! とカーライルが笑った。
「封印しようにも王国祭や前の騒ぎのせいで学院も騒がしいからね。落ち着くまで僕が預かっているのさ。ほら、僕が預かっていれば安心でしょ?」
「まあ、そうだけどさ……」
と言いつつ、フィルブスの顔は『え、いいの?』という感じの表情だった。
カーライルが構わず続ける。
「闇の印だけじゃない。それを含めた五祭具。五つのアイテムに闇の王は封印された。闇の狙いは五祭具を集めて再び闇の王を蘇らせ――この世界を滅ぼすことなんだ」
そして、さらにこう言った。
「今回は首尾よく闇を撃退できた。だけど、闇の蠢動はもうずいぶんと前から王国のあちこちに広がっていてね……全面戦争は避けられない。僕たちは否応なく世界の存亡を賭けた戦いに巻き込まれる」
カーライルが俺を見た。
「アルベルト、君のマジックアローは僕たちの希望だ。その力を貸して欲しい」
「喜んで」
続いてカーライルがローラを見た。
「ローラ、アルベルトを補佐してやってくれ。君の明るさと正しさはアルベルトにとって必要なものだ」
「はい! 頑張ります!」
カーライルはうなずき、テーブルにある小箱を開けた。
「アルベルト、ローラ。これを持っていきたまえ」
そこから二つの指輪を取り出す。
「これはね、毒を無効化する指輪だ」
「……毒?」
穏やかではない言葉に俺は眉を跳ね上げる。
「毒だけではなくてね、他の状態異常にも結構な耐性を発揮する。それなりにお高いものだよ。こっそり売っちゃダメだからね」
にこりと浮かべた笑みを、カーライルはすぐに引っ込めた。
「闇を君たちがどう思っているかはわからないけどね――闇の御子と対峙した以上は警戒したほうがいい」
「わかりました」
俺はそう言うと指輪を左手の人差し指につけた。
「あ、あの!」
ローラが口を開く。
「わわ、わたしも、こんな……こんな高価なものをいただいてもいいのでしょうか!?」
「もちろんだよ、ローラ。あとね、君には認識を改めて欲しい。君は君自身が思うよりもはるかに大きな役割を担っている。君もまた事態の中央に立っているんだ。僕は君に期待しているよ」
「……ありがとうございます!」
ローラが左手の小指に指輪をつける。
俺たちの様子を見た後、カーライルはこう話を締めくくった。
「闇との戦いは激化していくだろう。君たちにかかる期待は大きい。この国の平和を守るため、お互いに力を尽くそうじゃないか」
俺は力強くうなずいた。
俺は王国の貴族だ。貴族には国を守るための責務がある。だから否はない。
国のため。
この国に住まう民のため。
俺は俺の持てる力のすべてを捧げよう。
そして――
「アルベルトさん! 一緒に頑張りましょうね!」
彼女の笑顔を守るため。
「そうだな。よろしく、ローラ」
俺はローラに笑みを向けた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
王国祭が終わってしばらく後――
俺とローラは一人の生徒を見送ることになった。
「……ありがとう。ここまでで大丈夫だから」
学院の正門前で、少女は振り返って言った。
彼女の名前はリズ。
俺とローラがあまり会えなかったとき、ローラと距離を縮めていた女子生徒だ。
そして――
落第を恐れてサーレスと闇の契約を交わした少女で、その力でローラを傷つけてしまった少女でもある。
リズは退学処分となってしまった。
試験において不正をしたというのが理由だ。
もちろん、表向きの。
本当のところは王国が神経を尖らせている『闇の力』に汚染されてしまった人間を学院に置いてはおけないという判断だろう。
「リズさん、元気でね……」
ローラがしんみりとした口調でそう言う。
「うん。ローラさんこそね」
それからこう続けた。
「ごめんね、ローラさん。傷つけちゃって……」
「大丈夫です! 気にしないでください! わたしは元気ですから! はい!」
にっこりと――いつもよりも満面の笑みを浮かべてローラが言う。
「……優しいね、ローラさんは」
それから、リズは俺を見た。
「アルベルトさん、ありがとう。あのときわたしを助けてくれて。あなたがいなければ、わたしはローラさんを――」
「そうならなくてよかった。気にしないでいい」
「うん……」
曖昧な様子でうなずくと、リズはローラに視線を戻した。
「あのね、ローラさん」
「はい」
