二匹の人狼。
灯花は、部屋を出ると長い廊下が続いていた。
一度歩くと、床の軋む音が廊下に響いた。
廊下の明るさに、目を細めた。
窓から漏れる日の光が眩しく感じた。
この明るさだと、朝は過ぎているだろう。
夕方ではないことに安堵した。
周りを見渡しながら、ここはどこかを思い出していた。
確か、水原の森だっけ?
ここは、山犬たちの住処であり、水神様が住まう場所でもある。
神様の土地に住んでいるんだっけ。
地獄蟲から、この土地と家族を守るために身を寄せ合って暮らしている。
広いお屋敷を見渡していると、ある場所に目が入った。
鮮やかな紅葉をしているお庭がそこにあった。
私は、季節外れの紅葉に、違和感を感じつつ廊下を渡った。
以前、私はここを通ったことがある。
その時もこのお庭は、変わらず紅葉していた。
枯れ葉が地面を駆ける音を聴きながら、肌寒さを感じていた。
真冬でのこの恰好は、まずかったな…
寝間着といえ、薄着だ。
月子さんに服のことを聞けばよかった。
後悔しつつ、とことこと歩いて行くと、縁側で寝そべっているオオカミを発見した。
亜麻色と白が混じっている毛並みのオオカミ。
日が当たる場所で、横になっていた。
毛の色といい、私が知っているオオカミではない。
ちょっと近寄りがたい。
普通の大型犬より一回り体格が大きい分、襲われたらひとたまりもない。
一頭、一頭、熊だと思っていい。
私は一度、群れを見たことがある。
その時は、車の中で様子を見ていたが、近くにいるだけで威圧された。
そのうちの一頭が、日向ぼっこしている所を見ると、拍子抜けと言うだろうか?
可愛らしくもあり、ちょっと怖いようでもある。
こういうのは、触らぬ神に祟りなしと言うし、そっとしたほうがいい。
私は、そのまま通り過ぎようとした時。
「くわあ~」
オオカミは、大きくあくびをした。
私は、そのまま固まった。
案の定、そのオオカミと目が合ってしまった。
天狼さんの紫の瞳と違って、こちらは深い緑色だった。
「あれ、嬢ちゃん。もう元気になったのか?」
「…………」
馴れ馴れしい口調に言葉がでなかった。
「うん?」
オオカミは、私の近くに来ては様子を伺って来た。
どうしょう、知らない人だし…
「ああ、そうか!ごめんごめん!この姿で会うのは初めてだね。俺は、正俊。りんの一件以来だね」
りん。
りんさんの?
「あーれ、思い出せない?何回か会っているんだけどなー?ほら、最初会った時、ゆず子さんに怒られていただろう?」
「…………」
確かにゆず子さんには、怒られたことがある。
だけど、あの時は、泣いていたし、周りを見る暇なんてなかったし…
「…………」
「うそ!俺そんなに影薄い!女子高生に影薄いって言われた!」
「言ってません!」
つい声を出してしまった。
「じゃあ、今覚えてね!嬢ちゃん!」
「…はあ」
「ってことは、あいつも覚えられてないなー!ドンマイ勝馬!」
なんだか、勝ち誇った言葉だった。
「え、えっと、…正俊さん?」
「いいねー!いい響き!」
「…………」
「そんな困った顔しないでくれる!」
どうしょう、この人のテンションについていけない。
「まあまあ、そう緊張しないでーさ!ほーれほーれ、撫でていいからさあ!」
私の目の前で、撫でろと言わんばかりに腹を出した。
私は、おずおずと亜麻色と白の毛並みに触れた。
肌触りは、悪くない。
毛並みは、少し硬いが滑らかで撫でやすい。
指の隙間に毛を入れると柔らかな毛があり、掻いたほうが気持ちいい。
「おほほー!いいねー!」
「なにが、いいんだ?」
「……っ!!」
私達の背後に人が立っていた。
恐る恐る後ろの振り向くと、スーツ姿の男が立っていた。
「なるほど、お前はここでさぼっていたのだな…正俊」
じろりと黒髪の青年が正俊さんを睨んでいた。
「勝馬くん、勝馬くん!そんな怖い顔して、女の子の前に出たら駄目だよ!ほら、嬢ちゃんが怖がっているじゃないか!」
「すまんな、俺の顔はいつもこうだ」
黒髪の青年は、がっしりと正俊さんの首の皮を片手で掴み上げた。
あのオオカミを軽々と上げたことに驚いた。
その勝馬という人は正俊さんにご立腹のようだ。
「仕事ほっぽりだして、お、ま、え、は、いい御身分だな」
オオカミ姿の正俊さんは、オオカミの威厳と言うのものが一気に失くして子犬ようだった。
「い、いやーその…ねぇ」
こちらをちらりと見て来たので焦った。
いや、こっちに振らないで!
