アルベルトさんならできます!
俺は大村長の言葉に反応した。
「それは――解けてしまえば、いけにえに捧げても意味はないということか」
「……そうですな」
「解けるのはいつだ?」
「わかりませぬ。ただ、私の生きている間に五年から二年――急速に縮まっております。あと五年か一〇年か三〇年か……しかし、五〇年はもたないでしょうな……」
そう遠くない未来、九頭龍は解き放たれる。
山のように大きな九本の首を持つ竜。毒をまき散らし近付くだけで殺す化け物――
そんなものが現れればリュミナス領は大変なことになる。
もう効果を失いつつある封印。
命が助かったことを喜ぶいけにえの女の声と涙。
であるのならば――
俺は静かな決意とともに大村長へと声を掛けた。
「……解けるのはいつだ?」
「は?」
大村長がぽかんと口を開ける。
「ですから、長くても五〇年先かと――」
「違う」
俺は首を振った。
「あの女をいけにえに捧げなかった場合、九頭龍が復活する日だ」
「――!」
大村長とローラの目が開く。
「そ――それは、どういうことですかな? 九頭龍の封印を解く、ということですか?」
「どうせ、じきに解ける封印なのだろう? もう解いてしまってもいいだろう」
あの女に再び死ねと言う気には――俺はなれなかった。
ならば、やってみる価値はあるだろう。
……この旅で知ったのだが、どうやら俺のマジックアローは人の役に立つくらいには強いのだから。
「俺が九頭龍を倒す」
しん、と部屋が静まった。
ローラが慌てた声を出す。
「……で、でも、アルベルトさん! 九頭龍は近付くだけで毒で死んじゃうんですよ!? どうやって――!?」
「忘れたのか、ローラ。俺のマジックアローの射程距離は――」
俺は本日二度目の言葉を口にし――
「あ、13km! 大丈夫ですね!」
「……ああ……」
ローラに割り込まれた。
どうやら覚えられてしまったらしい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「言い伝えによると、封印は新月の夜を迎えるたびに弱まるそうです。なので、九頭龍が目覚めるのは次の新月――つまり、三日後です」
「わかった」
「……いけにえを捧げてしのぐのであれば、その日の朝までにご決断ください」
村長との話を終えて、俺とローラは提供された空き家に移動した。
部屋に荷物を置いて一息つくと、俺はローラに話しかける。
「なあ、ローラ」
「なんですか?」
「……俺は間違っているのかな……?」
俺はとんでもない賭けをしようとしている――それは愚鈍の俺にでもわかる。
いつ解けるかわからない封印とはいえ、少なくともまだ維持できている。それはこのリュミナス領に一時の平穏を与えるだろう。
それを捨てて、今この瞬間に勝負を決する。
「俺が勝てばいいが――負ければどうなる」
九頭龍はこの村を蹂躙し――いや、リュミナス領全土に破滅をもたらすだろう。
俺は知っている。
知ってしまった。リュミナス領に多くの人がいることを。
――なあ、アルベルトさん! 飯くらい食っていってくれよ!
そう気さくに言ってくれた村人たちのことを。
この地には日々を精一杯生きている人たちがいる。ささやかな幸福に満ちた日々を送っている。
俺が負ければ、彼らの生活もすべてが打ち砕かれる。彼らは死に故郷は毒に汚されるだろう。
彼らの平穏な日々を揺るがす権利が俺にあるのか。
「いけにえを捧げるのが正しいのだろうか」
それでつかの間の平穏を維持できる。
ただひとり――たったひとり――しょせんひとりの女の命。
リュミナスに住む大勢の領民の数年の平和となど比較にならない。
治める立場の人間ならば言うべきなのだ。
皆のために死ね、と。
それが領地を治めるものの覚悟なのだ。
「だけど――俺にはそれができないんだ」
耳に残っている。
助かった女の、死の恐怖から解放された喜びの声が。涙が。
あの女に死ねと俺は言えなかった。
リュミナス領民のために死ねと言えなかった。
あのとき、彼女を助けて本当によかったと思えた気持ちに目を閉ざすことができなかった。
だから、俺は思ったのだ。
女も助ける。
リュミナス領の皆も守る。
俺が――
九頭龍を倒すのだと。
しかし、相手は『龍』の名を持つもの。本当に勝てるかどうかわからない。
「俺は次期当主として失格なのだろうか――俺の判断は正しいんだろうか――」
怖かった。
この判断の上に無数の命があることを思うと。
この判断の上に無数の命があることを知ると。
真剣な表情で俺の声を聞いていたローラが、少し考えてからぽつりと言った。
「……わかりません。でも……」
ローラが話を続ける。
「あの女性に死ねというのは――楽な選択なんだと思うんです。ただひとりの命を使って後に回すだけ。何も解決していないと思います。九頭龍がやがて目覚める事実は変わらず、これから何人もの女性がいけにえに捧げられます」
そうだ。何も変わらない。
過去から続く悲劇も。
未来で起こる悲劇も。
「アルベルトさんは、それをひどい、と思ったんですよね? 助けたいと思ったんですよね? 変えたいと思ったんですよね?」
そうだ。
それこそが俺の初期衝動だった。
どうにもならないことで理不尽な死を受け入れようとする人に、死ななくていいと俺は言いたかった。
もう泣かなくてもいいと。
「困っている領民を助けようとする! その気持ちを――わたしは立派だと思いたいです! ただひとりの人間でも助けようとするアルベルトさんを! その努力をしようとするアルベルトさんを! その気持ちを、わたしは愚かだと笑いたくない!」
ローラの言葉が俺の心に響く。
それは勇気となって俺の気持ちを昂ぶらせた。
「勝てばいいじゃないですか! 勝つだけです! 古代の龍だろうが何だろうが! アルベルトさんなら勝てます!」
ローラは続けた。
「だって、アルベルトさんはいつも絶望を希望に変えてきたから!」
俺なりに何とかやってきた。頑張らなければいけない。どうにかしないといけない。その積み重ねをローラはそう言ってくれた。
俺の耳に言葉が響く。
――わたしは誰よりもそんなアルベルトさんを英雄だと信じます!
あの日から俺はローラの英雄になりたいと思い歩み続けた。
ローラが信じてくれるのなら――
「わたしは信じています! アルベルトさんの勝利を! 何事もなく勝って帰ってくる未来を! ――そして、一〇〇人のうちの九九人じゃない、一〇〇人を救ってみせる領主になって欲しいです!」
ローラの言葉が終わった。
緞帳のように沈黙が降りる。
俺の心は晴れ渡っていた。ローラの言葉のひとつひとつが俺の心に染み込んだ。広がっていた不安の雲を払ってくれた。
……そうだな。
弱い俺ならば気もひけるが、ローラの英雄はきっとこんなことで屈したりはしない。
ならば、俺もそうあろう。
「ローラ、ありがとう」
ローラの英雄なら、こう言うはずだ。
「勝つよ。そして、すべてを救ってみせる」
ローラは満面の笑みでうなずいてくれた。
「はい! アルベルトさんならできます!」
週2更新(水・日)です。
面白いよ!
続きが読みたいよ!
頑張れよ!
という方は画面下部にある「☆☆☆☆☆」から評価していただけると嬉しいです!
応援ありがとうございます!




