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男爵リヒルト・シュトラム(上)

「ありがとうございます、助けてくれて!」


 逃げてきた兵士たちの隊長らしき男が俺たちに言った。


「自分の名前はリヒルト・シュトラムと申します!」


 長身の若者だった。年の頃は俺より若い。まだ二〇かそこらではないだろうか。人の良さそうな顔をしている。

 リヒルトは兵士たちの中では比較的軽傷だった。彼が話している横で部下たちが医療用キットで応急手当をしている。


「あいつらが今回の敵のリザードマンかい?」


 フィルブスが倒れているリザードマンをあごでしゃくる。


「はい」


「おかしいな……。本隊が布陣しているのはここじゃないだろ。どうしてこんなところに」


「俺たちは別働隊なんです」


「別働隊?」


「本隊とは別に用意された小さな部隊です。で、本隊が進撃する前に突撃を命じられまして」


「その人数で? ……ははーん」


 何かを察したようにフィルブスが言う。


「そりゃ大変だったね」


「で、言われたとおりリザードマンたちを挑発したんですけど、強すぎてですね――これは支えきれないと思って後退することにしました。必死に逃げまくったら、こんな主戦場に遠い場所まで来てしまって。皆さんを巻き込んでしまいました」


「ま、俺たちも無事だったし、お前たちも無事だった。それでいいんじゃないかい?」


「そう言ってもらえると助かります!」


 部下たちの応急処置が終わったのを境にリヒルトが口を開いた。


「では我々は任務がありますので! 戦場に戻ります!」


「いや、いらんだろ。俺たちについて来い」


 などとフィルブスが言う。


「え!? しかし――」


「今さら戦場に向かっても意味なんてないさ」


 そして、とん、とリヒルトの胸をついた。


「若いんで使命感が勝っちまうんだろうがな――よく見ろ。お前の部下は疲労困憊、限界だ。初手の攪乱かくらんは成し遂げた。お前たちの仕事は終わっている」


 部下たちを見るリヒルトの顔に苦悩が満ちる。そんな隊長を励ますように部下たちはうなずいて返した。

 きっと彼は部下たちから好かれているのだろう。

 護衛の兵士が咳払いをした。


「フィルブスどの、私にも立場というものがあってな――」


「そうか、悪いな。じゃあ、こいつらを護衛に追加してくれ。ここは安全地帯じゃないってのがわかったからな。さすがに二人じゃ足りない。学院教師のファイアボールに耐える化け物だ――あんたらも死ぬのは嫌だろ?」


 そう言われて護衛の兵士たちも沈黙した。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 俺たちが本陣にたどり着いたのは夕暮れ時だった。

 俺たちを送り届けた後、護衛の兵士は事務局へと去っていった。

 リヒルトたちも軍への報告のため俺たちと別れることになった。


「お気遣いいただきありがとうございます。これからは隊長としてもっと周りを見れるように精進します!」


 そう言うと、リヒルト青年は部下たちとともに去っていった。


「俺たちは魔術師組の偉い人に挨拶に行くぞ。ついてこい」


 そう言って歩き出すフィルブスが歩き出す。

 周りから聞こえるのは浮かれた声ばかりだった。兵士たちは機嫌よく酒を飲み、歌を歌っていた。

 驚くほどの大勝利だったらしい。


「若いのにたいしたもんだよ、今回の大将は!」


「いやー、もう俺は一生あの人についていきたいね!」


 上機嫌に褒め称えている。

 いったい誰なのだろうかと俺は思った。

 くくくく、と笑った後、フィルブスが続けた。


「たいしたやつだ。たいしたやつだが――薄情者だな」


「どういう意味ですか?」


 ローラが訊く。


「さっき会ったリヒルトくんな、彼らは捨て駒だよ」


「――!?」


 ローラが目を見開いて息を呑む。


「リヒルトくんみたいな捨て駒を大量に用意してリザードマンの陣を攪乱、その後に本隊突入って感じの作戦だな。単純だが、リザードマンはバカだから悪くはない」


「そんな! 犠牲は少なくしないといけないのに――!」


「本隊には高級貴族の子息や――王国の要人に気に入られた人間がたくさんいる。そいつらを死なすわけにはいかない。手柄も立てさせないといけない。どうでもいいやつに危険を押しつけているのさ」


「でも――リヒルトさまは家名もあるし貴族ですよね?」


 ローラの言葉に、フィルブスはいたずらっぽく笑った。


「シュトラムね……聞かない名だ。せいぜい貴族とは名ばかりの貧乏男爵かそこらじゃないのかね。そういう奴らのほうが平民よりも使いやすいのさ。貴族だから国への忠義があり、貧乏な家のために馬車馬のように働くからな」


 ローラは悲しそうな表情で押し黙った。

 代わりに俺が口を開く。


「フィルブス先生、あなたはいろいろと見えているんですね」


 話を聞いていて感心してしまった。

 マジックアロー以外に取り柄のない俺はそんなことをちらりとも考えていなかった。

 フィルブスは薄く笑った。


「カーライルとのつきあいが長いせいかもな。あいつは裏しか読まないひねくれ者だからな。俺にも癖がついてしまったんだよ」


 そこでフィルブスが俺に笑いかけた。


「お前もカーライルとのつきあいが長くなるかもしれん。じきに昔の素直だった自分を恋しく思うかも知れないぞ」


 あの宮廷魔術師とのつきあいが長くなる――

 それはどういう意味なのだろうか。


 などと話しているうちに、フィルブスの目指す魔術師組の陣地にたどり着いた。


「本日着任いたしました、学院の教師フィルブスと生徒二名アルベルトとローラです。これより麾下の指揮に入ります」


 簡易的に組み立てられた建物の奧でフィルブスが魔術師組のトップであろう老齢の魔術師に挨拶した。


「期待している」


 老齢の魔術師は小さくうなずいた。

 挨拶はそれだけだった。実務は他の人間が担当しているらしく、フィルブスはその人間と話すことになった。


「お前たちには後で説明してやるから先に宿舎に戻ってろ」


 そんなわけで俺とローラが二人だけで陣地に出ると――


「あれ、アルベルトさんたちじゃないですか。また会いましたね?」


 そこに立っていたのはさっき別れたばかりのリヒルトだった。


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shoei
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