第三王女ナスタシア・バレンティアヌ
前エピソード最後の時系列がややこしいようなので補足です。
A.秋/ナスタシアがリヒルトの領を訪れる
B.初冬/アルベルトたちがリヒルトの領を訪れる
本章はBから始まっていますが、前エピソードの最後でAに移っています。過去エピソードとなります。
「はじめまして、リヒルト・シュトラム子爵」
迎えに現れたリヒルトにナスタシアが優雅にほほ笑んだ。
リヒルトは言葉を失ったかのように即座に返事ができない。
だが、ナスタシアにとってそれは不快ではなかった。不快と思うにはあまりにも頻度が多すぎた。
男性女性を問わず、初対面の人間はみんな同じ反応なのだ。
顔そのものがとても美しい。
王国内でも――いや、王国の歴史においても比肩するものはいないのではと言われるほどに美しい。
腰まで届く豊かな黄金の髪を結い上げ、熟練の職人が仕立て上げた最高級のドレスに身を包んでいる。
――まるで神が造った人形が歩いているようだ。
などと称されるほどなのだから。
「……リヒルト・シュトラムです! は、はじめまして! お会いできて光栄です! ナスタシアさま!」
我に返ったリヒルトが興奮気味に挨拶した。そう言って、差し出しかけた手をリヒルトが慌てて引っ込める。
「狭い場所ですが、今日はここでゆっくり――!?」
ナスタシアは手を伸ばし、リヒルトの手を握った。
「どうして手を引っ込めるのですか、シュトラム子爵?」
「いえ、自分のような下級貴族が、その、失礼かと思いまして……」
「そんなことはありませんよ、子爵」
にっこりとナスタシアはほほ笑む。
「あなたの胸に国と王への忠誠がある限り、わたしはあなたを尊重いたします。あなたの忠義に深く感謝いたします」
「あ、は、はい……ありがとうございます……」
リヒルトが顔を真っ赤にしてうなずいた。
ナスタシアは握手していた手を離して言葉を続ける。
「それと子爵。いいですか?」
「な、何でしょう?」
「狭い場所――というのはいかがでしょうか? ここは王家の直轄領、つまり、建物の所有者は王族です。王のものを狭いと評するのは問題ではないですか?」
「――あっ!?」
本気で困ったような様子でリヒルトが顔をしかめる。
「大丈夫ですよ、今日のことは王にはお伝えしませんから」
ナスタシアが口元に小さな笑みを浮かべる。
「それでは案内してください――いえ、わたしがご案内しましょうか、子爵?」
「は、ははははは……」
リヒルトは困ったように頭をかいた。
翌日、ナスタシア一行は高速馬車に乗って伯爵領へと向かう。
「お気をつけて! 第三王女さま!」
見送りに来てくれたリヒルトがそう言って手を振った。
高速馬車に乗ったまま、ナスタシアはにこやかにほほ笑みながら優雅に手を振り返す。
ドアが閉まり、馬車が動き出した。
街を抜けた頃、ナスタシアはお付きのメイドに声を掛ける。
「もう、いいかしら?」
「……よろしいかと」
その声を聞くなり、ナスタシアはだらしくなく座席にもたれかかった。席に浅く腰かけ、足を前に投げ出す。
表情も実にけだるげだ。
「ああああ、王族モード疲れるわー……」
盛大にため息をつく。
王族としての『完璧な彼女』と会ったことがある人間なら悲鳴を上げるような姿だった。
それがナスタシア・バレンティアヌの本性だった。
王族としての責務から完璧に『王族』を演じきっているが、自由気ままで束縛を嫌うのが素の彼女だった。
一般市民に生まれていれば冒険者になっていてもおかしくないような性格なのだ。
「あいかわらず中身が残念ですね、姫さま」
メイドがため息まじりにつぶやく。着任時は口やかましく注意してきたが、さすがに意味がないと悟ったようだ。
メイドの皮肉をナスタシアは余裕たっぷりにこう切り返す。
「中身だけでよかったじゃない。それ以外は完璧ってことでしょ?」
それがナスタシア第三王女という人物だった。
「はー……やっぱりメンド……城にいるのが嫌で旅行できるわーと思って受けたけど、やっぱメンドい。王族モードだるい。きらきらしてるの辛い。サボって帰ろっか、リオ?」
「王族でなければ平手打ちしていますよ?」
リオと呼ばれた、年の頃は二〇半ばのメイドがにこやかにそう応じる。
彼女の横にはもうひとりのメイド、ミオが座っていて――顔はまるでコピーしたかのように一緒だった。
リオとミオは双子のメイドだった。薄紫色の髪も整った顔立ちもうり二つだ。
違う点は裸眼のミオと違ってリオがメガネをかけていること。
あと性格も違っていて――リオは普通に喋るが、ミオは声を掛けない限りまったく喋らない。今も口を閉ざして座っているだけだ。
「こわー。さすが軍人、こわー。暴力はんたーい」
ナスタシアがわざとらしい仕草で肩を震わせる。
ふたりとも普通のメイドではない。その証拠に、彼女たちの横には剣が置かれている。
リオは表情すら変えず、さらりと応じた。
「その軍人を好き好んでメイドにしたのはどこのどなたで?」
ふたりはもともと優秀な女騎士だったが、珍し物好きのナスタシアに護衛兼メイドとして召し上げられてしまったのだ。
「輿入れするまでの短い間だからと説得されて――あれから何年経ったでしょうねえ」
ぎろりとリオがナスタシアをにらむ。
「そろそろ約束を果たしていただけませんかね?」
「……どういう意味かな?」
