ローラを救え!
どん! どん! どん!
ドアの向こう側から激しい音が響き渡る。音がするたびにドアがきしみを上げる。
そんな様子をローラは息を詰めて眺めていた。
ドア一枚をへだてて高位アンデッドのデュラハンがいる。ローラが逆立ちしても勝てない強者が。
ローラは身体をこわばらせる。
(……誰か……!)
そんな祈りも、そんな願いも――
簡単には現実を救わない。
大きな音ともにドアが真っ二つに引き裂かれた。
「――!」
べきべきとドアの破片を押しのけながら、鋼鉄の鎧がのっそりと教室に入ってくる。
デュラハンは奧の窓際にたたずんでいるであろう標的のほうに身体を向けた。
だが、そこには――
もうローラはいなかった。
ローラは窓際からすでに移動していた。デュラハンが入ってきた教室後方のドアとは逆、前方のドアまで。
デュラハンが入ってきたら逆側のドアから出る。
ただそれだけの作戦。
だが、それでいい。逃げ延びるための策に独創性などいらない。
ここは特別教室で、複数の生徒が座れる大きな机が並んでいる。
ローラはハードロックのドアが時間を稼いでいる間に机を動かし、入ってきたばかりのデュラハンと前方のドアの間を遮って一直線に向かってこれなくしていた。
一瞬だけ……数秒くらいは稼げるはず。
その数秒こそが!
祈りも、願いも――
簡単には現実を救わない。
ならば。
己のあがきで現実を切り開くだけ!
ローラはハードロックを解除するための言葉を口にした。
前方ドアのロックが消える。
(……今だ! 逃げないと!)
最初からずっとローラは教室に入ってきたデュラハンを見ていた。
だから、死なずにすんだ。
(……なッ!?)
ローラは反射的に後ろに下がった。
後ろに、下がった。
ドアを開けて逃げるだけの時間はないと判断したから。
それは正しい判断だった。
デュラハンはローラが動かした机を避けて移動することはしなかった――その机を持ち上げて、いきなりローラ目がけて投げたのだ。
「わっ!?」
後ろに下がったローラの眼前で、机が壁に激突した。けたたましい音を立てて机の残骸が散らばる。おかげでドアの前は塞がれてしまった。
破片をどける時間はない。
つまり、使えるドアはデュラハンの背後にあるものだけだ。
それでも、ローラは諦めなかった。
「マジックアロー、マジックアロー!」
白い矢を立て続けにデュラハンめがけて放つ。効かない。そんなことはわかっている。
それでもあがくしかないのだ。
デュラハンはローラの攻撃などお構いなしに距離を詰めてくる。
ローラは教室中を逃げ続けた。
少しでも時間を稼ぐために。それが意味のあることなのか。そんなことを考える余裕もなかった。
だが、結局のところ――それは時間稼ぎ以外の意味はなかった。
ローラは教室の隅に追い詰められていた。
がしゃん、がしゃん。
デュラハンが近付いてくる。その鋼鉄の手につかまればローラのか細い首などたやすくへし折られるだろう。
死が。
死そのものが近付いてくる。
恐怖のあまり、ローラは目をつぶった。
ローラはやれるだけのことをやった。きっと何かが起こると信じて必死に逃げ続けた。時間を稼いだ。
だけど、その悪あがきももうここまで。
万策は尽きた。
己のやるべきことはやった。
できることなどない。
すべてをやり尽くしたのだ。
だから、最後にローラは、いつも自分を助けてくれる存在の名前を心の奥底から叫んだ。
そこまで積み上げた末の――
「アルベルトさん、助けてください!」
そんな祈りならば、そんな願いならば――
きっと現実も変わるのかもしれない。
「マジックアロー!」
聞き覚えのある声の後、デュラハンは爆散した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺たちは全速力で夜の校舎を駆け上る。
教室に飛び込んだ瞬間、その声を聞いた。
「アルベルトさん、助けてください!」
声の主など――考えるよりも早くわかる。
ローラだ。
反射的に俺は右手を向けて叫んだ。
「マジックアロー!」
