学校の箱。
私達は、教室から出て廊下に出た。
夕陽が射す廊下は、デジャブを感じた。
前にも、この風景を見たことがあるし、歩いたことがあった。
柿色の着物の袖を振って、気を紛らした。
「オタ面さん、天狼さんの匂いがわかるんですよね?」
私の後ろをついて来ているオタ面さんは、鬼の面を付けながら答えてくれた。
「ああ、わかるぞよ」
急に夕陽が射す廊下に陰りがあった。
「だが、辿るに前に、風になることをおすすめするでござるよ」
「えっ風?」
「ギギギイィイイ!!!!」
歯ぎしりのような耳障りな声が廊下中に響いた。
廊下の外窓からこちらを覗く、肥大した蠅がそこにいた。
「…っ!!」
確かに、風になったほうがいい。
全速力で、廊下を走った。
「てかっなんでここに蟲があ!」
「ギイイィイイー!!!」
突然、廊下中の外窓のガラスが一気に割れた。
「ぎゃああ!」
ガラスの破片が飛び散って、私に降りかかろうとした時。
鈴の音が響いた。
来るだろう衝撃は、風に変わって私の肌を撫でた。
糸を引っ張る音が、近くに聴こえて、私は周りを見渡した。
夕陽の明りに照らされて、それは反射した。
黒い糸だ。
私の周りに、黒い糸が張り巡らされていた。
黒い糸がガラスの破片を弾いたようだ。
オタ面さんの手には、黒い糸があやとりをしているかのように交差し張られていた。
そして、そのうちの一本に指をかけて鳴らした。
「九弦」
まるで、琴を鳴らしているかのようだった。
「ギイイイイィイイーー!!」
廊下の外には、肥大した蠅が黒い液体を流しながら、宙に浮いていた。
オタ面さんが蟲を黒い糸で拘束していた。
その拘束によって、蟲はバタバタ暴れるが同時に自身を絞めていた。
「ギイィギィ!!」
蠅が身動き取れない状態で、オタ面さんは指で黒い糸を弾いた。
「三弦」
さっきとは違った音が鳴った。
蠅は、そのまま黒い糸に斬られ、ぼとぼとと蟲の肉塊が地面に落ちた。
その光景を見ていた私は、腰を抜かして尻餅をついていた。
オタ面さんは、私に手を差し出して言った。
「座っている暇は無いでござる。次が来るでござるよ~」
オタ面さんに、立たせてもらっているうちに、また、あの歯ぎしりのような耳障りの声がどこからか聴こえて来た。
「うわぁ、マジすか」
「マジっすよ~。拙者、興奮してきたでござる~!」
「…………」
オタ面さんのテンションに少しついて行けず、目を細めるだけになった。
「灯花たんは、先にどこかに隠れるでござるよ~拙者は、校内の蟲を駆逐しながら、天狼坊ちゃんの居所を探って参るでござるよ。な~に、灯花たんのにおいは分かるから、どこにいても大丈夫ぞよ」
すると、オタ面さんの背にある刀に付いている鈴が鳴った。
「また、引っかかったでござるな~ゴキブリホイホイの気分でござる~!」
オタ面さんは、指を動かして黒い糸を弾いた。
先ほどより、少し高い音が鳴った。
黒い糸の先は、一体どこに繋がっているのかは、聞くまでもない。
「さあ、行け」
「あっはい!」
私は、言われた通りに、廊下をそのまま走って、どこか隠れる所を探した。
廊下を走って行くと、オタ面さんの黒い糸が至る所に張り巡らされていた。
黒い糸に当たりそうになったが、糸自体が勝手に動いていて、私が引っかかることはなかった。
一体、どうやって繋いで引っ張っているのか、不思議でならない。
オタ面さんは、黒い糸の先を見えているのだろうか。
走っているうちに、隠れやすそうな場所に前に着いた。
理科室。
私は、理科室の扉に指をかけた。
開いていた。
理科室へと入ると、微かに薬品のにおいがした。
私は、理科室の奥へと入り、薬品棚の影に隠れた。
しばらく、ここで隠れていていよう。
そう思った時。
子供の鳴き声が聞こえた。
ぐずるような泣き方だ。
「…えっ?」
こんな所に、子供?
