絡繰り箱。
天狼が巨大化した蠅を倒すと、白猿の動きが一層増した。
悪器である鎌を大きく振り下ろし、箪笥の空間を荒らした。
天狼は、その打撃を受け流しながら、白猿との距離を詰めていく。
遠距離系の武器。
間合い詰めれば、こちらが有利になる。
一線に斬りつける鎌と鎖の攻撃をかわしながら、天狼は白猿へと近づいた。
陽炎は、黒糸を駆使して、箪笥から引き出しを出し、白猿に投げつける。
白猿の獣爪にそれを粉砕されつつ、再び黒糸を操った。
陽炎が黒糸を弾くと、琴の音が鳴った。
「ニ弦」
黒糸が白猿の周りを輪を描くように、糸が回り出した。
糸車のように回転し、白猿の四肢を絞め始めた。
今度の捕らえ方は、強度があった。
白猿がどんなに糸を斬ろうが、厚みを増して回転する糸車に歯が立たなかった。
だが、白猿のを絞め斬れないのは、白猿が強靭な肉体を持っているからだ。
精々、拘束が限界。
「ならば、あとは任せよう」
陽炎は、長い黒髪をなびかせ、顔にあるあざをさらけ出した。
そして、緋色の瞳をかがめて不敵に笑った。
天狼は、陽炎の動きを読み、一層、白猿へと踏み込んだ。
白猿の鎌の動きが、鈍くなった一瞬。
天狼は、白猿の前と迫り、刀身を上げた。
そして、渾身の大斬りを白猿に振るった。
刀身は、白猿が身に着けた鬼の面に衝撃が走った。
その衝撃は、鬼の面が二つに見事に割れる結果を生んだ。
そして、同時に天狼が持つ刀が折れた瞬間だった。
派手な音が空間に響き渡り、衝撃の風と割れた音がその場にいた陽炎と灯花に響いた。
天狼は、折れた刀を握りしめ、白猿から距離を取る。
割れた鬼の面から白猿の顔が現れた。
顔が無い鏡となった白猿は、鎌を振り上げたまま停止状態となった。
陽炎は、黒糸の拘束を解き、停止状態の白猿の元へと近づいた。
「お見事でござる、あとは拙者にお任せを」
その言葉を聞いて天狼は、目を細めながら陽炎に問うた。
「次は何をするつもりだ?」
陽炎は、苦笑交じりにその問いに答えた。
「まあまあ、これも一つの手段でござる。いささか、面倒なことでござるがな……なんにしろ、灯花たんの言う通り協力的でござっただろう?」
陽炎は、白猿に近づくと、白猿の顔に腕を突っ込んだ。
白猿の顔は、溜まった水たまりのように波紋が浮かび上がった。
天狼は、そんな陽炎の行動に背を向けた。
「私は、お前が好かん。どこまでも、影者として振る舞うお前が…」
「くっふふふ…」
陽炎は、笑うだけで、何も言い返さなかった。
その光景をポカンと見ていた灯花は、天狼に肩を叩かれるまでその場に座り込んでいた。
いつのまにか、硯鬼の鬼の手はどこか消えており、当の硯鬼は再び瓶の中で眠っていた。
先ほど、硯鬼が私を庇ったのは、いったいどういうつもりだったのだろう?
瓶の中で眠る硯鬼に言っても、なにも反応しない。
ともあれ、お互い無事でよかった。
天狼さんが、私をのぞき込んできた。
「ああ、大丈夫です」
結構、あぶなかったけど…
「それにしても、オタ面さん、何をしているのです?」
白猿に腕突っ込んでいるし…
あれ、なにプレイ?
