血に濡れた箱。
灯花は、綾女に一つ、疑問を持った。
「綾女さま、綾女さまはずっとここに居たんですよね?私達のことをずっと見ていたんですか?」
話の内容だと、ここに来るまでの道のりを知っている様子だった。
それに、綾女さまはここまでの道を用意したと言っていた。
私達の行動が筒抜けじゃないと、話が噛み合わないはずだ。
綾女は、肩にかかった髪を払った。
「我は、管理者ぞ?入って来た者を見ていて何が悪い?それに、お前たちが我を起こしただろう、それ相応の対処したはずだが?」
綾女さまは、藍色の瞳を細めて言って来た。
「我とて、睡眠は取るぞ?」
あっまずい…
「そ、そうなんですね!すみません。そんなつもりで言ったわけではないんです。いやその、どこで見ていたのかなと…」
「そんなことか、言わずとも知れたこと」
「もしかして、白猿ですか?」
「そのもしかしてだな、田螺のような脳みその小娘。白猿に渋柿を投げられておったな、随分と下に見られておるな、哀れな小娘だ」
綾女さまは、哀れだと言いつつ、同時に愚かだと言っているようなもだった。
「うぬううぅう…」
綾女さまといい、白猿といい、人のこと馬鹿にし過ぎ!
でも、事実だから言い返せない。
唸ることしかできなかった。
私が唸っていると天狼さんが割って入って来た。
「食べ物を粗末にするお前たち方が、賢いとは言えないんだが?他者に頭を下げさせたげれば、それ相応の礼儀を覚えるんだな。愚かに見えてならん」
その言葉に、さすがの綾女さまもぐうの音が出なかった。
「それに、人は礼儀を持つ者には自然と頭が下がるものだ。真に人を想うことで、人は身を引けるもの。綾女、この意味はわかるか?」
「うっ……その、だな…」
天狼さんに問われて、歯切れが悪そうだ。
「譲られておるのだ。譲り、譲られ人は良い巡りをもたらす。人に譲れ。それは、鬼でも物の怪でも、あるいは神でも言えるものだ」
綾女は、天狼にそう諭されて、何も言えなくなってしまった。
天狼は、ひと息をついて、綾女に言葉を伝えた。
「綾女、華鬼としての誇りを持ち、慈悲の心を持て…お前だからこそ、華鬼に相応しい」
「天狼…」
天狼さんの言葉で、綾女さまの態度も少しは良くなっただろう。
聞いているこっちまで、泣きそうになる。
譲り合いか…
心に響く言葉だ。
天狼さん…天狼さんはすごい人だ。
優しさが溢れている人だ。
綾女さまは、ちょっとしょぼくれている様子から、反省していることはわかった。
そして、少し寂しそうに懐かしそうに笑みを浮かべて言葉を出した。
「お前は変わらんな…天狼」
天狼さんはその言葉を聞いて、目を見開き、そしてゆっくりと瞼を閉じた。
少し困った表情をし、綾女に詫びた。
「すまなかったな、綾女。いつまでも恐れていて、来るのが遅くなった。…………」
「なに、いつものことだろう?なあ天狼…」
灯花は、この二人の関係が気になった。
「あの~天狼さんと綾女さまは、どうゆう関係でいらっしゃるのでしょうか…?」
恐る恐る、訊ねてみる。
答えてくれたのは、天狼さんだった。
だけど、意外な言葉を聞いた。
「綾女とは、初対面だ」
「え?」
理解できずに戸惑っていると、はっきりと綾女さまから言葉をもらった。
「天狼の言う通りだぞ。我は、白猿を通して視ていたからな、知っていて当然だ。それに、我は天狼が嫌いだ」
「はあ…?」
いやさっき、仲良さそうにしていたのに?
綾女さまと会ってすぐに仲良くなる人柄でもじゃないのに?
怪し過ぎる…
傾げる私に、天狼はくすりと笑った。
「…………」
今の顔は、ずる過ぎる。
そんな顔されたら、身を引くしかないじゃないか!