「ローラさんに近付いたのは、サーレスに言われたからなのは事実なんだけど……その、わたしはローラさんといろいろお話しできてよかったと思ってるの」
「わたしもです! リズさんと話せてよかったです!」
それはきっとローラの本心だろう。ローラは適当に話をあわせるような人間ではない。
リズとの時間はローラにとっても意味と意義があったのだろう。
「ローラさんともっと早く仲良くなりたかった。それが後悔かな……。きっとまっすぐなローラさんなら、サーレスの誘いに揺らいだわたしを叱り飛ばしてくれたと思うから」
「いえいえ……叱り飛ばすだなんて……」
そこで俺は言った。
「よく叱り飛ばされるぞ」
「え!?」
ローラがびっくりする。
「よく説教されるぞ」
「ええええ!?」
ローラは手をばたばたと振った。
「ち、違います! あああ、あれは応援です! 応援なんです!」
「ははは、わかっているよ。冗談だ冗談」
俺の楽しげな言葉に、ローラが目を細めた。
「アルベルトさん、冗談言うんですね」
「ああ……」
面と向かって指摘されると恥ずかしい。確かに、そんなことをローラに言った記憶はあまりない。
「でも、ちょっと嬉しいです」
そうにっこり笑うローラに、リズが話しかけた。
「もしもーし?」
「ああ、ごめんなさい!?」
「ふふっ、いいね、仲よさそうで」
リズの、俺たちを見る目がまぶしいものを見たかのように細められる。
「じゃ、お邪魔虫は消えようかな」
「ええ、そ、そそそそ、そんな!?」
「ははは! 悪気はないから気にしないで! でも、もう行かなくちゃ。ここでのわたしの時間は終わったからね」
リズはそう言って校舎を見上げた。
「夢は断たれたけどさ――これでいい気持ちもあるの。自分の能力が足りなかったのは事実だから。村では魔術師というだけでも役に立てるからさ、そこで頑張るつもり」
「リズさん……」
悲しげな視線を送るローラの肩をぽんとリズが叩いた。
「大丈夫だからさ。心の中のどこかでいいから、わたしを応援しておいてよ、ローラさん」
「精一杯、応援します、リズさん!」
「あ、叱り飛ばしてくるんだっけ、ローラさんは?」
「ああ、思いっきり叱り飛ばしてくるぞ、ローラは」
「アアア、アルベルトさん!? リズさんも!? 違いますからね、わたしは応援してますからね!?」
ひとしきりの笑い声がおさまった後、俺はリズに伝えた
きっと俺が伝えるべき言葉を――
「リズ、俺もまた己の弱さに負けたことがある。それは悔いとなって今も残っている。それを笑う人間もいる。だけど――」
俺の脳裏にローラやフーリンたちが浮かび上がる。
「今の俺を信じてくれる人たちもいる。その事実が俺を支えてくれている。ここでの苦い過去はお前を押し潰そうとするかもしれないが――くじけずに歩き続けてくれ。未来のお前に手を伸ばしてくれる人は必ずいるから」
リズは驚いたように俺を見ていたが、やがて、ふわりと笑ってこう言った。
「アルベルトさん、意外といいこと言うじゃない?」
そして、こう続ける。
「頑張るよ。今の言葉、ここに刻んでおくからさ!」
とんとん、とリズが己の胸を指で叩いた。
「それじゃ、行くね。見送りありがとう!」
リズは俺たちに背を向けると学院を出ていった。
リズを見送りながらローラが寂しげな口調でつぶやく。
「闇のせいでリズさんの心に傷ができてしまった……もうこんなことが起こらないようにしたいですね」
「そうだな……」
カーライルの言う『闇』の蠢動。
王国の喉元である学院ですらその影があるとは。気を引き締めていかないとな……。
本章、終了でございます。お読みいただきありがとうございました。
【評価】していただけると嬉しいです!
実は新作『シュレディンガーの猫』の余波でマジックアローも日間ランキングにぷかぷか浮いていたりして。今の評価はそのまま順位に影響したりしますので、応援効率がよかったりします(笑)
『君が歩き方を教えてくれたから』回がなかなか好評だったようで嬉しいです! 本章はそこをゴールにして書いていたので。読み続けてくれた読者さまにいいものが提示できたのかな……と思っております。
それでは次章でお会いしましょ〜。
『シュレディンガーの猫』も一読していただけると嬉しいです!
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