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助けてください!天狼さん。  作者: 落田プリン
第三章 契りって何ですか?天狼さん。
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迷い子。

 灯花は、震える身体を天狼に預けた。

天狼さんの息づかいが聞こえる距離で、天狼さんの言葉を聞いた。

「灯花、ゆっくりでいい、ゆっくり、呼吸をするんだ」

天狼さんの指示通り、息をゆっくりと吐き、ゆっくり空気を吸う。

それを何度か繰り返して、自分の胸の中に悪い空気が入っていることに気づき、今度はそれを意識して、吐き出した。

悪い空気を吐き出した後、天狼さんの匂いも同時に吸ってしまった。

ああ、今腕の中にいるんだ…

自分の身に何が起きているか、自覚した。

私達がいる場所がトンネルの中で、かつ、暗闇でよかったと思う。

だって、天狼さんに抱きしめられているこの恰好は、やばすぎる。

落ち着いたと思ったら、次は、自分の心臓が高鳴っていることに気づく。

うわわあっ…

天狼さんの息づかいや着物の袖を擦る音が妙にエロい。

よくカップルがお化け屋敷を入る理由が分かった気がした。

灯花は、心臓の音が天狼さんに聞こえてないことを祈りながら、自分を落ち着かせる為に呼吸を続けた。

 

 しばらくして、天狼さんは私をゆっくりと放した。

落ち着いたかというと微妙なところだ。

だけど、恐怖というものは確実になくなっていた。

今思い出すと、異様な光景だったと思う。

地獄蟲とはまた違う、地獄が広がっていた。

頭だけのオオカミが血の池に浮かんでいたなんて、それは恐怖だ。

人狼と関わっている私には、重すぎた。

天狼さんは、私に言葉をかけてくれる。

「大丈夫か?」

「……は、い」

思ったより、かすれた返事が出てしまった。

「ここでは、状況が読めぬ。もうしばらく辛抱してくれ」

天狼さんはそう言って、私の手を掴み、最初はゆっくり、一歩ずつ歩き出し、少しずつ速度を付けて歩いて行く。

向かう方向は、トンネルの先、あの洞窟だ。

行きたくないと繋いだ手を引くが、天狼さんの歩みは止まらなかった。

あの洞窟は、天狼さんにとって、きっと良くないモノだ。

見せてはいけないと思いつつも、制しの理由ことばが見つからなかったし、そもそも声が上手く出せなかった。

苦い想いを抱えながら、トンネルの先、明りがある方向へと足を運んだ。

私は、瞼をぎゅっとつぶった。

こんな時、転ばないのは運が悪いのかな?

それとも、天狼さんが転ばないように配慮しているからだろうか。

しっかりと繋いだ手は、少しだけ痛みを感じた。


 瞼の裏でも、明りはわかった。

だけど、足取りは少し違和感があった。

岩と岩が並べてある、とても歩きにくい道だったはずだ。

洞窟にしては、おかしい。

足取りで、とても歩きやすい場所だとなんとなくわかる。

私は、恐る恐る目を開く。

「……っ!」

息を飲む驚きがあった。

月明かりがある森林が広がっていた。

薄暗い洞窟はどこにもなく、目の前には、整備された石畳が並べてあった。

それは、私が禁忌の箱に入る前に通った道だった。

整備された山道があり、その道を照らし導く、青い火を灯す石灯篭いしとうろうもあった。

私は、呆気に取られて、落ちていた枝を踏む。

ぺきっと鳴らして、これが現実だと感じた。

天狼は、そんな灯花に気にせず、先へと進もうとしていた。

早くここから出るための行動だろう。

灯花の手をそのまま、引っ張って山道を歩こうとした。

灯花は先ほどの異変に、今度は声に出して、天狼を引き留めた。

「て、天狼さん!まっまって、待ってください!」

天狼は、灯花の声に従った。

「どうした?歩けないのか?」

「い、いや違います。その、あの変などうくつ」

「洞窟?」

「あったと思います。見ませんでした?」

天狼は傾げて言った。

「洞窟なんて、どこにあるんだ?それに、私達はずっとあの中にいただろう?」

「えっ?」

私は、後ろを向いた。

トンネルは再び、一文字刻んで、コンクリート壁で塞がっていた。

「…な、んで」

天狼は灯花の様子を見て、あの時の状況を伝えた。

「確かに私はお前を見失った。だが、それはほんの一瞬のこと。中は暗くて、何が出て来るのかわからない。お前が急に叫び出すのは、無理もなかっただろうと私は思うのだが…」

天狼さんは、私が暗闇を怖がって叫んだと思い込んでいる。

私が見たのは、夢だったのだろうか?

