君が俺に歩き方を教えてくれたから
仮面の男との戦いで気絶してしまった俺は、そのまま入院することになった。
……殴られて気絶しただけなのだが……。
スタッフに尋ねると「国から手厚く看病しろと伺っております!」と言われた。俺が貴族だからだろうか。
翌日、暇を持て余していると誰かが病室を訪れた。
「大丈夫か? 事後報告も兼ねて見舞いに来てやったぞ」
フィルブスだ。
「これはフーリンからだ。来たかったみたいだけど、王国祭で忙しすぎてな……」
そう言って、横の棚にお菓子の詰め合わせを置いた。
「気分はどうだ?」
「特に問題はないですよ。元気です」
「そりゃよかった」
それからフィルブスはサーレスが死んだことを教えてくれた。
「自殺しやがったよ。周りには言わないでくれ……背景が複雑なんで、退校したってことで処理しているから」
「わかりました」
代わりに、俺は別のことをフィルブスに訊いた。
「闇――とはなんですか?」
――……サーレス、あいつが闇なのか……。
フィルブスは確かにそう言っていたが。
「別に俺が説明してもいいんだがな……そいつは王国祭が終わったらカーライルから話をするそうだ。そのときまで待ってくれ」
「構いません」
俺はうなずいた。
それから軽く雑談をした後、フィルブスは席を立った。
「じゃあ、そろそろ戻るよ。あんまりサボってるとフーリンに怒られるからな」
「フーリンは怒ると怖いですよ」
「知ってる知ってる!」
はははは! とフィルブスが快活に笑った。
「……実はな、今日、ローラを誘うか悩んだんだよ」
「ローラを?」
「あいつもお前のことを心配しているだろうし――でも入院先を知らないから見舞いにもいけない」
一拍の間を置いてからフィルブスが続けた。
「悩んだんだけど、連れてこなかった。どうしてだと思う?」
「どうしてですか?」
「お前に――お前の意志で答えを見つけて欲しいからさ」
「……」
「何が大切かはもう見えたか?」
「……はい」
「よし」
フィルブスが満足げにうなずいた。
「お前が見つけた答えが何かは知らないが――迷いはないんだな?」
「大丈夫ですよ。もう……決めましたから」
「そうか、ならいい」
フィルブスは不敵な笑みを浮かべると、
「カッコいいとこ見せてくれよ、ヒーロー」
そう言って病室から出ていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
フィルブスが帰った後、俺は病院に話をつけてすぐ退院した。
今日は王国祭の初日。
どうしても今日いきたい場所があったからだ。
俺は寮に戻ると、リュミナス領を出るときに持たされたパーティー用の礼服を取り出した。
それをじっと見て――
少し悩んで――
違うな、と思った。
今日の俺が着るべき服はこれじゃない。病院から着て帰った制服は少し汚れていたので、真新しい制服に着替えた。
そして、ダンスホールへと向かう。
そこには学院の生徒たちが集まっていた。
今日ここでは王国祭の開始を祝して、学院の生徒たちのダンスパーティーがおこなわれているのだ。
着飾った学生たちの姿が空間を華やかに彩っている。
……と言っても、もっぱら踊っているのは貴族の生徒だが。
平民はダンスなど学んでいないのだから気後れするのも無理はない。礼服も持っていないので学校の制服を着て参加している。壁の花となっている彼らの目当ては無料で供されるごちそうだろう。
俺は周囲を見渡し、目的の人物に近付いた。
「キルリア」
キルリアと彼を囲んでいる貴族たちがいっせいに俺を見る。
キルリアが口を開いた。
「おや、退院したのかい。うん? ……その格好は……?」
そして、俺の制服姿を見て怪訝な表情を浮かべる。
俺はそれに構わずこう言った。
「少しだけ時間をくれないか」
キルリアと、彼の従者であるフェイが後についてくる。
ホールを出て空き部屋に入るなり、俺はキルリアに言った。
「すまないが、もう俺のことは放っておいてくれ」
ぴくり、とキルリアのまぶたが動く。
声に出したのは従者のフェイだった。
「貴様、キルリアさまに――!」
だが、キルリアは手をかざしてフェイの言葉を止めた。
「アルベルト、どういう意味だい?」
「そのままだ。俺に構うのをやめて欲しい。他の貴族にも伝えておいてくれ。まとめ役のお前ならできるだろう?」
俺の言葉に、キルリアが首を振った。
「アルベルト、年上の君にこういうことを言うのはいささか心苦しいが――それは賢い判断ではないね」
ふふふ、とキルリアが笑う。
「貴族のつきあいとは長年の積み重ねだ。あのとき誘わなかった、あのとき返事をしなかった――その小さな不信の積み重ねが信頼を失う。この学院における君の態度は高いツケになるぞ?」
「……わかっているさ……」
わかっているからこそ、無理をした。
おかげで失ってはいけないものを見失いかけた。
「だけど、決めたんだ」
アルベルト・リュミナスとしての責務。
ただのアルベルトとしての生き方。
不器用な俺に両方をとることはできない。どちらを残すか。そんなものは決まっている。