勝馬と言う人は、見た目は優男だが、スーツの下はしっかりと鍛えられているのだろう。短髪の黒髪がさらりとなびいた時、額に薄く傷跡があった。正俊さんと同じようにじろりと睨まれて、背筋が立った。
灰色の瞳が鋭く私を見ていた。
「あなたは、この馬鹿に付き合う必要はない」
放たれた言葉は、一見きつそうな言葉だが、どこか柔らかく言っているような気がした。
「えっ?」
「それに、むやみに山犬の身体に触れるものではない。気を付けられよ、山犬とて、狼。雌の匂いには、敏感だ。御身には、天狼様のお香があるが、切れれば雄が寄ってくる」
「えっと…」
それってどういう意味?
「大丈夫だって、集られるだけだから!」
正俊さんは、そう言うけれど…
「断じて否だ。山犬の奥方でなければ、生娘は山犬の餌だ。厳しいことを言うが、この時期の山犬は、ストレスを抱えているし何が起こるか分からん。皆、躾は心得ているが、それこそ万が一だ」
「…………」
息がつまりそうな、忠告だった。
山犬の状況が少しだけ垣間見た気がした。
「女の子に飢えてるだけだって!JK最高!」
「これでわかっただろう?この馬鹿に近づくなよ、スカートめくりの常習犯だ」
その言葉を聞いて、びしっと答えた。
「わかりました!」
「わからないでー!」
正俊さんの嘆きが廊下の奥まで響いた。
そのまま、正俊さんは勝馬さんに荷物のように担ぎ上げられた。
「やだあぁー!俵担ぎなんて!女の子が見てるのにー!せめて、お姫様抱っこだろ?」
好きだろ?こういうの☆
正俊さんにウィンクをかまされたので、私は言いました。
「非常に不愉快です。早く連れて行ってください」
「承知」
「ええーー!」
勝馬さんは、正俊さんを連れて行こうとした時。
「りんの件。世話になった」
「えっ?」
勝馬さんは、そう言い残してどこかに行ってしまった。
りんさんことを言っていた。
勝馬さんもりんさんの最後を知っていた人だった。
今思えば、りんさんが残してくれた言葉が、今の私がいる。
また、助けてもらったな…
りんさんは、ちょっとヤンキーぽいものの、根は正直者で山犬であることに誇りを持っていた。
私は、山犬のことはよくは知らない。
生半可に山犬を語ってはいけないし、彼らに深く関われば、それこそ首を斬られる。
私は、首を触れた。
傷は少しづつ癒えて来ているが、あの時の光景は今でもしっかりと焼き付いている。
問答無用の殺意と重くかかる疑念。
天狼と言う言葉に、山犬達は敏感になっていた。
彼らにとって、天狼さんは神様のような存在だということ思い知らされた。
それだと、今私がここにいるのはなぜなのだろう?
目覚めたらここだった。
「天狼さんにきちんと聞けばよかった…」
友達なら、友達らしく、接しするべきだろう。
距離が近いようで、遠く感じる。
この曖昧な感じが、じれったい。
「はっきりしてほしいな…」
私は、ため息をつきながら、再び廊下を歩き始めた。




