合否判定会議は踊る
「――少々お待ちください」
判定が決まった瞬間、異議を唱えるものがいた。
全員が声の主に視線を送る。
ずっと議論してやっと決まったものをくつがえそうとするやつは誰だ! そんな敵意をこめた目が――
発言者を見た瞬間、戸惑いに揺れる。
宮廷魔術師カーライル。試験の監査人として会議に参加していた。今までずっと黙っていたので、多くの教師は存在を忘れかけていたが……。
王の寵愛を一身に受ける当代最高の天才魔術師。
その発言は軽々と無視できるものではない。
「なんでしょうか、カーライルさま」
まとめ役の教師が硬質な声で応じる。
「そう緊張しないでください。少しお話を伺いたいだけですから」
カーライルが一枚の紙をとんとんと指で叩いた。
『受験生ナンバー389、アルベルト』の紙を――
「彼を落とす理由について説明してもらえますか?」
カーライルはアルベルトの紙を手に取ると、そこに書かれている評価を読み上げた。
「アルベルト。年齢二六歳。
第一実技試験。威力、射程距離、精密度いずれも特A。しかし、懸念事項としてふたつの的を易々と破壊する威力は普通のマジックアローのものとは思えず、何かしらの不正をおこなっている点は報告しておく。
第二実技試験。ディスペル成功。残時間ゼロ秒。
筆記試験、六八点。……話を伺っていると優秀な点数ではないようですが、合格ラインはぎりぎり超えているようですね」
さらにカーライルが話を続ける。
「実技試験も筆記試験もぎりぎり受かっているように見えますが、なぜ落ちたのですか?」
「定員というものがありますから。確かに彼は当落ライン上のグループにおりますが、定員を考えると他の生徒を優先すべきです」
「なぜです?」
「年齢が年齢ですからね。学問は若い者のほうが伸びる。というか、他の受験生に比べて一〇年ものアドバンテージがあるのです。そうであるのなら圧倒的な成果を残してもらわないと困ります」
「なるほど。一理ありますね」
「ご理解いただけましたか?」
「ですが、それは監査人として受け入れるわけには参りません」
ぴしゃりとカーライルは言い放った。
「王国は『誰にでも学ぶ権利はある』とうたっております。年齢で差別をおこなうのは感心しませんね」
うぐ、と取りまとめ役の教師がうなる。
他の教師が助け船を出した。
「いえいえ、カーライルさま。これは年齢差別ではありませんよ。単純に彼の成績はぱっとしない。第二実技はタイムアップと同時で筆記試験も凡庸。第一実技も疑義がある。これでは救いようがない」
「なるほど、なかなか力強い反論ですね」
くくくく、とカーライルは笑う。
「では、こう言いましょう」
ばん、とカーライルはアルベルトの紙を円卓に叩きつけた。
「彼を合格させてください。理由はいりません」
会議室の空気がぴしりと固まった。
カーライルの言葉の真意はこうだ。もう議論はいらない。自分の言葉に従え。
取りまとめ役の教師が声を荒げた。
「恐れながら! それはいくら何でも監査人としての権限を越えていると存じます! 学院の独立性を無視するおつもりですか!?」
「もう監査人としては発言してませんよ?」
「え?」
カーライルはにやりと笑ってから言葉を続けた。
「あなた方よりも上位権限者である宮廷魔術師カーライルとしてあなた方に命じているのです。彼を入学させよ、と」
会議室の全教師が言葉を失った。
無理もない、とカーライルは思う。カーライルは権力を行使したのだ。逆らえば潰すぞと言わんばかりの権力を。
「たいしたことではないでしょう? たかだかひとりの生徒をねじ込むくらい。定員だの何だの言っていますが、その程度の余地はいくらでもあるはず」
「それは、そうですが……」
取りまとめ役の教師がひび割れた声で応じる。
「どうしてカーライルさまはその受験生にこだわるのですか?」
「見込みがあると思ったからです」
短く、だがこれ以上の質問を許さない強さでカーライルは言った。
「彼は入学でお願いします。もし逆らうならばそれなりの痛みは覚悟してください。それでは失礼します」
一方的に言い放つと、カーライルは会議室を出ていった。
王城の執務室に戻って書類を片付けていると、魔術学院の教師フィルブスが彼の元を訪れた。
フィルブスは短く伸ばしたあごひげがトレードマークの男だ。カーライルとは学院の同窓生でとても仲がいい。
仲がいい――どころか。
彼はカーライルの子飼いの手下でもある。
「あいかわらず容赦のない言い方だな、カーライル。お前が出ていった後、教師陣は怒り心頭だったぞ」
カーライルは仕事の手を休めて応えた。
「はははは、くだらない議論に時間を割くつもりはないよ。僕はもう決定したからね。決定した以上、従ってもらう。そのためなら権威でも高圧的な態度でも何でも使うさ」
そこでカーライルは首を傾げた。
「で、彼らは従うと?」
「お前にあそこまで言われたんだ。逆らえるやつなんていないよ」
「物わかりがよくて大変よろしい」
「それで――どうしてあそこまであの受験生にこだわるんだ? 俺には教えてくれるんだよな?」