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入学試験の第一実技はマジックアロー

 昼ごろ、魔術学院の入学試験が始まった。


 学院の広い校庭は受験者たちでごった返している。王都の学院は魔術の学び舎としては最高峰。国中から子供たちが集まっているのだから無理はない。

 中年の教師が高台から俺たちを見下ろし、挨拶している。


「若き才能たちよ! 君たちが今日この日に本学院の門をくぐってくれたことを光栄に思う! 君たちが最高の学府を望むように我々もまた最高の才能を求めているのだから! 我々は才能を持つものに門は閉ざさない! 己の才を示し、ぜひ本学院で学んでもらいたい!」


 それから長々と話を続けた後、こう切り出した。


「最後に! 諸君らには望外の光栄であろうが、今日は特別に宮廷魔術師カーライルさまが見学されたいとのこと! 今からお話をしていただくが決して粗相のないように!」


 そう言うと、男性教師は高台から降りていった。


 宮廷魔術師カーライル――

 その名前が出た瞬間、受験生がどよめいた。隣で教師の話を静かに聞いていたローラまでも、え、と言葉を漏らした。


 俺はローラにこっそりと訊いた。


「誰?」

「し、知らないんですか……?」

「ちょっと世事に疎くて」


 一〇年間引きこもっていたからなあ……。

 ローラがぼそぼそと説明してくれた。


「カーライルさまは学院の歴史においてもトップランクの才を持つ方で、今は宮廷魔術師をされています」


 宮廷魔術師――王家に直接仕えることを許された魔術師たちのこと。宮仕えの魔術師としては最高格だ。

「すごいんだな」

「本当に。二五歳で宮廷魔術師なんて異例ですよ」

「二五!?」


 思わず声を高くなる。俺は慌てて口を押さえて周りに頭を下げた。

 その座に就くのは簡単なことではない。

 才に秀でた魔術師が長年の研究と国家への貢献が認められてようやく就ける職業だ。

 なので、だいたいは経験豊富な年老いた魔術師の仕事なのだが。


「二五……本当に二五なのか?」

「はい。おまけに、その年齢でセブンスまで魔法を修めているとか」


 セブンス――それは七〇〇以上の魔術を操る魔術師の称号だ。

 二五で七〇〇以上。

 それは尋常な才ではない。

 魔術の世界に踏み入ろうとする受験生たちが興奮するのも無理はないだろう。

 ひょっとすると、伝説の魔術師一〇〇〇の魔術を操るマグナスを超えるほどの――


 俺はローラに聞こえないくらい小さく自嘲した。


 かたや、ひとつの魔術しか扱えない二六歳の穀潰し。

 かたや、七〇〇を超える魔術を扱う二五歳の宮廷魔術師。


 まさに月を見上げる亀のような気持ちだ。あまりにも次元が違いすぎて悔しい気持ちすらわかない。


 ローラの言うとおり、俺と年の変わらない男が高台に上った。

 フレームレスのメガネをかけた細身の男だった。男にしては長めの黄金の髪を肩まで伸ばしている。甘い顔立ちでさぞかし宮廷では貴族の女子から人気があるのだろう。


 男が姿を見せた瞬間、受験生たちが「おおおお!」と声を上げる。さっきの男性教師が「静かに! 静かに!」と繰り返した。


 どよめきがおさまってからカーライルが口を開いた。


「今日はご縁があって皆さんの受験を見学させていただくことになりました。とはいえ、特に皆さんの評価をするわけではなくてですね、試験が適正に行われているのか監査に来ました。なので緊張するべきなのは皆さんではなく学校の教師なので、その辺は勘違いしないでください。緊張したら緊張し損ですよ、受験生の皆さん?」


 軽妙なトーンでカーライルが軽口を並べる。


「まー、でもですね。王立魔術学院さんですから、その辺に問題があるはずもないと思っておりまして。もう『問題なし』の報告書は作っていてサボり放題な状況だったりします。なので皆さんの頑張る姿を見て初心を思い出したい気持ちもありまして。少しばかり皆さんの雄姿を拝見させてもらおうと思っております。頑張ってください」


 にこりと会釈をすると、カーライルは颯爽とした足取りで高台から降りていった。

 実にそつがない男だ。

 二五歳で宮廷魔術師に就任したのだ。その才はきっと魔術だけに留まらないのだろう。

 ま……どうでもいいが。

 成功の道をひた走るあの男と俺の人生がこれ以上に交差することもないだろう。


「それでは試験を始める!」


 男性教師が大きな声を張り上げた。


 俺たちは割り振られた番号単位でグループにわかれ、担当試験官のもとへと向かう。俺とローラは同時に受験登録したので同じグループでの班分けとなった。

 担当試験官である中年の男が口を開いた。


「これより、マジックアローによる第一の試験を執り行う!」


 担当試験官の指が後方を指した。そこには、支柱に張り付けられた、直径が人間の両手を広げたくらいの的があった。


「ここの緑ラインからマジックアローを三発撃ってもらう! 距離は三〇メートル! 君たちの魔術の制御能力を見せてもらう!」


 懐かしい気持ちになった。

 一〇年前も俺は同じ試験を受けたからだ。

 変わっていなくてよかった。変わっていればこの時点で俺は退場になるからだ。

 もちろん、変わっていないのは偶然ではない。

 マジックアローとは魔術の基本なのだ。多くの魔術師がマジックアローを最初に習得する。

 そういう意味では試験科目として平等な選択なのだ。


「マジックアロー! マジックアロー! マジックアロー!」


 試験官が三発のマジックアローを立て続けに連射する。

 それらはかなりの精度で的の中央付近に着弾した。


「こういう感じだ。的には防護魔術をかけている。君たち受験生ごときの魔術で壊れることはないから遠慮せずに打ち抜いていい!」


 試験官が言葉を続ける。


「では受験番号順にテストを受けてもらう。ナンバー389! 前へ!」


 ナンバー389――

 ……俺か。


「行ってくる」

「頑張ってください!」


 ローラが俺を送り出してくれた。

 俺が集団から抜け出して前に出ると受験生たちがざわついた。

 断片的に聞き取れる内容からすると――


「学生じゃないよね、あの人?」


「けっこう大人だよな?」


 らしい。

 ……普通はそう思うか。魔術学院なのだ。受験生は圧倒的に一〇代の学生。名門だけあって浪人生もいるのだが、さすがに俺のような一〇年選手は珍しい。

 笑い声が聞こえてきた。


「年を考えろよな~」


 なんて声とともに。その声は決して多くはなかったが――内心で同じことを思っている受験生は多いのだろう。

 気にしても仕方がない。

 俺は緑のラインに立ち、的へと手を伸ばした。


「マジックアロー」


 俺の手から放たれた光の矢が的へと猛進し――

 ごうん!

 大きな音とともに的が木っ端みじんに砕け散った。




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以下の画像をクリック->[立ち読み]で少し読めます。

shoei
― 新着の感想 ―
[一言] >まさに月を見上げる亀のような気持ちだ。あまりにも次元が違いすぎて悔しい気持ちすらわかない。 >>この世界でも「月とスッポン」と言う諺がある、と言う喩えでしょうか。でもスッポンはスゴいんで…
[一言] ブックマーク登録させていただきました。 今後も更新頑張って下さい。
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