ホワイトクリスマス。(その19)
天狼は、息を吐いて、鼻でゆっくりと空気を吸う。
不敵に笑う神楽夜に対して、鋭く見た。
地下に降りてから、ずっと血のにおいがしていた。
密度の高い、血肉のにおい。
神楽夜からではなく、食事をしている蟲の臭いだとすぐに理解した。
そして、その蟲が近くに来ていることも。
神楽夜は、扇で仰ぎながら言った。
「さあ、天狼。もっと遊ぼうよ…」
神楽夜がそう言うと、とたんに地響きが鳴った。
天狼は、幼い灯花をしっかりと抱き寄せて、衝撃に備えた。
地響きのせいで、天井に亀裂が走り、そして崩れた。
崩れた所から、大量の黒蟲たちが流れ込んで来た。
ギチギチと歯ぎしりをしながら、湧き出していた。
崩れた瓦礫を押し出し、黒蟲たちの中から、ひと際大きい蟲が現れた。
血生臭いにおいの正体は、この蟲のようだ。
大人を丸のみする肥大した蠅が、ゆっくりとこちらに這い出してきた。
先ほどまで、食事を終え血肉から這い出した蟲。
親蟲が現れたという事は、灯花と番わせる気だ。
天狼は、腕の中の灯花をきつく抱き込む。
「させぬぞ」
神楽夜を睨み付けた。
天狼は、黒蟲の川につかりながら、己の中の炎を練り出す。
親蟲が一匹と産み付けられた膿蟲に神楽夜。
これを一気に相手するのは、少しばかり難だ。
灯花を抱えながらだと、不意打ちにあいやすい。
さて、どうするか…
いつまでも、睨み付けながら時間を稼ぐことはできない。
張りつめた緊張感の中で、蟲の声を聴きながら蟲の動きを読む。
親蟲は、灯花を狙っている。
じっとこちらを見ていては、どこか笑っているようだ。
膿蟲は、ただ茫然とその場にいるようだ。
膿たては、飢える。
いずれは、こちらへと向かって来るだろう。
そして、神楽夜は当然、手出しはしないだろう。
この私にこのモノらを打たせたいだけで、けらけら笑うだけだ。
だが、妨害はするだろうな…
ならば…
天狼は大太刀を構えなおした。
片手での振りは、幾分威力は落ちる。
だけど、威力は落ちるが速さは数倍上がる。
一気に叩き落すならば、この構えで構わない。
いい加減、鼻が曲がりそうな臭い(におい)に腹が立って来た。
それに、私の愛し子を獲物ように見られるのは、不快だ。
「よほどの餌にありつけたのだろう…」
すぐに産み付ける態勢に入っているということは、それだけ喰ったということだ。
「お前から、滅してやろう」
天狼は、銀色の長い髪はなびかせて、獣ような耳を尖らせる。
不敵な笑みを浮かべさせて、血のにおいを吸う。
甘い匂いが肺を膨らませ、胸の炎をたぎらせる。
風がない場でも、白い着物がゆっくりと翻る。
蟲の川に沿って、黒の袴が引っ張られるのを感じるが、蟲が這いあがることは無い。
なぜなら、足元の蟲は、すでに灰の砂となっていたからである。
天狼が一歩前へと出ると、灰の砂が舞った。
確かな足取りで、歩むと天狼は呟いた。
「血は啜れ、肉は齧れ、骨は絶て、御霊は死に帰れ」
天狼は、大太刀を瞬時に大太刀を構え、親蟲へと振り下ろした。
蠅の大きな目に一線が走った。
天狼の身のこなしに、蠅は飛ぶことも身を守ることもできなかった。
果実のように身から、赤い液体が溢れた。
蠅は片目を失い、その場で激しく暴れ出した。
ギイイイーーー!
耳障りな鳴き方をし出したが、天狼のもう一振りの一線で、もう片方も同じく斬れる。
これで、親蟲の両目は失くした。
そんな時。
天狼の背後から、気配を感じた。
花柄のパジャマの姿の女の子。
膿蟲が天狼に飛び込んできた。
翅をばたつかせて、うまく飛んでいるようだった。
天狼は、瞬時に大太刀をの構えを変えた。
大太刀の先を後方へと変え、一気に刺す。
「すまんな、私は蟲には容赦はせぬ」
膿蟲の胸にとそれは刺さった。
天狼は、一気に大太刀を引き抜き、今度は黒い閃光の前に刃を向いた。
神楽夜の扇による攻撃。
扇はただの扇ではなく、黒蝶翅という悪器。
地獄蟲の翅を何枚も折り重ねて作った品物。
素材は、鉄より切れ、銅より重い。
血を多く吸い込み、その度に強度が増して行く。
その一振りするだけで、鋭く斬れ、血臭を撒き散らし、蟲を呼び込むこともできる。
使用者の舞い方によって、地獄蟲の濃度を上げることも、また呼び出す時の蟲の級も選べること。
この世にあってはならない品物。
「その扇ごと斬ってやる!」
神楽夜は、不敵に笑いながら扇を振った。
「斬れるものならね」
黒蟲が舞ったが、天狼は黒蟲ごと大太刀を振るった。
扇と大太刀がぶつかり、小さく火花が散った。
扇が思ったより硬い。
天狼が持つ大太刀より硬いことは、それくらい血を浴びていること。
天狼は、歯噛みをした。
「神楽夜!」
青い炎を吐き出し、一気にこの場を焼きあがる。
灰が舞い上がるが、扇と大太刀の響き合いは止まることはなかった。
神楽夜は、獣のような鋭い瞳を天狼を向けながら、笑いかける。
「何だい?天狼」
「何がそんなに面白い?本当のお前はそんなんじゃないだろう!」
天狼は叫ぶが、神楽夜はケラケラと笑う。
「何のことかな?それに、こんなに面白いことなんてないだろう?」
「神楽夜!」
天狼は、大太刀を一気に押した。
扇が押し倒され、神楽夜は瞬時に天狼と距離を取った。
神楽夜は、扇を仰ぎ、舞うように身体をくるりと回った。
「っ!」
その時、地獄蟲が呼び出された。
神楽夜の足元に大量の黒蟲が湧き出し、その中から、黒く長い脚を持つ六本の蜘蛛が出て来た。
肥大した蜘蛛。
これも親蟲か…
天狼は、神楽夜から一気に下がる。
これ以上の戦いは、危険だった。
この戦いはあくまで、一時的な鎮圧。
逃げの一手を持ってくるためのもの。
やってくれたな…
灯花を抱えては、これ以上の戦いは避けなければならない。
「…っ!」
その時だった。
黒蟲たちの動きが止まった。
時が止まったようにその場が凍った。