「知らんな……あの男は隠し事が多すぎる。いくら問うても、はぐらかされてばかりだ」
天狼さんのそんな言葉を聞いて、二人の仲が悪いのはそういう理由があるからだろうか。
「ともあれ、今は任せるしかあるまい。正規の道を知っているのは、あの男だけだ」
天狼さんでも知らないことがあったのが意外だった。
人狼の中でも神様的な存在である天狼さんが、この禁忌の箱のことをよく知らないことに驚いた。
歪みを探し出して、箱を破壊して出ようしていたんだし。
何気に色々と危ない天狼さん。
無茶もするし。
すると、陽炎の動きに変化があった。
白猿の顔から、掴み出したのは木材で出来た五角形の筒状のもので、側面には、見事な彫り細工が施されていた。
よく見て見ると、一面には、花模様を。
ある一面には、雲模様。
もう一面には、月模様。
別の一面には、鳥模様。
そして、最後の一面だけは、文字が彫られていた。
界という一文字。
陽炎は、五角形の筒から取手を出して、時計回しに回し始めた。
ガラガラと音が鳴り、次第に箪笥の空間に地響きが起きた。
すると、大小それぞれあった箪笥が独りでに出たり、引いたり、浮き出たりして、移動を始めた。
機械的に動くそれは、まるでからくりのようだった。
足元の床の箪笥までがパズルのように一つ一つずれて動き出し、空間全体が組み変わって行った。
灯花は、慌ててそれをよけることになり、天狼さんにしがみつく姿となった。
そして、気づいた時には箪笥だらけの空間が変わっていた。
床は、床板へと変わり、箪笥がびっしりの壁は、白地の襖の壁となった。
引き戸がスライド式になったと言うべきだろう…
大小がある襖、円形の襖。
長い長方形の襖に小指程度の襖がある。
形がそれぞれある襖へと変わった。
天井は、特に変わりはなく、青の火を灯す提灯と白と紫の旗が垂れ下がっていた。
干し柿たちも、特に移動はなく、管理しやすく並べてあるだけだった。
最初からこの世界だったらよかったのに…
箪笥の金具に悩まされことは忘れない。
そう思っていると、天井から幾つもの襖が降りて来た。
それは、何十もの襖が道に沿って並び始めた。
先へと続く襖の絵柄には、水墨画が描かれていた。
描かれている絵は地獄蟲だと瞬時にわかった。
普通の虫だとしても、描き方が過剰に描かれていた。
鹿を貪る巨大なムカデの水墨画。
趣味が悪いとすぐに思った。
墨を使っているせいか、迫力があり、今でも浮き出て来ては襲いかかってくるんじゃないかと思うほど見事に描かれていた。
陽炎は、からくりを回し終わると白猿の顔へと五角形の筒を戻した。
白猿の顔は取り出した同様に水たまりのように波紋を呼んだ。
「さて、これでよいでござる」
陽炎が白猿から離れると止まっていた白猿が動き出した。
「…うげっ!」
私は、びびって天狼さんに寄り掛かった。
また暴れ出したら困るし、いくら天狼さんが守ってくれるとしても、戦いを見守る体力がもうない。
そんな私に、天狼さんは肩を置いては落ち着かせてくれた。
白猿は、持っていた悪器を己の顔に戻し、壁伝いに上へと登り始めた。
先ほど暴れ回ったと言うのに、あたかも何もなかった様子でゆっくりと壁を這い上がった。
いったい何なのよ…あれは。
恐怖と震えを感じながら、じっと白猿の様子を伺っていた。
白猿が天井へと戻った時には、以前と変わらない位置で顔がない顔でこちらを見ていた。
「もう、心配はせずともよいでござるよ。鬼の機能は解けているでござるからな」
オタ面さんの言葉で、少しは緊張していた息を吐けた。
しかし、腑に落ちない所がある。
今の行動で、オタ面さんの信用がだいぶ落ちている。
天狼さんも、目を細めてオタ面さんを見ていた。
「…………」
天狼さんは何も言わなかった。
先ほどの会話で、伝えた通りだろう。
陽炎は、私達をふと見て、そしてニンマリ笑った。
「ぐっふふふ、仲がよいでござるな~」
「ばっ!!」
ばかっ!何を言っているんだ!
私は、ぱっと天狼さんから離れようとしたが…
肩に置かれた手が、その動きを止めた。
「だったら、なんだ?」
天狼さんは、鋭い視線をオタ面さんに寄越しながら続けた。
「てん、ろうさん…」
あっマジで!
だが、浮いたのは一瞬だった。
「灯花は、我が子同然なんだが?」
「…………」
オタ面さんの目が点となり、次第に哀れ染みた視線を向けられた。
こっちを見ないでぇー!
生徒、友人、そして我が子。
また、大きく離れたような…てかっ肩に乗っている手はなんだよおぉお~~!
まっぎらましいぃい!!
内心は、谷底に落ちて行く感覚だった。
「ところで、出口はこの先か?」
天狼さんは、地獄蟲の襖を見て言った。
その言葉を聞いて、オタ面さんは少し戸惑いながら答えた。
「さ、さようでござるよ…」
オタ面さん、もっと何かあってもよかったんじゃないかと期待していたぽい。
口を尖らせていたし。
天狼さんは、私を連れて地獄蟲の襖の前へと歩んだ。
すると、地獄蟲の襖は勝手に開いた。
スーパー並みの自動ドアでしたね。
つっかりがないスライドは、ぜひうちの家の押し入れにも取り入れたい。
襖の向こう側は、何も見えない。
闇一点のみで構築されていた。
「ねぇ、本当にだいじょうぶ?なんか嫌な予感がするんだけど…」
オタ面さんに振り返り言うが、時は遅し。
「……っ!!」
「ぐぇ!」
強烈な墨の臭いだと思ったら、気づけば黒い液体に私達は飲まれていた。
今年もぼちぼち、投稿して行こうと思っています。
読者の皆様、どうぞ今年もよろしくお願いします。_(._.)_ぺこり