天狼さんの袖を離した時、私は確かにあのトンネルを進んだ。

そして、私は見た。

この目に入れたんだ、あの光景を。

「…………」

天狼さんに弁解する言葉が見つからず、唇が震えた。

足が今頃になって、痛み始めた。


 森林から来る風が、冷たく私を包んだ。

「とにかく、ここから出なくてはな…灯花、歩けないのなら私がお前を抱えるが…」

天狼さんの言葉に、灯花は顔を横に振った。

「大丈夫です…外だとしても、私達はまだ出られてはないんですね」

「…そうだ」

「わかるんですか?その見分け方とか…」

すぐにわかれば、少しはこの気持ちが晴れるだろうか。

「見分け方か…はっきり言うが、見分け方はないに等しい」

ぞわりと鳥肌が立った。

「じゃあどうして、わかったんですか!」

言葉に熱を帯びた。

「天狼さん!教えてください!まさか、人狼だからとかそんなんじゃないですよね!」

天狼さんは、私に落ち着くよう、肩に手を置いた。

天狼さんの手には逆らえなかった。

縮こまるように、上がった肩を下げた。

「……灯花、これは経験だ」

「はっ」

そんな、馬鹿らしい。

「今、馬鹿らしいとか思ったか?」

心の中を当てられて、戸惑う。

「お前の言う通り、人狼だからというのが正しい」

「…うぐっ」

泣きそうになる。

じゃあ、人はどうなるのか。

一度迷ったら、わからなくなるんじゃないか?

「灯花、何度も言う。これは経験の差だ。何度も幽世に入れば、異常はわかるものだ」

そう言われて、灯花は肩に置いた手を払った。

「じゃあ私は、ずっと迷ったままです!わからない!わからないんです!やっと、出られたと思ったらまだ幽世のまま!現実世界に帰っても、幽世のまま頭の中にあるんです!どうやったら、この気持ちは晴らせますか!何度、絶望を味わえばいいんですか!どうして!……私は、こんな風になったの…」

最後の言葉は、なげきだった。

「教えてください……天狼さん」

天狼は、痛み入った様子になった。

これは、天狼も痛感の言葉だろう。

すでに灯花は、大粒の涙を瞼に溜めていた。

「…………」

天狼は、ゆっくりと言葉を出した。

「……灯花、最初に出会った時のことを覚えているか?」

「出会った時って、天狼さんと初めて出会った合コンのこと?」

「そうだ」

天狼は頷き、言葉を続けた。

「その時、私はお前に手を出した」

「…………は?」

意味がわからない。

「契りを結んだのだ」

「契りって何ですか?天狼さん。」

「前に言った通りだ。契りとは、契約けいやくだ。それも、ただの契約ではない。人生や魂を縛るもの。私はそれをお前におこなった」

地獄蟲の契りを知った、なら、人狼の契りは一体?

「いったい何の…」

「婚約だ」

「…………」

私は、糸が切れたように罵倒した。

「天狼さんのばか!ばあか!ばあかああーーー!」

こんだけ振り回されて、婚約だって!?

「ふざけないでください!私は、どうしてこうなったのかを聞いているんです!誰もそんなこと聞いてない!馬鹿じゃないの!?先生のくせに馬鹿じゃないの!?」

天狼さんは、紫の瞳を閉じて膝を地面に着いた。

「……すまなかった」

心からの謝罪だった。

あががっ!私にどうしろと!?

