誰もいない箱。
灯花と陽炎は、夕陽の街並みを歩いていた。
普通の街なら、ちょっとしたデート気分で楽しめるのだけど、この街は不気味で人がいない街だった。
道路の上を走る車は、動かす人がいなければ止まっている。
信号や横断歩道、店内の電気は通っているが、意味がない明かりだった。
鳥の鳴き声一つあげない夕陽の空は、とても虚しく感じた。
先ほどのバーガー屋さんを出た後に、この世界にすぐに気づいた。
私のトラウマ全開の世界の後だった為、しんどい思いはしたが、これが幽世だと理解すれば、なんとか乗り越えられた。
正直のところ、自分の立っている所が何なのか分らなくなってくる。
学校に向かっているはずなのに、なかなかたどり着かないのは、ここが幽世だからだろうか?
この道が本当に学校への道なのか、正しいのか、間違っているのか、わからなくなってきた。
そんな私の様子に、オタ面さんは言った。
「少し、休むでござる」
「いえ、大丈夫です。進みましょう…」
「灯花たん、具合悪そうでござるよ。幽世に酔ったでござるな~」
「なんですかそれ?人を船酔いみたいに言って…」
実際、なんだかむかむかするし、頭がくらくらする。
「ほれほれ、酔っているでござるぞ。少し休むでござる。」
オタ面さんは、ふらふらになっている私を支えて、学校の道とは違う道を歩き出した。
そっちの道は、公園があるほうだった。
少し歩くと、公園が見えて来た。
私達は公園のベンチで休むことになった。
「う~」
本当に何だか気持ち悪い…
「少し、横になるでござるよ。そう、遠慮するではないぞよ」
「えっあっうげっ!」
引っ張られて、オタ面さんの膝の上に頭を置く形となった。
なんだこれ…
男の人に膝枕してもらうなんて、父親しかない経験だ。
ぬっと鬼の面がこちらを向いていて、よけい、悪くなりそう。
「その~」
「どうしたでござるか?寝心地悪いでござるか?」
はい、そうです。
「出来れば、お面を外して頂けたら、いいな~なんて…図々しかもしれないですけど…」
「…ふむ」
オタ面さんは、お面を外した。
「これで、良いでござるか?」
「…………」
長い黒髪と緋色の瞳、顔に花ようなあざ。
それ以外は、天狼さんによく似ていた。
だけど、私を見下ろすオタ面さんは、仮面と同様に無表情だった。
「よく、白猿を乗り越えられたな…」
「えっ?もしかして、さっきのことですか?」
あのバーガー屋さんでのこと?
「そうだ。一時は、どうなることかと思ったが…本当によく乗り越えられた」
「…………」
そう言われても、あんまり自覚は無い。
ただ、今やるべき事を優先しただけのこと。
「褒めているのだ、嫌か?」
「嫌ではありません。ただ、私の事だったので…何と言うか…わかりません。あれでよかったのか、わからないんです」
「そうか…だが、大抵の者は、ここで迷い道を失う」
「迷う?」
「心の咎に囚われ、己の道を迷うことだ。咎は、己が罪だと思う記憶だ。心残りがある記憶、後悔。または、己が望んだ夢、欲望。白猿は、それらの記憶を反映して迷わせる。そして、奥へと記憶を進むにつれて、迷う。記憶を辿るという事は、白猿に知られるという事だ。もし万が一、肉体が幽世から出られたとしても、心だけは永遠に幽世に迷い続けるだろう」
「それじゃあ、私も…」
「迷っていただろうな…」
「…………」
オタ面さんは、無表情だった顔が崩れた。
「そっそんな!人でなしみたいな目をしないで!灯花たん!」
一応は、忠告はされたけれども、ここまでひどい所なんてわかるはずがない。
「あっでも、そんな目でもご褒美と分かればっごっほぅ!」
膝枕をしてもらっていたが、そのまま起き上がり、オタ面さんの顎に頭を食らわせた。
「あっごめんなさい。真上に変態がいたもので…」
とは言っても、具合の悪さはなかなか治らないものだ。
「…………」
頭を押さえて、視界が歪むのをやめさせる。
「……無理をせず、横になった方が…いえ、すみませんでした」
「…………」
なんで、こんなに眩暈がするのだろう…
「歪む世界に酔うのは、当たり前でござる」
「歪む世界?」
「幽世は、不安定の世界でござる。いつ壊れてもおかしくはないし、現れてもおかしくないぞよ。その不安定な世界の行き来に酔ってしまうでござる。己が今立っている所が、偽物の世界だと自覚するたびにぞよ」
オタ面さんの言う通りだった。
「己の向かうべき場所を強く想え。そうすれば、酔いは落ち着くでござる」
「はい…ありがとうございます」
目を閉じて、気持ちを落ち着ける。
そして、学校のことを考えた。
自分の教室のことを思い出していた。
そうして、しばらくの間、静かに過ごした。
冬の風が止んだ。
私は、違和感にゆっくりと目を開けた。
「…っ!!」
声をあげなかったのは、肩に手を添えられて落ち着かせられたからだ。
目の前に広がっている世界は、変わっていた。
教室。
私達は、教室にいた。
私は机に顔を伏せて、冷静ならせる。
「…………」
「…気を強く持つでござる」
「…はい……ここに、天狼さんが?」
「わからぬ。だが、残り香がある、近くにいるかもしれんぞよ」
「…わかりました。進みましょう…」
私は、顔を上げ、席を立った。
夕陽だけが、変わらず日を射していた。




