アルベルトの過去――友人ルガルド
俺を見つめて固まる旧友フーリン。
旧友フーリンを見つめて固まる俺。
一〇年ぶりとなる突然の再会が俺たちから時間を奪うのは無理もなかった。
「……あの、お二人はお知り合いなのですか?」
蚊帳の外だったローラがおずおずと尋ねる。
「え、あ、うん」
答えたのはフーリンだった。
「アルベルトくんとは学生時代――」
「ちょっと待ってくれ」
俺はフーリンの話を遮った。
「すまない、ローラ。席を外してくれないか。いつか話すから」
「はい! 大丈夫です! じゃ、わたし行きますね!」
そう言うと、ローラはすたすたと食堂を出ていった。
ローラには悪いことをした……。
だが、俺にはまだ決断できなかった。
フーリンとの仲を話すということは、俺が学院の生徒だったことを話すことを意味する。
挫折した一回目の学院時代を――
それは俺のなかでまだ割り切れていなかった。
いつかは話すべきだろう。
ローラは自分の出自を語ってくれたのだから。
俺にはその責務がある。
だけど、それは今日この日にはしたくなかった。いきなり現れたタイミングでふわっと伝えたい話ではないのだ。
ローラがいた席にフーリンが座る。
「久しぶりね、アルベルトくん」
「そうだな……まさか……ここで会うとは……」
「そうでもないよ? 卒業生の就職先で学院は意外とあるケースだからね」
そこで沈黙。
フーリンが話題を変えた。
「戻ってきたんだね、学院に」
「……ああ。いろいろ縁があってな……」
「ローラさんには話してないの? 出戻りのこと?」
「話していない。……胸を張って話せる過去ではないからな」
「……そっか」
うんうんとフーリンがうなずく。
「わかった。じゃ、わたしからは言わない。学校にもね。一〇年前からいる先生もいるけど――まだ誰も気づいていないかな」
「ありがとう」
「だけど、わたしはアルベルトくんが頑張っていた過去を知っているから。別にそれは恥ずべきものじゃないと思うよ」
「……逃げたのは事実だ」
俺は首を振った。
「すまなかったな。一〇年前、お前たちの期待に応えられなくて」
「いいよ……また再会できたことが、アルベルトくんが魔術を捨てていなかったことが嬉しいよ」
にっこりとフーリンがほほ笑んでくれた。
そして、テーブルに置いていた封筒を俺に差し出す。
「そうだ。忘れていたけど、これ。アルベルトくんも水質調査に同行してね」
「……俺には予定大丈夫かって訊かないんだな?」
「うん、強制参加だから」
笑顔で言った後、フーリンが顔を引き締めて小声で言った。
「冗談じゃないよ、これ」
「……どういう意味だ?」
「アルベルトくんだから言うけどさ、これ内緒だよ?」
フーリンの指が上を向いた。
「ローラさんはただのリスト漏れだけど、アルベルトくんは急に決まったの。上からの指示で。絶対に参加させるようにってね」
「上?」
「ここは王立の魔術学院――つまり国からの命令ね」
フーリンが首を振る。
「それ以上はわたしにはわからないけど。何か国に目を付けられることでもした、アルベルトくん?」
「どうだろう……清く正しく生きてきたつもりだけど」
妙な話だ。
俺程度の凡庸な生徒をエリート揃いの調査団に加える。それも国の命令で。
……実によくわからない。思い当たる節がないのだが。
「あーやぁしぃなー」
くすくすとフーリンが笑う。
「ま、いいけど! チャンスはチャンスだからさ、これを活かして大きく羽ばたいてよ!」
「頑張ってはみるさ」
俺は書類を脇に置いた。
「ところで、ルガルドは元気か?」
俺はもう一人の友人の名前を口にした。
俺とルガルドの縁は切れていたが、フーリンとは今もつながっていると期待したのだが――
フーリンは悲しげな表情を浮かべて首を振った。
「もういないの」
「もういない?」
「ルガルドは五年前に死んだの」
「……え?」
ルガルドが、死んだ?
「どうして?」
「彼は希望どおり魔術騎士になった。才能もあって功績も残していた。彼は同期の誇りだった。だけど、ある任務に参加して――帰ってくることはなかった」
まったく俺には想像ができなかった。大きく頑強な身体を持つルガルドが。俺のなかでルガルドは死と対極の位置にいる存在だった。
そのルガルドが。
わずか二一歳にして。
「そうなのか……」
「ええ。人生って何があるかわからない。まさかルガルドにあんな不幸が起こるなんてね……」
はあ、とフーリンがため息をついた。
「アルベルトも気をつけてね。今回の話ちょっと気になるから」
「そうだな。気をつけるとしよう」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そこは薄暗い神殿だった。
その祭壇に大きな――漆黒の炎が燃え上がっている。
炎の前にはひとりの男が立っていた。
男は炎の前に立ち、一心不乱に呪文を唱えている。一言一言がこぼれるたび漆黒の炎が強さを増す。
まるで、炎が呪文を喰らっているかのように――
「……ふぅ」
呪文を唱え終えて、男が一歩後ろへと下がる。
男は金と銀の糸で意匠があしらわれた黒いローブに身を包んでいた。その顔は――よくわからない。
顔の上半分を仮面が覆っていたからだ。
かつん、と足音が響き、背後に気配が現れた。
「連日、精が出ますなあ」
小柄な老人だった。頭そのものを覆い隠すかのようにすっぽりとフードをかぶっている。
「もうすぐ時が満ちる――我々『闇』の雌伏が終わるときが。のんびりしている暇などない」
「ありがたいお言葉です」
老人はすっと頭を下げた。
「ルガルドさま――あなたが育った王国を闇に塗り替える覚悟はもうできましたかな?」
「その名で呼ぶのはよせ。捨てた名だ――覚悟など、五年前からすでにできている」
「それはそれは。あなた様の強き心を試すなど失礼なことをしてしまいました。お許しください、闇の御子さま」
そして、老人がこう続けた。
「再び闇の時代を」
「再び闇の時代を」
ルガルドはそう応じるときびすを返し建物の奧へと歩いていく。
ふとなぜかルガルドの脳裏に学生時代の二人の友人の姿が浮かび、燃え上がる闇の炎に呑まれていった。
それは悲しい光景だったが――
ルガルドは何も感じなかった。




