禁忌の箱。
灯花は、転ばないように箪笥の床をゆっくり歩いた。
移り変わる世界に戸惑いつつも、それでも、目的を忘れずに天狼さんを想う。
禁忌の箱の中は、意外と神秘的な空間だった。
禁忌と言うからには、ここの入り口同様に、もっとお札とか鎖とかして厳重にされていると思った。
無数に広がる箪笥の空間に目を回しそうだ。
「天狼さんどこー!」
ここまで来たら、大声で探すしかない。
「天狼さーん!」
「そんなに大声出さなくても、近所迷惑なるでござるよ」
「でも、誰もいませんよ?」
オタ面さんが、人差し指を真っ直ぐ上げた。
「えっ?」
上を見上げると、得体のしれない獣が天井にいた。
見た目は、猿。
大人一人分の大きさで、白い毛皮に二又の尾。
そして、なにより驚くのは、顔が鏡だったこと。
鏡は、白く濁っていて、何も映っていなかった。
「あれって…」
「我は、目録」
「しゃべった!」
顔が無いのに、猿から声が聞こえた。
複数の男女の声を合わせたような声だった。
「あの猿、一体なんなの?」
「あれが、白猿の実体化でござる」
「あれが…白猿」
なんだか、仙人ぽい猿だな…
天狼さんの姿になってまで、私を封じろうとしていたんだもの、もっと道化のような姿だと思っていた。
「実体化にした白猿は、コンシュルジュのようなものでござる。灯花たん、油断はなさぬが良いぞよ、ここの当代の管理者は、ちぃとばかり意地悪だからな…試しに何か聞くと良いぞよ。今に分かる」
私は、オタ面さんの言う通りに白猿に聞いてみた。
「白猿、天狼さんはどこにいるの?」
「…………」
しばらくの沈黙の後、答えは出た。
「黒の巣にて、綴じ」
「はい?」
突然、白猿の真下の箪笥の引き出しが勢いよく開いた。
引き出しの中身は、闇に包まれていて、わからなかった。
白猿は、言葉を続けた。
「九九の章、邪心の文字録。卑見の鞘にて、黒き巣を開けん」
「へっ?」
「灯花たん、かがんでじっとするでござる」
「えっ?あっはい…」
言われた通り、頭を押さえてかがむと。
白猿が引き出した、引き出しから、ノコギリのような刃を持つ二つの大鎌が現れた。
箪笥の引き出しより、次第に刃が大きく広がるその大鎌の構え方は、何かの生き物を連想された。
引き出し中は、大鎌と繋がっている本体が潜んでいるのを伺えた。
突然、私達に向かって大鎌が振り下ろした。
じっとしているようにと言われた私は、反射的に避けることも出来ずに、ただうずくまることしかできなかった。
身を縮めて構えると、血臭混じりの風だけが肌を弄った。
鈴の音が鳴り響いた。
灯花は、目の前の光景に呆然とした。
オタ面さんは、私の前に立ち、あの大鎌と対峙していた。
無数の黒い糸を張り巡らせて、大鎌の攻撃を防ぎ、拘束していた。
「九弦」
黒い糸を弾いて、琴のような高い音を鳴らした。
オタ面さんが前に蟲を対峙した時と状況が違った。
大鎌の動きが強く、拘束していても、黒い糸が切れ始めていた。
「オタ面さん!」
灯花は、つい声を荒げてしまった。
「案ずるな…」
オタ面さんは、片手で、黒い糸を操作し、もう片方で背にある刀を掴んだ。
鈴の音を鳴らしながらの刀身を抜く姿は、まるで棍棒を持った鬼ようだ。
大鎌は、糸を切りながら、距離を詰めていた。
そして、最後の一本が切れた。
「始点抜刀…」
その抜刀は、私の目には見えない速さだった。
二つとあった大鎌は、見事に両方とも刃を斬られていた。
大鎌が大きすぎて、見えなかったが、引き出しの中で確かに蟲の本体がいた。
斬られた蟲は、声も上げずに引き出しの奥へと逃げ出そうとした時。
「六弦」
琴の音が鳴った。
引き出しの奥へと無数の糸が入り、蟲が引きずり出された。
「蟷螂か…」
「…………」
カマキリにしては、頭部が無かった。
それでも、無い状態で、ボタボタと黒い血を撒き散らしながら、のたうち回っていた。
黒の糸が再び、カマキリを拘束をした。
だが、暴れる蟲に変化があった。
斬られた傷の中から、新たに大鎌が現れた。
「……っ!!」
再生と言うより、生えたと言った方がいい。
生えたと言ことは、増えると言う事だ。
一つの大鎌が斬られれば、二つに大鎌が生え変わる。
その無限に湧き出す蟲に、違和感あった。
今までの蟲は、斬られれば灰となった。
だが、この蟲は失った部位は、生え変われる。
