ホワイトクリスマス。(その23)
幽世となっていた病院は、崩れつつあった。
地響きが鳴り、今でも崩れ落ちそうな廊下を、灯花はひたすら走っていた。
その後ろからは、灯花を保護しょうと天狼がゆっくりと追いかけていた。
灯花は、捕まる訳にはいかなかった。
あの子の願いを叶えるために、そして、ずっと泣いているあの人影のために、あの絵を見つけなければいけない。
でも、いくら病室を転々と探しても見つけることができなかった。
痺れを切らした天狼は、灯花に声をかけた。
「灯花、もういいだろう。お前が何を探しているのか知らぬが、ここのモノを手にしても、ろくなものではない。悪夢のモノは不吉を呼ぶ。諦めよ」
灯花にとっては、天狼が言っていることは理解しづらいが、諦めて帰ろうと言われているのはわかった。
「でも!いやだ!」
灯花は、そう言われて意地になった。
このままにはしておけない気持ちがあった。
それに、頼まれているのに無視することになるし、きっと後味が悪い。
そう思った時、突然、目の前の床に亀裂が走った。
「…っ!!」
ひび割れるように、それは広がって行った。
「わあ!」
天狼がとっさに引き寄せてくれたおかげで、割れ目の中に落ちるはなかったが、捕まってしまった。
灯花は、バタバタと天狼の腕の中で暴れた。
「のうぁあー!」
「暴れるな、灯花」
天狼は、崩れる床をかわしながら廊下を進んだ。
「美鈴、帰り道はわかるか?」
「はい」
美鈴の返事に駆ける速さを早めた。
「ならば、ついて来い」
廊下を真っ直ぐ突き抜けて、ある場所へとたどり着く。
天狼は、閉まっている手術室の前に立つと、大太刀を振り下ろして、扉を斬った。
その衝撃に、灯花は驚いた。
「のうああ!いけないんだあぁー!ちゅちゅちつ、こわした!」
「何を言っているんだ?」
ちゅちゅちつ?
「まさか、灯花。手術室が言えないのか?」
なみより、ひどいぞ…
「ちゅちゅちつ!」
「しゅじゅつしつな」
「ちゅちゅちつ!」
さ行が壊滅的に言えてない。
「とにかく、今はここから出るぞ」
第3手術室と表示している部屋へと飛び込むように入った。
天狼、灯花、美鈴は深い深い闇に入っていた。
手術室の空間は存在せず、何もなかった。
永遠に広がる常闇だけだった。
すると、天狼は灯花をしっかりと抱き寄せて言った。
「しっかりと口を閉じて掴まれ、舌を噛むぞ」
そう言うと、風を斬るように前へと飛び出し駆けて行く、道なき道を勢いよく走った。
灯花は、天狼に必死にしがみついていた。
そうじゃないと堕ちそうだったからだ。
天狼たちには、地面が見えているだろうか?
灯花には、底なしの闇が見えていた。
「…っ」
どこからか吹いてくる突風が、私達の行く手を阻む。
それに構わず、天狼たちの駆ける勢いは、止まらなかった。
天狼には、道が見えているようだった。
ただ真っ直ぐに、突っ切るように闇道を駆けていた。
「出口だな」
天狼はそう言うが、どこにも出口なんて見当たらなかった。
光の兆しも何もなくて、どこが出口なのだろう?
あるのは、何もない闇だけだが、天狼には見えていたのだろう。
そこに、出口があったことを。
天狼は、灯花をぐっと抱え込むようにして、背中から前へと飛び込んだ。
ガッシャーーン!!