天狼さんは、テンパってる私に静かに言葉を続けた。

「契りを行った者は、必然とこちら側に引っ張られる。つまりそれは、オオカミの眷属けんぞくとして迎えられるということだ」

「け、ん、ぞく」

あっ聞いたことある言葉。

前に、ゆず子さんが…

「私は、お前に花嫁として契りを行った。そして、その影響としてお前は迷い子となり、幽世にちやすくなっている。つまり、私がお前をこちら側に引き込んで、巻き込んでいるということだ」

嫁うんぬん、マジ話だったか…

私は、その場に座り込んだ。

顔を手で覆った。

今、やばい。

しばらく、その場を立ち止った。

息が苦しいくらい、高鳴る鼓動。

まったくもって、落ち着くことを知らない。

「……………………」

その場を掻き切ったのは、硯鬼の声だった。

「このやろおおーー!!」

「……あっ!」

硯鬼入り瓶が手元に無かった。

どこに落としたんだっけ?

「バカ野郎!このオレ様を置いて行きやがって!」

地面から黒霧が溢れ出し、そこから、人を簡単に掴めそうな巨大な黒い手が現れた。

その巨大な手のひらには、硯鬼入りの瓶が立ってあった。

硯鬼は、瓶の中からバンバン叩いていた。

少し、息切れが見られた。

落した所から、必死に這って来たのだろうか?

硯鬼は、黒い手を伸ばして、ある程度の空間移動は出来るとして、瓶ごと持ってくるなんて驚いた。

「まじでやばかったんだぞ!オレ様やばかったぞ!」

「……うん、そうだね」

こっちもやばいことになったよ。

「急に、オレ様を落して行きやがって!危うく、狭間はざまに堕ちそうだった!」

「狭間?」

天狼さんは、私に説明してくれた。

「空間と空間の間のことだ。例えば、部屋と部屋を繋ぐ廊下ということだな」

「えっ?廊下ならだいじょ…」

「ぶ、じゃねーよ!バーカ!」

ほんと口が減らないミイラよね。

「部屋が無いということは、永遠に廊下が続くと言う事だ。悪く言えば、行き止まり」

「えっと…」

「吊り橋が崩れて、崖に堕ちたと言えばもっとわかりやすいか?」

「はい、わかりました」

つまり、崖に堕ちそうになったと硯鬼は怒っているんだね。

「あはは、ごめんね」

「かるい!かるいぞ!ばか!ぶす!しこめ!あああっー!!」

硯鬼が内側からバンバン瓶を叩いたせいか、その反動で手の平から落ちた。

しっかし、丈夫な瓶ね。

灯花は、つんつんと瓶をつついた。

硯鬼は、頭押さえて、うめいていた。

あはは、シュールだね。

あはは、私、どうしよう…


 私は、天狼さんをちらりと見た。

膝を地面に着いたままだ。

しかも、罰が悪そうな様子だ。

「…………」

なんて気まずいんだろう。

硯鬼が場を変えてくれたのは、よかったけれど…もうちょっと暴れてくれないかな?

私が幽世に堕ちた理由はわかった。

けれど、私がゆず子さんや月子さんのようにならなかったのは、何でだろう…

その疑問に、先に口を開いたのは、天狼さんだった。

「灯花、まだお前は正式に眷属にはなってはいない」

「…そ、れは…」

「今のお前は、迷い子だ。どちらにも属さない者を指す」

それって、無属ってことでいいのかな?

「そして、これは言い訳なるのだが…本来、この契りは一夜限りのものだった」

「ぬっ!」

おい、まさか!

「一夜限りのもので、お前が迷い子になることはなかった」

二回言った!

この人、二回言ったぞ!

「私の術式が効かないなどと、あるはずがないのだ」

出た!

出たよ!無効化!

そのおかげで、天狼さん達のことしっかりと覚えていた。

「お前は、あの日以来、私と契りを結んだままとなっている。本来ならば、私がかけた術式がお前との結びを無かったことになるはずなんだ。つまり、すべて夢になるはずだったのに、夢にならずに現実になっている」

なんか、無かったことにしょうとして、できませんでした…とか?えっ?なにそれ…

「お前との契りは、とっくに破棄できたものなのだ」

私の無効化は、契約までは消せなかったようだ。

なんだろう…私ってこんなにしつこい女なの?

