ホワイトクリスマス。(その21)
天狼は、幼い灯花を抱え直そうとすると、小さく身じろぎをする灯花がいた。
「うっん…わんわん?」
灯花には、傷一つ付けることなく済んだ。
途中、灯花は気を失ってしまったが、息はしかとあった。
天狼は、寝起きの無邪気さに、肩を落として安堵をした。
「うん」
小さな温もりを感じながら、天狼は微笑んだ。
天狼は、灯花の無事を確認し、後ろを振り返った。
美鈴は、もう一体の膿蟲の傍らにいた。
「さて、どうするか…」
床に横たわっている花柄のパジャマ姿の少女。
背中には、翅が生えているが、もう飛べないだろう。
美鈴の氷鬼により、身動き取れなくなっている。
美鈴は、すぐにでも始末できるような態勢に入っていた。
灯花は、手出しするなと言われたが、このままだと人を襲う。
聞いてやりたいが、すでに膿蟲になってしまった以上はどうしようもできない。
無理に引きはがすのは、強靭な肉体を持つ山犬しかできない。
「美鈴、致し方ない」
私の言葉に、美鈴は構えたが…
「待って!待って!」
灯花が天狼の腕からもがいた。
天狼は、ゆっくりと灯花を床に降ろした。
床の上に立てたが、ふらつきが目立つ。
灯花は、とことこと膿蟲に近くに寄ると、ぺたんと床に尻餅をついた。
天狼は、美鈴に頷いた。
様子を見よう…
美鈴は、膿蟲から一歩下がった。
今の灯花は、この状況を理解していない。
でも、灯花は灯花なりに何か思う所があるのだろうと天狼は考えた。
例え残酷な結末だろうとも…
灯花は、パジャマ姿の女の子に触れた。
皮膚の柔らかさを感じたが、氷のような冷たさに驚いた。
「…っ!」
なんで、こんなに冷たいのだろう。
前会った時は、温もりがあったのに…
「ねぇ…ねぇってば!」
女の子は、唸っていた。
「う、ううう、うう、う」
「ねぇ、どこか悪いの?痛いの?」
「うう、うう、ううう」
灯花は、ただその場で慌てるだけだった。
痺れを切らした天狼が、灯花の傍に寄った。
「灯花、その子は灯花が知っている子ではない」
「…………」
わんわんが言っていることがわからなかった。
困った顔をすると天狼は、灯花の頭を撫でた。
天狼は、灯花が理解できなくてもあえて、灯花に道理を唱えた。
「生きている者は、必ず死を迎える。それはどんな形だろうとも、生者にとっては死が必要なこと。また新たな命の為に、生きる為に死を迎える。死を迎えぬ者は、生きる苦しみを味わう。肉体の滅びは、死を迎える為のもの、そして、新たな肉体を貰い受け、育み歩むもの。……灯花、その子に、なみに、死を迎えてやろう、そして新たな命をやろう。そして、見届けることが、お前が唯一できることだ」
灯花は、冷たくなった身体をそっと撫でた。
次第にぽろぽろと涙が溢れた。
灯花は、天狼にしがみついて、泣きじゃくった。
天狼は、そんな灯花を胸の中に入れて、涙を受け止めた。
すまない…
天狼は、口には出さなかったが、なみを救えなかったことを深く詫びた。
天狼は、美鈴に頷いた。
美鈴は、膿蟲に近づき、その身体に触れた。
とたんに、身体に割れ目が現れた。
ゆっくりとガラスが割れるような音が響いて来た。
パキリ、パキリと四肢が崩れて行った。
氷の砂となって、消えて行くまで私達はその場から離れなかった。
灯花は、天狼の腕の中で、ある声が聞こえた。
「……?」
今しがた消えてしまった子の声だった。
「お願い……」
「えっ?」
「おかあさんに…渡して」
「あっ!」
そういえば、この子は…
「クリスマスプレゼント…絵を渡して…」
一瞬よぎったのは、あの画用紙…
真っ黒く描かれてあった絵。
「うん、わかった」
できること。
小さな灯花が今、出来る事だった。
灯花は、天狼の腕から身じろぎをする。
天狼は、急な灯花の動きに驚きながら、腕の中から離した。
「どうした?灯花」
天狼には、あの子の声はどうやら聞こえなかったらしい。
あまりにも小さな声だったから、きっと同い年の私にしか聞こえなかったかもしれない。
灯花は、病内を駆け出した。
ふらつきながら、長い廊下を走り出した。
そんな灯花の様子を訝しげに後を追う、天狼と美鈴だった。




