戦場への誘い(下)
アルベルトとローラが出ていったドアを見ながら、カーライルはため息をついた。
「……自分を嫌いになるようなことはしたくないね……」
年端のいかない女の子を、故郷への責任感をたきつけて戦場へと送り込む。
実に最低の行為だ。
「――カーライル大先生は自己嫌悪に陥ってまで、どうしてローラを戦場に送り込むんだい?」
まだ部屋に残っていたフィルブスが問う。
「アルベルトのためだよ」
「アルベルト?」
「僕が思うにアルベルトは糸の切れた凧のようなものだ」
「どういう意味だ?」
「彼自身に明確な意志も気持ちもない。風に流されて――流れるままに今ここにたどり着いた。だから、彼はここにいる。それだけだ。いつまでいるかはわからない」
「まー……そんな感じはするな、あいつ」
「浮き世離れした彼をつなぎ止め、導いているのはローラだろう。アルベルトを凧とするならローラは糸だ。アルベルトを正しい方向に導くためには彼女がいたほうがいいだろう」
「なるほどね……」
くくくくとフィルブスが笑う。
「そのために、それだけのために、お前は一五の――魔術師としてもまだ未熟な女の子を戦場に送るのか。悪いやつだな!」
「だから言っただろう? 自己嫌悪していると」
再びカーライルはため息をついた。
これだけ大規模な――負ける可能性もある戦いに少女を送り出したくなどない。
だが、いまだ我らの英雄は目覚めていない。
である以上ローラという存在が必要なのだ。
「でもまあ……ローラにとって悪い話でもないけどな」
フィルブスがそう話をつなぐ。
「村の件もあるが――ローラには才能がある。本人にも向上心がある。腕を磨くのなら戦場だ。無事に戻ってくればいい財産になる」
「それはそれで気がかりなこともあるんだけどね……」
そう言ってカーライルは額に手を当てる。
「気がかり?」
「ローラには才能がある。それもかなりのものが。面白い話をしてあげようか、フィルブス?」
「何だ。さっさと言えよ」
「王国はローラの村から出る白髪の才能を重用している。ゆえに大昔から村出身の魔術師について一定の記録が残されているんだ」
「ほう」
「それを紐解くと――ローラの髪の白さは歴代でも圧倒的なんだよ」
「あの、雪のように真っ白な髪か」
「そう。まるで厄災の魔女の再来のようにね」
あの村に出現する白髪の才能は、髪が白いほど強い魔力を有していると記録には残されている。
厄災の魔女の魔女と同じ真っ白な髪を持つローラの潜在能力は――
フィルブスは大笑いした。
「考えすぎだ、カーライル! 悪いが、ローラは性格もいいし勉学の態度も優秀だ! 厄災の魔女みたいになんてならないよ!」
「ああ、僕もその未来を楽しみにしているんだけどね」
英雄を導くための存在が厄災に変わる。
そんな黒い冗談をカーライルは望まない。
だが、カーライルは知っている。人の性格も、人生も、運命も、ほんの少しのことで変わってしまうことを。
フィルブスの否定が現実になることを――
カーライルは心の底からそう願った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「入れ」
父の言葉の直後、アレンジアは執務室へと入った。
大きな執務机の向こう側にリュミナス家当主である父が座っている。アレンジアはその前に立った。
「辞去の挨拶に来ました、父上。アレンジア・リュミナス、明日より王命に従い出立いたします」
父が大きくうなずいた。
「戦果をあげてこい、アレンジア。王もお前に期待している。だからお前を総大将に任命した。必ずトカゲどもを掃滅してこい」
「お任せください」
アレンジアは悲壮感のかけらもない顔でほほ笑む。
失敗などありえない、自らの未来に光しか見ていない――見えていない人間にしかできない顔だった。
父の言うとおり、アレンジアはリザードマン狩りの指揮を執ることになっていた。
王国は集落を叩きつぶすべく大軍を編成した。
侯爵の家柄とはいえ、わずか二五歳が率いるレベルではない。
にも関わらず王はアレンジアにそれを任せた。首席で名門校を卒業した後も名声を高め続ける麒麟児の才能に期待して。
王からのメッセージは明快だ。
――成功せよ。この成功があれば誰もお前に文句を付けられない。今後は国の要職を任せよう。
この任務が終われば、アレンジアはさらに大きく羽ばたくことになるだろう。
それはもちろん、当主である父も知っている。
「――お前の凱旋と同時に世継ぎを正式に発表する。もちろん、お前だ、アレンジア。勝利と栄光を手土産にリュミナス家にさらなる繁栄をもたらすのだ」
少し前に開いた大パーティーは王による息子アレンジアの大抜擢を周知するためのものであり、同時に彼がリュミナス家の当主に内定したと暗黙のうちに知らしめるためのもの。
そして――
次は誰もがうらやむ華々しい成功とともに大々的に公表される。
それはどこまでもリュミナス家の――アレンジアの名声を高めるだろう。
次の時代の中心となる家がどこかを貴族たちに知らしめるのだ。
アレンジアはにこりとほほ笑んだ。
「ありがとうございます。父上のお気持ちに応えられるよう、このアレンジア、立派に務めを果たして参ります」
そして、くるりと背を向けて部屋を出ようとする。
アレンジアは自分が失敗するなどかけらも思っていなかった。
なぜなら人生で失敗などしたことなどないのだから。
まるで、あのぼんくらの兄がアレンジアの全失敗を背負ってくれているかのように。
(ああ……そう考えるとあれにも生まれた価値はあったか……)
アレンジアはもう二度と会うことはないであろう愚鈍な兄を思い出し口内で暗い笑いを転がした。