そう思っても、何が出て来てもおかしくない世界だ。
子供が出て来ても、何もおかしくない。
鳴き声は、この近くだった。
どうする?
確かめに行った方がいい?
自分の心に聞いてみる。
オタ面さんに、隠れるようにと言われるほど、この学校は危険だという事だ。
下手に、外に出れば、蟲に出くわすかもしれない。
それでも、確かめに行ったほうがいいのか?
「…前の私なら、自分優先にして考えていたのにね」
そう、天狼さんなら、子供が泣いていたらすぐにでも、駆け寄るだろう。
「なら、行こう…」
己を奮い立たせて、泣く子の元へと向かった。
声の元は、すぐ近くだった。
科学用品が並ぶ、戸棚の奥に子供一人、入りそうなガラス瓶の中にそれはいた。
「ひっくっぐずっ…」
おでこに小さな角が生えた、干からびたミイラがいた。
「わあ…」
枯れた木のような姿で、瓶の中でうずくまって、ぐずりと涙を流す、小鬼がいた。
これはどうしたらいいのか、わからない。
助けたほうがいいのか、ほっといた方がいいのか、それとも、戸棚と一緒に置いてある水酸化ナトリウムをかけて、二度と声をあげないようにするか、どちらがいいのだろうか。
すると、干からびたミイラと目が合ってしまった。
「おい、お前!何見てんだよ!見せもんじゃねーよ!このブスがあ!」
見た目はあれだが、少年のような声だった。
「…………」
私は、戸棚の引き出しにある、マッチを取り出した。
よし、灰にしょう。
私は、マッチ棒に火をつけた。
あら、なんてきれいな火なんでしょう…
「わああ!やめろ!」
「苦しくて、泣いているんでしょう?すぐに楽に…」
「ちがう!ちがうって!待って!待ってください!すいませんでした!ブスとか言ってすいませんでした!」
「…………」
マッチの火はすぐに消えてしまった。
まさか、枯れたミイラが喋るなんて思わなかった。
「ねえ、どんな、逝き方がいい?」
「おれっちを殺す気満々じゃねーか!」
「だって、普通の子供かと思ったんだもん!」
「おれっち!子供じゃない!立派な鬼だあ!」
「…………」
「うっうそじゃないぞ!こう見えても、おれっちは硯鬼様だあ!」
「えっ?へっ?今なんて言ったの?」
「うへへっ恐怖におののいたか!小娘!」
「エジプト映画の続編に出てた、森のミイラじゃなくて?」
「硯鬼さまだって言っているだろ!」
「うわぁ…」
なんて、自信過剰なんだろう…可哀そう。
「やめろ!そんな目でおれっちを見るなあ!」
「ところで、哀れなミイラさん、硯鬼ってもっと大きな鬼じゃなかった?」
「話聞けよ!硯鬼さまだって!ふんっお前に教えることではないわ小娘!」
「そう…」
私は、踵を返した。
「待て」
スタスタと出口の方へ歩いた。
「待て!待ってください!」
立ち止って、振り返る。
「なんですか?自称硯鬼さん」
「自称…いや、もういいや!小娘、おれっちをここから出せ!」
「嫌です」
「即答しなくても…よくない?おれっち、ずっと、ここで、一人で…ぐっぅぐずっ…」
あっ泣いた。
「じゃあ、どうしてここにいるの?」
「なにを言うのだ、お前たちがここに封じたのだろう?せっかく目覚めても、おれっちは出られなかったし…」
「出られなかったって…もしかして、手だけ出した?」
「なぜわかった!」
「そりゃあ…まあ、見たので」
「ほう!」
「でも、なんでミイラに?干されたんですか?」
「おれっちが、好きでこんな姿になったと思うのか!おのれ!くそ犬どもめが!」
ゴゴゴゴっと黒いオーラが出始めた。
「…っ!」
私は、一歩ずつ足を引いた。
なんだか、怒らせちゃった?