「だからこそ、この場を借りて、私はお前との契りを解くことを宣言する」

それはそれは、ものすごーく、あなたを振りますって言っているよね。

すげーなー喜んだと思ったら地獄だよ。

迷い子と言う意味、よくわかった。

「天狼さん、質問しても?」

天狼さんは頷いた。

「ああ、構わない」

「契りを解いたら、私はどうなりますか?」

「いくらかはましになるだろう。これ以上、堕ちなくて済む」

「それって、私、迷い子のままってことですか?」

「そうなるな、だが、私が必ず何とかしよう」

「そうですか…なら、もう一ついいですか?」

「ああ」

「私が、あの日のこと全部忘れていたら、こんなことにならなかったってことですか?」

「…そうだ」

私にとって、あの日は特別な日だ。

天狼さんに会えて本当に良かったと思っている。

嫌なことがあって、怖い思いをしても、天狼さんは私を助けてくれた。

そんな日をなかったことにしょうとする天狼さん。

「天狼さん……」

「なんだ…」

私は、再び天狼さんに近づいた。

「天狼さん、相手がもしうちの姉だったら、殴られていますよ」

何事も容赦はしない姉、きっと八つ裂きの刑だ。

「…………」

「黙らないでください」

急に口を閉じることから、私が何かするとも思っているのかな?

私は、半目で天狼さんを見た。

本当に罰が悪そうだ。

たちが悪い高校生なら、手を出したことを逆手にとって、責任を取れとか言い出すんだけど…

だからと言って、私もあの日は高校生だと言うのを黙っていたし、言えばこっちも悪い。

そもそも、お付き合いとか駄目だろ。

先生と生徒の関係だし…

どうしようかな…

こんな時、姉ならば、何があっても取るだろうな…

だてに、彼氏がいる歴史を刻んだ女だ。

据え膳あれば、なんてやらだ。

私の脳内は、えげつない程の笑みを浮かんだ私と失恋を胸に身を引く可哀そうな私がいる。

やっちゃいなよ!げっへへへへ~~!今なら、三回回ってわんっ!が出来るぜ!うへっええへっ!

天狼さんの為なら、私、身を引くよ!だって、幸せになってほしいもん!うわーん!振られたあ!

後者の方が、なんかイラっとするのはなぜだろう…

私は、呼吸をした。

落ち着かせる為だ。

肺に新鮮な空気を取り入れた。

「わかりました」

天狼は、冷や汗を掻いていた。

「……それは、一体…」

「許しますよ、迷い子のことも、契りのことも、合コンのことは私も一応、同罪なので…それに」

「それに?」

「天狼さんには、助けてもらってばかりなんです。だから、すべてチャラにします」

「ちゃら?」

「無かったことにしますってことです。だから、代わりに…いやこれは、私のわがままなんですけど…」

私は立ち上がり、天狼さんに手を伸ばした。

「天狼さんの事、覚えてていいですか?」

「えっ?」

天狼さんは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。

「私は、天狼さんに出会って本当によかったと思っているんです。だから、覚えていること許してほしいです」

本当は、むしゃくしゃしている。

逆手にとって、彼氏にしたい。

だけど、それをする権利は私には無い。

すごく、悲しいけれど、振られるのをわかっていたことだから理解できる。

それに、せっかく、天狼さんが先生をやっているのに、私のせいで潰してしまったら、それこそ罰当たりだ。

だから、代わりに合コンで出会った時も、学校で再会した時も、地獄から助けてくれた時も、いつまでも天狼さんの事を覚えていたい。

天狼さんは、そんな私の手を取って立ち上がった。

「ああ、構わない。お前がそう望むのなら」

そう安堵の顔をされたら、こっちは泣きたくなるわけで…

「………ばか…」

最後の罵倒が零れた。

それを聞いた天狼は、灯花の頭にそっと手を置いた。

そして私は、今日一番の優しい声音の言葉を聞いた。

「本当にすまなかったな…」

私は、下を向いてぽたぽたと雫を落した。

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