13:10 ローラ
俺はブレインと別れた後、教室に向かわず屋上へと向かった。歩いている間に昼休みの終わりを告げる鐘が聞こえる。
本来なら教室へと戻るべきだが――俺はやや後ろめたさを感じながら人気のいない廊下を歩いた。
階段を上りきり、ドアを開けて屋上へと出る。
もちろん、俺以外は誰もいない。
柵の向こう側に青空と王都の街並みが広がっていた。
俺が所在なげに屋上を歩いていると、不意にドアが開いた。
……?
ローラが来るには少し早い気がするが――
「よお、不良生徒。何やってるんだ?」
「……フィルブス先生」
フィルブスがそこに立っていた。
フィルブスはつかつかと俺に近付いてきた。
「教室とは違う方向に歩いているお前を見つけてな……後を追わせてもらった」
授業のサボりを教師に見つかってしまった。
これはまずい気が……。
と思っていたら、フィルブスが意外な言葉を口にした。
「授業をサボったのは目をつぶってやる」
「……?」
「俺はお前に用事があったんだ。時間をくれないか?」
……今日はやたらと人に声を掛けられるな……。
俺は即答した。
「無理です」
「おいおい! 冷たいやつだな!」
「……ローラとの約束があるんです。ここに来たのもその待ち合わせのためです」
「ローラとの……?」
フィルブスは驚いたが、すぐ納得したような表情を浮かべた。
「ローラがね……。マジメなあいつが授業をサボるとなると普通の事情ではないな。理由を話してくれないか?」
「……わかりました」
少し悩んだが、俺はうなずいた。
この状況で秘密にすればフィルブスは納得しないだろう。それに昨日の騒ぎに関する話なのだ。教師であるフィルブスの耳に入れるのは間違いではない。
俺はローラから聞いたリズの疑惑をフィルブスに話した。
「なるほど……そんなことが……」
フィルブスは難しい顔でうなずいた。
「わかった、そういう理由なら構わない。だけど、俺も同席するぞ」
「お願いします」
「……リズは少しおかしいところがあるのも事実なんだ」
「おかしいところ?」
「あいつはそんなに成績がよくない生徒でな。一学期の試験は落第すると思っていた。それが、わりといい成績で通過したんだよな」
フィルブスは首を傾げた。
「あの急な成績の伸び――何かあるのかもしれない……」
と言った後、フィルブスはこう続けた。
「ま、俺の気のせいかもしれないけどな!」
話はそれだけだったようなので、俺は次の話を振った。
「……フィルブス先生の用事は何ですか?」
「闇の印が盗まれた」
「……え?」
闇の印?
なんだそれは?
「昨日の夜の騒ぎに乗じてな。ま、いくつか他のも盗まれているようだが――たぶんカモフラージュだ。本命は闇の印だ」
「誰が?」
「おそらくはブレインを襲った黒ずくめ――闇だ」
「闇……」
俺は少しばかり混乱した。闇の印に、闇? 何かの固有名詞のようだが……。それにどうしてフィルブスは一介の生徒にすぎない俺にそんな話をするのだろう?
