入学試験の第二実技はディスペル・マジック(俺、使えないんだけど……)
ふたつ目の実技試験は魔力解除――ディスペル・マジック。
困ったことに俺が使える魔術はマジックアローのみ。
……つまり、俺の落第はここで決まってしまった。
そんな俺にローラが言った。
「大丈夫です!」
「え?」
「今から覚えましょう! わたしが教えますから!」
「んー――」
俺は即答できなかった。
なぜなら、俺はその結末を知っているからだ。
一〇年前の俺は魔術学院で死ぬほど勉強した。朝から晩まで、自分があると信じた才能を証明するため、ずっと勉強し続けた。
さんざん勉強したが、なにひとつ身につかなかった。
ディスペル・マジックもそのひとつだ。
なのでローラから即興で教えてもらっても結果は変わらない。
……だが。
「そうだな。よろしく頼むよ」
俺はローラにそう答えた。
もう無駄だと判断して家に帰っても稼げるのはわずかな時間だけ。
あいにく暇人の俺には時間だけは売るほどあるのだ。
それならば最後まであがくのも悪くはない。
それにせっかくローラが親切心で言ってくれているのだ。むげに断るのも気が引ける。
試験官が大声で指示を飛ばした。
「次の試験は教室でおこなう。ついてくるように!」
試験官と一緒に受験生たちがぞろぞろと移動し始める。
ローラが早口でディスペル・マジックを教えてくれるのを聞きながら俺はそのあとをついていった。
教室に着くなり受験生たちは着席させられた。
試験官が言う。
「これから筆記試験をおこなう! また、並行して第二実技試験もおこなう。担当官がひとりずつ呼びにくるので、呼ばれたものは教室を出て指示に従うように!」
そして、筆記試験が始まった。
筆記試験が始まってしばらくすると、別の試験官が教室にやってきた。
「ナンバー389! 第二実技試験だ!」
ナンバー389。
俺だ。
第一実技試験のときもそうだったが、どうやら俺はこのグループで一番最初の番号らしい。
やってきた試験官に連れていかれたのは校舎の別の場所にある自習室だった。
パーティションで区切られた小部屋が整然と並んでいる。
俺を連れてきた試験官が机の上にある壺に手を掛けた。そして何かをつぶやく。壺がぼんやりとした明かりをまとった。
試験官は俺に壺と小さな計器を俺に差し出した。
「この壺に魔術を仕掛けた。君にはそれをディスペルしてもらう。制限時間は一〇分だ。一〇分後、この計器のベルが鳴るから、そうなったらできていなくてもここに戻ってくるように」
なるほど。そういう仕組みか。
俺は小部屋のひとつに移動した。
小部屋には小さなデスクがしつらえられている。俺はその上に壺と計器を置き、イスに座った。
さて。
やってみるか……。
俺は壺に手を当てた。そして、学生時代に何度も何度も練習したディスペル・マジックの理論を頭に浮かべる。
学生時代以来の実践――つまり、一〇年以上ぶり。
何かの間違いで使えるようになっているといいのだが。
俺は深呼吸してから引き金となる言葉を口にした。
「ディスペル・マジック」
……。
何も起こらない。依然として壺はぼんやりと光っている。
やはり俺はディスペル・マジックが使えないようだ。
それはそうだろう。
何もしていないのだ。一〇年前に使えていなかったものが、いきなり使えるようになっているはずがない。
そんなお気軽な奇跡は起こらない。
俺はため息をついた。
だが、起こってもらうしかないのだ。それにすがるしかないのだ。ディスペル・マジックを使う以外にここを突破する方法はない。
「ディスペル・マジック」
「ディスペル・マジック」
「ディスペル・マジック」
「ディスペル・マジック」
「ディスペル・マジック」
俺は何度も挑戦した。学生時代の記憶を何度もたどり、何度も引き金となる言葉を口にする。
反応はない。
まるで一〇年前の再現だ。俺がどれだけ願っても望んでもマジックアロー以外の魔術は俺に振り向かない。力を貸さない。
そんな嫌な記憶が俺の頭に浮かび上がった。
「ぐぅ……!」
集中力が途切れた。気分が悪くなった俺は大きく息を吐き、右手で胸をかきむしる。
くそ……やっぱりダメなのか……。
ちらりと計器を見ると、残時間は一分。もう時間はない。どうやらタイムアップは避けられそうにない。
だが、諦めかけたそのとき――
閃光のような思考が俺の脳内を駆け巡った。
え?
その閃きは俺にこう言った。
その壺をマジックアローで撃て。
いや、違う。
正しくはこうだ。
その壺にかかっている魔術そのものをマジックアローで撃て。
まだ俺にもその天啓の意味がわからなかった。壁の一点をじっと見つめながらその言葉を何度も考える。
壺そのものではない。
壺にかかっている魔術を打ち抜く。
本当にそんなことができるのだろうか? 確かにできるのなら、ディスペル・マジックと同じ効果が得られそうだが。
俺の常識が邪魔をする。
そんなことができるはずがないだろうと。
マジックアローは物理的な破壊の魔術。魔力のような形をともなわないものに効果などあるはずがない。
しかし、俺はこうも思うのだ。
九九九の魔術が振り向かなかったこの俺を最初から最後まで見捨てなかったのはマジックアローだけ。
こいつならば――
やってくれるのではないか?
残り時間は一〇秒。
もう考えている時間はない。
はあ、と俺は息を吐いた。そっと壺に手を押し当てる。
俺は俺の心の信じる方向に賭けた。一〇年ぶりの挑戦なのだ。せめて悔いなく終わりたい。失敗しても安物の壺が割れるだけ。謝れば許してくれるだろう。
目を閉じて壺の表面をなぞる。
そこに宿る魔力の痕跡を少しでも意識に焼き付けようと集中する。
時間はない。
だが、焦らない。
精度を――少しでも精度を上げるんだ……。
やがて。
ぴっ。
計器がやかましい音を鳴らし始めた。同時、俺は目をかっと見開き、もうどれほど繰り返したかわからない相棒の名を口にした。
「マジックアロー」