そんな、私の思考よりオタ面さんは、臆することなく、蟲と対峙していた。
大鎌に伐られるというのに、もろともせずにそれを避け、頭部が無い蟲に近づいた。
オタ面さんは、己の刀を鞘に納め、蟲の首の中に腕を突っ込んだ。
「オタ面さん!」
彼の行動について行けず、不安が立ち込めた。
首の中に腕を突っ込まれた蟲は、途端に大人しくなった。
「どうゆうこと…」
オタ面さんは、ゆっくりと首から腕を引き戻すと。
蟲の肉体が、突然、風船のように破裂した。
「わあ!!」
辺りが大量の黒血が散った。
蟲の脅威は、去ったがこれはひどい有様だ。
殺人現場より、なお酷い殺戮現場だ。
せっかくの柿色の着物が黒血で、台無しとなった。
「これは、ひどいな…」
「…………」
そんな、オタ面さんの言葉に、反応できずに唖然としていた。
オタ面さんの手元には、鉄の鎖が付いている鎌があった。
オタ面さんは、上を見上げて白猿に言った。
「白猿、卑見の鞘にて閉じろ」
そう言うと、手元にあった鉄の鎖が付いている鎌を白猿へと投げた。
白猿は、それを受け取った。
「認」
きっと、承諾の意味だろう。
白猿は、出したままの引き出しを箪笥に戻して、受け取った鎌を己の鏡の前へと持ち上げると、吸い寄せられるように、鉄の鎖が付いている鎌は鏡の中へと消えた。
「やれやれ、骨が折れるでござる。大丈夫でござるか?」
「……何とか、オタ面さんは?」
オタ面さんの着物は、黒血で汚れていた。
「無傷でござるよ」
「そう、ですか…」
見てれば、わかる。
あんな、無茶ぶりな戦い方をして、けろりとして目の前に立っているから、ああきっと、この人はお気入りのフィギアが壊れるまで、大丈夫な人だと思った。
「あれは、一体何ですか?ただの蟲ではないですよね?」
「あれこそ、ここに封じる意味でござるよ。灯花たん、地獄蟲を利用する者は、多い。だからこそ、あのような物が溢れかえっているでござるよ」
「物?そういえば、あれは…」
「悪器でござる。地獄蟲の死骸を幾度も重ねて作った武器」
「えっでも、生きてましたよね!?」
「武器として生まれ変われば、それは生きているぞよ。それも、生き血を啜れば啜るほど、強化する武器でござる。今見たのは、悪器が具現化しただけでござるよ」
「じゃあ、天狼さんが言っていた不吉な物って、その悪器ってことですか?」
「そうでござるよ。それも、一つ二つとはいかない数でござる」
私は、周りを見渡した。
箪笥の数が、無数にあることにぞっとした。
「まあ、ここにあるのは、悪器だけじゃないでござるがな…」
オタ面さんの視線の先が、私の手元にあった。
瓶詰になった硯鬼。
これも、封じるためにここある。
「…そうですね」
私は、もう一度、白猿を見上げた。
「もう一度言います。天狼さんはどこですか!返してください!」
白猿の反応に身構えた。
「我は、目録」
「それ、さっきも聞いた」
「我は、目録」
「うん」
「我は、目録」
「知ってる」
「我は、目録。我は、目録。我は、目録。我は、目録。我は、目録」
「今度は、バスったあ!」
「我は、目録。我は、目録。我は、目録。我は、目録。我は、目録」
同じ音声で、繰り返す白猿に、堪忍袋が切れた。
「いい加減にしなさあーい!天狼さんどこかって聞いてんのー!このばぁかあああー!!」
すると、白猿は、途端に黙り込んだ。
「あっ止まった…」
白猿は、己の鏡から何かを取り出して、投げつけて来た。
「えっ?ちょおおー!!いでぇっ!」
地味に頭に当たった。
「いだい…いだい!何よおぉ…」
硬い石のようなものに当たり、しばらく、頭を押さえていた。
オタ面さんは、投げつけられた物を手に取ると私に言った。
「やれやれ、随分と遊ばれているでござるな。灯花たんのこと、客人とは思っていないようでござる。ほれっ」
オタ面さんに手渡された物を見ると、それは、まだ青い柿だった。
「私はカニですか!」
猿かに合戦でもしょうか!白猿ー!
「でも、これじゃあ…いつに立っても、天狼さんには…」
諦めそうな言葉を遮るように、オタ面さんが言葉を出した。
「地道に辿るしかあるまい?そもそも、白猿は、主しか言う事は聞かないでござる」
いや、聞けって言ったのオタ面さんじゃん!
もしかして、私が白猿に聞かなかったら、悪器と言う蟲に襲われなかったんじゃあ…
オタ面さん、結構えぐいわ。