「さっさと結婚しなさいと言っておりますが?」
ナスタシアは顔を凍り付かせた。
もう二〇を越えた第三王女のナスタシアには喫緊の話題だった。何年も前から月に二回は縁談が持ち込まれる。
ナスタシアはあれやこれやと理屈をつけて逃げ回っていた。今回の祭事を引き受けたのも実家からの逃亡のためだ。
「……まったく……アレンジア・リュミナスさま辺りで手を打っておけば良かったものを……」
「死んでるじゃない!? むしろ、死んでるからナイスジャッジだったじゃない!?」
アレンジアとはわりと本気で話が進みかけた。父である王がアレンジアをかわいがっていたので、すさまじい圧があったのだ。
アレンジアもかなり乗り気だった。
王国の次代を支えるであろう才能ある美男子からの求愛――
しかし。
ナスタシアは知略の限りを尽くしてアレンジアを避けまくり、うやむやにして逃げ切ったのだ。
「だけどね、生きていたとしても!」
びしり! と指を立ててナスタシアは言い切った。
「アレンジアはないから!」
それから一気にまくしたてる。
「貴族の娘たちは目をきらきらさせて、きゃー、アレンジアさまー♪ みたいなこと言ってたけど、人を見る目がないにもほどがある! あいつのはらわた真っ黒で腐ってるから! あいつ自分以外の人間をゴミだと思ってるから!」
「本当なんですか……それ? ナスタシアさまの思い込みでは?」
「思い込みじゃ! ない! わたしの目はごまかせないから! あいつだけはない! 性格が悪すぎる! わたしのことも絶対に王族の血筋ゲットだぜ! 程度にしか思ってないから!」
「……でも、顔は好みだったんですよね?」
「まあ、顔はね」
うんうん、とナスタシアはうなずいた。
「だけど、ほら、男って心だから。それがゼロ点の人はいりません」
わりと容赦なくナスタシアは言い切った。
リオがくすくすと笑う。
「アレンジアさまも死んでからそんな風に言われるとは思ってもいなかったでしょうね」
「……故人には悪いけどねー……いやいや。アレンジアのやつにはあんまり悪いって気がしないなー。お父さま、ちょっとどうかしてるよ、あんなやつに気を許すなんて。マジ最悪の人間だと思うよ」
悪いと言いつつ、ナスタシアはさらに容赦なくぶった切った。
「ナスタシアさまはどういう男性が好みなんですか? 顔はアレンジアさまだとして」
「え? うーん……」
ナスタシアはあごに手を当てて考えた。
「そうね……まず物静かな男かな」
「え!?」
リオが身体をびくりと震わせた。
「そんなに口やかましいのに!?」
「やかましいわ! やかましくて悪かったわね!」
ぷりぷりとナスタシアは怒った。
「わたしがうるさいから静かな男のほうがいいの! ふたりともうるさかったらどっちも話を聞かないでしょ!?」
「リオは感動しました」
「……何を?」
「ナスタシアさまはご自分のこと、わかってらっしゃったんですね」
「やかましいわ!」
再びナスタシアは叫んだ。
「それで、えーと……芯のある男かな……普段はふわっとしていても決めるときは決めてくれないとね。びし、ばし! っと」
「それはポイントが高いですね」
「あとね、一芸でいいからさ、ここは他人に負けません! ってのがあると最高ね。アレンジアみたいな器用貧乏じゃなくて。他はダメダメでもいいからさ、一点突破のカッコよさ、みたいな!」
「……なるほど」
ふむふむとリオがうなずく。
「つまり、顔はアレンジア・リュミナスさまだけど物静かな様子で、いざというときはビシッと決める一芸に秀でた男性ですか」
「まとめるとそんな感じかな」
うんうんとナスタシアはうなずく。
う~ん……とリオは唸ってからこう続けた。
「そんな都合のいい人、いないんじゃないですかね?」
「いないか~……」
ナスタシアも喋りながら、いるわけないと思っていたのだが。
(……まあ、どうでもいい話だけどね……!)
ナスタシアは内心で笑う。なぜなら、結婚以前に恋愛にすらナスタシアは興味がない。もっと面白いことは山ほどあって――ナスタシアの好奇心と高い知能はそれを喰らい尽くしても飽き足りない。
(……せっかく王族として生まれたんだ。権力もお金も山ほどあるんだから楽しまなくちゃね!)
それがナスタシアの人生哲学だった。
いつかは王家の責務として政略結婚させられるだろう。そうなったら、今のような自由を謳歌できなくなる。
そんな日が来ても――
ああ、人生って楽しかったな!
そう思える生き方をしようとナスタシアは決めているのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
高速馬車が伯爵の領都に到着した。
エメギス伯爵は小ぶりだが立派な城に住んでいる。
ナスタシアが高速馬車から降りると、マントを羽織った五〇くらいの男が現れた。口ひげを生やした眼光の鋭い男で、とてもがっしりとした体格をしている。
「よくぞお出でくださいました、ナスタシア第三王女さま」
うやうやしい様子で頭を下げ、
「領主グラード・エメギスでございます」
ためらいなく右手を差し出した。
「お目にかかれて光栄至極」
「こちらこそ。よろしくお願いしますわ」
ナスタシアはいつも通りの優雅な笑みを浮かべるとエメギス伯爵と握手をかわす。
――ほどなくして、ナスタシアの体調は急速に悪化していった。