「ことが起こったら、お前に渡してほしいものがあるってカーライルから頼まれていてな……」
「カーライルから?」
「……今はいい。話はローラの件が片付いてからにしよう」
フィルブスが屋上に続くドアへと目を向けた。
「どうやら来たらしい」
階段を上る足音がドアの向こう側から聞こえる。
がちゃりとドアが開いた。
ローラとリズの二人が姿を現す。
「……え?」
リズは俺とフィルブスの姿を見るなり固まって――ローラにこう言った。
「人がいるみたいだし、場所変えようか?」
「いえ。ここで――」
ローラはそう返したが、やや困った顔でフィルブスを見た後、俺を見た。
……フィルブスの登場は予定外だな……。
「フィルブス先生にも同席してもらうことになった」
俺の言葉でローラはすべてを察したようだった。
「リズさん、実はお話を伺いたくてここに来てもらいました」
「……そ、そんな……二人だけだと思ったから来たのに……貴族のお兄さんに先生までいるなんて……」
困ったような様子でリズはローラを見た。
ローラは辛そうな顔でリズを見つめ返す。
「……だましたみたいでごめんなさい……でも、話して欲しいです」
「……リズ」
割って入ったのはフィルブスだ。
「悪いが、昨日の夜に関する話となると俺も見逃してやれない。ここで帰っても、どっちみち俺は後からお前に訊くだろうぜ」
フィルブスの言葉にリズは渋面を作った。そして、わざとらしくため息をつく。
「……いいけど……何を話すの?」
ローラは昨日の夜のことを話してリズに問うた。
「――あのとき、わたしはリズさんを見かけました。でも、リズさんは誰とも会っていないと言いました。どうしてですか?」
「……え、そうだった、の? うーん、気づかなかったなあ……」
リズはそう答えた。
だが、その顔と声には平静ではなく焦りと戸惑いが浮かんでいる。
……どうも嘘をつくのが苦手な人間らしい。
「ほら、アンデッドに追われていたから! 慌てていてローラさんだって気がつかなかったんだよ!」
「……あのときの様子は逃げているようには見えませんでした。普通に歩いてましたよね?」
「……う」
困った様子でリズが後ろに二歩三歩と下がる。
……どうも嘘をつくのが苦手な人間らしい。
「リズさん、なにか隠していませんか? 本当のことを話して欲しいんです。わたしはあなたの力になりたいんです!」
それでもリズは声を張り上げた。
「そんなの! ローラさんの勘違いだよ! ローラさんには関係ないでしょ! 変なこと言わないで!」
ローラは言い返さない。
優しいローラは論理よりも感情で攻められると弱いのだ。
「――関係なくはない」
だから、俺は割り込んだ。
「ローラは君を追いかけて高位アンデッドのデュラハンに襲われて死にそうな目にあったんだ」
「……え、ローラさんが……?」
リズの言葉にローラが小さくうなずく。
「大丈夫です。アルベルトさんが助けてくれましたから」
「……どうして? どうしてそんな目にあっているのに……わたしのことを考えてくれるの?」
わからない、という様子でリズが首を振る。
ローラはリズをじっと見て言った。
「あなたが心配だからです!」
ローラの言葉に、リズはびくりと身体を震えさせた。
それはきっとローラの真心から出た言葉なのだろう。ローラは本当に心の底からリズを心配している。
その言葉はリズの心に届いたようだった。
リズはふらりとよろめくと、悩んでいるような様子で手をせわしくなく動かしている。
苦しそうな顔でローラを見た。その目から涙があふれる。
そして――
「助けて、ローラさん……怖い……」
絞り出すような声でそう言った。
「……わたし、殺されるかもしれない。死にたくない!」
まるでそれは悲鳴だった。
俺もフィルブスもローラも思わず身を乗り出す。
ローラがうなずいた。
「大丈夫です! ここにいるみんな、絶対にリズさんを見捨てたりはしませんから!」
リズはほっとした笑みを浮かべ、観念した様子で口を開く。
「……あのとき、わたしは操られていたの。わたしは闇の――」
そこまで言ったときだった。
突然、リズが頭を抱えて声を上げた。
「ああああああああああああああああああああああああああ!」
「どうしたんですか、リズさん!?」
慌ててローラがリズに駆け寄る。
そのとき――
俺は見た。リズの目に宿る狂気を。その身体から闇の鱗粉のようなものが吹き上がるのを。
「離れろ! ローラ!」
俺の言葉にローラが反応するより早く――
リズの手がローラの胸に触れた。
「インパクト」
短い言葉。
直後、発生した衝撃波でローラの身体がはね飛んだ。
水・日更新です! と言いつつ、今日は土曜日ですね。しばらく週末は土曜の夜~日曜の範囲で更新します。
……日曜までには更新されている、そんな感じで。