私は二人の関係にもどかしい思いを抱えつつ、ただ黙っているしかできなかった。
静かなお庭で、灯花は天狼さんと顔を合わせた。
「そろそろ、帰りますか?」
「そうだな」
小鬼たちの件は、残念な結果となってしまった。
だけど、禁忌の箱の管理者が彼らを悪いようにはしないだろう。
綾女さまは、仕事に忠実だ。
これ以上の悪くはならないと私は思う。
それは、天狼さんも同じことを思っているだろう。
私は、綾女さまに頭を下げた。
「綾女さま、真夜中に出向いてしまって、すみませんでした。えっと、出口までの道、ありがとうございます」
「ふん、全くだ!」
変わらずつんけんしてる。
でも、なんだかんだで言葉に柔らかさがある。
天狼さんも頭を傾け、礼を言った。
「世話になったな。今度会う時、酒でも持ってくる」
「ああ、楽しみにしておく。来るとき穴を開けるなよ、頼むから」
「ああ、心に命じておく」
天狼さん、本当に大丈夫だろうか…
綾女は、ひとあくびして、踵を返した。
「精々、道中気をつけい。この夜は、鬼が出るか蛇が出るかだが…もうすぐ夜が明けることは伝えておく。迷い子とその送り犬よ」
「…………?」
私には、最後の言葉の意味が分からなかったが、これ以上、綾女さまに迷惑はかけられない。
私は、もう一度頭を下げて踵を返した。
「迷い子か…」
天狼は、その言葉を小さくつぶやいて、灯花の後を歩いた。
庭から玄関の方へと戻り、敷地を出た。
月が辺りを照らす田んぼ道と戻ることになった。
静かな田んぼ道に入ると同時に、私は天狼さんに頭を下げた。
「天狼さん…その、ありがとうございます!」
綾女さまとの会話のことだった。
綾女さまに馬鹿にされたことを注意をしてくれたのだ。
「さて、何のことかな?」
「ああ!と、とぼけないでください!」
また、ずるいことを!
「天狼さん!私、すごく助かりました。言われぱっなしだったので、すごく感謝してます!」
ずいずいと言い詰めるが…
「なら、次は言い返せるようにかんばれ」
「あっ!」
天狼さんは、するりと私の礼を通り過ぎた。
まるで、気にしてない、感謝することではないと言われているようで…
「もう…」
私は、必死に背伸びしている子供のようだ。
子供じゃないのに…
天狼は、灯花に振り返り言葉を出した。
「帰ろう」
差し出した手は、まるで…
完全に子共扱いじゃないか!
「わ、か、り、ました!」
灯花は、色々言うのをやめた。
しみじみと子ども扱いを堪能させられつつ、田んぼ道へと歩んだ。
田んぼ道は、来た道と同じで、変わりはなさそうだった。
「わかりやすく、道を開けておくと聞いたんだけど…」
この空間に入って、ここまで一本道だった。
帰りも一本道だといいんだけど…
「見るからに見渡らないな、どうする?来た道を戻るか?」
「そうですね。道が無いんだし…」
綾女さまにもっと詳しく聞けばよかった。
仕方なく、私達は来た道を戻ることにした。
来た道を戻るとオタ面さんとはぐれた場所、トンネルにたどり着いた。
トンネルはコンクリートの壁で界と一文字が彫られていたはずだったが。
トンネルは再び、闇を広げて私達を待ち構えていた。
奥から、冷たい風が吹いていた。
「道を開いたと言うのは、あながち間違いではないな…」
「そうですね…」
変な道に出ないといいんだけど…
「天狼さん、トンネルに入る前に、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「オタ、陽炎さんのことなんですけど…」
「言わずとも、信用ならん男だ。始めから、私とお前をここに入れる為と考えた方がいい」
「やっぱりそうですよね…でもなんで…」
「綾女が言った通りだ。それは、陽炎本人に聞いた方が良い。それに、陽炎は隠者だ。目的の為なら平気でうそをつく男だ」
「…………なんか、陰謀すぎて嫌ですね」
「確かに、影ではどう動いているのか気になるところだな…結局、あの小鬼たちは禁忌の箱に何を手にしたかったのか?して、どうやって、禁忌の箱からそれを盗み出そうとしたのか?白猿の資格をどうやって、無効にしたのか?そもそも、小鬼たちは本当にそれを欲していたのか?影に誰かいるのは、伺えるな…」
「天狼さん、天狼さん、それ綾女さまに聞いたほうが良かったのでは?今からでも、引き返せますよ!」
「別に良い。それは、私が関与することではない」
「なんでっ!知りたくないんですか?」
「知りたくないと言うと嘘になるな」
「だったらっ!」
私は、天狼さんの手を取って戻ろうとした。
だけど、いくら引っ張っても、天狼さんの身体はびくともしなかった。
「だがな…関わりを持つだけは避けるべきだ」
「えっ?」
私は、引っ張るのをやめた。
「この件に関わって、危険がないわけがあるまい。禁忌は、生易しいモノではないことを知っているだろう。そして、それを求める者も危険じゃないと言い切れるか?」
「…………」
天狼さんの言う通りだ。
関わるべきじゃない。
でも、釈然としない。
天狼さんは、そんな私の気持ちを読み取ったのか、ぼさぼさ頭を戻すように撫でた。
「だからこそ、綾女や陽炎がいる。あの者らは、禁忌の守護する者。任せとおけばよい。まあ、陽炎は信用できぬが、信用たる理由がある」
「それは…?」
「陽炎を禁忌の守護として任命したこと。ただ者には、務まぬ仕事。仕事に務める以前に、人を選ぶ仕事だということだ。陽炎を選んだこそ、信用たる」
「…………」
言葉が出なかった。
天狼さんの深い考えが、私の浅い考えが及ばなかったからだ。
天狼さん、凄すぎる。
「だが、この天狼にうそをついたことは許せんな…あははは」
最後のこの言葉なかったら、いい感じになれたんだけど…
天狼さん、笑いながら(目は笑ってない)トンネルの中に入って行く。
その後ろ姿、マジでパネェエ!
