マジかよっ!ようこそ幽世へ。
勉強が深夜へと移り、トイレ休憩を挟んだ時に事は起きた。
トイレから出た灯花は、違和感に気づく。
「なんか、違くね…」
確かに自分は、屋内の水洗トイレを使っていた。
それがなぜ、私の目の前で森が広がっているのだろう…
風に揺れられて、森林から落ち葉が湧いていた。
落ち葉がぱらぱらと舞い落ちる中、私は外気にさらされ、鳥肌が立つほど震えあがった。
私は、自分から出て来たトイレを振り返ると、公園に設置するトイレがそこにあった。
公衆トイレは、森林のど真ん中に設置されていた。
私は、その場で立ちすくんだ。
「……マジかよ」
頬をつねって、寝ぼけているのか確かめたが、痛いだけで駄目だった。
「…………マジかよおお!」
私は頭を抱えた。
とりあえず、状況確認だ。
私は、天狼さんと勉強をしていた。
天狼さんが呆れるほどの出来の悪さだった。
数学の小テストで1点とって、ごめんさい、バカで…
真面目に解いて、この点数だ。
誰も彼も、匙投げたくなるだろう。
天狼さんから、小学生問題が出て来た時には、死にたくなった。
そして、時間帯が深夜に回ってきて、一度トイレ休憩を挟んだ。
トイレに駆け込み、用を済ませた後、目の前に、森林があった。
終わった、何もかも…
私の追試も…
肩を落としつつ、辺りを見渡した。
ここで、落ち込んでいる場合ではない。
薄暗さはあるものの、月明かりのおかげで真夜中でも、見渡せた。
公衆トイレから石畳が並んでいて、道が整備されていた。
私は、その道なりに進んだ。
足袋を履いているから、そんなに歩いていて痛くはないが、折れた枝とかあって歩きにくかった。
「ここって、幽世だよね…」
いきなり、別の世界に迷い込むなんて、幽世しかありえないよね。
「だとしたら、蟲いるよね…」
幽世に必ず、地獄蟲がいた。
「最悪」
せっかく、天狼さんに勉強を教えてもらっていたのに。
なんか、踏んだり蹴ったりだわ…
弧を描く月は、鋭くてまるで、死神の鎌みたいだ。
私が死ぬまで、これが続くのだろうか…
唾液が苦く感じた。
何も口にしてないのに、毒を飲んでいるみたいだ。
少しでも唾液の味を味わいたくなくて、下唇を噛んで気を紛らせた。
しばらく、道なりに進んで行くと、石灯篭が並ぶ道へと変わった。
近くに神社があるの?
森林の中に、整備された場所があるとしたら、神社や寺を考える。
今の所、警戒していた蟲は、一匹たりとも現れていない。
一匹でもいたら、近くに群れが潜んでいる可能性がある。
一匹はおとりで、蟲はこちらの動きを様子を見ては襲いかかっている。
そんな知りたくもないことを知っているのは、何回も遭遇し襲われた経験があるからだ。
嫌でも、記憶や身体にも覚える。
勉強法としては、いいかもしれないね…死神がついてまわるけど。
灯花は、石灯篭が並ぶ道を歩き出した。
すると、紅い鳥居が見えて来た。
鳥居は、所々に紅い漆が剥がれてて、古びた様子だったが、この場に建っていることに異様な気配を感じた。
「大丈夫よね…」
くぐることに、ためらいがあった。
だけど、先に進まないとここから出られないのも確かだ。
私は、意を決して鳥居をくぐった。
くぐっても何も起きなかったが、何かしらの不安はある。
「本当に大丈夫よね…」
真夜中の神社って、出る言うし…
幽霊。
肝試しなら喜ぶだろうけど…この状況で出て来られてもすごく困る。
出て来られて、冷静さを失くすと思考が出来なくなる。
それこそ、幽世から出られなくなる。
何事にも、冷静さが大切である。
だから、お願いだから、出て来ないでね…
心細さと恐怖を握りしめて、一歩一歩ずつ踏み出した。
鳥居を通り過ぎてから、辺りが白く濁り始めていた。
霧が出始めてから、いよいよ、覚悟を決めた。
このパターンは、出る可能性は高い。
そう思った時、近くにあった石灯篭が、突然、青い火を灯した。
「…ひっ!」
それも、一つだけではなく、道に続いて石灯篭が火を灯し始めた。
びびった…
いきなり、点くんだもん…
火が点いただけでも、半泣きだった。
青い火。
天狼さん達は、この火を使って蟲退治をしていた。
鬼火と言う術らしい、蟲を一瞬で焼き払う力を持っている。
この火があるということは、蟲の心配はないということかな?
そう甘いことはないと思うけど、ここは山犬達の住処でもある。
何かしらの、対処はあってもおかしくはない。
そう思ったら、少しだけ恐怖が和らいだ。
霧の中でも、石灯篭に灯る青い火が道を照らしてくれるおかげで、迷う事はないみたいだ。
明かりを頼りに道を進んだ。
道なりに進んで行くと、私は、鈴の音を聴きながら、いきなり転んだ。
「いったーい!」
華麗に転んだため、きちんと受け身を取れたから怪我はしていない。
どうやら私は、足を何かに引っかけて、転んでしまったようだ。
足元を見て見ると、細い糸が絡み付いていた。
「なにこれ?」
黒い髪の毛のように見える。
私は、これで転んだの?
黒い糸を試しに引っ張って見ると、思った以上に切れなかった。
それに、糸は鋭くて、皮膚を小さく切っていた。
「ほんとなにこれ!」
地味に痛いんですけど!
とにかく、足に絡み付いている糸を取らないと…
そう思った時。
鈴の音が鳴り響いた。
まるで、獲物が罠に引っかかった音だ。
すると、足に絡み付いていた黒い糸は、急に私の両足を縛った。
「…痛いっ!」
黒い糸はしっかりと足袋を履いた足でも食い込み、糸を伝って血が流れ出していた。
強い縛りに身動きが取れなくなった。
「どうなって…」
鈴の音が再び鳴り響いて、今度は、両手に黒い糸が絡み付いた。
手首に熱を感じた。
「…っ!」
どこから伸びているのかわからない黒い糸に手首を絡み付かれて、拘束されてしまった。
少しでも動いたら、熱が零れ落ちそうだ。
身動き取れない状態の中、月光が黒い糸に反射して、その仕掛けがわかった。
そこら中に、黒い糸が張り巡らされていて、蜘蛛の巣のようだった。
「…………」
言葉がでなかった。
私は巣にかかった獲物だった。
だとすると、その巣の主が現れるのは必然だろう。
鳴り響く鈴の音の主が、月光の影から現れた。
それは、鬼。
鬼の面をした、人狼がそこに立っていた。
長い黒髪を流し、人ではない証の獣耳と尾があった。
黒の着物に白の曼珠沙華の模様が施されていて、深紅の帯が栄えていた。
背に刀を差していて、そこに手を回す腕は、細腕だがしっかりした男の人の腕だった。
天狼さんと同じぐらいの体格で、どことなく佇まいが天狼さんと似ていた。
私は、その人に目を奪われていたが、鈴の音に反応した。
鬼の面をした青年は、刀に複数の鈴を付けていた。
そして、よく目を凝らすとその鈴に無数の黒の糸が繋がっていた。
鬼の面の青年は、石畳に下駄の音を鳴らせながら、こちらへと向かっていた。
私は、息を飲んだ。




