目覚めると?
私、朝峰灯花が目覚めると木材で出来た天井がそこにあった。
木目の形に覚えがあった。
あれ…これ、前にも見たな…
そう思いながらふかふかのお布団の中で天井を見ていた。
畳のにおいがする和室に、墨で描かれている掛け軸と高価な壺、まるで旅館のようだ。
私は、この部屋を知っている。
目覚めるといつもこの部屋だった。
結構な時間を眠っていたと自覚はあるが、なぜここにいるのだろう?
私は、病院にいたはず…
天狼さんが怪我をしていて、タクシー脅して、病院に向かって、それから、天狼さんは入院して…
それから、なぜ、私はここにいるのだろう…
まさか!
「幽世!」
がばっ
慌てて布団から、起き上がった。
真っ白な着物を着ていた。
いつの間に着替えたんだ?
それに、身体が痛い!
筋肉痛が全身に回っている痛みと傷の疼きがあちこちに起きていて、私は悶えた。
傷が増えてるー!
身体のあちこちに包帯が巻かれるほどだ。
なぜにー!
あの廃ビルを駆け回ったせいなのかはわからないが、この身体に巡る筋肉痛はそうなのだろう。
仕方ない。
あれだけ、死に目に会えば、無傷では済まない。
「うっ…」
しばらく、じっとして痛みを押さえていた。
すると、部屋の襖から、足音が聴こえて来た。
その足音は、人の足の音ではなく、床に爪が当たる音と軽やかな音が混じった足音だった。
灯花は、少しばかり身構えた。
幽世か、現世か、判断がつかなかったのだ。
もし、幽世ならば、最悪だ。
この状態で、蟲にやられたら…
ぞっとする、緊張の中でその襖は開けられた。
「…………」
襖は器用に開けられて、灯花はあっけにとられた。
犬って、器用だね…
「なんだ、起きていたのか。無理をするな灯花」
大型犬より一回り大きくて、熊のような威圧のある銀色のオオカミが部屋に入って来た。
「きちんと横にならねば、良くならんぞ?」
オオカミはそう言って、私に近寄って銀色の毛並みを押し付けて来た。
鼻でぐりぐりと布団に戻そうとしていて、私は湧き上がった。
紫の瞳と目があった瞬間に、オオカミの首を掴んだ。
銀色のオオカミは、急に掴まれて驚いていた。
私は、痛みにこらえながら、がっしりと腕と喉に力を入れた。
「この駄犬んが!」
その声は、長い尻尾が上がるほど、しっかりと聞き入ったようだ。
腕の中にオオカミを抱き込みつつ、言い放った。
「なんで、立場が逆になっているんですか!天狼さん!」
シャツが真っ赤に染まるほど、血が流れていたはずの怪我が、すぐに治るとは思えない。
「天狼さんの馬鹿!」
次いでとばかりに叫んだ。
「来るなら、早く来てよ!この馬鹿!」
幽世かと思って怖いことを考えてしまったじゃないか。
おかげで、八つ当たりみたいに天狼さんに悪態をついてしまった。
涙目になりつつ、オオカミに抱き着いた。
ふさふさの銀色の毛並みに埋もれながら少しだけ泣いた。
そんな灯花の様子に天狼は申し訳なさそうに、長い尻尾をぐっしょりと降ろした。
「すまない、すまなかった」
天狼さんの謝罪の言葉を聞きながら、温かなぬくもりに身を寄せた。
「本当にすまない」
配慮が足りなかったなと紫の瞳がそう告げていた。
少しずつ落ち着き始めた頃に、天狼さんに聞きたかったことをゆっくりと吐いた。
「…………もう、大丈夫なんですか?」
「ああ、人狼は傷の回復が早いんだ。一日伏せていればすぐに治る」
「そうなんですか…」
「ああ」
ん?一日?
「天狼さん」
「なんだ?」
「追試っていつでしたっけ?」
「ああ、そういえばそうだったな。確か、28日だ」
「……今日っていつですか?」
「27日だ」
ってことは、明日か。
「あしたああ!」
びくっと天狼さんごと跳ねあがった。
「おおう!どうした、灯花」
明日、追試となると全く勉強していない。
「やばい!やばい!私の冬休みが丸潰れる!」
たまったアニメを見ることもやり残したゲームができないではないか!
「はっ!」
そういえば、私のカバン!
廃ビルで地獄蟲から逃げていた時に食べられてしまったんだ。
「あの害虫がああぁ!」
しかも、携帯もあの廃ビルで失くしている。
腕に抱くオオカミをわさわさと掻いた。
「…………」
天狼は、灯花から憤りを感じながら、じっとされるがままに大人しくしていた。
ともあれ、叫ぶほど元気になってくれてよかった。
少しばかり安堵した。
灯花は、ある視線を感じて、慌てて天狼を放した。
ぶん投げた感はあるものの、それどころではない。
「あら、いいのよー続けっちゃって」
藍色の着物姿の月子さんに開いた襖からのぞかれてしまった。
「ごゆっくり~」
月子さんは、そのまま襖を閉めようとした。
灯花は、慌てて言った。
「ちょっちょっちょっと!待って!待ってください!」
襖を閉める月子に、手を挟んで阻止するが。
「灯花ちゃん、後は天狼様に任せなさい。」
真剣な眼差しで言われてしまい、その場で固まってしまった。
言っている意味がわからなかったのだ。
「はっ?」
パタンと襖を閉められてしまった。
「……灯花」
ビクッ!
後ろからの呼びかけに肩が飛び上がった。
やだ、まさかの18禁?
恐る恐る振り向くと、天狼さんは布団の上で待ち構えていた。
「ほら、灯花。早く横になれ」
オオカミのくせに何を!
一緒に寝ろってか!
