闇の御子――ルガルド、王都に帰還する
王都の往来を二人の男女が歩いていた。
ひとりは美しい女性だ。
色白の肌に腰まではありそうな長い銀髪、それを頭の高いところでまとめて後ろに垂らしている。
背の高い女だが、その隣にいる男も見劣りしない長身だった。体つきも筋肉質でがっしりとしている。
赤髪黒目――顔立ちは整っているが、甘い貴公子然とした様子はかけらもなく、武張った戦士にふさわしい強さが顔に出ている。瞳には鋭い光があり、猛禽類のような雰囲気を感じさせた。
隣を歩く女が笑う。
「どうかしら、ルガルド。久しぶりの王都は?」
からかうような口調の女に男――『闇』の首領、ルガルドはじろりとにらむ。
「やめてもらおうかな、ファルティマ。その名をここで呼ぶのは」
「うふふふ。大丈夫よ、誰も聞いていないから」
ここは王都のメインストリート。もともと多かった人通りは王国祭に向けてさらに増えている。人々は陽気な喧噪のなかを慌ただしく行き来していた。無数の雑音が二人の会話をかき消すだろう。
女が話を続ける。
「そんなに心配ならいつもの仮面をつけてきたら? 誰もあなたと気づかないけど?」
「変質者扱いされて衛士にすぐ職務質問されるだろうが……」
闇の神殿でつけていた仮面はルガルドの趣味ではなかった。
あれは闇の御子として与えられた祭具のひとつ。神殿では他者への示しとしてつけているが、外でかぶる気にはなれない。というか、かぶって出歩いたら捕まる自覚がルガルドにはある。
「冗談よ、冗談」
あはははは、とファルティマが笑う。
「心配しなさんな。その指輪があれば知り合いと真正面から出会わない限りは大丈夫じゃないかしらね」
ルガルドは右手の人差し指に指輪をつけていた。
魔力の込められた指輪を。
黒髪のルガルドの髪が真っ赤なのは指輪の影響だ。他者の聴覚に対する認識阻害の効果もあってルガルドの声に対する印象を曖昧にもする。昔のルガルドを知っている人間に声を聞かれても同一人物とはすぐに気づけないだろう。
「……そうだな」
そう答えつつも、ルガルドはこうも思う。
(……指輪が無くても昔の知り合いは俺に気づかないかもな……)
ルガルドは己の顔を撫でる。
感情の欠けた冷たい表情をしていた。目つきも鋭いだけで優しさも暖かみも消え去っているのを知っている。
明るくてみんなの中心にいた昔の自分――
きっと、そのときの自分からは想像もできない顔立ちだろう。
隣のファルティマがまた口を開く。
「だけど、いいのかしらね。首領さまが自ら王都に潜入だなんて」
そう言ってから、こう続けた。
「これ、罠よ」
「……わかっている」
ルガルドたちの狙いは王都にある『闇の印』。
今まで学院の奥深くに秘蔵されていた宝物が王国祭を機に一般公開されるからだ。
そして、そのタイミングでの宮廷魔術師カーライルの外出。
あまりにもできすぎている。
「おまけにこれ見よがしの宣伝だ……さすがに赤子でもわかるさ」
「わかっていて飛び込むと?」
「……飛び込むしかなかろう」
闇の印。
それはルガルドたち闇にとって重要なアイテムなのだ。
手に入れる千載一遇のチャンスとあれば――たとえ相手が意図的に造り出したものとわかっていても――無視はできない。
ルガルドはカーライルの顔を思い出す。学院時代の一年後輩。特に接点はなかったが、その才能はルガルドも知っていた。
カーライルの整った容貌がいたずらっぽく笑う。
――君たちの欲しい餌は用意した。存分に食いつきたまえ。
餌の周囲をこれ見よがしに牢獄で囲んでおきながら、あの天才はそんなことを言うのだ。
喰えない男という噂は知っていたが――
本当に喰えない。
「ま、いさぎよいけどね」
くくくく、とファルティマが笑う。
「隠されたって罠なのは丸わかりだものね」
丸わかりの罠なら恫喝に使え。
見せびらかして相手を追い詰めろ。
刃をこちらの喉元に突きつけてカーライルは問うている。
――飛び込む勇気はありますか?
そんな宮廷魔術師の底意地の悪さがよくわかる。
「せっかくお誘いいただいたんだ。むげにするわけにもいくまい。正面から突破して獲物をいただくだけだ」
「気の強いことね。だけど、気づいてる?」
ファルティマが美しい口元を緩めてこう続けた。
「それって、まんまと相手の挑発にのせられてるってことよ?」
「わかっているさ――挑発にのった上で相手の狙いを打ち砕く」
そのために最大戦力――首領のルガルドが出張ったのだ。いざとなれば魔剣ダーインスレイブもある。力技で押し切るのみ。
ファルティマが話を続ける。
「罠に飛び込むのは仕方がないけど……さすがにルガルドはないでしょ? うちってそんなに人材不足だったっけ?」
「人材が足りないのは事実だな」
ルガルドは死んでしまった配下を思い出す。
「紋章師を失ったのは痛かった」
グリージア湖沼での戦いは勝利目前と報告を受けていた。それがまさか紋章師の死亡で幕が下りようとは。
「ハーミット、むっちゃうろたえていたよねー」
その様子を思い出したのかファルティマが笑う。
ハーミットというのはルガルドの元にいる老人のことだ。
「そそそ、そんなバカな!? 儂は紋章師の口から確かに優勢と聞いたのですぞ!?」
ファルティマがハーミットのモノマネをする。
意外と似ていた。
「お爺ちゃん腰抜かすかと思ってわたしもビックリ」
あはははは、と笑ってからファルティマが続ける。
「だけど、いったい誰なのかしらね。あの紋章師の絶対防御を打ち破るなんて。そこらの人間にできる芸当じゃないのだけど」
「……白い矢の魔術師……」
「白い矢?」
「ハーミットから聞いたんだが、異常に強力な白い矢を放つ魔術師がいる――そう紋章師が言っていたらしい」
ひょっとすると紋章師はその魔術師にちょっかいを出して返り討ちにあったのかもしれない。
リザードマンたちが何か情報を持っているかもしれないが、現在グリージア湖沼は王国の厳重な監視下にある。そう簡単には話を聞けないだろう。
「ファルティマ、白い矢と聞いてどんな魔術を思いつく?」
「うーん……」
第四位――四〇〇以上の魔術を操るファルティマは口元に指をあてて考える。
「……マジックアローかしらね……」
「マジックアローか」
昔は学院に通っていたルガルドもそれだと思った。だが――
「そんなもので紋章師を殺せるとは思えないな」
「同感ね。……あとはオリジナル魔術かしら。それだと何でもありになるのだけど」
ファルティマが首を傾げた。
「……あのしぶとい紋章師に逃げ出す暇も与えず殺す魔術師……。正直、出会いたくないものね」
「同感だな」
だが、おそらくは出会うのだろう。ルガルドはそう予感した。
紋章師を殺すほどの使い手。多くの運命と思惑が交錯するこの状況で出てこないはずがない。
いったいどこの何者なのだろう。
(……誰であろうと関係ない。邪魔をするならば斬るのみ)
ルガルドはそう冷たく思うだけだった。
週2更新(水・日)です。
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