俺のマジックアローの直撃を受けて鋼鉄の鎧が砕け散る。
その破片はばらばらと床に転がり、他のゾンビたち同様に消えてなくなった。
その奧にローラがいた。
「ローラ! 大丈夫か!」
呆然とした顔でローラが見ている。
「……アルベルトさんなんですか……本当に、アルベルトさん?」
「そうだ。アルベルトだ。もう心配しなくていい」
俺が近付くと、ローラはまるで呪縛から解き放たれたように動き出し――俺に抱きついた。
「本当に! 本当に! アルベルトさんが来てくれるなんて……! ありがとうございます!」
危ないところを助けられたせいか、ローラは感極まっているようで俺をしっかりと抱きしめている。
俺は俺で少しばかり困ってしまった。
怖い目にあっていた女の子が俺を頼ってくれたとき、どう反応すればいいのだろうか。
あと――視線が。
「……尊い……」
そんなことを言いながらフーリンが両手を組み合わせて俺たちを見ている。
尊い――どういう意味だろうか……。
「……外でアンデッドが来ないか見張るぞ……!」
フィルブスがそんなフーリンを引きずって外に出ていった。
やがて、ぐすぐすと鼻を鳴らしながらローラが俺から離れる。
「……ご、ごめんなさい……! その、ちょっと感情的になってしまいました……!」
「……いや、いい……」
俺は少し悩んでから、ローラの肩に手を置いた。……少しでも落ち着いてくれればいいのだが。
「もう大丈夫だから」
「はい!」
満面の笑みでローラがうなずく。
「ローラが無事で本当によかった」
それは俺の心から出てきた言葉だった。
「戻ろう」
俺はローラとともに教室を出た。
外ではフィルブスとフーリンが待っていた。
「もう大丈夫か、アルベルト?」
「はい。戻りましょう」
フィルブスに俺はうなずいて返す。
フーリンのほうはまだ興奮気味なのか、
「ええもん見せてもらったわー……」
頬に手を当てながら意味不明なことをつぶやいている。
どうしたんだろう、フーリン。さっきから挙動不審だが……。少しばかり俺はフーリンが心配になってしまった。
俺たち四人は連れだって階段を降りていく。
ローラとフーリンの会話が後ろから聞こえてきた。
「ローラさん、やっぱり図書館からここまで逃げてきたの?」
「はい、急にゾンビが現れて……あれは何なんですか?」
「わからないのよね……」
そのとき、会話が不意にやみ――
「あ、あの! あの!」
とローラの慌てた声が続いた。
俺が振り返ると、階段を降りる道から少し離れ、廊下をのぞき込んでいたローラが手をばたばたと振っていた。
「どうしたんだ、ローラ?」
「あそこなんですけど……」
俺が声を掛けると、ローラが廊下の先を指さした。そこにはライティングの輝きが煌々と輝いていた。
こんなところにライティング……?
「あれ、わたしが作ったものじゃないですよ……」
ローラがそう言った。
ということは、他の誰かが残したものだ。
……いったい誰だろう……。
「行くぞ」
言うなり、フィルブスがずんずんとライティングの光源に近付いていく。それは教室のドアの前にあった。
フィルブスはドアに手をかける。
ドアはぴくりとも動かなかった。
「これ、ハードロックがかかってるな……」
それから、ドアに埋め込まれたガラスから室内を確認する。
「――おい」
フィルブスの声が硬質さをまとう。
「誰か倒れているぞ。……それも二人だ」
ドアに手をかけたまま、フィルブスは言った。
「ディスペルマジック!」
魔力消去の魔術がドアにかかったハードロックを打ち消す。
俺たち四人は教室へと入った。
「おい、大丈夫か! おい!」
そう言ってフィルブスが床に倒れている学生を抱き起こす。
その顔は俺も知っていた。
学年首席――ブレイン・ミルヒス……。
ブレインはフィルブスの声に反応して、う、ううう……と呻いている。どうやら命に別状はないらしい。
部屋にはもうひとり倒れている生徒がいたはずだが――
ローラは女子生徒の前に立ち、割れたような声でつぶやいた。
「リズさん――」




