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狂乱の精霊

 鼻高々に精霊召喚をしてみせる! と叫ぶミスニア。

 それに声を掛けるものがいた。


「あ、あの――」


 ローラだ。いつの間にかローラはミスニアの近くに移動していた。


「や、やめたほうがいいと、思います……」


 ミスニアは汚いものでも見るかのような目でローラを見た。


「……あんたみたいのが話しかけないでくれる!?」


 それでもローラはひるまなかった。


「危険だと思うんです! この湖から精霊力の異変を感じます。そんな不安定な精霊を呼び出すのは――」


「異変? そんなの感じないけど? だいたい不安定だからって何なのよ! 精霊を抑え込むのが術士の腕の見せ所でしょうが!?」


「で、ですけど――」


 そこでミスニアの取り巻きがローラの前に立ちはだかった。


「お前みたいなのがミスニアさまに近づくな!」


「邪魔だよ邪魔!」 


 ローラは、うぅ、とうなると後ろへと下がった。

 ローラ……頑張ったな……。

 俺がミスニアを知っていたのはやはりローラ絡みだ。

 教室から飛び出したミスニアの肩が廊下を歩いていたローラにぶつかった。


「いたっ……!」


 顔をしかめるローラにミスニアは言い放った。


「……気をつけなさい! 呪われた村のあなたがわたしに触れるなんて……! ああ、気持ちが悪い!」


 ミスニアは取り出したハンカチでローラとぶつかった肩を心底汚そうに払っていた。

 立ち去るミスニアの背中を見ながら、ローラがしょんぼりしていたのを思い出す。


 ……ひどいやつだ。

 ローラの友達として俺はミスニアを良く思っていなかった。


 そのやりとりを知っているからこそ――

 悪感情を我慢してミスニアの身を案じたローラの勇気と優しさを褒めてやりたいと思った。


 本当ならこんな勝手なこと教師が止めるべきだろうが、フーリンは調査団のほうに行っていて不在だ。


 ミスニアが魔術を詠唱し始める。

 彼女が言葉を紡ぐごとに湖面が静かに揺れて波紋を広げた。それが何重にも重なりを増したとき、ミスニアは魔術を行使した。


「来たれ、水の精霊よ! コールスピリット!」


 ずん、と湖が揺れた。

 直後、岸辺から一〇メートルほど離れた場所に、ざばりと水の柱が吹き上がる。


 水の柱が消えた後――

 そこにはひとりの女がいた。


 湖面に馬が立ち、その上に美しい女が座っている。

 胸の辺りまで伸ばした長いストレートヘア。彫刻のように整った顔立ち。丈の長いドレスに身を包んで馬に横座りしている。

 女はため息がこぼれるほどに美しかったが――

 異常だった。

 なぜなら本人も馬も着ている服も含めて、すべてが水で構成されていたからだ。


 女はじっとミスニアを見た。


『お前がわたしを呼び出したのか?』

「そうよ! このわたし、水の魔術師ミスニアがね!」


 ふふん、と笑いながらミスニアが胸に手を当てる。


「わたしの言うことを聞きなさい、水の精霊よ!」


『なに用か、申してみよ』


 馬がゆっくりと進み始める。湖面の上を、まるで地面であるかのように。


 そのとき、俺は妙なことに気がついた。

 水の精霊を構成する大量の水――それは本当に美しいものだったが、その頬に一点の黒い染みが浮かび上がった。


 あれは、なんだ……?


 馬が一歩一歩と進むたびに、まるでひびのように黒い染みが増えていく。

 水の精霊が水際で歩を止めた。


『話を……聞こう……』


 水の精霊の声はどこか苦しそうだった。

 そんなこと構わず――気にも留めずにミスニアが口を開く。


「この湖の汚染はどうして!? 理由を言いなさい!」


『お前たちが捨てていくのだろう――あの暗くて不快な――我々を汚しているものを――』


「暗くて不快なものってなによ?」


 水の精霊は即答しない。

 苦しそうに身体を震わせる。馬がいらだったように足を上下させた。身体のあちこちに浮き上がった黒い染みはもう誰の目からも明らかなほどだった。


「な、何かおかしくないか、あれ……?」


「召喚、失敗したのか?」


 周りの生徒たちがぼそぼそとつぶやく。ミスニアがきっと発言者をにらみつけた。


「はあ!? 失敗なわけないでしょう! 水が黒いんだから、精霊が黒いのも当たり前でしょう!」


 そして、水の精霊に向き直り、右手を差し出した。


「言うことをききなさいよ! ほら、答えなさい! なんなのよ、暗くて不快なものって!」


 ミスニアが水の精霊への支配力を強める。

 水の精霊が吐息のような声で応えた。


『闇……』


「闇? どういうことよ!」


『や、闇とは――』


 水の精霊が顔を伏せる。身体を何度か震わせた後、その顔を上げた。水の精霊の右目が真っ黒に染まっていた。


『やみっみみみみみっみmのおままおおままおまえたたたたた』


 水の精霊の身体ががくがくと震えた。

 その身体の黒い染みが急速に広がっていく。


「ひっ!」


 ミスニアが顔を引きつらせて後ずさった。


「おかしいよな、あれ?」


「あ、あれは何だよ!?」


 見ていた生徒たちが悲鳴のような声を上げる。


『ややや、みみんみみ、みみ、やみやあああああああみみみ!』


 意味不明な言葉をわめきながら、水の精霊の身体がぼろぼろと自壊していく。腕が落ち、ドレスが溶け、身体が崩れ、下の馬も姿を保てなくなる。崩れていったものは水となって湖へと帰っていった。

 最後のひとかけらが水となって消え、また再び静かな――暗く澱んだ湖だけが残った。


「……な……なんなのよ……なんなのよ、あれは!」


 ミスニアが怒りまじりに吐き捨てた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その夜――

 湖の底に、水の精霊だった残骸の水が滞留していた。


(いかな、ければ――)


 水の精霊の意志が反応した。


(呼ぶ声が聞こえる――)


 水の精霊が周囲の水を集め、再び身体を構築し始めた。

 水の精霊の意識には、まだミスニアが使った精霊召喚の影響が残っていたのだ。

 残留した魔術による強制的な責務が水の精霊を突き動かす。

 湖底に馬に座る美少女が再び姿を現した。身体中を闇色に染め上げた漆黒の乙女が。

 いや、同じ姿ではない。

 彼女の下半身は馬と同化し半人半馬のような姿になっていた。


『今から参ろう。我が主よ』


 水の精霊が両手を広げる。

 直後、湖底の泥からぼこぼこと人型の泥人形が立ち上がった。


『今度はこの素晴らしき湖底にお連れしよう。きっと主も気に入ってくれるはず』


 ふふふ、と。

 その口元にバランスを欠いた、狂気を映し出したかのような微笑が浮かび上がった。

 闇に長く侵された水の精霊はすでに正気ではなかった。

 水の精霊が進撃を開始する。


 その背後に大量の泥人形たちを引き連れて――



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shoei
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