ローラの村へ
いったん村に帰る――
ローラがそう言ったので、
「じゃあ、俺の家まで送るよ」
と提案し、そのままマジックアロー飛行で俺の家まで戻ってきた。
「ありがとうございました! 助かりました!」
「ローラの村はどの辺なんだい?」
ローラが簡単な地図を書いて教えてくれる。
徒歩ならかなりの距離だが――俺のマジックアローなら朝に出れば夕方には着くくらいか。
人を運ぶ関係上、速度は緩めに調整しているが、徒歩よりははるかに速いし地形を無視できるのでショートカットも可能。
故郷の村に帰るのだ。
ローラも早く着くなら嬉しいだろう。
「俺なら一日の距離だ。送っていこうか?」
「え、そ、そんな! 悪いですよ!?」
「別にいいよ」
……家にいてもすることがないしな。
ローラは「ええ……でも……」とぼそぼそとつぶやきながら、だけど、最後にうん、とうなずいて――
「あの、本当にご迷惑ではないですか?」
「迷惑じゃないよ」
そうすると、ローラははにかみながら言った。
「あの……じゃあ、お願いしてもいいですか?」
その日は俺の家に泊まり、翌日出発することになった。
夕食時に聞かされた話だと、
「わたしの村の先祖に優秀な魔術師がいまして……。そのせいか、たまに優れた才能を持つ魔術師が産まれることがあるんですよ」
「それがローラなんだね」
「いえいえ! そんな……わたし優秀というほどでも……」
その後、ローラは照れたような表情で続けた。
「でも、村のみんなは期待してくれています! それに応えたいとは思っています。村の皆さん、優しい人ですから」
「そうか。それなら頑張らないとね」
「はい!」
満面の笑みでローラはうなずいた。
別室に別れて睡眠をとった後、翌朝俺たちはローラの村を目指すことにした。
天候は晴天。旅をするには何の不満もない。
「マジックアロー」
俺たちは空を飛んだ。
試験日のときは飛ばし目だったが、今回は長丁場。疲労を考慮して速度を落として飛行する。
「ああ……気持ちいいですね!」
楽しげな声をローラが出す。
「え?」
「風がとても気持ちいいです! 地面があんなに遠いなんて! 空を飛ぶってこういうことなんですね!」
試験日のときは緊張した様子だったローラだが、心の底から飛行の旅を楽しんでいるようだった。
「楽しい?」
「はい! 実はまた飛んでみたかったので……。誘ってもらえて嬉しかったです!」
「それはよかった」
俺たちは定期的に着地して休憩しながらローラの村を目指した。
昼から夕になり、だんだんと空が暗くなっていく。
……まずいな……速度を落としすぎたか……。完全に夜になると視界が閉ざされて村の位置が把握できなくなる。
「ローラ! 村はまだ遠いのか?」
「いえ、もうすぐです!」
「ここからなら歩いていけそう?」
「はい! 大丈夫です!」
というわけで俺たちは空の旅を終えた。
地上へと着地する。
「ひとりで帰れるかい? 俺はここで別れるよ」
そんな俺の腕をローラがつかんだ。
「ダメです!」
「え?」
「もう夜じゃないですか! 村に泊まっていってくださいよ! 本当にすぐそこですから」
人見知りするのであまり得意ではないのだが……。
返答に困っている俺にローラが畳みかけた。
「ずっとお世話になりっぱなしですから……せめてそれくらいさせてください! それとも……嫌ですか?」
「わかった。遠慮はなしだ。お願いしよう」
「はい!」
そんなわけで俺はローラの後を歩いていった。
歩くたびに夜が深くなっていく。ローラが腰に差していた小杖を引き抜き魔術を唱えた。
「ライティング」
ワンドの先端に光が灯る。
頼りない月明かりの下、魔術の明かりを頼りに俺たちはずんずん歩く。ローラの足取りに迷いはないので、道は見失っていないようだ。
「暗くても大丈夫ですよ」
ローラがにっこりと笑う。
「生まれ育った場所ですからね。目を閉じてたって帰れます」
実に頼もしい。ここでローラとはぐれれば確実に遭難する。
そんなときだった。
遠目にぼうっと松明の明かりのようなものが見えた。
ひとつではなく――複数の。
同時、きりきりきり……という何かの張り詰める音がする。
弓だ。
実家にいたとき、俺は武芸についての訓練を一通り受けていたので聞き覚えがあった。
誰かが何かを狙っている。
おそらくは、俺たちを――
背筋が凍った。暗い夜に明かりを持ってほっつき歩いているのだ。相手からすれば狙いを定めるのは簡単だろう。
松明の輝きも動いた。
複数の足音が俺たちを半円状に囲むように広がっていく。
……なんだろう。野盗だろうか。
ローラも異変に気づいて足を止める。そして、不安げな視線を俺へと向けた。
松明の輝きがぼうっと人影を浮き上がらせる。だが、距離があるので顔ははっきりと見えなかった。
おそらく先方からも同じくこちらが何者かは見えていないだろう。
どうすればいい?
こちらからアクションをとる必要はなかった。相手が先に状況を動かしたからだ。
「お前たち! 人間か!? 返事をしろ!」
その声にローラがはっとする。そして、大声で答えた。
「ガルドおじさん!? わたしだよ、ローラだよ!」
「ロ、ローラ!?」
取り囲んでいる人影たちが露骨に狼狽しているのがわかった。すぐ無遠慮な――警戒感を投げ捨てた足取りで近づいてくる。
「ローラ、もう戻ってきたのか!?」
ガルドおじさんと呼ばれた中年の男がローラの前に立つ。
「うん。この人に連れてきてもらって」
ガルドが俺をうさんくさげな目で見る。状況がよくわからないので俺は軽く会釈だけしておいた。
ガルドがローラの肩に手を置く。
「すまんな! 怖い思いをさせてしまって!」
「大丈夫だけど……どうしたの? こんな夜遅くにみんなで出歩いて……」
ガルドは真剣な表情でローラに理由を伝えた。
「お前が村を出た後の話だがな――近辺に住むゴブリンが俺たちの村を襲ったんだよ」