――俺はどこまでも、いつまでもお前の友達だ。誓うよ。これだけは何があっても貫くと。
彼女との約束を俺は破ることなどできない。
こんな俺を――少し前まで誰も見向きもしなかった『終わった俺』と仲よくしてくれたのは彼女だ。
仮面の男との戦いで、力尽きかけた俺を奮い立たせてくれたのは俺の勝利を一心に願う彼女の姿だ。
どれだけ彼女の笑顔が俺を支えてくれただろう。
どれだけ彼女の声が心を癒やしてくれただろう。
何が大切か。
何が大事か。
そんなものは悩むまでもない。
その彼女との時間を捨てなければ届かないものならば――俺は喜んで諦めよう。
俺はきっぱりと言った。
「学院での貴族のつきあいは遠慮しておくよ」
「……わかった。それが君の判断なら。みんなには俺のほうから伝えておくよ」
キルリアはこう続けた。
「だけどね、アルベルト・リュミナス。俺が君に興味を持っているのは変わらない。もしも困ったことがあったら――もしも気が変わったらいつでも言いたまえ。喜んで口添えしよう」
「……感謝する」
短くそう言うと俺は部屋を出た。
ダンスホールへと戻る。
中央で華やかに踊っている貴族たちを横目に、俺は壁際に目を走らせた。
……彼女がここに来ている保証はない。
パーティーの主役はあくまでも貴族たち。壁の花になるために来ている平民は少ない。
だけど来ているだろうと俺は確信していた。
なぜなら彼女が俺のことを知っているように――
俺もまた彼女のことを知っているから。
基本的に参加推奨のイベントだ。まじめな彼女はまじめに言いつけを守って来ているだろう。
……そして、ひとりぼっちでたたずんでいるだろう。
予想どおり、俺は見つけた。
壁際に立ち、踊る貴族たちを静かに眺めている白髪の女の子を。
そのとき――
「あ、アルベルトだ」
着飾った貴族の女生徒たちが話しかけてきた。
「せっかくだから、踊らない?」
「いやいや、わたしと踊ろうよ」
わいわいと騒ぐ彼女たちに俺は首を振る。
「悪いけど――先約があるんだ。すまない」
そう言うと俺はローラのもとへと歩いていった。
「ローラ」
「――アルベルトさん?」
いきなりの俺の登場にローラは面食らった様子だった。
「身体は大丈夫ですか?」
「ああ」
「よかったあ……ずっと心配していたんです……」
本当に心の底から喜ぶような様子でローラが言ってくれた。彼女の心遣いが俺の胸に染み入るようだった。
俺は熱くなった胸の温度を下げるように小さく息を吐く。
「ローラ、その、よかったら――」
手を差し出して俺は言った。
「……一緒に踊らないか?」
「え? でも、アルベルトさんは貴族の方とのほうが――」
「いや、もういいんだ。その話は」
俺は首を振った。
「学院で貴族たちとは付き合わない。これからはローラと一緒だ」
「――!」
ローラが目を見開いて俺を見た。
「そ、そんな……」
「いいんだ。決めたことだから」
「だけど、その、わたしなんかと踊っても……そもそも踊りなんて習ったことが……」
「いいんだよ。素人のダンスってのはね、うまく踊れるかどうかじゃなくて――誰と踊るかだから」
俺の言葉に、ローラが息を止める。
そして、ぎゅっと目をつむってからこう言った。
「……ア、アルベルトさん」
ローラの白い手が俺の手を取った。
「……わ、わたしなんかで、よければ……」
「行こう」
俺はローラと連れだって中央へと向かった。
お互いに向かい合い、俺はローラの身体に腕を回す。
ローラが顔を真っ赤にして早口にまくし立てた。
「あの、その! 本当に! 本当に! 踊り方がわからないので! いろいろ教えてください!」
「いいよ、それくらい」
俺はふっと笑った。
踊り方くらいいくらでも教えよう。
君はそれよりももっと大切なことを俺に教えてくれたから。
君のおかげで立ち止まっていた俺はここまで歩いてこれた。
君が俺に歩き方を教えてくれたから。
孤独な俺に優しさの目を向けてくれたから。
俺は君にどれほどの借りがあるのだろうか。
少しは返せたのだろうか。返しても返しても、その量は増え続けているような気すらする。
君の近くにいるだけで俺の心はこんなにも満たされるのだから。
今日の己の選択すらも君の手を握るだけで強く誇れるのだから。
「ゆっくりはじめよう。手は離さないようにね、ローラ」
俺たちはゆっくりと基本のステップを踏み出した。
めでたしめでたし。
【告知】新作を書いてみました。
俺だけ選び放題、S級レアアイテムも壊れスキルも覚醒した【シュレディンガーの猫】で思うがまま! ~冒険者の俺はレベルも金も稼いで幸せなので、追放してきた連中も自力で頑張ってくれ~
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内容はタイトルそのままです。『追放ざまぁ&チートスキル』の黄金コンビで、コンセプトは『気楽に読めて楽しめる話』です。
『とりあえずの、きりのいいラスト』まで書いていて10万字超のストックがあります。
まだ5話ですが、連日投稿していきますので試しに読んでもらえると嬉しいですねー。