ガラスが割れる音が響いた。
眩しい光が目に入った。
天狼は、瞬時に状況を確認した。
建物の3階の窓から割って落ちているようだ。
天狼は、くるりと空中で体制を変えて着地した。
パラパラとガラスの破片が地面に落ちてひび割れるのを聴いた。
美鈴は、天狼の後から落ちて来ていた。
猫のように軽々と着地していた。
天狼は、腕の中の幼い灯花の様子を見た。
灯花は、口を開けてポカンとしていた。
その様子に傷一つしていないことがわかって安堵する。
灯花を見ていると、冷たい粒がほほに当たった。
「……そうだったな、通りで…」
天狼は上を見上げて、それを迎えた。
粉雪が静かに降っていた。
藍色の夜に白く薄まるのを眺めながら、夜が明ける時を感じていた。
東の向こうに日が昇るのがわかる。
この雪は、朝日を迎えたら消えてしまうだろう…
その時には、天狼の夜も一緒に終わるだろう。
そう思った時、またバタバタと暴れる娘がいた。
「もう!さいてー!」
「…!!」
聴き捨てならぬ言葉が、灯花の口から零れた。
「はなして!」
「…っ!」
天狼の腕の中で暴れていた灯花が、透けるようにするりと抜けた。
灯花は、天狼から離れてぱたぱたと走って行ってしまった。
「灯花!」
灯花は、迷い子だ。
己に戻さないと迷ったままだ。
「灯花!」
天狼は、灯花を追いかけた。
幼い灯花は、中庭を駆けていた。
黄色い花を植えてある花壇を抜けて、病院内へと続く道を走って行った。
途中、水たまりが凍っていて滑りそうになり、慌てた。
雪が降っていたなんて、気づかなかった。
松ぼっくりの木に雪が積もっていて、せっかく重ねた雪が今でも崩れそうだった。
灯花の後ろからは、天狼が再び追いかけていた。
天狼の銀色の長い髪が風に揺れる。
雪が天狼を栄えるが、鬼の形相はいたたけない。
振り返るのは、やめておこう。
灯花は、真っ直ぐ病内へ入った。
中の様子は、薄暗さあり、いくつか電気が点いていた。
緑の非常口の明かりがやたらと目立った。
その中で、数人の看護師さんがうろうろとしていた。
まだ、日が昇っていないうちに慌ただしく働いていた。
灯花は、看護師さんに見つからないように、静かに廊下を渡った。
階段を登ろうとした時。
丁度降りて来た、看護師さんに出くわしてしまった。
「あっ」
まずい…どうしょう…
その場に固まっていると目の前の看護師さんは、声を上げた。
「ああ!!久遠さん!」
「……へ?」
看護師さんは、私を素通りして、後ろをついて来ていた天狼に向かって言った。
「病室にいないと思ったら!どこにいたのですか!」
天狼は、看護師に面食らった。
「あ、そ、そうだな…」
思い出した。
そう言えば、腹に傷があったんだった…
塞がっているはず傷がキリキリと痛み出した。
「…………」
「久遠さん!」
こんどは、看護師さんの顔が鬼だ。
その隙に、灯花は階段を駆け上がった。
二階へ登ると、女の人の鳴き声が聴こえて来た。
廊下に出ると、明かりが一つだけ点いている病室を見つけた。
そこだけ、看護師さんの出入りが何度もしているが見て取れた。
何があったのだろうかと、近寄って見れば、女の人がベットに向かって泣いていた。
「…………」
どこかで似たような光景を見た覚えがあった。
あの人影の様子と同じだった。
灯花は、ベットに近づいた。
ベットの上には、何も乗っていはいなかった。
空のベットに女の人がシーツを強く握って、苦しそうに泣いていた。
灯花は、結局何もできなかった。
どうしょうもできなかったと言い訳を考えてしまう。
灯花は、ぺたんと床に着いた。
しばらく、呆然としていたが、ベットの下に白いものを見つけた。
「……?」
ベットの下に潜って、それを確かめると目を見張った。
天狼は、看護師の小言を聴きつつ、灯花を探した。
「久遠さん!」
「わかったわかった、事が終わったらすぐに戻る」
「今すぐです!」
看護師の勤勉さに頭を下がるが、少しぐらい見逃してくれないか。
「久遠さん!」
「…………」
天狼は、看護師に向き直った。
「……く、久遠さん?」
「疲れは取れたかな?勤勉なのは良いことだが、身体を壊したらそれこそ身にならん」
「…っ!」
看護師の耳元にささやいた。
「肩に力が入っている…」
「~~~!!」
看護師の顔が見る見るうちに赤くなり、すぐさま私から離れた。
「す、す、すぐに戻ってくださいね!つつ、次、本当に戻っていなかったら、怒りますからね!」
「ああ、わかった」
看護師は、そう言って早足でどこかに行ってしまった。
「…………」
あの看護師、仕事熱心でなによりだな…
異界に迷い込んだ時と何も変わらんな、それぐらい、仕事に誇りを持っているのだろう。
さて、灯花を探すか…
天狼は、階段を登った。
急がねば…