天狼さんは、手のひらに青い灯を作った。
私達は、青い灯に頼りにトンネルの中を歩いて行く。
トンネルの中は、前に入った時と同じコンクリートの壁で覆われていた。
闇が広がっている空間に、何が出るのか分からない。
私は、自然と天狼さんの袖を掴んでいた。
トンネルの奥は、明りがあった。
何があるかは、行ってみないとわからない。
今の所、蟲の気配は無いが、警戒を解くことはない。
何かあれば、すぐにでも天狼さんが知らせてくれるだろう。
緊張を抱えながら、私達は進んだ。
灯花は、緊張のし過ぎだったか、足元が上手く歩けずつまづいてしまった。
「あっ!」
その時、天狼さんの袖を離してしまった。
膝が着くほどの転びはしなかったが、私の足取りは止まった。
気配に違和感を覚え、言葉を出した。
「えっ!天狼さん?」
天狼さんの袖を離した途端、青い火が消えたのだ。
そして、その場にいた天狼さんが居なくなった。
真っ暗闇だから、わからないもあるが、すぐそばにあった気配が忽然と消えたのだ。
「て、天狼さん!ど、どこですか?」
返事がないことに、だんだんと気持ちが焦ってくる。
暗闇で唯一分かるとしたら、奥にある明かりだけだった。
焦る気持ちを押さえつつ、奥を目指すことにした。
ここで、立ち往生したって一層、危険が増すのだ。
天狼さんがいなくても、歩かないと…
それに、もしかしたら先に行ってしまったかもしれない。
そう思い、震える足を動かした。
奥へと辿り着いた時、そこは赤い提灯が並べてある洞窟だった。
明りの正体は、赤い提灯だったのだ。
だが、明りはあっても、そこに天狼さんはおらず、道が狭い洞窟がまた奥へと続いていた。
先ほどのトンネルの中と違って、地面が平ではない。
岩と岩を繋いで出来ているため、歩きにくく、油断をしたら岩の間に足を挟んでしまいそうだ。
「…………なんなのよお」
もういい加減、ここから出たい。
その場にうずくまりたい衝動があがる。
だけど、立ち止りは厳禁。
「進まないと…」
灯花は、重い足を動かして洞窟の奥へと進んだ。
洞窟の中に赤い鳥居があり、それを意を決してくぐる。
鳥居の存在がある以上、この洞窟はなにかを祀っているように伺える。
鳥居をくぐった先に、白くて長い、絹ののれんが降りていた。
連の花模様の刺繍が施されており、以前見かけたのれんと色違いの同じものだと判断した。
真っ白ののれんから、微かに風が吹いていた。
私は、そののれんをくぐった。
そして、その先のものを見て、灯花は驚愕した。
「あ…あ、あ…」
心も体も真に震え出し、来た道へと無我夢中で駆け出した。
その足取りは、恐怖で溺れていた。
鳥居を抜けた時、岩の間に足を突っ込んで転んだ。
不思議なことに転んだのに、起き上がり再び足を動かしたことだ。
灯花は、そのまま走り洞窟の入り口まで戻って来た。
入り口は、来た道と同様にトンネルだ。
トンネルの奥も暗闇となっている。
灯花は、ここから離れたくて、暗闇だろうとも構わずトンネル中へと戻った。
暗闇を走る中、急に手を掴まれた。
「いやああっ!!」
灯花はそれを振り払おうと暴れたが、一気に引かれて、身動きできない状況になった。
「灯花!私だ!」
ぐっと抱き込まれて、灯花は力を失った。
「灯花、私がわかるか?」
「て、てんろうさん…天狼さん!」
力強い腕の感触と天狼さんのぬくもりが、一気に切り詰めていたものがほどいた。
「うわあああん!!」
灯花は、泣き叫んだ。
天狼に縋りつき、震えながら思い返していた。
灯花が見たもの、それは…………
真っ白い蓮の花模様ののれんの先には、水が溜まっていた。
大浴場の2つ分の広さで、血のような真っ赤な水が溜まっていた。
鼻を刺す生臭いにおいはしなかった。
鮮血のような水は、流水のように流れ続けているのかもしれない。
そして、水面には頭部だけのオオカミが浮いていた。
そのオオカミは、人を丸のみ出来る大きさで、毛並みが真っ白いオオカミだった。
幸に、そのオオカミの目は閉じていた。
誰かに似ているとは言わない。
灯花は、その光景に驚愕し恐れた。
最後まで読んで下さり、ありがとうございます!
追試前日、話もそろそろ最終になって来てます。
だいぶ、話がややこしくなっているので、分からない点や誤字脱字とか文章間違いありましたら、気軽に教えてください。(*- -)(*_ _)ペコリ




