黄金の人狼の箱。
琴を鳴らす音で、天狼は意識を浮上させた。
起き上がると、自分は畳の上で横になっていた。
「ここは…」
ふらつく頭を押さえて、状況を把握する。
確か、私は…
白猿が作り出す、己の回想世界へと入り、そこから出たはず…
なぜ、私はここにいる?
まさか…
「そのまさかだ」
見上げてると声の主がそこにいた。
女と筆で描かれた白い布で顔を隠した女中から酒を注いでもらい、それを飲み干す男。
お膳が並ぶお座敷に、着物をはだけさせる、無作法な振る舞い。
金色のざんばら髪に黄金の獣の瞳、白い肌に整った顔立ち。
男なら誰もが羨む、鍛え抜かれた肉体。
何一つ、欠点がないほどの容姿に男の私でも惚れてしまう身体。
だが、その男もここにいる理由は言わずとも知れたこと。
「くっくくく、久しいな負け犬」
「…………」
誰もが虜にしてしまうその声で言われ、天狼は目を細めた。
「くっくくく」
くすくすと笑う男に、一瞥しながら身体を起こした。
天狼は、己を叱咤した。
天狼であろう私が、再び封じられるとは…
この世界では、私の本質が露わになる。
今までの事もある、これは当然の結果だった。
「そう嘆くな、見苦しいぞ」
にやつきながらひじ掛けに寄る男は、寝間着同然の格好だった。
だが、男が身に纏っている羽織は、翡翠色の絹で蓮の刺繍が施している羽織だった。
天狼は、その場に姿勢を正し、男に言った。
「この場は、お前に従おう。その代わりに私に道を示せ」
「この私に道標になれと?」
「そうだ」
「ふっははっはは!何を言うのかと思いきや、また随分な口を聞いてくれる!」
「…………」
天狼は、天狼らしく振舞ったまでのこと。
「甘えるな子犬」
男の黄金が細められた。
「……だがな、このまま哀れな子犬を観つつけるのは、つまらん」
男は、懐から黒い扇子を取り出し、天狼に投げつけた。
天狼が受け取ると男は、言葉を続けた。
「私を楽しめさせろ」
「…………わかった」
天狼が答えを出すと、部屋の襖から、白い布で顔を隠した女中達が現れた。
ここで、自尊心を出す安い私ではない。
だが、少しばかり嫌な予感がした。
「「「まぁまぁ~~まぁまぁ~~まぁまぁ~~」」」
女中達に連れられて、ある部屋へと向かうこととなった。
再び、黄金の瞳に天狼が映った時には、笑い声が飛びかかった。
「…………」
笑うだろうと思ってたが、そこまで笑う事はないだろう。
「美しいぞ、さすが天狼」
「うるさい」
天狼は、女の格好をさせられていた。
上品な蒼い引きずり着物に、問答無用の紅。髪には、簪をいくつも刺されている。
女の格好は、幼少の時以来だ。
「似合っているぞ」
「御託はいい」
「ならば、わかるだろう?」
女中達が各々楽器を持ち始めた。
お琴に笛、小太鼓。
そして、手持ちに黒の扇子。
舞えということか…
「いいだろう…」
天狼は、黒の扇子を構えた。
音が鳴りだすと、蒼い着物を翻して、黒い扇子を広げた。
黒い扇子を開くと、紅い蛍が飛んだ。
灯が宿る扇子。
舞うごとに、灯りが飛び散った。
楽器の音と舞いが同調した時、天狼は詠った。
私が奏でる詩は、ある物語。
「詠うのは、彼岸の詩」
「流転が流るる川に老婆がいた」
「老婆、盗人の番ににて、亡者の皮を剥ぐ者」
「皮の重み、罪と言う」
「流転が流るる川に老婆がいた」
「老婆、盗人の番にて、鬼に語った」
「皮の重み、罰と言う」
「流転が流るる川に老婆がいた」
「老婆、盗人の番ににて、己に語った」
「皮の重みは、痛みと言う」
「詠うのは、彼岸の詩」
ある彼岸の物語。
流転が流れる川に老婆がいた。
老婆は、盗人の番人で亡者の衣を剥いでいた。
亡者の衣は、罪の重みだと言っていた。
流転が流れる川に老婆がいた。
老婆は、盗人の番人で亡者の衣を剥いでいた。
老婆は、鬼に語っていた。
亡者の衣は、罰の重みだと言っていた。
流転が流れる川に老婆がいた。
老婆は、盗人の番人で亡者の衣を剥いでいた。
老婆は、自分に語っていた。
私の衣は、重くて痛いのだと言っていた。
ある彼岸の物語。
天狼は、蒼い着物の袖を大きく広げ、閉じた扇子で水をくみ上げる仕草で老婆を詠った。
最後の舞は、閉じた扇子で己に飲み干す仕草をし、蒼い着物を大きく袖を広げて終わった。
男は、満足そうに天狼を傍に呼んだ。
「良いぞ良いぞ、さぁ飲め」
男から酒を渡され、天狼はそれを飲み干す。
「いい飲みっぷりだ、ほれもう一献」
差し出される酒をまた飲み干す。
天狼は、酔いがまわる前に事を伝えた。
「道を示せ」
男は、黄金の瞳を細めて天狼をじっと見た。
「此度は、女としていれば良かったのにな…」
「ふざけるな」
「そう怒るな、道は既に示した」
「…………」
天狼は、最初は訝しげに男を見ていたが、先ほどの紅い蛍が視界の端を飛んだことで、意味を理解した。
天狼は目を閉じた。
「わかった」
男は、そんな天狼にお酌を求めた。
天狼は、男にお酌をした。
「天狼、これだけは言っておく、逃げても無駄だ。どれだけ、道を開いても行く先は、原点だ」
「……私は繰り返さない」
「いいや、お前は繰り返す、何度でも」
「…………」
飲んだ酒が苦く感じた。
「もういいだろう、私は行く」
天狼は、その場を立ち上がると黄金の瞳が天狼を捉える。
「私は、いつでもここにいる。また、落ちてこい司狼」
「知らん」
誘惑をあっさりとあしらう天狼に、男はくすり笑い、黄金の瞳を閉じた。
天狼は、男に背を向けて、言葉を伝えた。
「……世話になった」
もうここには来ないと、何度も願うよ。
お前は、私が喰い殺した男なのだから。
天狼は、蒼い着物を脱ぎ捨てて、身なりを整えた。
簪を取り、おしろいを拭った。
刀を腰の差し、手持ちに黒い扇子を握った。
天狼は、行くべき場所を定めた。
このお座敷から出る方法は、ただ一つ。
天狼は、黒い扇子を広げ、火花を散らした。
火花は発火し、お座敷を焼き始めた。
燃えるお座敷に、ひび割れる音が響き渡った。
天狼は、その音に追い打ちをかけるように、刀に手を取り、お座敷を斬った。
すると、黄金の瞳を持つ男の顔が割れた。
鏡が割れると、世界が闇へと堕ちて行った。