口をパクパクとしながら、次ぐ言葉を探した。
そんな灯花をよそに天狼は、すらすらと言葉を並べた。
「そんなところにいたら、風を引くだろう?さあ、こちらへ」
「……っ!」
ぱたぱたと長い尻尾を布団を叩きながら、私をせかした。
なんだこのオオカミは、無駄にエロイぞ!
襖に背を預けて、その誘惑に対峙していた。
オオカミとはいえ、成人男性だ。
月子さんのせいで、妙に意識してしまう。
いいのか?
一緒に寝ていいのか?
これってやばくない!
「やばい!」
そう言った途端だった。
預けていた体重よりも、襖を開く力のほうが上だった。
私は、重力にそって後ろにごろんと倒れる形となった。
「あっごめん。取り込み中だった?」
銀髪の青年が立っていた。
白の着物と藍色の袴の姿で天狼さんととは違う深い青の瞳で私を見下ろしていた。
「いえ…」
この態勢で言えたのはそれだった。
「灯花ちゃんの様子を見に来たんだけど、大丈夫そうだね」
「…………」
「えっなに、ほんとに取り込み中だったの?や~だ~いやらしい~!……ってそんなに睨まないでよ!冗談だってば!」
誰がとは言わないが、道司さんの目線が私を見ていないのは確かだ。
道司さんは、懐から扇子を取り出して、あやすように煽った。
「まあまあ、そう怒らずに」
「……わかったならさっさと出て行け。灯花を休ませたい」
「そんなつれないこと言わないでよーせっかく見に来たんだし、それに、灯花ちゃんはどっきどっきで眠れないじゃない?」
「そんなあるわけなかろう」
いや道司さんの言うとおりなんだけど…
「ふ~ん」
道司さんは、ちらっと私を見て様子を伺っていた。
私は、道司さんに助け舟を出してもらうように首を振ったが、道司さんは、扇子の裏で私に向かってウィンクをした。
……?
その意図が読めずに首を傾げたが、次の言葉で、また後ろにひっくり返りそうな思いをした。
「そうだね!天狼ちゃんの言う通りだ!」
味方じゃなかった!
「あはっ邪魔してごめんねー!だったら、天狼ちゃんもちゃんと休んだらー?休んでないんでしょう?」
「……え?」
私は、ゆっくりと起き上がった。
聞き捨てならない言葉が耳に入ったからだ。
てっきり、ちゃんと休んでここに居るのだと思っていたが、違っていたようだ。
目を細めて天狼さんをじっと見た。
「嘘ついたんですね」
銀色のオオカミは、ぷいっとそっぽ向いた。
おいこら!
「それじゃあ、あの頑固な犬っころをよーく寝かしつけてね!ば~い!」
道司さんは、そう言って部屋を後にした。
あの人は、一体何をしに来たのだろう?
本当に様子を見に来ただけだった。
「全く、あいつはよけいなことを…」
天狼さんのつぶやきに、私は反応してしまった。
「当然と思いますよ」
「…………」
天狼さんは、私の言葉にぐうの音も出なかった。
私は、痛む身体を動かして、布団へと戻った。
そして、銀色オオカミにそって横になった。
少しばかり緊張はあるものの、今この人から離れたら、それこそ無理しそうな気がしてならなかった。
私を寝かしつけて、どこかに行くつもりだったとか?
そんな女のカンって言うのが働いて、色めいたことなんて吹き飛んだ。
病院での一件以来、この人は無理をする人だとよくわかった。
叱って正解だったかも…
「天狼さん、正直に答えてください!傷はどうなんです?」
こっちを向かないオオカミをじっと見る。
痺れを切らした天狼さんは、またぽつりとつぶやいた。
「……本当だ、傷は癒えてる」
「そう、それは良かった。でも、疲れているのでしょう?」
「…………」
返事は返って来なかったが、何も言わないってことはそうなのだろう。
全く、困った人。
私より、ひどく疲れているじゃないかな?
私は、銀色の毛並みを撫でた。
撫でるたびに、ぬくもりが増してくる。
柔らかい毛が、指と指に入り込み心地がいい。
天狼さんは、そのまま何も言わず、夜と朝の間のような色をした瞳がそっと閉じられていた。
犬は飼ったことがないけど、もし飼っていたら、こんな風に過ごしていたのかな?
飼う以前に父親を何とかしなければならないけど…
いぬぅう!!
パパを喰い殺す気なの!
ねぇ!それって反抗期か!灯花、今、反抗期なのか!って言いそう…
そして、天狼さんがオオカミだとわかったら、どうなることやら。
きっと、よくないことが起こるのだろう。
天狼さんを好きになったはいいけれど、先が続かない。
諦めてる自分がいる。
そういえば、友達宣言されているんだった…
天狼さんの毛並みを撫でつつ、天狼さんの様子を伺ってみると、整った呼吸の音が聴こえて来た。
「……えっ?」
寝てる!
いつの間に!
あっでも、可愛いかも…
オオカミってこんな風に寝るんだー、人の布団で寝てるけど。
しばらく横になって過ごしていたが、灯花は寝付けなかった。
傍らに、天狼さんがいるからというわけではない。
明日、追試って言うのがアウト。
休むうんぬん前に、冬休みが終わる。
私は、そっと布団から出た。
身体のあちこちが痛かったけれど、動かして行けば自然と慣れてくる。
所詮、筋肉痛だ。
大丈夫、大丈夫。
そう思うけれど、蟲にかじられた所は、疼いて痛かった。
天狼さんを起こさないように動いたため、無駄に身体に力を入れてしまい、多少唸った。
久遠先生!
私、明日追試あるんですけどー!
ぐーすか寝ている天狼さんに、そう思いながら部屋を出た。




